カルヴィン・ハリスと言えば、2010年代半ばのEDMバブルの象徴。そんな風に捉えている人も多いはず。もちろん、それは間違いではありません。でも彼のキャリアも既に10年強。空前のEDMブームを牽引したプロデューサーとしての顔は、あくまで氷山の一角に過ぎないのです。
しかも、2017年に入ってからのカルヴィンは、一気に新たなモードへと突入しています。ここ数ヶ月の間に次々とリリースされたシングルは、どれもEDMとは無縁のサウンド。6月30日にリリースされるニュー・アルバム『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』の参加ゲストの顔ぶれも、従来とはかなり毛色が違います。
少し具体的な名前を挙げてみましょう。フランク・オーシャン、ミーゴス、フューチャー、アリアナ・グランデ、ケラーニ、リル・ヨッティ、ヤング・サグ、トラヴィス・スコット、ケイティ・ペリー、ドラム等々――つまり、このアルバムは近年の米国メインストリームの潮流に対する、世界一のダンス・ポップ・プロデューサーからの回答でしょう。フランク・オーシャンの『ブロンド』が、ビヨンセの『レモネード』がそうであったように、カルヴィンがこのアルバムで標榜しているのは、ヒップホップ、R&B、ポップ、ロック、クラブ・ミュージックなどが滑らかに混ざり合う現代的なクロスオーヴァー・サウンドに違いありません。
〈サマーソニック〉のヘッドライナーとしてカルヴィン・ハリスが決まった時、こんな風に思った人もいたでしょう。「海外フェスでは2016年にヘッドライナー出演していたのに、日本では一年遅れかよ」「EDMなんてもう終わったのに、今更カルヴィン・ハリス?」。しかし違ったのです。最新のクロスオーヴァー・ポップに完全に標準を合わせた2017年のカルヴィン・ハリスだからこそ、観る価値がある。しかも、大型フェスで彼の最新モードを体験出来るのは、おそらく〈サマーソニック〉が世界初。むしろ、2017年の今以上にカルヴィンを観るのに絶好のタイミングはないのです。
というわけで、〈サイン・マガジン〉では、〈サマーソニック〉でのカルヴィン・ハリスを楽しみ尽くすべく、彼のキャリアを①2017年の最新モード、②EDM全盛期、③初期のインディ・ダンス時代、の3つに分けて総括します。初期は聴いていたけどEDM化して離れたという人、今年に入ってからリリースされた新曲は好きだけど他は知らないという人、EDMのスターとしての顔しか知らないという人――どんなタイプのリスナーも、これさえ読めば〈サマーソニック〉の予習はばっちりです。
まずパート1となるこの記事では、2017年の最新モードにフォーカス。完全に生まれ変わったカルヴィン・ハリスの「今」をご紹介します。では早速始めましょう。
カルヴィン・ハリスが新たなモードへと完全にギアを入れ替えたのは2017年に入ってから。しかし、2016年の時点からその予兆は現れていました。この年は3枚のシングルをリリースしたカルヴィンですが、中でもリアーナをフィーチャーした“ディス・イズ・ホワット・ユー・ケイム・フォー”は象徴的なトラック。
ご存知の方も多いように、カルヴィンとリアーナの初コラボ曲は、2011年リリースのメガ・ヒット“ウィ・ファウンド・ラヴ”です。これは全米で10週1位を獲得したリアーナ最大のヒットであり、カルヴィンにとってはアメリカでのブレイクのきっかけとなった曲。BPM128。大箱向けのハウス・サウンドをベースにしながらも、スネア・ロールでのビルド、そしてドロップでのド派手なシンセ・リフを有する構成は、その後、米国メインストリームを席巻するEDMのスタンダードのひとつを提示しました。
BPM120台の大箱向けハウスをベースにしたEDMという点では、“ウィ・ファウンド・ラヴ”も“ディス・イズ・ホワット・ユー・ケイム・フォー”も同じ。しかし、昨年リリースされた後者は、明らかにドロップでの展開が抑制されています。これは、ビルドでタメにタメて、ドロップでアッパーにブチ上がるEDMの方程式からカルヴィンが距離を置こうとし始めたことの表れでしょう。
ちなみに、どうでもいい話なんですが、この曲はカルヴィンの元カノであるテイラー・スウィフトが「これは私が書いた曲だから」と暴露し、ワイドショー的に騒がれたりもしました(曲を作った時、二人はまだ付き合っていた)。テイラーとリアーナは仲がよろしくないと言いますし、そのリアーナと元カレが自分の書いた曲でヒットを飛ばしている――っていうのが、ちょっと気に障ったんでしょうか。
何にせよ、カルヴィンの名誉のために言っておくと、テイラーが書いたのは歌詞で、曲のプロデュースはカルヴィンです。ドロップでの「ユーウゥーウーウゥー」というヴォーカルのリフレインは、テイラーの仮歌がクレジットなしで使われているとか、いないとか。
少し話が脱線しました。2016年にカルヴィンは“ディス・イズ・ホワット・ユー・ケイム・フォー”以外にも、“ハイプ”と“マイ・ウェイ”という2曲を発表。前者は久しぶりにディジー・ラスカルと共演したEDM×グライムなパーティ・アンセムで、後者はEDMの「次」として注目されたトロピカル・ハウスに挑戦したマイナー・キーのメロウ・チューン。自身がヴォーカルを取る“マイ・ウェイ”はテイラーとの別れについて歌っているとも言われています。引きずってますね。
それにしても、なぜカルヴィンは2016年に入ってから脱EDMの方向性を探り始めたのでしょうか? 手短に答えると、2016年でEDMは終わったからです。
