グライムスことクレア・ブーシェに関するレヴューを見ていると、わかりやすく「サブカル少女」と評されていることがあるのですが、女性の嗜好に対する上から目線があるのはしょうがないにせよ、わかりやすい言葉ってほんと要注意です。以前、〈サインマグ〉で書かせてもらった記事のタイトルもそうなんですけど。
21世紀の炎上少女、グライムスのトリセツ。
全世界の年間チャートをかき乱す話題作
『アート・エンジェルズ』はこう聴け!
① by 萩原麻理
特にこの「サブカル」という言葉、カルチャーにおけるメインとサブがどんどん混乱しているいま、もう賞味期限はとっくに過ぎている気がします。しかもポップ・カルチャーでは常に周辺的なカルチャーが流れ込んでくるのが必然。デヴィッド・ボウイでもマドンナでも、先鋭的なポップ・スターにはいつだってアンダーグラウンドやユース・カルチャーと接点があるのですから。
で、クレアが接点を持つ(とされる)のがマンガやアニメだったりすることで「サブカル」と括られてしまうわけですが、むしろ今回のインタヴューでは、彼女のマルチカルチュラルな背景と、宗教への疑問とそこから生まれた世界観が印象に残りました。とても正統的で、しかも現代的なクリエイターなんだな、と。
いや、ちょっとこんなことを考えたのも、もともと今回の取材に関して〈サインマグ〉編集部から与えられたお題が「全方位のサブカルを網羅したガールズ・トーク」だったため。それを聞いて真っ先に「サブカルじゃないよ!」という反発を感じたからです。
ま、イマドキ好きなものは好き、面白いものは面白い――っていうのだけで構わないんですけどね。それに結局のところ、そういう話をしているとクレアも私も、途中から割り込んできた田中宗一郎も、まあスーパーナードなのは確か。しかもそのせいで、話題がややアメコミやSF、特にスーパーヴィランに偏ってしまいました。「スーパーヴィランとしてのグライムス」っていうのも、きちんと考えたら面白いテーマになりそうですけど。
短い取材時間の後、もっとファッションやアート、元ダンサーの彼女にとってのダンスだとか、タンブラーにあげていた日本のSM雑誌についてだとか、オールジャンルに訊きたかったな、と心残りだったのですが、田中はただただ、翌日までずっと「もっと『デューン』(*1)のこと訊きたかった」と言ってました。スーパーナードって、しつこい人種でもあるんです。
*1 『デューン』 フランク・ハーバートによるSF小説シリーズ。64年から彼の死まで6作品が出版された。グライムスことクレア・ブーシェがもっとも影響を受けた作品。アルバム『アート・エンジェルズ』のインスピレーションのひとつでもある。84年のデヴィッド・リンチによる映画版の音楽はブライアン・イーノ。俳優として元ポリスのスティングも出演している。
●まずはデヴィッド・ボウイの“ブラック・スター”のヴィデオについて訊いてもいい? タンブラーにあの映像をあげて、「見れば見るほど理解できる気がする」って書いてたけど、どういうことを思ったのか知りたくて。
「ブラック・スターって、たぶん日蝕のことでしょ? デヴィッド・ボウイって昔、額に円を描いてたし(*2)、それとも繋がってると思う」
*2 ジギー・スターダスト時代のデヴィッド・ボウイは額に黄金の円環をメイクしていた。日輪を意味しているとも言われる。
「あと、あの歌詞で彼は、『私が死んだら、誰かがその後を埋めようとするだろう』って言ってる気がするんだけど、同時に『いや、それは無理だ』ってことでもあって。きっと自分の死後、あらゆる形でデヴィッド・ボウイの回顧展やら再発盤が出て、『俺が新しいデヴィッド・ボウイだ!』みたいな人たちが出てくるって知ってたんじゃないかな。で、あのヴィデオで『いや、力不足だ』って(笑)。見るたびに違うヴァイブを感じるんだけど、最初に思ったのがそれ。ものすごい勘違いかもしれないけど! あと、あのヴィデオの美意識自体が好きっていうのもある。死のイメージとか、痙攣するような動きの踊りとか」
●ああ、ダンスはピナ・バウシュ(*3)みたいですよね。
「そうそう! すっごくクールよね。しかも美化するわけでもなく、美意識を統一しようとするわけでもなく。あのヴィデオからはいろんなものが読めると思う」
*3 ピナ・バウシュはコンテンポラリー・ダンスの舞踏家。2009年没。芸術監督を務めたドイツのヴッパタール舞踏団では、クラシックな服装の男女が踊る。
