SIGN OF THE DAY

<Ahhh Fresh!>第2回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明
by MASAAKI KOBAYASHI March 09, 2017
<Ahhh Fresh!>第2回<br />
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明

1)
この連載の前回の最後のほうで、ゴスボーイクリックに触れておいたのは、このクリックに属するシアトル出身のマックネッドが当初は1月中に『ハート・コべイン3』を発表するのでは、と噂されていたからだった。


<Ahhh Fresh!>第1回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明


それから数日遅れ、2月に入ってから確かにこのミックステープは発表された。

GBC Presents / Hurt Cobain 3 by Mackned & Friends


だが、それだけではなかった。ゴスボーイクリックからは、その前、つまり、2月に入った途端に、(ディガブル・プラネッツ及びシャバズ・パラセズのイシュミール・バトラーを父に、あのSWVのココを母に持つ!!!)リル・トレーシーのミックステープ『トレーシーズ・マンガ』が、『ハート・コべイン3』の数日後には、ゴスボーイクリック・アンセム的な“ウィッチブレイズ”を含むリル・ピープ&リル・トレーシーによる『キャッスルズ2』が、たった一週間のあいだに発表された。

さらに、そこからやや間を置いて、2月末には今度はリル・レイヴン&リル・トレーシーのコラボで5曲入りの『フライ・アウェイ』も出された。

完成度という面では負けているかもしれないが、リリース(量)の勢いに関しては、かつてのオッド・フューチャーをも凌いでいる。リル・トレーシーについては、(彼が勝手に「カワイイ・トラップ」とタグ付けした)『トレーシーズ・マンガ』だけしか聴いていないと、まるで、リル・ウージー・ヴァートのわかりやすいフォロワーのように思えるもかもしれないが、2月にリリースされた他の作品に表れているのが彼の基本的な音楽性だと捉えておいたほうがよさそうだ。



2)
そんなリル・トレーシーには、クリックの中では最も相性のいいリル・ピープとのコラボによる“コべイン”という、2016年9月発表のピープのミックステープ『ヘルボーイ』収録曲がある。

Lil Peep / Cobain with Lil Tracy (from HELLBOY)


これを聴く限り、ピープとしては、ギャルに人気のカート・コべインに、自分のルックスの良さをなぞらえていて、アイコンとしてのカート、また、カート・コべインをとりまく俗っぽいイメージに惹かれているようだ。ただし、インタヴューでは、自殺衝動に襲われたことは過去に何度もあったと真顔で語るピープは、同ミックステープ収録の“OMFG”や他の曲でもそれをあからさまに表現していることも付け加えておきたい。

黒人ラッパーっぽい発声を模倣しようともしない彼のラップは、サウンド(原曲の大胆なサンプルも含む)もフロウも、総じてポスト・ハードコア/エモ~メロディック・ハードコアに依拠しているかのようだ。



3)
一方、自殺衝動などではなく、死にたくないのに、自分の嘔吐物で危うく窒息死していたかもしれない実際の臨死体験から、リリックの内容が地に足のついたものになったというのが、『ラップ・アルバム・トゥー』を出したジョンウェイン。

Jonwayne / Rap Album Two


前作までは〈ストーンズ・スロー〉から作品をリリースし、アンダーソン・パック等とも共演経験のある彼は、ラッパーズ・ラッパーというか、ラッパーが聴いても思わず唸ってしまうような、相当巧みなパンチラインに彩られたラップを得意としている。はっきり言えば、ラップのためのラップ、を創造しているという側面が大きかった。それが、今回のアルバムでは、2014年の臨死体験以降、自分の身に降りかかった事実に基づく言葉で、リリックを書いたのだという。



4)
自殺を前面に出すとまではいかなくても、(強度の)鬱状態とドラッグと女の三要素を取り上げることは、R&Bでもラップでも常套手段となって既に久しい。ドレイクやウイークエンドに近い関係にあるということで一部で異様に期待されていたトロントのナヴによるミックステープ新作『NAV』は、プロデューサーとしての可能性は見せつつも、ラッパーとしては、今触れたこの手垢の付き過ぎた要素の繰り返しで凡庸な作品となってしまった。



