>>>英米チャートを突如として席巻、「レックス・オレンジ・カウンティ現象」とは何か?
2019年11月、ひとつの「事件」と言ってもいい出来事が起こった。11月9日付の全米チャートにてレックス・オレンジ・カウンティことアレックス・オコナーによるメジャー・デビュー作『ポニー』(2019年)が、カニエ・ウェスト、ポスト・マローンに次いで初登場3位、本国イギリスのチャートでも初登場5位に躍り出たのである。
セルフ・リリースだった前作『アプリコット・プリンセス』(2017年)は、英米共にチャート圏外。この凄まじい大躍進は、「レックス・オレンジ・カウンティ現象」と呼びたくなるほどの鮮烈さだった。
>>>「グローバルなポップの潮流=ポスト・ジャンル」に共振する才能
では、なぜ「レックス・オレンジ・カウンティ現象」が起きたのか? まずはその背景を紐解きたい。
これまでも〈サイン・マガジン〉では何度も指摘してきたように、2010年代はジャンルや国境や人種の壁を越えたダイナミックなクロスオーヴァーが起きたディケイドだった。とくに近年は、いわゆる「ポスト・ジャンル」と呼ばれるような、最初から既存のジャンルのタグ付けが不可能な若手アーティストたちが台頭するようになっている。
ポスト・ジャンルの代表格は、「エッジーでジャンル分け不能な(しかしプレイリスト・フレンドリーな)フュージョン」と〈NYタイムズ〉に評されたビリー・アイリッシュ、カントリーとラップを掛け合わせて議論を呼んだリル・ナズ・X、ロックとラップとポップを飲み込んだポスト・マローンなど。あるいはUKクラブ・カルチャーをベースにラップやR&Bやロックへと横断するムラ・マサなどもその枠組みで語ることが出来るだろう。
ポスト・ジャンル的な特徴を持っているアーティストの多くは、10代後半から20代前半。いわゆるジェネレーションZと括られている世代だ。彼らは幼いころからYouTubeやストリーミング・サービスなどで音楽を聴いて育っている。あらゆる音楽を簡単に制限なく聴ける環境が、彼らのポスト・ジャンル的な志向性を決定づけているのは言うまでもない。
現在21歳のレックス・オレンジ・カウンティは、1stアルバム『ビコズ・ユー・ウィル・ネヴァー・ビー・フリー』(2016年)の時点から既に、インディもジャズもラップも飲み込んだポスト・ジャンル的な志向を開陳してきた。
そして最新作の『ポニー』では、ビリー・アイリッシュやポスト・マローンと北米メインストリームを舞台に競い合うのが目に浮かぶような、ポップ・ミュージックとしての強度を高めたプロダクションへと進化している。
もともとアレックス自身に備わっていたポスト・ジャンル的な資質をグローバルなポップ・マーケットに向けて適切にチューンナップさせたのが『ポニー』だとしたら、これでレックス・オレンジ・カウンティが世界的なブレイクを果たしたのは必然だったと言えるかもしれない。
>>>当代きっての目利き、タイラー・ザ・クリエイターとフランク・オーシャンがフックアップ
こうしたアレックスの資質を誰よりも早く見抜いていたのが、ポスト・ジャンルの先駆けであり、新世代が活躍するための土壌を耕してきたタイラー・ザ・クリエイターだったというのも象徴的な話だ。
『ビコズ・ユー・ウィル・ネヴァー・ビー・フリー』を聴いたタイラーはすぐその才能に感づき、L.A.で行われた『フラワー・ボーイ』(2017年)のレコーディング・セッションにアレックスを招待。“フォアワード”と“ボアダム”の2曲を一緒に作り上げている。
共に『フラワー・ボーイ』のセッションに参加していた縁なのか、2017年にアレックスはフランク・オーシャンのツアー・バンドにも参加。その翌年にはチャンス・ザ・ラッパーの盟友ピーター・コットンテールの“フォーエヴァー・オールウェイズ”という曲にも、チャンスやダニエル・シーザーなどと一緒にフィーチャーされている。
me playing for frank ocean in gothenburg and helsinki pic.twitter.com/d0tSJnb1Dr
— rex orange county (@rexorangecounty) August 15, 2017
タイラー・ザ・クリエイターとフランク・オーシャンという当代きっての目利き2人にフックアップされたという事実は、それだけでもアレックスの底知れないポテンシャルを感じさせるだろう。北米メインストリームの最先端を切り開くアーティストたちの審美眼からしても、アレックスの現代性は疑いようもなかったということだ。
>>>英インディ新世代の一角から、『ポニー』は如何に飛躍を遂げたのか?
