*動画は『Le Cerveau セルヴォ』『あなたみたいに、なりたくない。』『魚座どうし』三作品の予告編。
世の中が暗く荒んでいると言われる時ほど、自分の日々は穏やかにつつがなく進んでいる。折に触れてそう感じる。2011年は3.11が暗い影を落とした年としてイメージされるけれど、僕にとっては重苦しい時期からようやく光がさした年だった。2015年頃の、デモが盛んで、社会や文化は良い方向に向かうはずだという空気があった頃には、トラブルと過ちの連鎖に直面して、無力感と罪悪感に苛まれていた。そして2020年はといえば、やるべきことが多くて、忙しなく時間が過ぎた。部屋にこもっている日は一日もなかった。というわけで、メディアが喧伝する「社会」から、生活実感がズレにズレ続けている。もちろん、環境に恵まれたから社会変化の影響を受けずに済んでいるともいえるけれど、このズレを無視するのもそれはそれでおかしいし、ズレを意識させない表現は全部どうでもいい。
ある人は生まれ、ある人は死ぬ。ある人は大いに喜び、ある人は激しく苦しむ。時代という言葉を考えるとき、それぞれの日々があまりに異なる様相であることを想像してしまう。仮に時代精神みたいなものがあるとしたら、それは現代人の平均的な気分を上手く捉えた言葉ではないし、世界システムの変化のスケッチでもない。個人と世界のズレを自分自身の感覚で捉えて、この瞬間に生まれる新しい歓びと尊厳を受け止めようとしない限り、時代は、永遠にやってこない。で、当然ながら世界は変わり続けているので、後は自分がどうするか。アルカやジェームズ・マンゴールドのように、ズレたままブレずに行動できるか。
今年のベスト・アルバムは断トツでケニアのDUMA。Martin KhanjaとSam Kuruguの二人組が、ウガンダのアフロ・フロアレーベル〈nyage nyage tapes〉から出したレコードのジャケットを目視してほしい。ぶら下がった肉塊と、赤白茶の柄のマントを纏った男。フランシス・ベーコンの描く歪んだ肉に慣れた我々の目にも、拒否反応を及ぼさずにはいられないあからさまな異様さ。再生すれば、アフロ・パーカッションを限りなく単純に連打したようなビートと、甲高いハーシュノイズ。そして呪詛でしかない叫び。「異臭からはじめよ」といった人間は正しい。あらゆるどうでもよさを振り切って現れる何かは、いつだって意味がわからなくて、変な臭いがする。何故アフリカ大陸の東の地から、黒とも白ともつかない暴力の塊が生まれたのか、全く意味がわからない。Covid-19 Lockdown Bluesの最中に現れた最大の謎。謎であり答え。謎と答えが一緒になる奇妙な瞬間だけが、欲しい。
ペット・シマーズとパク・へジン(박혜진)と山中瑶子の作品に期待しています。
〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2020年のベスト・アルバム、ソング
&映画/ドラマ5選 by 辰巳JUNK
「〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2020年の年間ベスト・アルバム、
ソング、ムーヴィ/TVシリーズ5選」
扉ページ
2020年
年間ベスト・アルバム 50