What's your pleasure?
世界が激しく混乱するなかで、僕は性懲りもなく個人と社会の関係について考えていた。いや……、そんな立派なものではない。自分の言動に整合性があるのか、自分の考えたことが社会的に許容されるのか、つねに怯えているような一年だったような気がする。緊急事態宣言明けすぐに、映画館に観賞に行くことを奨励するべきなのか。ブラック・ライヴズ・マターとブラック・トランス・ライヴズ・マターのうねりに、日本からどのように賛同を表明すべきなのか。日本語ができないパートナーのために給付金の手続きの手助けをした経験を、どのようにシェアすべきなのか。たくさんの「べき」にがんじがらめになりながら僕は、部屋でただ、古い映画をたくさん観ていた。
けれどもジェシー・ウェアのディスコ・ソングは、ダンスフロアに行けなくなった僕に問うてくる。「あなたの」喜びは何?と。
あるいはビル・キャラハンの“ザ・マッケンジーズ(マッケンジー家)”はこんな歌だ――。家の前で車が壊れる。四苦八苦していると、隣の家からおじさんが「Son(にいちゃん)、ダメだダメだ」と言って助けに出てくる。そのままビールに誘われ、隣家のあまりの居心地の良さに思わず、主人公は「おじさんにもう一度son(にいちゃん)と呼ばれたい」と心のなかで願う。結局夕食までごちそうになった主人公は、その老夫婦のson(息子)が数年前に死んでしまったことを知る。自分の家族が恋しくなってしまい、帰ろうとした主人公におじさんは言う。「Son、だいじょうぶだ。わたしたちはだいじょうぶなんだ」。その「son」は自分のことなのか、夫婦の息子のことなのか、もうわからなくなっている。深夜この歌を聴きながら、僕はただ静かに涙を流すしかなかった。
個人の小さな喜びや悲しみ、不安や祈りはこれからどのように社会に広がっていくのだろうか。わからない。わからないけれど、ただ、自分の心の小さな動きに正直でいたい、そう思った一年だった。
So, what's my pleasure, and our pleasure? 来年は、知らない誰かの喜びをもっと感じたいと思う。
〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2020年のベスト・アルバム、ソング
&映画/ドラマ5選 by 伏見瞬
「〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
2020年の年間ベスト・アルバム、
ソング、ムーヴィ/TVシリーズ5選」
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2020年
年間ベスト・アルバム 50