SIGN OF THE DAY

王道のポップの意味が問われる2017年、
Okada Takuro本人との対話から解きほぐす
初ソロ『ノスタルジア』という答え:後編
by KOHEI YAGI October 11, 2017
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王道のポップの意味が問われる2017年、<br />
Okada Takuro本人との対話から解きほぐす<br />
初ソロ『ノスタルジア』という答え:後編

王道のポップの意味が問われる2017年、
Okada Takuro本人との対話から解きほぐす
初ソロ『ノスタルジア』という答え:前編



●“アモルフェ”のイントロのサウンド・レイヤーが最高だと思うんですよね。クラリネットと、あと何を重ねてましたっけ。色んな音色が混然一体となって響くんですよね。

「アコースティック・ギターとバスクラ、あとピアノも入ってますね」

●岡田さんは、音色を重ねることでユニークな音色を作って、それを扱うのが上手いですよね。

「そこは、トクマルさんとかもすごい上手いなと思って、影響受けていて。いろんな楽器で同じフレーズをなぞることによって、ある楽器……たとえばピアノの分離して聴こえる音というよりは、ピアノとバンジョーとギターとクラリネットとサックスが混じった音ってまた違う楽器になり得る、みたいな。足し算だけど、その数が増えるというよりは、また違う楽器になっている。そういう感覚は昔からすごく好きなとこです」

●森の頃からもそれは意識的にやってらっしゃいますよね。

「そうですね。森の一枚目はそれやってないんですけど、デモのCD-Rがあって、音を録る設備がなくて、ぐちゃぐちゃになってる音に聴こえるというところもあるんです。それがフィル・スペクター的にも聴こえる要素があったり。フィル・スペクターの、オーケストラを一本のマイクでモノラルで収めるのってすごく好きな感覚なんです。違う楽器に聴こえる……50~60年代初期の録音って、ピアノの音がピアノに聴こえないみたいなのって、すごくあるんですよね」

●いま、フィル・スペクターが出てきましたけど、“ナンバー”の話する時にフィル・スペクターの話をしようと思ってたんですよ。

「ありがとうございます。今まで誰もつっこんでくれなかったんですよ(笑)」

The Ronettes / Be My Baby

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●“ナンバー”ってリズムがフィル・スペクターじゃないですか。フィル・スペクターがやっていたことって当時は確実に実験的で、それが売れてたわけじゃないですか。だから岡田さんの中で、ポップスっていうのはあれなんだなと。このアルバムではそこをすごくリスペクトしてやってるんだなって妄想しながら“ナンバー”を聴いてました。

「だから2~3分の曲にまとめて、多く作ったっていうのも結局そこで。今の時代、実験音楽だとか、もっとエクスペリメンタルな音楽だとか電子音響だとかで新しい音楽を作るっていうのも、ポップスと同じくらい難しい時代になってきたというところで。でも、今そういうエクスペリメンタルな音楽や、実験音楽も僕はすごい好きだし、リスペクトして聴いてるけど、自分が今回やりたかったのは、とくに日本で、ポップスで実験的なことをするっていうことだったんです」

●本作はタイトルが『ノスタルジア』なわけじゃないですか。ノスタルジアって、意味的に少し後ろ向きな意味合いがありますよね。このワードを他ならぬ岡田さんが、デビュー作のタイトルに持ってきたことを知った時、ぼくは感銘を受けたんですよね。これって少し言い方を気をつけなきゃいけないんですけど、岡田さんの芸術に対する嗜好性って、明確にノスタルジックな部分があるじゃないですか。

「ありますね」

●そういった後ろ向きにも見えるイメージを丸ごと引き受けているように見えることに感動して。ノスタルジックな嗜好性が、創作に対して強く影響している作曲家だと思うんですよ。岡田さんは。だから、このネーミングについてはどういう想いがあったのかな、というのは聞きたくて。それは岡田さんという音楽家の本質に関わることですから。