●デヴィッド・ボウイにはずっと興味があったの? 音楽だけじゃなく、ファッションやアート、彼のペルソナっていう意味でも。
「ボウイは父が好きだったの。だから子どもの頃からずっと、『いつかデヴィッド・ボウイに会えるぞ』とか言われて(笑)。結局一度も会えなくて、父はほんとがっかりしてる。でもある意味、彼と私って似てると思う。ボウイも楽器がそんなに弾けるわけでもなく、プロデューサー的な人だったし、だから“プロデューサーでありパフォーマーでもある人”として、ある意味私がいる流れを始めたのが彼。つまり、私みたいな人たちの最高指導者なの(笑)」
●でもさっきの話じゃないけど、いまデヴィッド・ボウイの後継者的な人を考えると、グライムスか、カニエ・ウェストかって気がするんだけど。
「ていうか、いまの時代のポップ・スターの大多数はデヴィッド・ボウイによって定義されてると思う。ビョークみたいな人だってそうだし……カニエもプロデューサーだから、そうね。実際、ヒップホップのほうがボウイのやったことに近いかも。自分でギターを弾くわけじゃないでしょ? プロダクション自体がクリエイティヴなプロセスの大部分を占める、って意味でも」
●彼のペルソナに関してはどう? ボウイはキャラクターを作って、キャリアを通じて変身しつづけた。そこに何かしら影響は受けてる?
「具体的にはないかな。でもいま思うと、子どもの頃からボウイ好きの父に、『デヴィッド・ボウイとマドンナ(*4)はアルバムごとに変身するんだぞ』って言われてきたし、4年くらい前に『お前もアルバムごとにスイッチしなくちゃな!』って言われて、『わかったから』って感じだったし(笑)。私が音楽をやる前から、『マドンナとボウイがすごい理由はだな……』って言い聞かされてたから。きっと影響は受けてるな」
*4 マドンナのルーツはNYのクラブ・シーン。元ダンサーであり、ヴォーギングなどアンダーグラウンドのゲイ・シーンで流行していたダンスをヴィデオに取り入れた。
●(田中)以前、マドンナが言ってたのは、「ボウイは人々の中に巣くっているフリークスの部分を解放させた」ってこと。ただ、あなた自身の活動や作品には、そういう機能というか、意図があると思う?
「うん。私にとってはデヴィッド・ボウイって、実験的な音楽とポップ・ミュージックのちょうど真ん中にいるのよね。アーティストとしては一番そこにインスパイアされてる。そのラインを進むアーティストってすごく少ないと思うし、私がやりたいのがそれ。実験的な音楽が大好きだけど、私はミュージック・ヴィデオ作るのも大好きだし、グレイトなルック、っていうのも大事だし。ボウイはものすごく実験的なアイデアを使って、誰でも理解できるものにした。それこそ本当に私が好きなものなの。例えば、分厚くて難解な本を読むのはそれがどんなに素晴らしくて圧倒的でも、気軽には楽しめない。それを楽しいものにして、人に何かを教えられたら……ちょっと言い過ぎかな(笑)」
●私のもうちょっと上の世代の日本の女性には、デヴィッド・ボウイって特別な人気があった気がするんです。彼がアンドロジナスでジェンダー・ベンダーだったから。アンドロジナスって日本のカルチャーではすごく大きくて。私が子どもの頃って一時期、少女マンガを読んでたらロック・スター的なキラキラした男性キャラがよく出てきて、みんなデヴィッド・ボウイだったんだよね。
「へえ! ほんとに? すっごくクール(笑)」
●あなた自身は、ジェンダー・ベンダーとしてのポップ・スターについてはどう思う?
「多分、それってどんな時代でも人気があるんだけど、必ずしも話題にはならないところなんじゃないかな。アメリカでも、ヘアメタルの男がドレス着たりするでしょ? マリリン・マンソン(*5)だって、すごく面白いのはランジェリーとか着てたことで。みんな当時マリリン・マンソンは悪魔崇拝がどうとかって言ってたけど、ほんとはあのランジェリーにもビビってたと思う(笑)。クールな意味でね」
*5 マリリン・マンソンもカトリック学校出身。大学ではジャーナリズムを学び、89年にバンド結成。現在は俳優、水彩画などのアーティストとしても活動する。
「私はバンクーバーで育ったから、日系人の大きなコミュニティがあって、日本のマンガは小さい頃から読んでたの。だから、絵柄からして、当時の日本のマンガのキャラクターがアンドロジナスだっていうのはわかる」
●日本のマンガやアニメで好きだったのは?