もちろん、興業の世界ではEDMはまだまだ強力なコンテンツ。特に日本での勢いは凄まじく、2017年のGWに初開催された〈EDC Japan 2017〉は2日間で8万4000人を動員。昨年2016年は3日間で12万人を動員した〈ULTRA JAPAN〉は、今年も大盛況となること間違いありません。
ただ、アメリカのヒット・チャートを見ると、2016年から明らかに変化の波が訪れています。2010年代半ばはデヴィッド・ゲッタやアヴィーチーなどのEDMバンガーが次々とトップ10ヒットを叩き出していましたが、最近はミーゴスやフューチャーやウィークエンドやドレイクを筆頭としたヒップホップ/R&Bの勢いに押され気味。少なくとも、「スネア・ロールでのビルド→ドロップでのド派手なシンセ・リフ」という王道のEDMはほぼ完全に見かけなくなりました。
極めてわかりやすく即効性が強い音楽だからこそ、飽きられるのも早い。そこはEDMを牽引したプロデューサーたちも自覚的だったのでしょう。ここ1~2年は、シーンの顔役たちは次の一手を模索しているのが窺えます。
幾つか例を挙げてみましょう。カルヴィン・ハリスと並ぶEDMの顔だったデヴィッド・ゲッタは、新曲“ライト・マイ・ボディ・アップ”でEDMの残り香を漂わせつつもR&Bへと急旋回。スクリレックスは単独名義での活動はペースダウンしていますが、ジャスティン・ビーバーがトロピカル・ハウスに挑戦した名曲“ソーリー”にクレジットされていたのを覚えている人も多いはず。
“クローサー”で12週連続全米1位を獲得したチェインスモーカーズは一応EDMと分類されていますが、あの曲はむしろソングライティング重視のエレクトロ・ポップ。全米7位に飛び込んだゼッドの新曲“ステイ”も、明らかに脱EDMのエレクトロ・ポップ路線です。
このように、EDMと一括りにされていたプロデューサーたちは、今、それぞれに別の道を歩み始めています。そんな中、カルヴィンも新たなモードに突入したのは理に適っていること。
では、ここからはより具体的にカルヴィンの最新モードに迫るべく、今年リリースされた彼の曲を順番に見ていきましょう。
カルヴィンの2017年初の新曲は、今もっとも勢いに乗っているフランク・オーシャンとミーゴスの初共演を実現させた“スライド”。ミーゴスはケンドリック・ラマーさえ凌ぐと言っていい、2017年のヒット曲のゲスト・ヴァース請負人ですね。このエッジーなゲストの起用の仕方はもちろん、“スライド”で打ち出された音楽的な方向性にも誰もが度肝を抜かれたに違いありません。
BPM105。ハウス/EDMの定番だったBPM120台からグッとテンポを落とした、メロウでスムースなファンク・サウンド。アナログ・シンセやTR-808だけではなく、ローズ・ピアノやフェンダーSGなどの生楽器も多用した、温かみのある音作り。一体誰がカルヴィンからこんな曲が届くことを予想していたでしょうか。ひたすらアッパーでエレクトロニックでギラギラとしたサウンドから、生音重視の洗練された大人のファンク・ポップへ。他のEDMプロデューサーたちと較べても遥かに大胆な方向転換。そして、ゲストの使い方を含め、2017年の空気感を的確に捉えています。
続いて発表された“ヒートストローク”は、2017年5月までに発表された新曲群の中ではベスト・トラック。BPM110。これも“スライド”に続き、爽やかなファンク路線。どこまでもロマンティックで、うっすらと切ない。AOR的と言っていいかもしれません。
この曲に参加しているのは、ヤング・サグ、ファレル・ウィリアムス、アリアナ・グランデ。ファレルとアリアナは、ご存知の通り、世界屈指のポップ・スター。ヤング・サグは変幻自在のフロウとアルバム出す出す詐欺でお馴染み、ラップ界きっての自由人ですね。
この人選のバランスも絶妙。下手をしたらちぐはぐな感じになってしまいそうですが、ここでは3人の個性が見事に溶け合い、美しいハーモニーを生み出しています。やはりこれは、プロデューサーとして優れた才能を持つカルヴィンだからこそ成せる業でしょう。ちなみに、敢えてこの曲のベスト・アクトを挙げるなら、ブリッジで艶っぽい歌声を聴かせるアリアナちゃんでしょうか。
そして、今のところの最新曲は、フューチャーとカリードが参加している“ローリン”。これまた旬なゲストをしっかりと押さえています。フューチャーはアトランタ産トラップの帝王のひとり、カリードは破竹の勢いのティーンエイジR&Bシンガーです。
この曲はカリードのソウルフルな歌声とフューチャーのめちゃくちゃスキルフルなラップがガッチリと噛み合った、極上のファンク・ポップ。ここまで完成度の高い曲ばかりだと、アルバムの出来は推して知るべし。
この3曲に共通して言えるのは、どれも2017年型のクロスオーヴァー・ポップとして理想的な出来になっていること。そして、「躍動感に溢れたファンキーなビーチ・パーティ・アンセム」と〈ビルボード〉が評するように、夕暮れ時の海辺で踊りながら楽しむのにぴったりな、極上のサマー・アンサムばかりだということです。
言うまでもないことですが、やはり大型フェスのヘッドライナーは時代を象徴するアクトでなくてはなりません。90年代の大物ばかりでは、ただの懐メロ大会になってしまいます。だからこそ、EDMの幻影を振り払い、2017年のポップ・ミュージック最前線に飛び込もうとしているカルヴィン・ハリスは、今年のヘッドライナーとしてまさに適任。しかも新作は夏フェスにぴったりのサマー・アンサム揃い。となれば、もう迷う必要はないでしょう。2017年夏にもっとも観ておくべき彼のステージを、あなたも〈サマーソニック〉で目撃して下さい。
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