SIGN OF THE DAY

急速に進化するフェミニズムを取り巻く状況
と議論にポップ音楽はどう向き合ったのか?
チャーチズ、ジャネール・モネイを題材に②
by MARI HAGIHARA July 15, 2018
急速に進化するフェミニズムを取り巻く状況<br />
と議論にポップ音楽はどう向き合ったのか?<br />
チャーチズ、ジャネール・モネイを題材に②

急速に進化するフェミニズムを取り巻く状況
と議論にポップ音楽はどう向き合ったのか?
チャーチズ、ジャネール・モネイを題材に①



>>>#MeTooと従来のフェミニズムの違いとは?

では、#MeTooとはなんだったのか。ハーヴェイ・ワインスタインを告発する記事に端を発し、セレブリティに続いて、インターネット上であらゆる女性が自分の体験を語りはじめたこの現象は、なぜここまで広がったのか。それを考えるにはいったん視野を広げて、#MeTooへの批判として出てきた動きを見ると、逆にこのムーヴメントの特徴が読み取れると思います。

まずは、2018年初めにNetflixの『マスター・オブ・ゼロ』で有名なコメディアン、アジズ・アンザリと一夜を過ごした女性が、そのとき感じた居心地の悪さを語った記事がウェブ・サイトに掲載されました。その記事に対しては#MeTooを支援する人々からも「性暴力やハラスメントと期待外れのセックスは違う、話が些細すぎる」といった批判的な意見が出てきた。

もう一つの批判は、カトリーヌ・ドヌーヴを含む100人の女性がフランスのル・モンド紙に声明を発表し、#MeTooという運動自体を「いきすぎた断罪である」としたこと。同様に、主に上の世代の欧米のフェミニストからは「問題の解決にはならない」という声も上がりました。

それは当初、世代の差とも文化の違いとも言われましたが、むしろフェミニズムをリアリスティックな個人主義的なものとして見るか、もっとコミューナルで、人々が連帯し、社会の変化を目指すものとして見るかの違いのような気がします。

女性は、性差別や性暴力にどう対処するべきなのか。日本でのセクシャル・ハラスメントの個々のケースへの批判にもよくあるのですが、その問いに対してはそれぞれの個人が自衛し、受け流し、知恵をつけることが実際の解決に向かう、という考え方がある。

ただ、この#MeTooというムーヴメントは元々、他人からジャッジされることなく誰もが自分の物語を語っていい、すべての人がその声を持っている、というポイントから始まったはず。セックスをめぐっては個人、文化、社会にあらゆる背景があり、個々に違う状況がある。それでも口を開き、自分のストーリーに#MeTooのハッシュタグをつけた瞬間に、人は大きな集団の一人となり、それがまだ黙っている人を勇気づける。自分が感じた失望、怒り、恥、悲しみ――ネガティヴな感情はこんなにもいまの社会に偏在している。その認識によってあらゆるレベルの性差別やミソジニーがネット上で可視化され、連帯を原動力として、社会そのものを変えていこうするムーヴメントなのです。

その意味で、#MeTooにおいては多様性がパワーになっていると言える。チャーチズのインタヴューでローレンが語ったように、人種やジェンダーなど、いままだ開かれていない部分にももっと開かれていくべきだ、というのは的を射ています。


トランプ政権発足以降、#MeTooの時代に
こそ生まれたチャーチズ新作『ラヴ・イズ
・デッド』を本人たちとの会話から紐解く




>>>リリー・アレン新作で語られる、切なくも軽やかな「自分の物語」

もう一つのサンプルとして、リリー・アレンの新作を取り上げてみましょう。ローレンは先日、リリー・アレンの4年ぶりのアルバム『ノー・シェイム』について、「スマートで知的で、胸が張り裂けそうなレコード」とツイートしていました。結婚して娘たちも生まれたけれど、結局夫とは別れた――主にその体験をいくつかの曲にしたアルバムはパーソナルで軽やかで、ユーモラスで悲しく、とてもリリー・アレンらしい良作。浮気したことやドラッグに頼ったことを赤裸々に歌い、“ファミリー・マン”では自分を家族思いの男に例えてみせたりもします。

「ファミリー・マンでいるのがつらいこともあるんだ/ベイビー、別れないでくれ/なんとか生きてくために/自分ができることだけで精一杯なんだ」

Lily Allen / Family Man


この曲のポイントは、男性には許されてきた言い訳を女性として皮肉に、また本当に切実な気持ちとして歌う面白さでしょう。

マーク・ロンソンとエズラ・クーニグが参加した“マイ・ワン”では、世界を股にかけた男性遍歴とともに、「私のナンバーワン」を探しつづける姿が描かれる。リリー・アレン自身はインタヴューで、「フェミニスト的な要素はあるけど、私の話ってだけでもある」と答えていました。それこそすごくいまっぽいな、と思ったのです。



>>>今の社会において、本当に乗り越えるべき抑圧はどこに潜んでいるのか?

