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NIKKI NACK tUnE-yArDs (Hostess) by JUNNOSUKE AMAI
RYUTARO AMANO
June 11, 2014
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NIKKI NACK

新たな刺激を求めて「外側」へと手足を伸ばした最新作。しかし、
そこは手練手管で我が物にする、まるで名人芸のような極み

チューン・ヤーズのデビュー・アルバム『バード・ブレインズ』がリリースされた2009年の夏といえば、ブルックリンに端を発した2000年代のUSインディ・ミュージックの大団円を決定づける作品――数ヶ月先行したアニマル・コレクティヴに続いてグリズリー・ベア、ダーティ・プロジェクターズ、おまけにアクロン/ファミリーの新作等々が出揃った、インディ・ファンにとってあれはサマー・オブ・ラヴのような季節だったと記憶されている。当時、取材する機会に恵まれた〈4AD〉の社長がアトラス・サウンドの『ロゴス』と一緒にプロモ盤を手渡しでくれた際の自慢げな表情が印象深いが、実際、『バード・ブレインズ』が披露した天衣無縫なトライバル・ポップは、まさに前出の名前らが先導した直近のトレンドに合致したものだった。多重録音を駆使したコーラス・ワークとドラム・ループや生楽器との賑やかなアンサンブルは、スケールこそ違えど翌年のビョークとダーティ・プロジェクターズの共演盤『マウント・ウィッテンバーグ・オルカ』を先取りした趣向だったといえなくもない。そして、ジョアンナ・ニューサムの対抗馬とするには毛色が異なり、なんならウィリス・アール・ビールの女性版と呼ぶにもふさわしいメリル・ガーバスの野太くしなやかな歌声は、たとえばアデルやダフィといったUKのレトロ・ポップの歌姫のカウンターとしても強烈な存在感を放っていたことを思い出す。

一方で、2009年といえば、グライムスやナイト・ジュエルやジュリア・ホルターといった女性アーティストがUSアンダーグラウンドではすでに続々と活動を始めていた頃でもある。その多くはエレクトロニックだが、しかし、ループやサンプルを重ね構築された彼女らのサウンドは、同じくマルチ・レイヤードなスタイルのチューン・ヤーズと大枠で音作りの意匠を共有するものであったことは指摘するまでもない。あるいは、宅録の延長にあったガーバスのアプローチと、同時期にリヴァイヴァルのごとく台頭の兆しを見せたガレージ・バンドやベッドルーム・ミュージシャンとの間には、音楽性を隔てた連帯意識も窺えた。そうして、2000年代を受け継ぎ、2010年代に引き継ぐガーバスのオルタナティヴな個性は、反面、母親がピアノ教師で父親がバンジョー奏者という音楽一家に育ち、高校時代からクラシックの訓練を受けたスタンダードな素養と表裏一体でもあるのだろう。ゆえにガーバスには、たとえ曲芸じみたアイデアも音楽として形に起こすだけのスキルがあり、3年前の『フーキル』はまるでピーチズとアーニー・ディフランコを傘の上で回すような芸当をやり遂げたアルバムだった。ただ、そこにひとつ杞憂があったとすれば、2作目にしてすでに伸び代が見当たらないほどにその手つきは熟し切って感じられたこと、ぐらいだろうか。

『フーキル』のツアー後、「自分に飽きてしまった」というガーバスは、ヒット・ソングに関する本を読み、異なる楽器を習得し、ダンスを学び、さらにはハイチに飛ぶなどして新たなインスピレーションを求めたことが『ガーディアン』のインタヴューで語られている。最新作の本作『ニッキ・ナック』は、そんな才媛らしいガーバスの学習成果報告――なんていったら彼女のワイルドなイメージを損なうだろうか。いや実際、ガーバスは天才肌のように見えてじつは職人気質というのが性に近いと思われるが、ともあれ、本作では音作りの面でリズムの構造にあらためてフォーカスが当てられたことは、全編を通じて幾重にもベース・ラインとドラム・パターンが試され尽くしたプロダクションが物語る通りだろう。それは数曲でハイチのパーカッショニストが招かれたことにも顕著だが、しかしネイティヴな作法を学ぶ/真似ぶのでは当然なく、いわば土着と外来を折衷して新たな体系を再構築するのがあくまでガーバス流だ。ダンスホールとチップチューンをポリネシアン・ビートで遊ばせた“シンク・オー”は白眉だが、生のドラムにエレキのベース、シンセにさまざまな打楽器が絡みリズムを複層化していくポリリンガルな芸当は、ここでもさらなる極みを見せている。“ストップ・ザット・マン”はまるで、パンダ・ベアの『パーソン・ピッチ』をヴードゥーの音頭でシンコペイトさせたような場面も垣間見せて賑々しい。

そして、ガーバスにとってまたとない退屈しのぎ(?)の機会となったであろう体験が、リアーナのプロデューサーのジョン・ヒルと、フランク・オーシャンのコラボレーターとしても知られるマレイとの共同作業だろう。前者との“ウォーター・ファウンテン”はあまりにチューン・ヤーズなトライバル・ポップだが、スネアとドラム・ループがミニマルな“ヘイ・ライフ”、ガーバスのスロウな歌唱にカシオトーンがくだを巻く“ウェイト・フォー・ア・ミニット”の後者との2曲は、耳を留めさせる魅力がある。いわゆるR&B的な歌い回しはチューン・ヤーズにおいて特筆するまでもないが、そこにエコーやディレイ処理ではなく、カットされた自身のコーラスやゲスト・ヴォーカルと和えることで音響的な造形を作り込む手間こそ、やはりガーバスならではだろう。

