SIGN OF THE DAY

21世紀の炎上少女、グライムスのトリセツ。
全世界の年間チャートをかき乱す話題作
『アート・エンジェルズ』はこう聴け!
① by 萩原麻理
by MARI HAGIHARA December 09, 2015
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21世紀の炎上少女、グライムスのトリセツ。<br />
全世界の年間チャートをかき乱す話題作<br />
『アート・エンジェルズ』はこう聴け!<br />
① by 萩原麻理<br />

グライムスにとってほぼ4年ぶりとなる4枚目のアルバム、『アート・エンジェルズ』。これがグライムスことクレア・ブーシェにとって正念場となるのは、誰の目にも明らかでした。まずは小林編集長の記事を読んでみてください。

結果から先に言うと、かなりの高評価が次々出てきています。〈ピッチフォーク〉のアルバム・レヴューでは8.5点のベスト・ニュー・ミュージック。〈ステレオガム〉や〈NME〉の今年のベスト・アルバムではなんと堂々の1位をさらっています。ただ個人的には、好奇心と注目を集めたのはソングライター/プロデューサーとしてのクレアの真価と同じくらい、グライムスというDIYポップ・スターが本当にメインストリームに入っていけるのか、いけるとしたらどこまで?――という点だと思っています。なのでまずは、このグライムスというポップ・スターがどれだけ特異か、というところから始めましょう。

というのもグライムスはもともと「フェイク・ポップ・スター」というコンセプチュアルなプロジェクトなのです。

モントリオールの実験的なDIYシーンでグライムスとして2枚レコードを出していた宅録ポップ女子、クレアがこれを明確に発想したのは2011年にモントリオールのミュージシャン、ディオンとスプリット盤『ダークブルーム』を出したとき。とくにそのなかの“ヴァネッサ”のヴィデオ制作を自分で監督したことがきっかけでした。

Grimes / Vanessa

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ここでクレアはプロデューサーとして楽曲を録音して発表するだけでなく、それをグライムスというパフォーマーに演じさせる、という構図を意識するようになります。とはいえやっているのは両方クレア。そのときのことを彼女は〈フェーダー〉のカヴァー・ストーリーでこう語っています。

「ポップ・スターじゃなくて、私はフィル・スペクターになりたかったの。誰も見ない、裏側にいる人に――で、クレイジーな天才としてやりたいことをやって、それをパフォーマーに実現させる、っていう。でも不可能だったから、自分でやるしかなかった」

そう考えると翌年、2012年1月にリリースされたアルバム『ヴィジョンズ』で彼女のポップな感性が開花した理由も、シンガーとしてのグライムスが押し出された理由もわかります。そのうえ実験的で、あらゆるジャンルをごちゃ混ぜにしたような『ヴィジョンズ』はインディ・リスナーを中心に一気にヴァイラルとなり、その勢いでシングル“オブリヴィオン”はビルボードにチャートイン。〈ピッチフォーク〉はこの曲を「2010年代最高の一曲」としました。

ただ新世代のアイコンと言われつつ、人気が“オブリヴィオン”のヴィデオで火がついたところなど、実はポップ・プロジェクトとしては正統的です。このヴィデオでひとりヘッドフォンを着け、スタジアムやモトクロスの会場を軽やかに抜けていくグライムス。スポーツに沸く男たちのアドレナリンを浴びながら、彼女が「自分にしか聞こえない」音楽を口ずさむ姿は最高におかしくてキュートで、象徴的でした。このコンセプトを練り、共同監督したのも勿論クレア。すべての黒幕ですからね。

Grimes / Oblivion

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と、ここまではグライムスのフェイクで新鮮な輝きに人々が魅せられたスター誕生物語。とはいえ、そこにおいてクレア本人が持っていた無防備さや傷つきやすさ、いわゆる「ヴァルネラビリティ」が魅力となった比重は大きかったと思います。

もともとグライムスの発想からして、先に述べたプロデューサーとしてのアイデンティティと同じくらい、彼女の内向的な性格が元にあったはず。どんな分野でもそういう部分を持つスターこそ大勢から熱狂的に愛されるものですが、同時にナイーヴで誤解を呼びやすい、危なっかしい存在でもある。

