SIGN OF THE DAY

急速に進化するフェミニズムを取り巻く状況
と議論にポップ音楽はどう向き合ったのか?
チャーチズ、ジャネール・モネイを題材に①
by MARI HAGIHARA July 15, 2018
急速に進化するフェミニズムを取り巻く状況<br />
と議論にポップ音楽はどう向き合ったのか?<br />
チャーチズ、ジャネール・モネイを題材に①

>>>2010年代後半、「フェミニズム」という言葉の位相はどのように変化したのか?

2015年、フェミニズムという言葉が音楽シーンの前面にぐっと出てきたことを契機に以前、二つの記事を書きました。まず最初は、スリーター・キニー新作に込められた「怒り」と、90年代ライオット・ガールとの繋がりについて。


それでも、やっぱり「ファック・ユー!」と
いう叫びが必要とされているということ。
この2015年にスリーター・キニーが
再結成し、新作をリリースすることを題材に


そして2015年後半には、テイラー・スウィフトらによるパフォーマティヴな「連帯」と、女性アーティストたちの試みについて。


特集:「女性アイコン相関図2015」part.1
BFFって何? フレンドシップの女王蜂、
テイラー・スウィフトと「ずっ友軍団」


特集:「女性アイコン相関図2015」part.2
アーティストとアイコンの狭間で葛藤する
チャーチズ、FKAツイッグス、グライムス


それから3年、急激な時勢の変化によってそれがどうなったのかを、ここでは書いてみたいと思います。2010年代という時代は、フェミニズムだけでなく、さまざまなテーマに関する議論が巻き起こり、それがさまざまなカルチャーの各様相に表れ、次々と変化し、誰もがある日突然その意味に気がついたりする、そんな時代でもあります。そうした急激な変化の時代には時には摩擦を生むレベルの違いも生まれてくる。フェミニズムという命題においても同じことが起こってきました。でも、それを大きな「分断」としないためにも、2010年代後半で起きたことを一度振り返っておきたいと思います。



>>>デュア・リパとチャーリーXCXが映し出した、「トランプ以降」のフェミニズムとは?

2010年代前半まで緩やかに高まりを見せ、フェミニズムから男性やLBGTも含むジェンダー・イーコアリティ(ジェンダーの平等)に向かうかに見えた流れは、2017年のトランプ大統領就任で一気に様相を変えました。アメリカでは性差別や人種差別が可視化され、それに対する反発が吹き出します。

#MeTooムーヴメントは、いわばフェミニズムにおけるそのビッグバン。いまスリーター・キニーの記事を読むと、2015年の再結成の際に彼女たちが示していた明確な怒り、そして「アンセムが欲しい」という言葉で表されていた女性による「共闘」が、セクシュアル・ハラスメントとの闘いとして一気に具体化したような気がします。

2017年夏にリリースされたデュア・リパの“ニュー・ルールズ”が、#MeTooの時勢に乗って快進撃を見せたのもその流れにあります。歌詞は男性をきっぱりと撥ねつけるルールについて。ずるずる続く「恋愛依存」を断とうとする内容ながら、デュア・リパはヴィデオやパフォーマンスではそのための女性の連帯をアピールしました。

Dua Lipa / New Rules


振り返ると、たとえばリアーナが2011年の“ウィ・ファウンド・ラヴ”で歌っていたのは「どん底で見つけてしまった恋」の危うさだった。昨年のSZAのデビュー・アルバムがどうしようもない恋の様相を歌いながら、タイトルを『コントロール』としたのは、恋愛にハマる自分とそれを意識する自分があったから。恋愛やセックス依存から抜け出す、というのは女性にとってとても身近な「人生のコントロール」、自立へのステップなのでしょう。ただ、その共感をさらに連帯へと繋げたのは、明らかにデュア・リパによる「トランプ以降」のストラテジーでした。

と言ってもそのストラテジーは、実はテイラー・スウィフトがやっていたことと非常に似ている。2015年の記事に書いたように、彼女も新たな時代に向けたシスターフッドを打ち出していたのですから。けれども昨年のアルバム『レピュテーション』でのテイラー・スウィフトは、それよりも過去のゴシップ的側面やカニエとの論争をモチーフとして取り上げ、あくまで個人的なイメージのあり方に絡め取られてしまっていた。そのせいもあって、彼女によるセレブリティを中心とした華やかなシスターフッドは看板としてのバリューを失い、“ニュー・ルールズ”のように、もっと地に足がついた連帯がいまの時代の「アンセム」としてアピールするようになったのです。

