ラップとポップ全盛の時代に対するインディ
・ロックからの理想的な回答。チャーチズ
新作の位相を本人たちとの会話から紐解く
●では、新作のリリックの背景についても訊かせてください。ローレンは2013年に〈ガーディアン〉にオープン・レターを寄稿して、SNS上での性差別について意見を表明していました。それは、#MeTooや#TimesUpの動きを先駆けていたと思います。そして、最近はセクシャリティの問題以外にも、ブレグジットやトランプ大統領の当選などが象徴するように、いろんな立場の人たちの間で激しい意見の衝突が起きていますよね。そうした、この5年間に起こった諸々のことが全て、あなたが歌詞を書く上でのモチベーションになってるのかな、と思ったんです。実際、今回の歌詞の書く上での具体的な影響を幾つか挙げてもらうことは出来ますか?
ローレン「歌詞はいつだって自分の視点から書くから、『この世界に生きていてどう感じているか』『人との関わり合いの中で何を感じるか』といったことを歌っていて、ある曲が特定の事象を題材にしているということはないの。でも、今、私たちはすごく興味深い時代に生きていると思ってる。後で振り返った時、この先、人間としてどう生きていくか、どういう社会を作っていきたいかを決める、極めて重要な時期なんだと思う」
●ええ、いろんなことが過渡期のタイミングなんだと思います。
ローレン「例えば、#MeToo や#TimesUpはすごくポジティヴなことだと思う。みんなを巻き込んで、こういった重要なトピックを話題にすることが出来るようになったから。で、そのきっかけが、平気で女性を食い物にするような人がアメリカの最高権力者として君臨したことだった。もしそれがなければ、ここまで大きな話題にはならなかったかもしれないでしょ?」
●そうかもしれません。
ローレン「もちろん、この先どうなるのかはまだわからない。建前だけで終わらせないように気をつけなきゃいけないと思うし、みんなで力を合わせていかなきゃいけない。今話題になっている#MeTooはもっぱら白人のストレートの女性ばかりで、有色人種の女性や、同性愛者の女性の話題はまだまだ出てきてないし。だから、より多くの人の話を聞いていかないといけないし、もし何か発言出来る恵まれた立場にいるのなら、人の代弁をするんじゃなくて、自分の立場を使って、より多くの人が発言出来る場を作ってあげることが大事だと思ってるの」
●あなたが言うように、本当に#MeTooや#TimesUpは然るべき動きだと思います。ただ最近では、例えばトランプの支持者をただ糾弾したり、頭の悪い人たちと切り捨てるのではなくて、なぜ彼らはそういった行動を取るのか? ということを理解しようとする流れもアートの世界にはありますよね。実際、『スリー・ビルボード』みたいな映画は、そういった文脈で捉えることが出来ます。ただ、この『ラヴ・イズ・デッド』は、そういったアートの流れの中に含まれる作品だと思いますか?
ローレン「今あなたが言ったことに一番近いのは、“グレイヴス”っていう曲かなって思う。あれは、物事に対して当たり前のように怒るだけじゃなくて、何らかの落としどころを自分なりに見つけようとしている曲だから。結局、お互いに興奮して、面と向かって叫び合っているだけじゃ、どっちの側にとっても解決策にはならないのよね」
●その通りだと思います。
ローレン「私たちの場合、最近アメリカで過ごす時間が多いこともあって、トランプに投票した人すべてが漫画に描いたような、とんでもない人種差別主義者の悪人ではないのはわかってる。もちろん、彼に投票した人たちの中には人種差別主義者も性差別主義者もたくさんいたけど、社会に見捨てられたと感じていた人たちも多くいたわけで。約束されていたアメリカン・ドリームが、自分たちを救ってくれなかったことに失望していたのよね。最終的にトランプ政権がそういう人たちに手を差し伸べるとは思わないけど、彼は選挙で公約したんだから、その言葉を信じてしまう人がいるのも理解出来る。そうやって相手の立場に立って、気持ちを理解することが、長期的には解決に繋がると私は思ってるの。これは善、これは悪、と言えたら楽かもしれないけど、この世の中、そう単純じゃないから」
●それは、ここ数年、特に強く感じたことですか?