「それこそ森は生きているの一枚目の時に、ノスタルジックすぎると揶揄されたことがすごく嫌だったりとかしたので、わざわざ自分でつけるのって結構危なっかしい話ではあるかもしれないですが、ノスタルジアっていう、自分が創作、表現することの本質みたいなものを――拙いかもしれないけど、自分の中で一旦でも真理のようなものを見極めたいという気持ちが今回特にありました。表現をするプロセスにあるものは絶対、自分が経験したものであったり、過去の記憶だったり、音楽や文学、表現の歴史であったり。そういったある種の記憶が表現に接続されることの美しさ、そして誰しもが持っている記憶をどうアウトプットするか、ということが、僕が音楽リスナーとして感動してきた部分でもある。そういったことを色々考えていくうちに、『ノスタルジア』というタイトルになりましたね。だから、懐かしさというよりは、記憶と感受みたいな感覚かなあと」

●岡田さんは60年代、70年代の音楽が好きで、それが岡田さんの作る音楽の中の非常に大きな要素としてありますよね。そういった60年代、70年代の音楽についても、ある種のノスタルジックな感情が自分の中に芽生えるんですか?

「ザ・バンドとかって、たぶん当時でさえノスタルジックでしたよね。あれって時代は100年も過ぎてて、リアルタイムで実際に経験していないけど、ゴールド・ラッシュの時のアメリカ人の記憶をくすぐるような部分が絶対あったわけじゃないですか。ニール・ヤング、ピート・シーガーだってリヴァイヴァルで、ルーツ・ミュージックではなくてルーツ・リヴァイヴァルなわけだし。ディランだってザ・バンドだって、あれはルーツ・ミュージックじゃなくて完全にオルタナティヴ・ミュージックだし。でありながら、そこにはノスタルジアも含んでいるという、すごくよくわからないバランスで出来上がっている音楽で」

The Band / This Wheel's on Fire

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●まさしくその通りだと思います。

「過去のトラッドを聴いて自分で消化するみたいな、それの積み重ねがフォーク・ミュージックの歴史であると思うんですよ。だからあの時代、例えばバーズだと『ロデオの恋人』はカントリーをロックにもってきて、ソウルというか、ちょっと昔の、リズム&ブルーズやジャイヴ的なリズム・フィールもある。当時としては先端な音楽でありながら、ノスタルジックな感情ってたぶん生まれたと思うんです。僕もそういうのはすごく感じるかなぁ」

The Byrds / You Ain't Going Nowhere

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●“アルコポン”のペダル・スティールを聴いてると、岡田さんのそういう感情は伝わってきます。

「過去の音楽なのに、なぜかすごく新しく新鮮に聴こえる。初めてバーズを聴いた時の驚きというのは、たぶんこの先、生まれた人でも普遍的にあるものだと思う。人生で初めてザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグピンク』を聴いて、この先21世紀に生まれた子どもにとっても刺激的な音楽だと感じる部分もあると同時に、自分の根源的な、普遍的に変わらない感覚としてのノスタルジアみたいなものを刺激する部分も、ああいう音楽にはあるんじゃないかなと」

●岡田さんの音楽から少し離れた話ですけど、音楽におけるノスタルジーって、音色に宿ってる部分がかなり大きいじゃないですか。で、それが前面に出てきたムーヴメントがここ数年だと、チルウェイヴだったり、ヴェイパーウェイヴだったりしますよね。

「そうですね、80年代なあの感じの」

●それと岡田さんの音楽はもちろん同じには聴こえないんですけど、ただ、根っこにはかなり似たようなものがあるのかなというのは感じるんですよね。岡田さんはチルウェイヴやヴェイパーウェイヴをどう見てました?