ただ、さらに言えば、2017年のポップ・フィールドでは、チャーリーXCX“ボーイズ”のヴィデオのほうが断然新しかった。「男の子のことばっかり考えてたの」と歌いながら、チャーリー自身はヴィデオに登場せず。代わりに自ら監督した映像では、従来のミュージック・ヴィデオでの女性の扱いを反転して、大勢の男性にセクシーな役割を演じさせたのです(洗車させる、などクリシェの使い方も見事)。

Charli XCX / Boys


しかも、ストームジーやリズ・アーメド、ジャック・アントノフら、誰でも一目置いているようなカルチャー・ヒップスターを集結させて、彼らがただのセックス・オブジェクトではないことを強調。知性とユーモアをもって、従来の「男性の視線」を超える「女性の視線」を提示した。これには本当に笑わされると同時に、「平等ってこういうことだよねー」と感じたものです。



>>>チャーチズが触れた#MeTooの核心、彼らの新作は分断化された時代のアンセムとなり得るか?

そして2017年末にビッグバンが起き、2018年初めにチャーチズが聴き手に(旧来の価値観に対する)依存のメカニズムから抜け出すことを呼びかけた最初のリード・シングル“ゲット・アウト”をリリースしたときには、「これこそ、本当のアンセムなのかも」と思いました。

Chvrches / Get Out


チャーチズの音楽はデビュー時からつねにエモいのがキモだったのですが、この曲はさらにエモーショナルに訴えかけ、攻撃的にポップ・ソングをやろうとしていた。そこに込められたのが堂々としたステートメントではなく、シンガーのローレン・メイベリーの不安や疑念、問いかけだったりするところもチャーチズらしい。“ゲット・アウト”のコーラスは「出ていくんだ!」という呼びかけに聞こえながら、「私たちはここから出ていけるんだろうか?」という疑問符も付いているのです。一番印象に残る、ミドルエイトの歌詞はこんな感じ。

「あなたはひっくり返したいのね?/どうしたらそうできるのか、私に見せたいのね?/あなたは万華鏡のよう」

万華鏡のようにあらゆる要素が変化し、移り変わり、二度と同じ局面にはならない――それは、いま分断化されたように見える世界への観察とも取れる。

その後、チャーチズはマット・バーニンガーが参加した“マイ・エナミー”、そして“ネヴァー・セイ・ダイ”というやはりビッグなポップ・チューンをリリースしたあと、4曲めのリード・トラック“ミラクル”をリリース。これはコーラスの歌詞からも、ローレンが紛争のなか小突かれながらひとり歩くヴィデオからも、明らかに現状への叫びでした。

「私に訊かないで、嘘は言えないから/私は奇跡を求めてるわけじゃない/みんな真っ暗な空に天使を探してる/私は奇跡を求めてるんじゃないの」

Chvrches / Miracle


そして、これら4曲のリード・トラックの後に公開されたアルバムの『ラヴ・イズ・デッド』というタイトル。ジャケットではローレンの目が犯人のように隠され、壊れたハートは黒い血を流しています。全方向に向けたポップでありながら、そこではパーソナルな感情がむき出しになっている。

思うに、アンセムにアグレッシヴな強さとヴァルネラブルな弱さを共存させるのは正統的なポップであると同時に、いまという時代から先に進もうとするアプローチなのかもしれない。

ローレン・メイベリーという人は元ジャーナリストだけあって、デビュー時からいちはやく周囲で起きていることに反応する姿勢を持っています。2ndアルバム『エヴリー・オープン・アイ』をリリースした2015年には、元恋人との関係に苦しんだ体験をエッセイにし、レナ・ダナムらによるフェミニスト・レター〈レニー〉に寄稿していました。タイトルは「マイ・ライフ、マイ・ボイス、マイ・ボディ、マイ・ルールズ」。そこでは彼のモラル・ハラスメント的な言動を我慢しながら周りには話さず、結局別れた体験が綴られていた。その文章はこんなふうに括られています。

「私は28歳になった。あの体験からここ数年でいろんなことが変わった。私は普通、メディアでは私生活について語らない。一般に消費されるべきでないと思うから(そのポリシーはこの文章をタイプした直後に復活させるつもり)。でも、今回例外として話したのは、あの体験から私が得たことがいまの私の生活で大きな役割を演じていて、だからこそ私は私という人間になったと感じているから。(中略)これは私の人生で、私の声、私の体、私のルール。私以外に誰も私の物語を決められない、と私は知っている」

この言葉は、大きく広がった#MeTooムーヴメントの核にある決意だと思います。そしてそれは、女性だけでなく誰にでも当てはまる真実だとも。


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