今年一年、現在進行形のポップ・ミュージックを追いかけているリスナーの間で最大公約数的に話題となったレコードは? と問われて、すぐに思いつくアルバムと言えば何でしょうか? カニエ・ウェスト、ビヨンセ、チャンス・ザ・ラッパー、フランク・オーシャン等々、ほとんどがヒップホップやR&Bばかり。レディオヘッドがあっただろ! と言う人も勿論いるでしょう。しかし、彼らがもはや単純にロック・ミュージック、バンド音楽とカテゴライズできる存在じゃないのは明白です。
〈サイン・マガジン〉でも何度も言及されてきた通り、確かに今は、地域的にも音楽的にも、バンド音楽に「シーン」としてまとめられるような大きな潮流は見当たらないかもしれない。ですが、その状況=ロックの死、と言うのは結論を急ぎ過ぎというものでしょう。よく目を凝らしてみれば、世界各地に良いバンドはたくさん存在していて、今なお優れたレコードは生まれ続けている。それを伝えるべく、今年の初めには、こんな記事もアップされていました。
バンド音楽なんてもう死んだでしょ?!
と訳知り顔で語る輩を一発で黙らせる、
2016年期待の新人バンド6組をご紹介
2016年を振り返ってみると、ここに紹介された以外にも多くのバンド/アーティストが良質な作品を世に送り出してくれました。音楽性、出身や地域はてんでバラバラ。言うなれば、現在ロック・ミュージックは、拡散と多様化の中にある。ある意味、今は今でとても豊かな時期だと言っても決して過言ではない。
ただ、そんな時代だからこそ、良いロック音楽を見つけるには、自ら能動的にならなければいけない。それらの音楽のほとんどは、〈アップル・ミュージック〉や〈スポティファイ〉のランキング上位には上がってこないし、SNSのTLにもなかなか流れてこない。一リスナーが、普段の暮らしの中でそこまで新しい音楽の発見に能動的になるのもなかなか難しいはず。だからこそ、本稿では2016年なりのロックの豊かさを証明するために、10組の気鋭バンド/アーティストが今年上梓した、傑作ロック・レコードを厳選して紹介していきましょう。
1. The Lemon Twigs / Do Hollywood
まず初めに紹介するのは、久方振りに「アンファン・テリブル=恐るべき子供たち」という言葉を使いたくなる十代の兄弟デュオ、レモン・ツイッグス。若き日のジェームス・テイラーを思わせる凛としたルックスの長兄ブライアンと、ジギー時代のデヴィッド・ボウイのようなヘアスタイルもクールな弟マイケルは、それぞれ19歳と17歳。2人ともギターからドラムまで複数の楽器を見事に弾きこなし、ソングライティングまで行うマルチな才能の持ち主。名門〈4AD〉からリリースされた彼らのデビュー作『ドゥ・ハリウッド』には、ビートルズとビーチ・ボーイズをはじめとして、音楽家だったという父親の60~70年代ロックの膨大なレコード・コレクションを聴き漁ってきた歴史が目いっぱいに詰まっている。
それが借り物めいた不自然さに陥ることなく、きっちりと自らの表現として血肉化されているのは、やはり奔放な十代のイマジネーションあってこそだろう。彼らの登場は本当に突然で、シーンの動向等とはほぼ無縁なため、本稿で紹介するバンドの中でも最も見落とされがちかもしれない。だからこそ、この機会に是非とも聴いて欲しい一枚。
2. Whitney / Light Upon The Lake
60~70年代ロックを参照点に、抜群のポップ・センスが溢れ出るアルバムとして、レモン・ツイッグスと並んでチェックしておきたいのがホイットニーのデビュー作。彼らは、2010年代のUSローファイ・シーンにおける重要バンドのひとつだったスミス・ウエスタンズ(2014年に解散)のギタリストとドラマーを中心として結成された大所帯バンド。シンプルなガレージ・ロック・スタイルだったスミス・ウエスタンズ時代とは打って変わって、ザ・バンドをはじめとするカントリー/フォーク・ロックや、アラン・トゥーサンらの土臭いサザン・ソウル/R&Bに影響を受けた豊潤なアンサンブルを展開している。
中でも特筆すべきは、ドラムを叩きながら歌うジュリアンの、繊細に震えるファルセット・ヴォイスだろう。彼らの豊かな演奏技術と、牧歌的な中にアーバンなセンスが垣間見えるキャッチーな歌メロの組み合わせには、どこか日本のキリンジに通じるセンスも感じられる。
3. Hamilton Leithauser + Rostam / I Had A Dream That You Were Mine
