2010年代後半の音楽シーンを規定するモードとは?――もしかしたら、そのような問いを発すること自体、意味がないのかもしれません。今の時代はYouTubeやストリーミング・サービスとSNSの掛け算で、予想だにしないヴァイラル・ヒットが続出。それに加え、音楽コンテンツの消費サイクルの速さも明らかに加速がついています。そこに、トレンドらしいトレンドを見出そうとすること自体、無駄なのかもしれません。
しかし、そんな目まぐるしい時流の中でも、ジャンルの垣根を越えて共有されているモードは確かに存在します。そのひとつとして挙げられるのが、メロウでドープなフィーリング、ダークなメランコリア。具体的にそれはどんなところに見受けられるのか? 本稿ではまず、現在の様々なシーンに点在するメロウ&ドープな作品をピックアップしていきたいと思います。
例えば、今もっとも勢いがある北米のヒップホップ/R&B。その基本モードがそもそも、メロウでドープだと言えます。シーンの代表的なアーティストであるドレイクやフューチャー、フランク・オーシャン、ウィークエンドなどの音楽を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。かつてのエミネムのような攻撃性、あるいはビースティ・ボーイズに通じるパーティ・ヴァイブを感じさせるアーティストは、近年は決して主流ではありません。能天気でゆるふわキャラだとされているリル・ヨッティだって、そのサウンドは基本的にメランコリックです。
メロウでドープなのが今のモードだとすれば、その対極にあるのがひたすらアッパーでアグレッシヴなEDM。2012~2014年頃にバブルのピークを迎えたEDMですが、〈ピッチフォーク〉が指摘しているように、その狂騒が2016年には完全に終わったとされているのは象徴的です。
EDMの代名詞だったカルヴィン・ハリスが今年2017年に入ってから立て続けに発表している新曲群も、パーティ後の倦怠に塗れているかの如く、どれも切なくてメランコリックでした。
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EDMのキング? テイラー・スウィフトの
元カレ? あなたが知らないカルヴィン・
ハリス part.1 現行ポップ最前線モードの今
音楽以外にも少し目を向けてみましょう。例えば、セレーナ・ゴメスがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めたNetflixのドラマ『13の理由』。「鬱や自殺を美化している」と批判を浴びながらも、アメリカで大きな話題になった作品です。出口が見えず、暗澹とした空気の漂う本作のようなドラマが注目を集めること自体、メロウでドープな音楽が求められる時代の空気とどこか共振しているように感じられます。ちなみに、このドラマのサントラは陰鬱な英国ポストパンクを多数収録。中でもエンドロールで象徴的に使われていたのは、ジョイ・ディヴィジョンの“ラヴ・ウィル・ティア・アス・アパート”でした。
ドラマ作品について、もうひとつ。このタイミングで、デヴィッド・リンチとマーク・フロスが製作総指揮を執る『ツインピークス』の25年ぶりの新シリーズが始まったのも、奇妙な偶然を感じずにはいられません。しかも、『ツインピークス』と『13の理由』、その両方のサントラに陰鬱な英国ポストパンクを現代的に変奏したクロマティックスが使われているのも興味深い話です。
このように見ていくと、ここ1~2年はジャンルを問わずメロウで、ドープで、ダークな空気をまとった表現が特に注目を集めているように感じられます。その明確な理由はわかりません。ただ、昨年2016年は、このような表現が数多く出てきているアメリカで、トランプが大統領に就任した年。いろいろな物事の潮目が変わりつつあるタイミングであったことは間違いありません。
話を戻しましょう。これまではヒップホップ/R&B、EDM、そしてドラマ作品についてざっと見てきましたが、シンガー・ソングライターやバンド音楽はどうでしょうか? もちろん、これらのジャンルでも同じモードを共有するアーティストや作品は浮上してきています。
例えば、デビュー当初から〈サイン・マガジン〉が注目してきた米東海岸のシンガー・ソングライター、ニック・ハキム。ソウルやジャズや南米音楽やヒップホップが入り混じる彼の音楽を、特定のジャンルに紐づけして語るのは簡単ではありません。しかし、マッドリブやJ・ディラからの遠い反響が感じられる、深いエコーに包まれたプロダクションが、作品全体にドープな手触りを与えているのは確かです。
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「ロバート・グラスパー以降」に対する
凍てついたベッドルームからの解答。
ニック・ハキムって一体、何者?
そして、本稿の主人公であるシガレッツ・アフター・セックスもまた、こういった時代の流れに共振するアーティストだと言えるでしょう。
2017年5月に原宿アストロホールで開催された初来日公演は、デビュー・アルバムのリリース前にも関わらず即完売となるほどの人気だったので、既に彼らのことを知っている人も多いはず。シガレッツ・アフター・セックスはテキサス出身、現在はブルックリンに拠点を置く4人組。2012年にデビューEP『I.』をリリースしましたが、それが2016年に入ってから突如オンライン上でブレイク。『I.』の収録曲である“ドリーミング・オブ・ユー”は、2017年6月現在までにYouTubeで1400万回という再生回数を叩き出しています。
それからというもの、彼らを取り巻く状況は過熱していく一方です。2017年2月に行われた〈ラフ・シモンズ〉の初NYコレクションでは、ランウェイ・ショーの最後にシガレッツの曲を使用。2017年3月にはカート・コバーンの娘、フランシス・ビーン・コバーンが出演する〈マーク・ジェイコブス〉のCMでもシガレッツの曲が起用されました。今や彼らは音楽以外の世界も巻き込んだ、ちょっとしたセンセーションとなりつつあります。
しかし、なぜ2012年にリリースした作品が2016年に入っていきなりブレイクしたのでしょうか? その理由は本人たちもわからないと言います。ただ、コクトー・ツインズやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインへの憧憬が感じられる、どこまでもダークで幻想的なサウンドが、メロウでドープなモードが基調となっている時代の機運にハマったのは間違いなさそうです。
もう少し具体的に、彼らの音楽性に迫ってみましょう。シガレッツの音楽的なイメージを決定づけているのは、そのソングライティングや演奏以上に、深いエコーがかけられたアトモスフェリックなプロダクション。すべての音が厚い霧の向こうから響き渡ってくるような感触を持っています。
こういった彼らの特徴的なプロダクションは、80年代産業ロックの代表格の一組、REOスピードワゴンのカヴァー“キープ・オン・ラヴィング・ユー”を聴くとわかりやすいでしょう。オリジナルはド派手でギンギンのパワー・バラッドでしたが、シガレッツの手にかかると、古ぼけたモノクロームの写真を眺めているような、ノスタルジックで感傷的なムードに満たされた曲へと姿を変えてしまいます。
もちろん、こういったシガレッツの強固な世界観は、セルフ・タイトルの1stアルバム『シガレッツ・アフター・セックス』でも貫かれています。音数を極力絞った、ミニマルでスカスカの演奏。耳元でそっと囁くようなグレッグ・ゴンザレスの親密な歌声。深い酩酊へと誘う、強烈なエコーがかけられたプロダクション。「セックス後の一服」――そんなバンド名が示唆する通り、そこには、どこまでもロマンティックな倦怠感が渦巻いているのです。
2010年代後半の基調モードはメロウ&ドープ――とするのなら、このシガレッツ・アフター・セックスはそのような時流に対するバンド音楽からの回答のひとつ。時代の波に乗って急激に広がっている、シガレッツを取り巻く静かなセンセーションは、果たしてどこまで大きくなるのでしょうか?