5)
また、同じカナダ出身のショーン・レオンの新作『アイ・シンク・ユーヴ・ビーン・ゴーン・マッド(オア・ザ・シンズ・オブ・ファーザー)』も、数曲を手がけたワンダーガール等(ビッグ・ショーンの新作『アイ・ディサイディッド』にも参加)と組んで彼自身が練り上げたサウンド・プロダクションそのものは、一聴に値するものながら、それゆえにリリックの凡庸さがどこかひっかってしまう。



6)
むしろ、ウイークエンドが2作目のアルバムで捨て去ってしまったような要素を独自に引き継いだように聞こえたのが、LAの二人組ゼイ.のデビュー・アルバム『ニュー・レリジョン: ハイエナ』だった。

THEY. / Nü Religion: Hyena


(彼らとしては、かなりのニュー・ジャック・スウィング好きを自負しているものの)、敢えて大仰に形容するなら、ニルヴァーナとブライソン・ティラー(先に挙げたナヴも、その存在を意識しているに違いない、ドレイクのエッセンスを抽出したかのようなR&Bシンガー)をかけあわせたようななかなか興味深い楽曲が生まれている。



7)
このナヴやショーン・レオンとゼイ.の場合に見られるように、(意識、無意識に関わらず)既定路線で行ってしまうのか、それとも、そこから何か(どこかを)進化させるのか、この二面を図らずも示したのが、フューチャーのアルバム『フューチャー』と『ヘンドリックス』なのではないだろうか。

Future / Future

Future / HNDRXX


(ラップにおける)トラップも、T.I.やヤング・ジージーがアルバムやミックステープのタイトルに最初に掲げた頃から数えても、13~14年は経過しているし、ビートの構造から考えれば、トラップの起源はそこからさらに遡ることもできる(勿論、2017年現在に至るまで変化や進化を続けたわけだが)。

そして、今や、トラップ(のビート)は、聴こうとしなくても、耳に入ってくる、すっかり馴染みのあるものとなった。例えば、TVのトーク番組『クター・フィル』に出演した気難しいギャルの発言に出てきた、「キャッシュ・ミー・アウサイ、ハバウ・ダ(外に出て話をつけようじゃないの!)」との一節が注目され、早速それをサンプル&ループした、複数のノヴェルティ・ソングが発表されるも、ビルボードHOT100入りを果たしたのは、“キャッシュ・ミー・アウトサイド(#キャッシュミーアウトサイド)”のトラップ・リミックスとも呼ばれているDJスエード・ザ・リミックス・ゴッドによるヴァージョンのみとなっている。

『フューチャー』と『ヘンドリックス』は、内容的には、それぞれ、アーティストとしてのフューチャーの視点、私人としてのフューチャーの視点に立脚しているが、これは、前者のサウンドがトラップ・へヴィな規定路線であるのに対して、後者が、フューチャー史上トラックの音楽的な幅が最も広い作品集になっていることときれいに対応している、とも言える。

ただ、二作品ともフューチャーのアルバムであることには変わりはないのだから、彼が規定路線の限界を悟っていることも想像できる。



8)
視野を少し広げてみれば、例えば、既に、ヤング・サグは昨年の『ジェフリー』で、ハードなトラッパーに執着するのとは別のことに強い興味を示していたし、リル・ウージー・ヴァートがミックステープ『ラヴ・イズ・レイジ2』に先がけて発表した4曲中の1曲がゴスペル・ソングをサンプルした非トラップ・ビートなものなら、2チェインズによる“グッド・ドランク”のリミックスのほうは、ビートそのものにはトラップの名残を残しながらも、中盤からゴスペル・クワイアが加わる構成となっている。