同じくカントリー・ロックやソフト・ロックを参照点のひとつとしながらも、サニー・サイドを行く上記2バンドとは異なり、薄汚れた都会の路地裏を想起させるのが本作。00年代のニューヨークを象徴した2つのバンド、ウォークメンとヴァンパイア・ウィークエンドの元メンバーによるコラボレーションから生まれた一枚だ。ハミルトン・リーサウザーのしわがれた男臭い歌声は、どうしようもなくニヒルでロマンティック。それを支えるロスタムのプロダクションは、ロックから遡ってドゥーワップやバロック音楽までを俯瞰し、アメリカが残してきた音楽的遺産をモダンな響きに昇華している。
ヴァンパイア・ウィークエンドの傑作3rd『モダン・ヴァンパイアズ・オブ・ザ・シティ』に引き続き、ロスタムのプロデューサーとしての手腕は、今や他のどのクリエイターにも真似できない唯一無二の頂にまで達しているのではないか。そんな風に思わせるほどの傑作。
4. Car Seat Headrest / Teens of Denial
ロックなんだから、もっとガツン! とくるのが聴きたいという人には、このレコードを。いかにもナードそうな佇まいの眼鏡青年、ウィル・トレドによるレコーディング・プロジェクトとして始まったカー・シート・ヘッドレストは、これまで自宅録音による有象無象の作品を10枚以上もBandcampで公開してきた。言うなれば、チルウェイヴのロック・バージョン。あるいは、キッスのポスターを貼った部屋で一人きり曲を作り続けていたリヴァース・クオモのデジタル・ネイティヴ版とでも言うべき存在だ。昨年〈マタドール〉と契約し、過去曲の選りすぐりを再録音した『ティーンズ・オブ・スタイル』をリリース。それに続く、〈マタドール〉からの初オリジナル・アルバムとなるのがこの『ティーンズ・オブ・ディナイアル』。本格的なフル・バンド編成となり、音は分厚くハイファイに。その大文字ロック・サウンドを背に受けて、ウィル・トレドがストーリー仕立てに描き出す十代の孤独と苛立ちが激しく胸をかきむしる。
5. White Lung / Paradise
2016年の今に、女性たちの活躍を見過ごすわけにはいかない。昨年はアラバマ・シェイクスやコートニー・バーネット、今年はサヴェージズにハインズ。それらのフィメール・ロック勢はいずれもユニークな我が道を突き進んでいるバンドばかりだが、このホワイト・ラングも彼女達に負けず劣らず独自のポジションを確立しているバンドのひとつ。元々カナダはバンクーヴァーで結成されたパンクスだったが、2010年のアルバム・デビュー以降、作を追うごとにサウンドは分厚さと重さとスピード感を増していき、この4作目『パラダイス』ではモダンなプロダクションとキャッチーなメロディ・センスまでが高次元で融合。そのサウンドは、ライオット・ガールとオルタナとパンクの2016年型ハイブリッドとでも言えようか。
妖艶な魅力とカリスマ性でバンドを牽引するブロンド髪のフロントウーマン、ミシュ・ウェイ・バーバーは、言わば現代のコートニー・ラヴだ。
6. Parquet Courts / Human Performance
続いて紹介するのは、現代のペイヴメントこと、パーケイ・コーツ。音楽面だけでなく活動姿勢や佇まいも含めて、今現在、彼らほど「ローファイ」という形容がピッタリくるバンドはこの世に存在しない。ビルボード・チャートで55位にまで食い込む飛躍を見せた14年作『サンベイシング・アニマル』までは、ガレージ・パンク的側面も併せ持っていた彼らだが、今作では勢い任せの疾走感は大幅に減退。代わりに、別れた恋人への未練や、拠点とするニューヨークの街並みとそこで起こる事件を扱った社会的な歌詞に、少しばかりセンシティヴな情感が宿るように。しかし、脱臼寸前の演奏と間の抜けたユーモアは相変わらず。というか、シリアスなテーマとの落差によって、彼らの得難い魅力がさらに際立つようになった。
ちなみに、ストリーミングを含む本作のデジタル版には、なぜか冒頭に1曲ボーナス・トラックが付くという謎仕様。そんなよく分からないセンスも実にこのバンドらしい。
7. Preoccupations / Preoccupations