ガーバスがどの程度の具体的なプランを持って本作の制作に臨んだのかは知らない。ひとまず、前作『フーキル』後にガーバスが吸収したものを吐き出して形にした作品、とはいえる。が、そこに新たな伸び代が見つけられたというよりは、元からあるスタイルを追求して押し広げた、といった印象に近いかもしれない。それはそれで十分に魅力的だが、ガーバスの意気込みにも関わらず、5年前のあの夏の記憶が妙に懐かしく感じられてしまうのは、たとえばエイヴィ・テアのスラッシャー・フリックスにもいまいち乗り切れなかった自分だけ、か。

文:天井潤之介

音楽の時間軸と空間軸を自由に絡ませ合う
極彩色のビート/ヴォーカル・アルバム

チューン・ヤーズのビートは明らかにドラム・セットを前提としていないように響く。一聴してわかるとおり、バス・ドラム、スネア・ドラム、ハイハットなどを想定したようなビートにはどうも聞こえない。大げさな言い方ではあるものの、この愉快痛快な音楽はジャズ黎明期以降の西洋大衆音楽のビートやリズムを支配してきた王のような楽器からは解き放たれた場所から鳴っている(そういった点で「自由」な音楽が世界中にいくらでもあるのは勿論、承知だけれど)。西洋的なビート感覚からただひたすらに逃れ去っていくアフロ・オリエンテッドな感覚の持ち主であるチューン・ヤーズ=メリル・ガーバスは開放的で、喜びに満ちたビートを叩きだしている。それは、傑作『フーキル』に引き続いてこの『ニッキ・ナック』でも大きくは変わらない、素晴らしい彼女の独自性である(今作の録音前、彼女はハイチのブードゥー・ドラムを練習したという)。

チューン・ヤーズのライヴは(映像で観る限り)非常におもしろい。フェイス・ペインティングを自らに施し、ど派手な衣装で着飾ったメリル・ガーバスは両脇にフロア・タムのようなものやスネア、タンバリンなどの打楽器を置いている。彼女は正確無比なドラミングを披露しつつ、大きな口を開いておおらかに歌い、時にヴォーカルとドラムのフレーズを足元のサンプラーでループさせて複層的なリズムとハーモニーをその場でつくりだしている。バンドのメンバーは、チューン・ヤーズの音楽の核となっているベーシスト、ネイト・ブレナーが鍵盤も担当(彼は『ニッキ・ナック』ではほぼ全曲の作曲に携わっており、ますますチューン・ヤーズにおける重要性を増している)、他にはアルトとテナー・サックス奏者がいたり、最近は女性ヴォーカリストが2人サポートで参加したりしているようだ。この少ない人数であのチューン・ヤーズのパワフルな音楽を見事にライヴとして聞かせるのは、やはりメリル・ガーバスという唯一無二の才能と存在感がなせるわざだろう。チューン・ヤーズの音楽はとても開放的だけれども、どこまでもメリルの個的な表現に聞こえる。

『ニッキ・ナック』は『フーキル』よりもいくぶんかポップなメロディとシンプルなリズムを携えている。“ヘイ・ライフ”(フランク・オーシャンの作品にも参加したマレイが共同プロデュース)や“ウェイト・フォー・ア・ミニット”はチューン・ヤーズなりのファンク/ソウル・ミュージックといった趣で、ストレンジなビート感覚が後退したぶんポップな推進力を勝ち得ている(そこは少々残念なところではあるものの)。前作のツアーののち、ヴォーカル・レッスンをしたという彼女の素晴らしいヴォーカリゼーションがこの2曲で聞くこともできる。“シンク・オー”や“ストップ・ザット・マン”、“マンチャイルド”は第三世界のベース・ミュージックとも共振するような奇妙なダンス・ビートで、朗らかなM.I.A.のようでもある。

とはいえやはりチューン・ヤーズの音楽の中心にあるのは、ドラム・セットをバラバラに解体したものをハンド・クラップや様々なパーカッション、スクラップやなんかといっしょくたにして叩きだすビートとメリルの多彩なヴォーカリゼーションであり、それは彼女の新しい代表曲となるであろうアルバム冒頭の“ファインド・ア・ウェイ”や“ウォーター・ファウンテン”に明らかである。しかしおもしろいのは“ロッキング・チェア”である。メリルのヴォーカルの多重録音、ボディ・パーカッション、ストンプ、シンプルなマラカス、フィドルのみで描かれるこのシンプルな曲は、まるでアラン・ロマックスが採集したプリズン・ソングのようだ。

そんなわけでチューン・ヤーズの『ニッキ・ナック』は音楽の縦糸(時間軸)と横糸(空間軸)を、幼児が描く絵にも似た極彩色の想像力でもって奇妙かつ複雑に編みこんでいる。過去も未来も、西も東もごちゃまぜになった音楽――まるでメルティング・ポットそのもののようで、わくわくするとともにヨーロッパやアメリカの大都市(いまやそれは東京でもいいのかもしれない)を見ている気分にもなる。

文:天野龍太郎

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