最後に、#MeToo後のいま、「セックスを語る」こととはなんなのかを考えてみましょう。女性が抑圧を力に変え、被害者ではなく主体的な存在になるためには、自分のセクシュアリティと向き合い、表明することがとても重要な役割を果たす気がするのです。

余談ですが、ここ数年のブラック・カルチャーやフェミニズムの大きな動きが出てくる前から、「自分は抑圧の犠牲者だ」と表明するナラティヴに対して、「ヴィクティム・カルチャー」だと揶揄する向きはすでにありました。すぐに被害者面するナルシスティックな人々、特にミレニアル世代には「スノーフレイク(雪の結晶)」という単語も使われるようになった。元々は映画『ファイト・クラブ』(99)で使われた、という説もあるようですが、「自分だけは特別だと思いこんで、現実に向き合えないヤワな奴」みたいなニュアンスでしょうか。

この考え方は大した抑圧なんて元々ない、と思いたがる人にも好都合だったし、実際に抑圧を受けている一部の人々にとっても、「自分は被害者じゃない」という視点の変換がポジティヴで自己啓発的なものに映った。先日カニエ・ウェストが「奴隷であることはチョイスだ」と言ったのも、ただの突拍子もない発言ではなく、むしろそうした「意識の変換」を強いられるような背景が彼にあったのではないか、と思っています。

ただそうやって無理やりネガティヴをポジティヴに変換するのではなく、もっと主体として本当の強さを得るには、これまで自分の中で抑えこみ、タブーとしてきたことと向き合うしかない。#MeTooは告発するだけでなく、語る人がその力を獲得するためのものでもあるのです。



>>>ジャネール・モネイ新作が象徴する、「フェミニズムがいま向かっている場所」とは?

だからこそ、ジャネール・モネイの『ダーティ・コンピューター』というアルバムには、それとの同調を強く感じました。

確かに、ビヨンセの〈コーチェラ〉でのパフォーマンスは圧倒的だった。でも彼女の持つナラティヴには、妻として母として、つまずきはしても立ち上がり、キャリアも大成功を収めるという女性としての輝かしさがあり、そこからこぼれ落ちる人にとってはエンパワメントにはなっても(もちろん、その多大な貢献はあまりあるものですが)、自分の殻を打ち破るきっかけにはなりにくい。

その点、『ダーティ・コンピューター』のリリースと同時に自分がパンセクシュアルであることを告白し、怒りや痛みを語り、何よりジャネール・モネイがあのアルバムで濃厚なセックスを歌うのは、まさにひとりの女性が自分の心と体を取り戻す行為だった。性暴力やハラスメント、視線や言葉や行為に傷つき、苦しむすべての女性にとって、他人に侵されたものをもう一度自分のものにするには、タブーを表に出し、女という体と性をオープンにしなければいけない。それをジャネルはごくセクシーに、ユーモアたっぷりに表現してみせたのです。

例えば、まさにプリンスのようなファンキーさで、「ファッキン・リアル」な性的にムラムラする気持ちを歌う“メイク・ミー・フィール”。ヴィデオではジャネルがギターを弾き、踊る姿もプリンスの再来のようです。

Janelle Monáe / Make Me Feel


“アイ・ガット・ザ・ジュース”の「あたしのプッシーをつかもうとしたって、逆にあんたに噛み付くよ」という一節は、もちろんトランプのような男に向けたもの。ちなみに、“ピンク”のヴィデオでジャネルたちが陰毛をはみ出させて履いているパンティの一枚にも、同じ一文が描かれています。

Janelle Monáe / PYNK


このプッシー賛歌“ピンク”は、ヴィデオに出てくるヴァジャイナ・パンツから何から、もう最高に笑えて、最高にセクシーです。「森と太ももの先に」、「もう一つの皮膜のように」、「自分の奥底に」ある「お気に入りの場所」、それがピンク。クイアの女性のプッシー愛は、ヘテロの女性にとっても自分の体への愛となり、セクシュアルであることの喜びを喚起する。そんな単純なことにも改めて気づかされた曲でした。

ただ彼女なりの個人的な動機はあったにせよ、ジャネール・モネイの『ダーティ・コンピューター』というアルバムは、多くの女性に、そして男性に、あらゆるジェンダーの人々に、束縛から解かれて、自分のやり方で「奔放に、優雅に生きる」(“クレイジー、クラシック・ライフ”)自由を思い出させてくれた。正しさというより、寛容と理解を求めること。個々のゴールは違っても、その多様性をお互いに認めることが、フェミニズムがいま向かっている場所なのだと思います。


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