昨年、インディ・ロックを熱心に追いかけていた人なら、「ヴェト・コン」というバンドの名前を一度は目にしたことがあるだろう。〈サイン・マガジン〉の年間ベスト・アルバムでも25位に選ばれたデビュー・アルバム『ヴェト・コン』で彼らが鳴らした、冷たくミニマルに蠕動するポストパンク・サウンドは、北米インディにおけるカラフルな折衷主義の終焉と、モノクロームの実験主義への回帰を印象付けるかのようでもあった。しかし、近代アメリカにおける最大の悪夢、ヴェトナム戦争のゲリラ組織にちなんだ名称が物議を醸し、最終的にバンドは改名を選択。今年4月、プリオキュペーションズとして再始動することに。そして届けられた2枚目のセルフ・タイトル・アルバムでは、各曲の音楽的バリエーションが着実に豊かとなり、エコー&ザ・バニーメンやキュアーを髣髴させるポップ寄りのメロディ構成を持つ楽曲も散見されるようになった。とは言え、80年代ポストパンクに根差したアート志向の根本は変わっておらず、今なお透徹した美意識を貫いている。
8. Merchandise / A Corpse Wired For Sound
カナダのプリオキュペーションズやアイルランドのガール・バンドのようなポストパンク再興組が一定の脚光を浴びている今、このマーチャンダイズはもっと評価されていいバンドの筆頭。D.I.Y.なローカル・パンク・シーンが根付くフロリダ州タンパを出自としつつも、2010年代を通して何故かイギリスのポストパンク/ニューウェイヴに強く影響を受けた音楽を作り続けてきた彼らは、長らく鬼子のような存在だった。以前はモリッシーの遺伝子を色濃く受け継ぐヴォーカルと、長尺の反復ビートにシューゲイザー・ノイズをトレードマークとしていたものの、この最新作ではスミス譲りのジャングリーな瑞々しさがすっかり抜け落ち、インダストリアルなビートとノイズが目立つゴシックな仕上がりに。
ジョイ・ディヴィジョンも引用したSF作家、J・G・バラードの短編にちなんだアルバム・タイトルも含め、ポストパンクのダークサイドへと傾いた彼らの現況は、奇しくもプリオキュペーションズら新興ポストパンク・リヴァイヴァル勢との共振を見せつつある。
9. Modern Baseball / Holy Ghost
1990年代中期~2000年代を通じて、キッズを中心に強烈なファンベースを築いてきたポップ・パンク~エモの潮流も、今ではすっかり雲散霧消してしまった。00年代を代表するエモの輩出元だったレーベル〈フュエルド・バイ・ラーメン〉からは、近年トゥエンティ・ワン・パイロッツがヒットを飛ばしているが、彼らはもはやパンクでも何でもない。ただ、元々D.I.Y.なシーンから生まれてきたパンクの血統が、完全に絶えてしまったわけでもない。その血を受け継ぐ良質なバンドとして挙げたいのが、フィラデルフィアを拠点とするモダン・ベースボールだ。下記の楽曲を聴いてもらえば分かる通り、このバンドの持ち味はポップ・パンク的なパワー・コードの疾走感と爽快なメロディ。
ポップでありつつも、しっかりとパンク。彼らは2人のソングライター兼フロントマンを擁するツイン・ヴォーカル体制で、通算3作目となる本作では前半、後半にそれぞれの楽曲が分かれて収録されている。そのコントラストも彼らの大きな魅力のひとつ。
10. The Hotelier / Goodness
今となっては忘れられがちだが、元々「エモ」という言葉は、キッズ向けポップ・パンクの進化形ではなく、ハードコアの血筋にエモーショナルな歌唱を加えたインディペンデントなロック・サウンドを指すものだった。少なくとも、ジョーン・オブ・アークやサニー・デイ・リアル・エステイトがエモと呼ばれた90年代後半には、間違いなくそうだった。そして2016年は、元祖エモの先駆者でもあるマイク・キンセラ率いるバンド、アメリカン・フットボールによる17年振りの2ndアルバム・リリースにも象徴されるように、一部でエモ・リヴァイヴァルの機運が高まった一年でもある。このホテリエは、その一角を担うマサチューセッツ発のトリオ。物憂げなギターの鳴りと嘆くような呟きから、感情のギアを数段上げた伸びやかなヴォーカルまでを行き来する、3ピース・アンサンブルのダイナミズムは、まさしく90年代のエモを継ぐ系譜と言えるだろう。
2016年の今、ロック・ミュージックにわかりやすいムーヴメントはありません。しかし、それは裏を返せば、シーンが多様化して豊かになっているということでもあります。ヒット・チャートの上位に上がってくる作品は決して多くはないものの、リスナー一人ひとりが少しばかり能動的に手を伸ばせば、そこには本当に豊潤な世界が広がっていることに気づくでしょう。ここで紹介した10組のアーティストは、その事実の確固たる証明です。