テーム・インパラは、ただの“サイケデリック・ロック”バンドではない。彼らはエレクトロニック・ミュージックやメインストリーム・ポップのアイデアも取り入れ、まだ誰も作っていない刺激的なモダン・ポップの創出を目指してきたアーティスト。それを検証するべく、“モダンなポップ・クリエイター”という観点から彼らのキャリアを振り返る本企画。この後編では、『ローナイズム』後に発表した様々の音源から新作へと繋がるヒントを探しつつ、7月22日にリリースが迫った『カレンツ』のリード・トラックまでを追いかけます。
当時の所属レーベル〈モジュラー〉のポッドキャストとして配信された、ケヴィン・パーカーによるミックステープ。彼は自作曲の具体的な影響源をあまり語るタイプではないので、これは資料的にも貴重だと言えます。わかる範囲でトラックリストを書き出してみると、パンダ・ベア、カリブー、ベック、マック・デマルコ、エール、セルジュ・ゲンズブール、ザ・フィールド、ロイクソップ、キング・クリムゾン……と、かなりエクレクティック。そのチョイスからは、テーム・インパラの音楽にも繋がるケヴィンの現代的なセンスが垣間見られます。
これはオーストラリアのラジオ局〈トリプル・J〉で披露したアウトキャストのカヴァー。2003年の名作『スピーカーボックス/ザ・ラヴ・ビロウ』でも白眉のメロウなR&Bバラッドです。前編で取り上げたように、1st『インナースピーカー』の時点でアウトキャストにインスパイアされた曲を作っているので、これは理に適ったセレクト。
ここでカヴァーをもう一曲。マイケル・ジャクソンが94年にリリースしたベスト盤とオリジナル・アルバムの2枚組、『ヒストリー』収録曲です。これまた絶妙なところを突いてきますね。上のアウトキャスト同様、こちらもR&Bフレイヴァーのバラッドを選んでいるので、新作へのトレーニングを兼ねたカヴァーだったのではないかと推測できます。
この2曲はオリジナルを併せて貼っておきましょう。プロダクションのアイデアを含め、『カレンツ』の青写真のひとつになっているのではないか? と感じるのですが、さてどうでしょうか。
それでは、『カレンツ』の話に移る前に、もう一曲だけ聴いておきたいと思います。
そう、この曲も忘れてはいけません。今年2015年に入ってからは、マーク・ロンソンの新作にケヴィンが参加。複数の曲で共演していますが、出色の出来だったのがこれです。ほとんどひとつのベース・リフだけで引っ張っていく、“アップタウン・ファンク”路線のトラックですね。曲が進むにつれ、リトンとジェイムス・フォードによるヘヴィなアナログ・シンセのシャワーが降り注いでくるのも面白い。そのファンキーなポップ・サウンドといい、モダンなプロダクションといい、ケヴィンのファルセット気味の歌い方といい、『カレンツ』との共通点は幾つも見られます。ただ、前述のカヴァーを1~2年前に発表していたことを考えると、テーム・インパラがマーク・ロンソンに影響を受けたとは言い難い。むしろ、2015年最大のポップ・ヒットを放ったプロデューサーと、偶然にもケヴィンのモードがシンクロしていたと捉えるべきだと思います。
ここからは、いよいよ『カレンツ』に突入です。アルバムからの最初のリード・トラックとして、突如フリー・ダウンロードで発表された8分弱の大作。これにはぶっ飛びました。
『ローナイズム』よりもさらにエレクトロニックなプロダクションを推し進め、ポップ・ソングとしての完成度も飛躍的に向上。ダフト・パンクの『ランダム・アクセス・メモリーズ』と比較されることが多い曲ですが、いつになくストレートなダンス・フィールを持っているという点では、それも理解できなくはない。前半はヴァース、コーラスのシンプルな構成で進みながら、3分55秒辺りでドラムがループし、ストリングスが挿入されてからのエピックな展開には何度聴いても唸らされます。ソングライターとしても、サウンド・プロデューサーとしても、ケヴィンの代表作のひとつに挙げられるべき名曲。
これは“レット・イット・ハップン”とは対照的に、わずか1分48秒で終わる小品。他のリード・トラックと較べるとストレートなギター・ポップですが、初期のようなヘヴィなブルーズ色は皆無。カリブーの『アンドラ』にも通じる、現代的な視点からの60年代ソフト・サイケデリアの再解釈といったところでしょうか。
ケヴィンがデビュー当初から胸のうちに秘めていたポップへの野心を、もっとも明快な形で打ち出すことに成功したトラック。そう断言して間違いありません。とにかく手数が多さで圧倒していた『ローナイズム』のドラムとは正反対に、隙間を生かすことでファンキーさを強調したビート。甘くロマンティックなシンセの上モノ。ファルセットを多用したソウルフルな歌い方。どれを取っても、R&B寄りのポップ・ソングを意識しているのは明らか。それゆえに、これは、前述のマイケル・ジャクソンやアウトキャストの曲と並べても何の違和感もない。テーム・インパラならではのサイケデリックなタッチは残しつつも、メロウな光沢を放っている極上のR&B/ポップ・バラッドです。
下に貼った“イヴェンチュアリー”も、やはりR&Bからの反響が感じられる美しいポップ・ソング。アルバムの方向性を明確に体現しているという点では、この2曲が『カレンツ』の核だと言っても過言ではありません。
こうして振り返ってみると、アルバムごとに必ず新しいアイデアとヴィジョンを持ち込んでいるものの、根本的な部分は決してブレていない。そう、彼らの音楽には常にポップへの愛情と野心が通底しています。そして、それがもっとも大胆かつストレートに表現されたのが『カレンツ』なのです。そういった意味では、この最新作が彼らの神髄であり、ひとつの到達点。彼らのアルバムは傑作揃いですが、『カレンツ』こそがその頂点に位置付けられることは疑う余地がありません。
〈サイン・マガジン〉ではケヴィンのインタヴューも近日公開予定。そちらも楽しみに待っていてください。
テーム・インパラ interview
「よりミニマルに、よりグルーヴィに、
さらにユニークに、どこまでもポップに。
果たして、彼らは世界言語になった」
モダンサイケの尖鋭から大文字のポップへの
飛翔を果たした最高傑作『カレンツ』に備え
テーム・インパラの歴史を徹底再検証:前編