「今26歳で、子どもの頃に家でかかってた音楽ってたぶん80年代のあの感じで、スネアにすごくリヴァーブがかかっていて、山下達郎っぽいカッティングが入っていて、みたいな。記憶として今の世代の人の中で普遍的に持っているものですよね。親が聴いてた音楽って」

●テレビCMでガンガン流れてたりとかですよね。ヴェイパーウェイヴはそういったCM音楽のサンプリングで作られているようなところもありますし。

「チルウェイヴの音像って、80年代の当時はハイファイだったサウンドをローファイに汚して、マスター・テープで、ラジカセから聴こえる音みたいにしてるところが新しかったかもしれない。ただ、楽曲自体の構成だとか、新しい奏法が生まれたという音楽じゃないなと思ってるので、ぼくの音楽とはそういうところが違ってますね」

●ありがとうございます。ノスタルジーという括りで岡田さんの音楽とチルウェイヴ、ヴェイパーウェイヴをカテゴライズした時、その中でどういう違いがあると岡田さんは考えてるのかなと思ったので聞いてみました。

「そういえば“ノスタルジア”なんかは、チルウェイヴ感は若干あるかなとは思ってますけど。キックの回数がわざと歯抜きにしてるみたいなところは性格の悪さが出せたと思います」

●ノスタルジアについては、石岡良治さんという批評家が『視覚文化「超」講義』という本で取り上げてて。彼はそこでノスタルジアについて「仮想経験としての懐かしさ」と言ってる部分があって。簡単に言えば、経験したことがないことを懐かしく思えることについて言及されていたんです。

「ああ、その感覚はよくわかります」

●石岡さんはノスタルジアが持つフェイクとしての時間性の中にあるポテンシャルに焦点を当ててるんですけど、ぼくが岡田さんの作品に同質のポテンシャルを感じるんですよね。岡田さんは当然60年代、70年代を経験してる人ではないですが、それにもかかわらず懐かしさを感じ、その感情を作曲のベースにしている。フェイクなフィーリングを利用して、きちんと新しいものとして提出するというのは、この作品でちゃんとやられているなと。

「それの心当たりみたいなのが一つあって。ジム・オルークが言ってたことなんですけど。アメリカーナってどこで学んだの? みたいの話の中で、ジムは、『アメリカーナはレコードから学んだ』って言ってて。それってすごくわかる部分がありますよね。僕の場合は、何もないところから新しい何かを生み出すことはできないんですよ。そういう才能がないというのは自分でもわかるし。だからどうしようってところで、とにかく自分は誰よりも音楽を勉強しなきゃいけない、聴かなきゃいけない、というのはずっと思ってるんです。だから、自分の部屋のレコード棚には、もちろん新譜もありながらも、とにかく過去の偉人が作った音楽がたくさんあって。そこが間違いなく自分のバックグラウンドになっていると思うんですけど。八木さんが言ったようなノスタルジックな感覚だとか、それこそ記憶みたいなものの積み重ねでできてくる表現されたもの、それは自分の部屋にあるレコードから受け取ったものなんですよね。だからその、フェイクな時間としてのノスタルジアっていうのは、おもしろいし、よくわかる感覚です。ジム・オルークが言っていたことにも繋がりますしね。『アメリカーナはレコードから学んだ』って、すごくいい言葉だなって改めて思いました。フェイクなフィーリングという言い方は難しいですが、それこそ個々人が無意識に持つ普遍的な感受の感覚を利用して、というとすんなり入ってくる言葉だと思います」

●『ノスタルジア』っていうタイトルの直接のルーツはタルコフスキーの同名映画だと思うんですけど、タルコフスキーの映画って音響にすごく配慮されてるじゃないですか。環境音だったりサウンドトラックだったり。

「タルコフスキーといえば水とか火とか、そういう風になっているけど。触れるような感覚ってすごく強くありますよね。タルコフスキーの音響って。あの美しさってすごいポエジーを感じさせる。何かを連想させたり、何も言ってないのにああいう風に人の心に入っていくような瞬間ってあると思います。僕は『ダイ・ハード』や『ジュラシック・パーク』も最高だと思うんですけど、タルコフスキーの映像の美しさにはどう転んでも敵わない」