ローレン「歳を重ねるにつれて変わってきたと思う。そういう問題を目にした時に、自分の中で込み上げる悲しみや怒りと、より建設的な形で向き合うことが出来るようになったんじゃないかな。誤解して欲しくないのは、今でも怒り狂うことはあるってこと。人の扱い方に対して、『なんて卑劣なの!』って思ったり、『間違っている!』と思うことも、まだまだたくさんある。でも結局は、相手にも伝わる方法を見つけないといけないし、お互いの立場をもう少しよく理解することで、よりお互いに思いやりが持てるような社会になるんじゃないかなって思うの。『そんなやり方は生ぬるい。優しさは弱さだ』って言う人がいるけど、私はそうは思わない。最終的には、優しさを見せて、謙虚さを持ち、全てに意識を向けることこそが強さの証明だと思っているから」
●この前、スーパーオーガニズムのオロノと同じような話をしたんですね。彼女は以前アメリカに住んでいたんですけど、彼女が言うには、右と左の意見が両極端になり過ぎて、それがぶつかり合う様子を目の前で見ていると、自分は観察者にならざるを得ないんだと。彼女みたいな立場に関しては、どう思いますか?
ローレン「他の人たちの意見とか、なぜそう思うのか? っていうことをしっかり理解しようするのは大事だと思う」
イアン「一歩下がって、客観的に両方の言い分を聞くっていうのは、ローレンが言ったような対話を生むきっかけになるよね。ただ自分の意見を大声で主張するばかりじゃなくて、人を受け入れるっていう姿勢があるから」
●あなたたちはスコティッシュですが、ブレグジットがあった後、もう一度スコットランド独立の機運が高まったこともありましたが、その一連の流れに関してはどう感じていたんですか?
ローレン「私が知る限り、現段階ではスコットランド独立の国民投票を実施する具体的な予定はないの。イギリス政府にブロックされたから。基本的には、より小規模の直接代表による民主主義はいいと思ってる。ただ、多様なコミュニティが共存していて、安全保障とかの問題もあるから」
●そうですね。
ローレン「たぶん、ブレグジットの追い風になった機運と同じものが、アメリカの超保守の台頭にも繋がったのよね。イギリスに関して言うと、その機運が高まったことで、アイルランドとEUっていう、現代における2つのもっとも重要な和平合意が危機に晒されることになってしまって。アイルランドは、何年もの間、多くの人が和平実現に動いていたわけだし、EUも第二次大戦の反省から出来た。でも、多くの人が、今抱えている不安や恐怖心、悲しみによって、それらを遠ざけようとしてるの」
●いずれにせよ、今の時代は明らかに変えていかなければならないことがある。と同時に、変えていく段階で、いろんな人が違う意見を過剰にぶつけ合う時代でもあると思います。そういった状況自体が、『ラヴ・イズ・デッド』というタイトルに何かしらの形で繋がっているところはあるのでしょうか?