「小さいときは『天空のエスカフローネ』(笑)。後付けで『エヴァンゲリオン』とかも見てたかな」
「あと、ずーっと好きなのが大友克洋(*6)なんだ。映画じゃなくて、マンガのほうね。多分、一番好き」
*6 大友克洋が83年の自作をアニメ化した88年の映画『AKIRA』は海外の日本アニメ人気の先駆け。『童夢』など大友克洋の作画はバンド・デシネ(フランス/ベルギーのコミック)の代表的な作家メビウスに影響を受けたもの。メビウスは、SF映画『ブレードランナー』の世界観に影響を与え、『エイリアン』や『トロン』といった近未来映画のコンセプト・デザインも手掛けた。映画『エル・トポ』で知られるアレハンドル・ホドロススキーが前述の小説『デューン』を映画化しようとした際にも招かれた。
●あなたの絵にもその感じがあるよね。
「勿論。だって、私、『セーラームーン描く!』って言って、育ったんだから(笑)」
●じゃあ、『アート・エンジェルズ』のヴィデオのインスピレーションについて訊いてもいい? まずは“フレッシュ・ウィズアウト・ブラッド”。あのヴィデオであなたは天使とマリー・アントワネット的なキャラクターとして登場するわけだけど、あれは何を意味してるの? しかもマリー・アントワネットはテニスコートにいるんですけど。
「私、マリー・アントワネットってすごく興味深い人物だと思ってて。彼女って結婚したのが14歳とかでしょ。で、フランス国民から憎まれたんだけど、多分、彼女にはどうしようもなかったのよ。自分の着るもの、外見、贅沢な生活を彼女自身が決められたとは思えない。で、私もいまのマネジメントと組むまでは、何もかも自分のコントロールの外にあるって気がしてたの。撮影現場に行くといきなり水着着せられたり、ものすごく濃いメイクされて、『ええーっ』って感じだったり。まるでお人形扱いで、ずっと居心地悪かったのね。だからのあのヴィデオは、マリー・アントワネット・ヴァージョンのグライムスを殺してやる、ってこと。きれいにドレスアップされて、お人形扱いされて……ほんと嫌だった。私は自分のイメージをまったくコントロールできず、でもみんなそれがグライムスだと思ってたの。私自身、全然共感もしないものだったのに。で、天使は、なんか怖いキャラになりたかったから。あとちょっと、あれは頭の中で感じてる自分、みたいな感じかな」
●でも、天使も血を流してるでしょ?
「アート・エンジェルズっていうのはインスピレーションっていうか、ミューズみたいな存在だから、翼を持ってて、アイデアを生むのに血を流してる。『アイデアが生まれるとき、それはどこから来るんだろう?』ってことね。あとクリエイティヴなフォースが、薄っぺらで人工的なものを殺してるのよ」
●テニスは?
「あ、テニスコートね! 大好きな映画で『オーム・シャンティ・オーム』っていう映画があって。ファラー・カーン(*7)が監督したボリウッド・ムービーなんだけど」
*7 ファラー・カーンはボリウッドの舞踊監督から監督となり、女優としても活動する人物。監督第二作『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』は2013年日本公開された。
「私、継父がヒンドゥーの人だから家がヒンドゥーだったの。で、小さい頃からああいう映画たくさん見てて。『オーム・シャンティ・オーム』にはピンクのテニスコートで、全員ラケット持って、こう(と、振りをする)踊るシーンがあるんだ。あれをずーっと、ヴィデオでやってみたくて! だから、単に私がやりたかっただけ(笑)」
●あれはボリウッドなんだ?
「私、ヴィデオを作るときはいつもボリウッド的に考えてて。誰も気がつかないんだけど、ボリウッド映画を見まくってきた影響なんだ。ボリウッド映画ってクールだし、基本的に全編ミュージック・ヴィデオなのよね」
デヴィッド・ボウイの後継者、グライムスと
映画、小説、ダンス、マンガ、アニメを巡る
スーパーナード・ガールズ・トーク。後編