つまり『ヴィジョンズ』での成功後、グライムスが疲弊していくこともある意味ポップ・スターの王道だったりもするわけですが、最近のインタヴューを読んでいると、拡大しつづけた世界ツアーやフェス出演以上に、彼女の場合二つの要素が精神的なブレイクダウンに繋がったようです。

まず一つめは、毎日のように「俺がプロデュースしてやろう」というオファーが来るようになったこと。まあ、それって侮辱ですよね。この体験に加え、世間が女性アイコンをどう扱うかを目の当たりにして、クレアはフェミニズムを強く意識するようになります。そのへんについては以前、別の記事に書きました。

で、二つめはそこでも触れたのですが、ネット世代として、クレアがそうしたことへの反論や意見を率直にSNSで語ったこと。それはとくにグライムスを生んだインディのクラスタやメディアで逐次取り上げられ、炎上を引き起こしました。有名なのは、2013年2月に〈ピッチフォーク〉がグライムスのタンブラーをもとに記事を書いたのに対し、彼女が「私のタンブラーはニュースソースじゃないし、文脈から引き剥がして勝手にポストされたくない」と反論した件。それでグライムスはタンブラーを大幅に削除してしまうのですが、そのこともまた〈ピッチフォーク〉の記事になるというイタチごっこでした。

同年夏にはイビザのリッチー・ホウティンのパーティにグライムスがDJとして招待されました。彼女としては皮肉でも何でもなく好きな曲をかけたのですが、そこに愛するマライア・キャリーの“オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマス・イズ・ユー”が含まれていたりしたので(真夏のイビザで!)、ミニマル・テクノのクラウドにそれが受け入れられるはずもなく、生中継されていたネット上でもバッシングが発生。インディ・ファンもエッジーなダンス・クラウドもほんと、そういうことしますよね。とはいえその1年後にやっと回ってきたDJの機会ではまた同じ曲をかけています。クレアがティーンエイジャーの時にハマっていたナイン・インチ・ネイルズやマリリン・マンソンなんかもDJではかけるようなのですが、そんなパーティの空気、ちょっと想像つきません。

Mariah Carey / All I Want For Christmas Is You

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Grimes play Marilyn Manson’s Beautiful People

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ともあれ、そんなことが重なったクレアは当時のマネジメントと関係を絶って、一時期カナダ西部のスコーミッシュに引きこもってしまいます。

そこで集中してソングライティングを試みたようですが、結果としてその頃までに書き溜めた曲は実を結ばず、2014年後半にはグライムスがいったんアルバムをボツにした、という噂も出てきました。先述の〈フェーダー〉の取材では、音楽的に納得がいかなかったことに加え、そんな精神状態で書いた曲がどれも「暗すぎた」と発言しています。ただ今年3月にデモとして発表され、『アート・エンジェルズ』に収録されることになった“リアリティ”はこの当時の曲です。確かに歌詞は重く、初っぱなからこんな感じ。

「毎朝起きると、越えなきゃいけない山がいくつもある/それに時間を全部取られる/目を覚ますと最初に見えるのがそれ/現実にようこそ、って感じ」。

ベッドから起きられないクレアが目に浮かぶようです。

Grimes / REALiTi

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実際、もうパフォーマンスからは引退して他の人のために曲を書くことに専念することも一旦は考えたクレア。その一環として友人のブラッド・ダイアモンドとともにリアーナのために書いた曲が“ゴー”でした。

Grimes / Go feat. Blood Diamonds

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結局採用されなかった“ゴー”は2014年8月にリリースされたのですが、本人は「自分でプロデュースしてないから」という理由もあり、グライムスの曲だとは思っていないよう。なのに売れ線の曲調のせいでファンからは「セルアウト」とされ、ややこしいことには“ゴー”のリリースとアルバムがボツになったという噂の時期が近かったせいで、「あの曲の評判が悪いから撤回したんだろう」という認識さえ広まってしまいました。

それは2013年12月、グライムスが新たに契約したマネジメントがジェイZの会社、ロック・ネーションだったこととも深く関係しています。クライアントはカニエ、リアーナ、シャキーラなど。つまり彼女を評価してきたインディ層からは完全に「ヤバいんじゃない?」という空気が生まれてしまったわけです。