ローレン「繋がりはあると思う。突き詰めると、このタイトルは“共感の死”というものを問いかけているから。アルバムの収録曲は、そのテーマとの繋がりを感じられるものだし。だから、こういったタイトルをつけようと思ったの」
イアン「ただ、僕たちも答えを持っているわけではないんだ。ローレンが言うように、これはむしろ問い掛けだと思う。でも、そういった疑問をクリアにして、みんなが話題にするきっかけを作る方が、ただ人に意見を押し付けるよりも効果的なんじゃないかな」
ローレン「自分がいろんな物事に対して、どう感じているか、どう思っているか、っていうことが制作の糧になるの。だから、作品はその時々の自分たちのスナップショットだし、私個人としては、そういう目の前で起きていることに対する自分の思いを書かない方が違和感がある。そうしなきゃ、偽りのない作品は作れないと思うしね」
●ありもしない答えを無理やり提示するよりも、今の状況に対する疑問や問題意識を投げかける方が、リスナーに何かしら考えさせたり、行動を促したりすることに繋がりますよね。
マーティン「その通りだと思う」
ローレン「ただ、私たちの場合、常に歌詞があからさまに政治的っていうわけじゃない。あくまで一人の人間の体験として描いているから。今回も決してマニフェスト的な作品を作ったとは思ってないし。もっといろいろな思いを描いた曲を集めた作品だと思ってるの」
●ええ。
ローレン「もし自分が人に影響を与えられる立場にいるなら、どう行動するか、何を発言するか、っていうことはよく考えないといけない。実際、それは注意深く考えるようにしてる。でも、それはどちらかと言うと、バンドとしてどう行動するか、活動するか、っていうことに関してね。どういう作品を作るかということには、必ずしも繋がらないと思っている」
●じゃあ、最後に一つ、ゲーム的な質問をさせてください。三角形の頂点に、一つずつ他のアーティストのアルバムを置いて、その真ん中に『ラヴ・イズ・デッド』があるとします。そう考えた時に、3つの頂点に置いてしっくり来るアルバムを考えてみてください。僕もアルバムが持っているフィーリングという点から、3枚を選んで来ました。
マーティン「すごくいい質問だね。でも、これは難しいな」
イアン「絶対に『スリラー』は入れないといけないよね」
マーティン「『スリラー』が出た後、ジャンルにかかわらず、全ての作品があのアルバムに何らかの影響を受けたと思う。だから、一枚はこれで決まりだね」
マーティン「もう一つの角は、たぶん……」
ローレン「キュアーとか?」
マーティン「マドンナかな? どのアルバムだろう?」
イアン「『トゥルー・ブルー』とか?」
ローレン「“ライク・ア・プレイヤー”が入ってるのはどのアルバム?」
マーティン「『ライク・ア・プレイヤー』じゃないの?」
ローレン「じゃあ、それね!」
マーティン「で、後一枚はキュアーの『ディスインテグレーション』」
イアン「なかなか、いいんじゃない?」
マーティン「今の自分たちに考えられる、ベストの3枚だよ(笑)」
イアン「で、君が選んだ3枚は何?」
●僕の場合は、まず一枚はデペッシュ・モードの『ヴァイオレーター』です。
イアン「なるほど」
マーティン「『ディスインテグレーション』と『ヴァイオレーター』を入れ替えてもいいね」
●後の2枚は、もっとアルバムが持っているフィーリングの部分から発想しています。2枚目は、ジョニ・ミッチェルの『ブルー』です。
ローレン「へえ、ジョニ・ミッチェルは大好きよ」
●これはどうですか? 最後の一枚は、ブライト・アイズの『リフテッド・オア・ザ・ストーリー・イズ・イン・ザ・ソイル、キープ・ユア・イヤー・トゥ・ザ・グラウンド』。
ローレン「それ、私が一番好きなブライト・アイズのアルバムなの」
マーティン「あのアルバムは大好きだよ。特別なアルバムだよね」
●彼の音楽って、基本的に彼の混乱したフィーリングのスナップショットだから、常に答えを持っていないんですよ。でも、だからこそ、すごく心を動かされるんです。
ローレン「彼の音楽が多くの人の共感を呼んだ理由もそこだと思う。その伝え方が、時として言葉にするには望ましくないとことだったりするんだけど、すごく正直で、さらけ出すような表現よね」
イアン「いい質問だったね。ありがとう」
ローレン「私たちも、もっと頑張って考えればよかった(笑)。その場の思いつきみたいだったし」
マーティン「君が選んだ3枚の方が、僕たちが選んだものよりもよかったよ」
●ありがとう(笑)。
通訳:伴野由里子