SIGN OF THE DAY

<Ahhh Fresh!>第1回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明
by MASAAKI KOBAYASHI February 21, 2017
<Ahhh Fresh!>第1回<br />
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明

>>>連載にあたって

この連載は、ラップの定点観測のような記事を連載形式で、との編集部からの要望に基づき、形にしてみたもの。ただ、具体的にどんな提示の仕方がいいのか、すぐには決まらず、原稿本体を書き進めてゆくうちに「Ahhh, this stuff is really fresh」がふと頭に浮かんだことで、方向性が固まった。ちなみに、これはファブ・ファイヴ・フレディによる1982年の“チェンジ・ザ・ビート”のB面収録の、ビーサイドによる同曲のフランス語版の一番最後に出てくるヴォコーダーを使った一節で、今現在に至るまで無数にサンプルされ続けている。

通常、freshという語は、新鮮、とか、新着の、とか、できたての、という意味だが、面白いことに、ラップ的には、このfreshには、80年代から、満足できる、とか、良さが認められる、というニュアンスも同時にまとっていた。真新しい曲であり、かつ、たちまち高評価、はたしてそんなことが実際に起こりうるのか、その検証のきっかけや足がかりになるべく、ここでは、だいたい過去一か月以内に発表された作品を対象に書いていきたい。題して(曲名まるごとでは長すぎるので、略して)「Ahhh Fresh!」




1)
〈ザ・サイン・マガジン・ドットコム〉による、2016年年間ベスト・アルバムで51位にランクインしたのは、21サヴェージ(とメトロ・ブーミンのコラボ)による『サヴェージ・モード』だった。


2016年 年間ベスト・アルバム
51位~60位


一方、2017年1月1日にミックステープ『サヴェージ・ライフ』を発表したのが、22サヴェージ。21サヴェージとしては、自分のクローンみたいなラッパーが出てくるほど、自分は注目されている! ことを確信し、YouTuber的お笑い芸人的過去もあり、ラッパーとして別名義で活動していながら昨年急遽改名した22サヴェージにしても、その名前のインパクトで人を引き寄せた上で、本家よりも俺のほうがラップは上! とアピールすることが可能になった。

ただ、これだけで終わらない。22サヴェージが21サヴェージをディスる曲を出すと、(少なくともYouTube上には)そのビートを借用して22をディスる曲で23が登場し、24が出てきて22と23をパロディ的にディスり、誰もが想像するように、25、26,27,28と相次いで、まさにクローンのように、次々にサヴェージを名乗るラッパーが出てきて、自分以前に登場したサヴェージをまとめてディスる状態に。

22 Savage / Ain't No 21

23 Savage / Ain't No 22 (22 Savage Diss Track) (21 Savage Beef)


恐らく数か月後には、実は、自分はかつて、100サヴェージ名義で曲を出したことがある、と打ち明けるようなラッパーが出てくるに違いない。



2)
自分の存在を知ってもらえれば、あからさまにパクリだと思われようが、構いはしない、という態度は、ミックステープ『ハーキュリーズ』を発表したキングにも見られ、ヤング・サグのコピー・キャットと呼ばれることを期待していたかのような前作(のイメージ)からは、今回は少しではあるが距離を置いている。



3)
自分の曲をより多くの人たちに聴いてもらうためには何をすべきなのか、このスタイルを高度に洗練させたアーティストが、この1月にはアルバムを発表している。ピンク・ガイの『ピンク・シーズン』だ。

彼が、フィルシー・フランク名義で展開しているYouTubeチャンネルは、410万以上の登録者数を抱えている。ここにアップされているのは、ウケ狙いのおふざけ(ラップ)みたいなものに見えるが、本人としては、あくまでも「普通の」曲をまともに演るはずが、フィルシー・フランクあるいは、下半身ギャグ中心のピンク・ガイという別キャラで演ったものがウケてしまったのだという。

PINK GUY / セックス大好き


本名をジョージ・ミラーという彼は日系で、ジョージというミドルネームを持ち、ジョージ名義では「普通の」ヒップホップを演っている。彼としてはあくまでも「普通」に演るのが、最大の目的なので、ピンク・ガイとして演っていることも、自分の曲を聴いてくれるリスナーの数を維持してゆくためには、重要だと考えている。しかも、瞬時であるとはいえ、『ピンク・シーズン』は、iTunesのアメリカ、カナダ、UKのヒップホップ/ラップ・トップ・チャートで1位、同じくアルバム・トップ・チャートでは最高2位を記録した(ちなみに、ビルボード、コメディ・アルバム・チャートでも1位)。

彼が、ここまでウケると思っていたかどうかわからないが(ヤング・サグのパロディなども含まれ、とんでもな内容ではあるけれど、ディスではなく、ラップが好きでたまらない感じは表れている)、あのバウアーの“ハーレム・シェイク”の、一番有名なヴァイラル・ヴィデオを作ったのが、他でもない、このピンク・ガイだったのだ。

DO THE HARLEM SHAKE




4)
勿論、他人の気をひくことに執着するだけがラッパーではない。ひたすら作品を作ることそのものが、安定感をもたらすだけでなく、ある種のセラピーのように機能することもある。サウス・ロンドンのロイル・カーナーの『イエスタディズ・ゴーン』は、いわゆるグライムではないし(一方、グライム界の重鎮ワイリーは『ゴッドファーザー』という表題通りのスタンスから忌憚のないところをラップしている)、荒んだストリートが対象というよりは、心の安らぎや痛みや家族について、レイドバックした、日本でいうところのジャジー・ヒップホップ寄りのビートを好んでライムし、慎ましさを湛えたデビュー作となっている。