もしかしたら、ここまで読んで、こんな疑問を抱く人がいるかもしれない。レックス・オレンジ・カウンティと北米メインストリームを紐づける話ばかりしているが、サウス・ロンドンに拠点を置き、ブリット・スクール出身というプロフィールを持つアレックスは、トム・ミッシュやコスモ・パイク、キング・クルールと並べ称されるようなサウス・ロンドンのインディ新世代の一角ではなかったのか? と。
確かに前作『アプリコット・プリンセス』までのレックス・オレンジ・カウンティは、そのように位置づけることも可能だった。
しかし、先ほども少し触れたように、最新作『ポニー』でアレックスは驚くべき飛躍を遂げている。
何より耳を引くのはプロダクションの変化だ。1stの如何にもベッドルーム・ポップ的なチープさ、2ndにまだ強く残っていたインディ然とした空気を完全に払拭し、『ポニー』の音作りは明らかにモダンなポップネスを強調している。例えばアルバムの幕開けを飾る“10/10”。ここでのドラムやシンセの音色や、ハーモナイザー系のエフェクトがかけられたと思しきヴォーカルなどからは、従来との違いが一目瞭然だろう。
その一方で、アレックスのソングライティングの魅力は揺るぎない。彼にはアバやクイーンを聴いて育ち、ランディ・ニューマンを敬愛する(共演もしている)というオーセンティックなポップ・ソングライターとしての資質がある。と同時に、その歌にラップやR&Bのフロウを取り込むことも怯まないという稀有な存在だ。
『ポニー』において、そんなアレックスの特徴がもっともわかりやすく表出しているのは、ディアンジェロやエリカ・バドゥとも共演しているピノ・パラディーノがベースで参加した“フェイス・トゥ・フェイス”。下の映像は、アメリカの人気コメディアン、エレン・デジェネレスの番組に出演した際のパフォーマンスだ。マイクを片手にラップと歌の中間のようなヴォーカルを聴かせるアレックスは、ラップがポップになった2010年代の北米メインストリームを通過したアーティストであることがよくわかる。
そのように言われても、レックス・オレンジ・カウンティはメジャー・デビューしてセルアウトしただけじゃないの? という頭の固いインディ純粋主義者がまだ残っているかもしれない。だが、以下の〈BBC〉でのスタジオ映像でエド・シーランとジャスティン・ビーバーのコラボ曲をカヴァーしていることからも明白なように、そもそもアレックスはポップに対する屈託にない愛情を持っている。
そして、臆面もなくポップになることを恐れないというのは、ポスト・ジャンルと括られる新世代の特徴でもある。ジャンルの垣根が曖昧になった現在は、メインストリームとオルタナティヴという二項対立が無効化した。それゆえに、売れているものは安っぽく、本当に優れた音楽はアンダーグラウンドに潜んでいるという構図が崩れ、もっとも優れた音楽がもっとも多くの人に聴かれるという状況が生まれている。この状況を前提としているがゆえに、新世代は先鋭的であると同時に飛び抜けてポップなサウンドを目指すようになった。レックス・オレンジ・カウンティの『ポニー』は、これまでより格段にポップであるからこそ、むしろより強く現代性が刻まれることになった傑作なのである。
>>>英米の大会場を軒並みソールド・アウト! 終わらない「レックス現象」、来日公演は果たして?
「レックス・オレンジ・カウンティ現象」は、一時のチャート・アクションだけに留まらない。イギリスでは、5000人規模の会場であるロンドンのブリクストン・アカデミーを3日間ソールド・アウト。2020年1月から始まった北米ツアーも、すでに全公演ソールド・アウトしている。しかも、NYでは収容人数6000人のレディオ・シティ・ミュージック・ホールを2デイズ完売。その人気が完全に「本物」であることがわかるだろう。
北米やヨーロッパを周るワールド・ツアーを経て、2020年5月18日にはマイナビBLITZ赤坂で来日公演が行われる。世界の若者たちが熱狂する「レックス・オレンジ・カウンティ現象」が本物かどうか、ぜひその目で確かめてもらいたい。そして、下に貼った〈グラストンベリー・フェスティヴァル〉でのライヴ映像のように、BLITZでもハートウォーミングな大合唱が起こることを期待したい。