SIGN OF THE DAY

10分で教えます。チルウェイヴ発、常に
世界同時進行のサウンドを更新してきた
ジェシー・ルインズ、その先鋭性と冒険心
by JIN SUGIYAMA November 28, 2014
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10分で教えます。チルウェイヴ発、常に<br />
世界同時進行のサウンドを更新してきた<br />
ジェシー・ルインズ、その先鋭性と冒険心

09年~10年以降、米ブログ『ヒップスター・ランオフ』の投稿記事でメモリー・テープスやウォッシュト・アウト、トロ・イ・モワらがひとつにまとめられたのを契機にして巻き起こった淡い逃避願望を乗せたシンセ・ポップのムーヴメント=チルウェイヴ。この潮流が最盛期を迎えていたちょうどその頃、彼らとリンクするドリーミーかつエモーショナルなサウンドで登場したジェシー・ルインズと、後に台頭する朋友たちの広がりについては、こちらでまとめた通り。ところが今回の2nd『ハートレス』で、彼らはバンドの根本をすっかり覆すような、刺激的な変化を迎えている。ここではキャリアの縦軸を追うことで、新作へと至る変化を紐解いていこう。

現在はノブユキ・サクマとナホ・イマジマによるデュオ編成となっているジェシー・ルインズは、当初はナイツ名義で活動していたノブユキ・サクマによるソロ・プロジェクトとしてスタート。彼が所属する東京のコレクティヴ〈コズ・ミー・ペイン〉は、いわば英米のインディ・シーンとリアルタイムでシンクロする一群の先駆けで、当時の日本での注目度は決して高いものとは言えなかった。それもそのはず、時代は誰からともなく言い出した「ガラパゴス」的な国内音楽シーンの全盛期。個人的な話をすれば、こうした見方についてはそれっぽい言葉で簡単にまとめるのはどうなの? と思ったりもするが、それはまた別の話。当時の日本の音楽シーンにあってジェシー・ルインズの音楽性があまりに洋楽志向過ぎたのは確かに事実だった。それゆえ彼らは活躍の舞台を海外に求め、実際に彼らへの注目は、欧米のインディ・シーンから広がっていく。

その最初の発火点を作ったのは、当時インディ・リスナーの間で『ピッチフォーク』に次ぐ人気ブログとなっていた『ゴリラ vs ベア』だった。ここで“ドリーム・アナリシス”が紹介されると、彼のもとには毎日のように海外レーベルからのオファーが舞い込むことになる。

Jesse Ruins / Dream Analysis

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以降は2011年に英〈ダブルデニム〉から7インチ『ア・ブックシェルフ・シンクス・イントゥ・ザ・サンド/イン・イカルス』をリリース(後に米〈キャプチャード・トラックス〉のEPにもまとめられる)。

Jesse Ruins / A Bookshelf Sinks Into The Sand

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また、その年の夏前、当時梅ヶ丘で開催していた〈コズ・ミー・ペイン〉のイヴェントに遊びに来ていたナホ・イマジマ(ナー)がヴォーカル&シンセで加入し、〈コズ・ミー・ペイン〉の朋友ヨウスケ・ツチヤ(ヨッケ)もサポート・ドラマーとして加入(後に正式メンバーに)。この辺りの正確な時期は若干前後するかもしれないが、とにかく、12年にはそうして初期のソロ・プロジェクトから趣を異にしていった彼らへの注目を決定づける出来事が起こる。それがワイルド・ナッシングやクラフト・スペルズ、ビーチ・フォッシルズ、ダイヴなどを擁した当時の次世代インディの総本山、米〈キャプチャード・トラックス〉からのEP『ドリーム・アナリシス』だった。

DIIV / Follow

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Jesse Ruins / Lust & Fame

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ここで初めて、ジェシー・ルインズの音楽は広く認知され、日本でも「まさか日本人が〈キャプチャード・トラックス〉から作品をリリースするとは……!!」という、半ば驚嘆にも似た感想と共に話題を呼んでいくことになる。