Loyle Carner / Yesterday’s Gone




5)
レイドバックしたファンク寄り(ディスコ/ブギー定番曲も使用)のビートとの組み合わせとなると、優に20年以上のキャリアを持つベイエリアのライダー・J・クライド による『DJフレッシュ・プレゼンツ・ザ・トゥナイト・ショウ・ウィズ・ライダー・J・クライド』が安定感を見せている。



6)
同じカリフォルニアでも、サクラメント出身の新鋭モジーは、昨年2016年一年だけでも12作のアルバムを発表し、カリフォルニアのほうのラップに耳を傾けようとすると、いつも、この人がいる、という状況で、年明け後も早速『フェイク・フェイマス』を発表している。



7)
夥しい数の作品と言えば、2012年を代表するラップ・アルバムの一つとなった『ミスタ・サグ・アイソレーション』を頂点に、恐らくは、自身でも20以上もの変名を使い分けきれぬまま、どう聴いてもノイズやパンクにしか聴こえないアルバムを含め、わずか8年の間に30以上もの作品を発表しまくった後、既に活動をやめていたはずのリル・アグリー・メインが『ヴォリューム1:フリック・ユア・タング・アゲンスト・ユア・ティース・アンド・ディスクライブ・ザ・プレゼント』をベッドウェッター名義でリリースした。

bedwetter / volume 1: flick your tongue against your teeth & describe the present.


自身のFacebookによれば、精神病院に入院中で、ジャンデックのアルバムを全部聴き込む(この人も多作で確認できるだけでも、70作品は発表している)と書き込んだため、彼のファンたちの顔は一様に蒼ざめた。精神に問題がある時に、壊れそうなほど繊細なジャンデックの曲を聴きまくるのは、危険すぎると、彼らは考えたのだろう(とはいえ、無暗に陽気な音楽を聴けばいい、というものでもないとは思うが)。



8)
今現在は、昨年夏に起こした強盗事件により、勾留されたまま、レコーディング活動は中断されているものの、2015年末に発表された“ルック・アット・ミー”が一部で大きな話題になった、フロリダは、ブロワード・カウンティの19歳のラッパー、XXXテンタシオンが、曲によっては、平気でがなりまくるような態度は、リル・アグリー・メインからアヴァンギャルド臭を除いた感じではあるけれど、それでも十分にエクスペリメンタルだ。

XXXTENTACION / Look At Me


例えば、マラの“チェンジズ”をビートに使ったこの曲以外でも、『イーザス』の頃のカニエの低音を、さらに歪ませたようなロウファイな音が鳴り響いているかと思えば、アンビエントなものもあるし、結局は「(オーラル)セックスのあいだ、俺を見てろよ」と言いたかったこの曲では、パンクのバンドの名称「ミスフィット(ツ)」と、「リスト・スリット(リストカット痕)」とで韻を踏んでいるように、逮捕前に発表されていた楽曲をあわせて聴いてみると、彼の態度や表現されているのは、パンクだったり、エモだったりする。

もうじきシャバに出てくる、と何度となく噂されながら、実現されないことから、既発音源のみならず既発「発言」も組合せ、マグショットをそのままアートワークに拝借したファン(代表?)お手製のミックステープ『フリーX』が、この一月に勝手にアップロードされてしまうほど、(いろいろと未知数なところはあるが)このXXXテンタシオンへの期待と注目度は、じわじわと、そして、着実に高まっている。

今、Xと言えば、本稿で最初のほうに挙げた21サヴェージの代表曲を思い浮かべるラップ好きが多いかもしれないが、来年の今頃は、XXXテンタシオンの通称としてのX(エックス)のほうが世の中に広まっているかもしれない。最近では「カルチャー・ヴァルチャー」とも揶揄されている、あのドレイクが1月のアムステルダムのライヴで披露した新曲のフロウが、XXXテンタシオンのこの“ルック・アット・ミー”のそれにそっくりだったことがすぐさまネット上に拡散された。

Drake previews new song in Amsterdam

XXXTENTACION / Look At Me: STREET REACTIONS in Hollywood




9)
もっとも、XXXテンタシオンの(一部の)楽曲からうかがわれるエモ・ラップというかメロディック・トラップとでも呼んだらいいのかわからないような要素は、勿論、突発的に、そこで表出したわけではない。

全米数か所で全く別個に活動していた(しかも、過去にうまくいかなかった音楽活動歴を持つという共通点がある)連中が結びついて生まれたゴスボーイクリックの場合は、例えば、クリックに属するマックネッドなどは、カート・コバーン的なものに憧れるヤング・サグ以降のラッパーを体現し(勿論、コバーンがエモであるか否かは、また別の話だが)、かなり緩やかに連帯しながら、各々が、たくさんの作品を出し続け、クリックとしてのアルバム発表に至っている。

そんなわけで、2017 年がまず一か月が過ぎた今、さしあたっては、このゴスボーイクリックとして昨年の夏に出したコンピ(ただし、全員が参加しているわけではない)『イェー・イッツ・トゥルー』に耳を傾けておいてもいいかもしれない。

GOTHBOICLIQUE / Yeah It's True




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