9)
こうしてアトランタのトラップ・アーティストたちが、ほぼ同じタイミングで、ある意味、規定路線から外れ、積極的な変化/進化を意識し出したのに対して、たった一人で、デビュー・アルバムにして、特定のジャンルを規定路線から逸脱させた楽曲群を大胆に取り込み、そこからジャンルそのものを見直そうというような行動に出たアーティストがいる。『ギャング・サインズ&プレイヤー』を発表したUKのストームジーだ。

Stormzy / Gang Signs & Prayer


ここで、彼は、グライムと言われて多くの人が思い浮かべるようなものとは全くかけ離れた楽曲も作り上げている。まず、「最後の晩餐」をモチーフにしたアルバム・カヴァーは、ナズによる2004年の(これもまた実験的な試みの多い)2枚組『ストリーツ・ディサイプル』のそれをも思い出させるだけでなく、その図像のメッセージと内容を照らし合わせてみても、このアルバムは「ストームジーとその使徒たちの説く教え」つまり、福音(ゴスペル)であるという言い方もできる。つまり、ハードコアなグライムということでもある。そして、実際に、そこにはゴスペル・フィーリングを湛えた彼のストレートな「歌唱」曲も含まれているし、生楽器との融合も実践されているのだ。



10)
話をフューチャーに戻せば、今から10年前ほど前までは、どうしてもNYのラップがサウス化する、NYでサウス勢がもてはやされるのを嫌う連中が相当数いたわけだが、今や、NYのラップ専門局のプレイリストのメインは、トラップであり、サウスのラップだ。2000年以前には、バスタ・ライムスのクルーに属していたロック・マーシアーノのような、NYはロング・アイランドのMCであっても、取材中に、フューチャーやヤング・サグのリリックを口ずさみ、彼らの才能に好意的な姿勢を示したりもする。

もっとも彼の場合、最新アルバム『ローズバッズ・リヴェンジ』でも聴かれるように、一瞬音数が足りないと思えるようなビートを使い、ピンプ特有の滑らかなしゃべり口調をラップに溶け込ませたような独自のスタイルを、2010年代に入ってからひたすら追究し続けている。

Roc Marciano / Rosebudd's Revenge


あくまでも、ストリートに根差したヒップホップではあるものの、聴きようにようによっては、ラップのためのラップを意図している部分も大きく、創作上の態度は前述のジョンウェインと重なるところがあるとも言える。もちろん、このロック・マーシーに、単純にNYらしさを求めることもできないし、2017年現在、どんなラップを指してNYらしいと言ったらいいのか、よくわからないところがある。



11)
そんななか、ブロンクスのドンQのミックステープ『コーナー・ストーリーズ』には、サウスやシカゴのプロデューサーもビートを提供してはいるものの、同郷で彼をバックアップしたAブギーやハーレムのデイヴ・イーストだけでなく、90年代に頭角を表したNY出身の先輩メジャー・ラッパーたちも、彼らが今から10年ほど前にライムしていたビートの延長線上にあるようなトラックに乗り、自然な感じで顔を出している。



12)
奇しくも、このタイミングでブロンクスのレミー・マーが、その火種は11年も前に遡ることのできるクイーンズのニッキー・ミナージュ(当時彼女はまだブレイクしていなかった)とのビーフを“シーイーザー”で再開。

Remy Ma / ShEther


彼女は服役により、6年間の空白期間があること、また、そもそもゼロ年代前半に、フリースタイルで頭角を表し、2006年頃に『ファイト・クラブ』というTVでも放映されたラップ・バトル・リーグで名勝負を残した人だったことから、ラップ・シーンの時空の一部を10年以上前へタイムスリップさせようとする、見えない駆動力と化しているようにも見える。

そんな彼女がニッキーへのディス・ソングに選んだのは、ラップ史上最大の戦いとなったナズvsジェイZのバトルでのナズの先手曲“イーザー”。バトルというものに対する彼女の純粋な思い入れは、そのキャリア形成上からも十分に理解できるにしても、これは、2001年の曲なのだ。

Nas / Either




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