当時彼らの音楽が海外で評価された背景には、チルウェイヴ勢ともリンクするドリーミーな雰囲気や、性別をぼかしたアートワークとアンドロジナスなヴォーカルが生むミステリアスな匿名性が大きく関係していた。けれども何よりその魅力を決定づけていたのは、4つ打ちの簡素なビートの上でほぼすべての曲においてぐんぐん加速していく、超エモーショナル&激キャッチーなシンセ・リフ。そこにはチルウェイヴ的な淡いシンセ・サウンドとは明らかにベクトルが異なる、ヴァージン・プルーンズなどに通じるゴシック/インダストリアルなアート感覚が同居していた。と同時に、その過剰にキャッチーなシンセはどこかJ-POP的な感覚も備えていて、当時海外のリスナーはそのエキゾチックなサウンドに興奮していた部分もあったと思う。ただし、この「日本的なシンセ」という表現は、当時の彼らには褒め言葉には聞こえなかったはず。何しろ彼らは、海外の音楽シーンと同じ音を鳴らそうとしていたアーティストだったのだから。

ちなみに、この時点でも実は音源はすべてノブユキ・サクマによって作られていて、英『ガーディアン』をして「男か女かもわからない」と評されたヴォーカルも実は彼の声を加工したもの。ナーとヨッケはライヴで彼の音楽を具現化する役目を果たしていた。

Jesse Ruins / Sofija


そしてこの頃になると、彼らの活躍を呼び水にして、日本からも徐々に海外シーンとリアルタイムでシンクロするようなアーティストが台頭。3人はそんな時代の追い風も受けて、ノブユキ・サクマがベース&シンセ、ナーがヴォーカル&シンセ、ヨッケがドラムという布陣で精力的にライヴを敢行。宅録から始まったプロジェクトは、徐々に3人組のリアルなバンドへと姿を変えていく。そんな中でリリースされたのが、デビュー・アルバム『ア・フィルム』だった。

Jesse Ruins / Laura Is Fading

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〈キャプチャード・トラックス〉を後にして、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルやネオン・インディアンを輩出した米〈レフス〉からリリースされたこの作品は、「好きな映画をコンパイルした架空のサウンドトラック」というテーマに基づき、曲ごとに『エターナル・サンシャイン』『フローズン・タイム』『悲しみのミルク』『ブルー・ヴァレンタイン』といったミニ・シアター系作品からタイトルを拝借(全曲考えれば分かるので、気になった人は挑戦してみてください)。中でも彼らの音楽性との親和性が顕著に表われていたのは、冒頭の“ローラ・イズ・フェイディング”で引用されている『ツイン・ピークス』と、“スリープレス・イン・トウキョウ”で引用された『ロスト・イン・トランスレーション』だった。また、引き続きノブユキ・サクマが全ての曲を作曲しながらも、ここでは作曲段階から“バンド”として演奏されることを想定。最終曲"ヴァレンタイン・アット・2am”ではヨッケがミックスまで担当し、初期からひとりで全てを取り仕切っていた楽曲制作は、よりメンバーとの関係性において成立するものに変化した。以降は、一時ドラマーを加えて4人編成でライヴを行なうなど、ジェシー・ルインズはさらにバンドとしての可能性を追究していくことになる。

しかし一方で、バンドの中心人物ノブユキ・サクマの興味はまったく違う方向に移行していた。その興味を紐解くには、アルバム完成後に彼が始めたソロ名義、コールド・ネームの音楽性に触れてみるのがいいだろう。