Andrei Tarkovsky / Nostalghia

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●本作にはそういう、岡田さんが言うような、曖昧なポエジーと言えるような、タルコフスキー的な情感を込めたいというのはあったのでしょうか。

「タルコフスキーは『鏡』が一番好きで、あのもはやネタバレも何もない話ってすごいなと思うんですよ。それでも、何か自分の中でグッと動かされる瞬間が、観ている最中に何度もあって。直接的に感情を煽るような言葉や演技は皆無ですが、それでも観終わった後に、とにかくあらゆる感覚、感情が、溢れ出してくる。でもその心の動きは自分の持っている少ない語彙ではどうにも説明がつかない。なにか圧倒的な作品を目の当たりにすると、そういった感情が生まれます。何度も繰り返し観る映画や音楽は、その秘密にどうしても近づきたいという意識が生まれて、正解はともかく、そうやって何かが分かったような気になる作業も大事なことだと思います(笑)。だから、直接的なメッセージによって感情を動かそうとする音楽をぼくは一切作りたくないんです。」

●あと、タルコフスキーは音楽家に愛されますよね。坂本龍一は最新作『async』がタルコフスキーの影響を受けてることを公言していますし、武満徹『ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に』、ルイジ・ノーノ『進むべき道はない だが進まねばならない……アンドレイ・タルコフスキー』、アルヴォ・ペルト『アルボス<樹>』等々、錚々たる作曲家がタルコフスキーに関連した作品を生み出しています。

「タルコフスキーはアンビエントの人がモチーフにすることもよくあると思うし。〈ECM〉のマンフレッド・アイヒャーも、タルコフスキーがめちゃくちゃ好きじゃないですか。というか〈ECM〉の美学もタルコフスキー的にも感じるし。だからやっぱり、彼の映画の音響感みたいなところが重要ですよね。画からも音響的な感覚や距離感みたいなものも伝わってくるし、空間や空気みたいなものもタルコフスキーの映画からはすごく感じる。平面のはずなのに奥行きみたいなところが見えてくるあの感じは、大きい部屋でオーケストラの小さい音を聴いているような感覚に近いかなって思いますね」

●音響感という話でいくと、岡田さんは電子音響~エレクトロニカみたいなものも、リスナーとしてちゃんと通ってますよね。じゃないとduennさんとコラボレーションなんで出来ないでしょうし(笑)。

「ぼくは高校の時くらいから、〈タッチ〉や〈エディションズ・メゴ〉、〈ATAK〉、〈ラスター・ノートン〉あたりを好きで聴いてて、そのへんからは強烈に影響を受けてますね。当時は、あれ以上新しい音楽は出来ないと思ってました。ボン・イヴェールのあのアルバムって、絶対にあの時代のエレクトロニカを聴いてる人の音楽じゃないですか。グリッチの感覚を入れつつ、しかもそこに生音が入り、歌もののポップスで完成させるというのは新鮮でした」

Fennesz / Black Sea (part II)

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●最後にふわっとした質問をしますが(笑)、“硝子瓶のアイロニー”は最初、先行曲としてリリースされてましたが、そのときのジャケの写真って誰なんですか?

「あ、これ僕のおじいちゃんです」

●(笑)そうなんですね!

「これ、リリースのジャケットの締め切りがすごく早くて、あと12時間で入稿しなきゃいけないみたいな感じの時に、いまから現像は出来ないなと思って、実家に帰って、実家の古いアルバムから引っ張ってきた写真です。おじいちゃんは一回癌で倒れて心配していたんですが、持ち直して、いまは老人ホームで暮らしているのですが、暇があると各部屋を回ってバタヤンとかをハーモニカで吹いて、おばあちゃんたちにキャーキャー言われてるという話を聞きました(笑)。プレスリーが好きなハーモニカ吹きの友達も出来たそうです」


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