〈ナイト・スラッグス〉=UKクラブ・カルチャー発、ベース・ミュージックを基礎とするレーベル群のなかで2010年代前半を象徴するレーベルと言って差し支えないだろう。前半どころか2010年代のディケイドも……このたびリリースされた、レーベルを代表するアーティストのひとり、ジャム・シティの新作『ドリーム・ア・ガーデン』を聴く限りありえなくない話だ。
もともとは主催の2DJ、ボク・ボクとエルヴィス1990によるパーティとして発足し、レーベルとしては彼らの作品、そしてエジプトリックスなど、彼らが出会ったさまざまなアーティストたちをリリースすべく始まったという、DJカルチャーらしい折り目正しい始まり方をしている。2010年に発足したレーベルだが、存在感としてはここ2~3年で急激に増していると言えるだろう。
その音楽性を大まかに言えば、主催のボク・ボクとエルヴィス1990の両者の音楽性をまさに足して2で割ったところに、そこへ連なる個性豊かな面子が集まって……とか書くとアレなので、具体的に。ボク・ボクはグライムやR&Bなどロンドンらしいアーバンな感覚、そしてエルヴィス1990はどちらかと言えばハウス――シカゴやボルチモアなども含めたゲットー・サウンドに始まり、さらにはUKファンキーや、現在ではむしろインダストリアル・リヴァイヴァルやロウ・ハウスなど昨今のベース・ミュージック以降の「ハウス」のさまざまな亜種を横断している。このふたつの個性を、UKガラージをある種の接着剤として合わせて2で……といった感覚なのだが、グライムからハウス、テクノにR&Bと多様すぎる6年のレーベル史を覗いて浮かんでくるのはそんな表現だ。
例えば、そんなふたりの音楽性の違いを知るのに良きサンプルがある。1stリリースとなったUKファンキー系のアーティスト、モスカによる『スクエア・ワンEP』のリミックスだ。同じ曲をリミックスしているのだが、ハウシーなエルヴィスと、グライムらしいスウィングするシンセ・リフを多用するボク・ボクと、それぞれの個性がよく表れている。
また初期のレーベルのスタイルに関しては、当たり前だが、2010年、レーベル・スタートとともにリリースされた、レーベルの最初のコンピ『ナイト・スラッグス・オールスターズ・ヴォリューム1』にてそのサウンドは確認できる。初期のヒットとしてはボク・ボクの2011年の『サウスサイドEP』収録の“サイロ・パス”だろう。R&B~グライム的なセクシーなシンセのリフが、UKファンキー・ハウスをシェイプしたゴツゴツとしてミニマルなリズムに乗る快作だ。
ここでひとつ、これらの曲や〈ナイト・スラッグス〉の初期リリースを聴いて思うのは、ジョーカーの影響力ではないかと。ラップ・カルチャーであるグライムと、DJカルチャーであるダブステップ由来のベース・ミュージック、このふたつを音色的な部分も含めて結びつけたジョーカーの2000年代末のブレイクは実は現在の視座から見ると非常に重要なものだったんじゃないかなと彼らの初期作を聴くと改めて思うことも……。
さて“サイロ・パス”がリリースされたのと同じ2011年に、パートナー・レーベルがアメリカで設立される。このレーベルは〈ナイト・スラッグス〉の存在を、後々にさらに大きく印象付けることになる。
ボク・ボクとネットを通じて出会い、その後もお互いのパーティなどを行き来していたアーティスト、キングダムのレーベルとして〈フェイド・トゥ・マインド〉が設立されるのだ。本レーベルからは、キングダム自身の作品は勿論のこと、西海岸のイングズングズ、NYのファティマ・アル・カディリ、歌姫ケレラ、さらには「ヴォーグ」と呼ばれるダンス・カルチャーと密着した音源をリリースし、ある種のリヴァイヴァルを呼び込んだマイクQ & DJスリンクといったアーティストたちがリリースしている。今になってみれば、イングズングズやファティマ・アル・カディリはフューチャー・ブラウンのメンバーであるし、ケレラは先日アルカ・プロデュースによるシングルをリリースするなど、USアンダーグラウンド~FKAツイッグス周辺へとダイレクトにつながる、まさに「今」のアーティストたちだ。「ヴォーグ」のリヴァイヴァルにしてもそうだろう。こうしたつながりは、リリース当時よりも、むしろ後年になってさらに〈ナイト・スラッグス〉の存在感を大きくしているとも言えるだろう。
このあたりのUS勢との邂逅は、主催の二人、とくにエルヴィス1990が追ってきた音楽性がより安易にしたというのは想像に容易い。それは前述のような、シカゴのゲットー・ハウス、またはマイアミ・ベースなどのヒップホップのUSローカライズとして発展してきたベース・ミュージックだ。こうしたサウンドがレーベルの要素としてあったことが、US勢との結びつきでは大きかったのではないかと。このあたりは、ドイツやフランスを中心としたヨーロッパのダンス・カルチャー=テクノ~ハウスへと繋がっていった、ベース・ミュージック系でほぼ〈ナイト・スラッグス〉勢とは同期とも言えるベンUFO、ピアソン・サウンド、パンゲアの〈ヘッスル・オーディオ〉、アントールドの〈ヘムロック〉あたりと大きく違うところではないかと。
ちなみに、振れ幅の大きさという部分で、エルヴィス1990は〈ナイト・スラッグス〉以外では、ディプロの〈マッド・ディセント〉から一枚、さらにジェシー・ウェアやディスクロージャーといった彼らのシーンと地続きなスターを輩出したメジャー〈アイランド〉の部署〈PMR〉からは、ほぼイタロ・ディスコ・リヴァイヴァルと化したエレポップなアルバム『ネオン・ドリーム』を2011年にリリースしている。また、ボク・ボクはサブ・レーベルとして、オランダはベテラン・ディープ・ハウス・アーティスト、トム・トラゴと〈ナイト・ヴォヤージュ〉を立ち上げ、ボク・ボクにしては、わりとストレートなハウス・プロジェクトもリリースしている。勿論、加えて彼らはトップ・アーティストの作品に多くのリミックスを提供していることは言うまでもないだろう。
さて、ここまでがレーベルの黎明期とも言える期間。個性を確立し、シーンにその名前が広がりはじめた時期と言えるだろう。そして、この頃、いわゆるそのサウンドをツールとして使うDJやシングル単位で追うようなその手の音の好き者以外にも広くアピールし、〈ナイト・スラッグス〉のレーベルとしての存在感をより確固たるものにする作品がリリースされる。ジャム・シティの1stアルバムである。
「2010年代UKにおけるクラブ音楽の流れを
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その「今」を実感したいならジャム・シティ
新作『ドリーム・ア・ガーデン』を。Part.2」
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