Cold Name / Buried Alive

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さて、どうでしょう。おそらく、初めて聴いた人は少なからず驚いたはず。というのもここにはジェシー・ルインズのあのキラキラと輝くようなシンセは一切なく、よりインダストリアルでダークな音が全編に広がっているのだから。とはいえ、この変化は、当時のアンダーグランド・シーンの流れを紐解けばごく自然なことだと理解できる。というのも、チルウェイヴを起点にした音楽シーンは、この頃になるとポップ性を追究してオーヴァーグラウンドに浮上する面々と、より先鋭化してアンダーグラウンドに潜る面々とに分派。中でも地下シーンで実験性を追究する面々の間では、ドローンやインダストリアルなどが大きな潮流のひとつになっていた。中でも当時彼が興味を持っていたのは、〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉による80年代ゴス/インダストリアル/ジャングル、ドゥーム・メタルのハイブリッド解釈。実際、2012年の年末に年間ベスト作品を聞いたところ、彼が挙げたのは同レーベルのエース、レイムによる『クオーター・ターンズ・オーヴァー・ア・リヴィング・ライン』だった。

Raime / The Last Foundry

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また、この頃にはウィッチ・ハウス的な磁場から、後のいわゆるインディR&B的なものへと繋がるR&Bの前衛的な解釈が生まれ、その中心となったバラム・アカブらが所属する米〈トライ・アングル〉からはメインストリームへと突き進んでいくアルーナジョージが登場。そして以降このレーベル周辺でも、まるでレイムらに共振するように、ハクサン・クロークらインダストリアル色の強いアーティストが登場することとなる。つまり彼の音楽的な興味の変化は、やはり海外シーンの最先端とシンクロしていたのだ。

そして今回の最新作『ハートレス』では、ジェシー・ルインズはノブユキ・サクマとナーのデュオ編成に回帰。コールド・ネームでの音楽性との共振も感じさせる、硬質で冷淡なファンクネスを全編に広げている。

Jesse Ruins / L for App

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まるで金属と金属が触れ合うようなビート。ミニマルな楽曲構成の中で淡々と変化する、細部まで作り込まれたモノトーンでシックな電子音。ビートのヴァリエーションが格段に広がり、伝家の宝刀であるエモーショナルなシンセ・リフの使用を極端に制限することで、ここでは「レス・イズ・モア」的な方法論で作品の深みが引き出されている。ナーのヴォーカルがはっきりとストーリーを紡いでいるように感じられるのも、その空白をたっぷり取ったサウンドゆえだろう。そして彼らの作品でドリーミーな音の裏側につねに広がっていたダークな感触が、本作でははっきりとサウンドの全面に窺えるようになった。“シークレット_イリーガル”の前半や“トゥルース・オブ・D”、もしくは“URL・シンキング”で立ちのぼる、夜の静けさをいっぱいに湛えたメランコリアはまさにそのハイライトだ。

そして曲名に“スカー・コーズド・バイ・ユア・フォン”、“エンプティ・TL”、“404nf(おそらく、エラー“404 Not Found”のこと)“、“URL・シンキング”など、SNSやスマホ用語が並び、アルバムのテーマがより現実世界を反映したものになっているのも特筆すべき点だろう。チルウェイヴ勢とも共振しながら夢の中の異空間を表現するようだったジェシー・ルインズのサウンドは、本作において、いよいよ彼らが暮らす現実世界へと浸食をはじめている。また、先行シングル“L・フォー・App”のMVに本人たちが出演し、彼らが東京に住む日本人であることをいつになくはっきりと打ち出していることも興味深い。もしかしたら、本作で空想から現実へと足を踏み入れる際に彼らが気付いたのは、以前よりフラットな視線で東京から世界を見つめる、自分たちの姿だったんじゃないだろうか。

……その真偽は定かではないが、少なくとも今ジェシー・ルインズが向き合っている現実は、この国の人々には理解されずに孤軍奮闘していたプロジェクトの開始当初とは、大きく状況を変えているはず。そう、現在の彼らには、志を同じくする多くの朋友たちがいる。そしてこの『ハートレス』は、そんな状況下に産み落とされた、シーンのパイオニアによる掛け値なしの傑作である。




「さらにガラパゴス化していくJ-POPを尻目に
国境を越えて、世界中のシーンと共振する、
ここ日本のインディ・アクトを8組ご紹介」
はこちら。


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