とはいえ私はこの頃、グライムスがファッション界に進出してカール・ラガーフェルドやアレクサンダー・マックイーンと組んだりして、楽しんでいたのを覚えています。彼女ってハイファッションも自分で作った服も同じように着こなしてしまうんですよね。あのセンスは唯一無二だと思います。

いや、ほんとグライムスって話題が尽きないし、いくらでも紆余曲折のディテールを論じたくなる。でもそんなことしてると『アート・エンジェルズ』にたどり着かないので、先月デジタル・リリースされたこの作品の現時点での印象について書こうと思います。というのも、アルバムは出たものの、この後のヴィデオ、ツアー、メディア露出、ファッション的な扱いによって「ポップ・スターとしてのグライムス」の文脈もスケールも、大きく変わってくるはずなので。

まず感じたのは、「えらくハイパーだなあ」ということでした。『ヴィジョンズ』の変なビートや緩いグルーヴと比べて、とにかくアップビートでパワフルで、飛ばしまくり。この前に書いていた暗い曲群の反動もあると思うのですが、ていねいに歌詞を聴いたりしているうち、この躁的な感じって、実は怒りのエナジーなんじゃないかと思うようになりました。クレア自身は今回のソングライティングをメソッド・アクトに例えています。

「自分のいくつかのオルター・エゴに潜り込んだら、ヴォーカリストとしてもライターとしても、ずっとシャイなところがなくなったの。大半の曲は他の人の視点から、それをリアルに描写しようとしてると思う。クレイジーなくらいイマジネーションを解き放ったの」

その結果、エモーションとしては悲しみや内省じゃなく、怒りが出てきたのが面白い。かなり鬱憤があったんでしょうね。しかもいくらオルター・エゴとはいえ、歌詞では具体的な相手をディスっているように聞こえます。“キル・V・メイム”のヴァースはこんな感じ。

「俺は上の方にコネがあるんだ/なんのおとがめもなしさ/喧嘩になったのも向こうが俺を知らないから/俺は男だからな/なんだって許される」

もしくは、“カリフォルニア”のブリッジ。

「あの人たちが私に見てるものが、私には見えない/飽きられたときには私、また売れ残るだけよ」

アルバムに先駆けて公開された“フレッシュ・ウィズアウト・ブラッド”はこうです。

「あなたが欲しいのはお金と名声でしょ/前にはあったあなたの光がもう見えない/それにもう、私どうだっていいし」

この曲のヴィデオでグライムスが扮しているテニスコート上のマリー・アントワネット風ヒロインって、その相手のことなんでしょうか。

Grimes / Flesh without Blood/Life in the Vivid Dream

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そんなハイパーな曲が並んでいるからこそ、ミドルテンポの“イージリー”や“ライフ・イン・ザ・ヴィヴィッド”も生きているし、最後の“バタフライ”も余韻を残します。いや、本当にグライムスのユニークな個性は残したまま、プロとしての完成度は上げてきたんじゃないでしょうか。メインストリームで女性アーティストが次々活躍するいま、さらに作曲も演奏も全部こなす「女性プロデューサー」という存在をアピールできる一枚。ここからのヴィデオやステージングも、ぐっと楽しみになりました。

最後に、最終曲“バタフライ”の歌詞を一部訳しておきましょう。歌詞は「知ったかぶりのおやじは消えろ」というディスとも、クリエーションの秘密についてとも、「私はそんな存在じゃない」という宣言とも取れるのですが、曲調を変えながらも最後はすべて蝶々のイメージに回収されて、勝手にひらひら飛んでいく――その感じがなんだかすごくグライムスらしい気がするのです。『アート・エンジェルズ』でいちばん好きな曲かもしれません。

「ああ、それは飛行機より高いところから降りてきたの/この歌は聴いたことがない/お砂糖よりスウィート/あなたはハーモニーを探してるの?/すべてのなかにハーモニーがあるのに/世界を回してるのは蝶々の羽」

「飛んでいけばいい/あなたがドリームガールを探してるなら/私はあなたのドリームガールにはならない/リアルな現実に生きてるから」




「21世紀の炎上少女、グライムスのトリセツ。
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