なにやら2017年もとんでもないことになってきました。歴史的な大豊作だった昨年の勢いそのままに、年明けから途切れることなく続く話題作のラッシュ。どうやら今年も、ポップ・ミュージック史においては相当に充実した一年となりそうです。
もちろんその先頭を走っているのは、ミーゴスやフューチャーといった北米産のヒップホップ勢。2016年の中心がアフロ・アメリカンによる多種多様なヒップホップ/R&Bだったことは、〈サインマグ〉の年間ベスト・アルバム75にも表れているとおりですが、やはりその流れはまだまだ続いていきそうです。
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2016年
年間ベスト・アルバム 75
さらに、この年明けはサンファ、The xxといった英国クラブ・シーンを出自とするアクトの新作が相次ぎ、どちらもアメリカで好調なチャート・アクションを記録。しばらく存在感のなかった英国シーンにも、ここにきてようやくいい兆しが見えてきました。つまり、今年の欧米シーンは昨年以上にカラフルな様相を見せはじめている――まだ早計ではあるにせよ、そうした解釈も可能かもしれません。
さあ、そんな2017年前半の最重要作といえば、やはりこの一枚をおいて他にはないでしょう。それが、ダーティ・プロジェクターズの通算7作目となるアルバム『ダーティ・プロジェクターズ』。北米インディの象徴的な存在であるこのバンドが、とうとう4年ぶりに還ってきたのです。
しかも、彼らはここで「北米インディを象徴するバンド」というイメージ、あるいは「バンド」というフォーマット自体からあきらかに逸脱したメタモルフォーゼを遂げているのです。これは興奮せずにいられない。
では、この2017年において、果たしてダーティ・プロジェクターズの前線復帰はどんなインパクトを放つのか――そのへんはじっくり後述していくとして、まずはすこしだけ振り返ってみましょう。
21世紀に突入して以来、北米のインディ・シーンはかつてないほどのダイナミックな動きを見せてきました。簡潔にいうと、それはストロークスを突端とするロックンロール再興にはじまり、フリー・フォーク~モダン・サイケデリアの時期を経て、ブルックリンを基点にアフロ・ビートや50年代以前の大衆音楽が再発見されていき、さらにはその成果がメインストリームにも波及していく、といったように。
そうした北米インディの隆盛が最高潮に達したのは、いま思えば2009年でした。つまりそれは、アニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』、グリズリー・ベア『ヴェッカーティメスト』、そして何よりもダーティ・プロジェクターズ『ビッテ・オルカ』がそれぞれ発表された年。彼らが今にいたるまで北米インディの象徴とされる所以は、まさしくここにあると言っていいでしょう。
その後、ダーティ・プロジェクターズは6作目のアルバム『スウィング・ロー・マゼラン』を2012年にリリース。
そのアルバムをひっさげたツアーの終了後、バンドはおおきな転機を迎えます。ご存知の方も多いとおり、公私ともにデイヴのパートナーであったアンバーが脱退。当然バンドにとっても大きな打撃となり、結果的にダーティ・プロジェクターズはしばらく休止状態に。
そして昨年末、久々の新曲としてついに公開されたのが、この“キープ・ユア・ネーム”でした。
「わからない、きみがどうして僕を捨てたのか」という歌い出しに始まる、アンバーとの別れを赤裸々に綴ったリリックも衝撃的ですが、なによりも注目すべきはそのサウンド。ヴォーカルをビッチダウンさせることでより深い悲しみを表現した、このゴスペル調のバラッドは、ダーティ・プロジェクターズのドラスティックな変貌ぶりを十分に予感させました。
そして、次に届いたのが“リトル・バブル”。
この鍵盤とストリングスを重ねた物悲しいナンバーにつづき、さらにもうひとつ公開されたのが“アップ・イン・ハドソン”。こちらはリズムの配置と管楽器の旋律に従来のアフリカン・フォーク的な要素を感じさせつつ、その音像からは非常にエディトリアルな処理が見てとれます。
この3曲が先行公開された時点で、きたるべきアルバムが「失恋」をテーマとしていることは、ほぼ確定的となりました。そして、極め付けがニューオーリンズ出身のR&Bシンガー=ドーンをフィーチャーした“クール・ユア・ハート”。
この曲がソランジュとの共作であることからも明らかなように、今回の新作にモダンR&B的なプロダクションが貫かれていることは、一連の先行トラックから十分に伝わるはず。
つまり、新作はダーティ・プロジェクターズが現行のR&Bに触発されたアルバムってこと? いや、事はそう単純ではありません。
先ほど貼った2009年の楽曲“スティルネス・イズ・ザ・ムーヴ”がR&Bに触発された曲だったことが象徴しているように、デイヴのR&B志向はかねてから知られるところでしたし、彼は昨年の年間ベストを席巻したソランジュ『ア・シート・アット・ザ・テーブル』にも、プロデューサーとして大いに関わっています。
そして、何よりも忘れてはならないのが、2015年に発表されたリアーナとカニエとポール・マッカートニーの共演曲“ファイヴフォーセカンズ”のブリッジを書いたのは、他ならぬデイヴだということ。そう、彼はここ数年のヒップホップ/R&B隆盛に少なからず関与しているのです。
ちなみに、そのポールとカニエがコラボレーションした楽曲は、“ファイヴフォーセカンズ”の他にもう1曲あるらしく、しかもそのセッションには、デイヴと、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグも参加しているとのこと。
思い返してみれば、ヴァンパイア・ウィークエンドも初期からR&Bやヒップホップへの愛情と興奮を語り、それをさりげなく自身のサウンドにも反映させていた一組でした。おそらくそのヴァンパイア・ウィークエンドの新作もそう遠くないうちに届きそうだし、どうもこのあたりの動きが2017年の鍵を握っていきそうな予感がします。なんにせよ、これはもうワクワクせずにいられません。
『ダーティ・プロジェクターズ』は、いわば現在進行形の北米インディ・シーンに対する先駆者からの回答であり、さらにはUSメインストリームのヒップホップ/R&Bに対するインディ・サイドからの回答でもある――本作をそう捉えてもさほど大げさではないはず。すくなくとも、このアルバムのインパクトが2017年以降の流れにおおきく作用していくことは、まず間違いないでしょう。その衝撃を、ぜひあなたの耳でも確認してください。
メンバー全員脱退、脱インディの失恋作品?
ダーティ・プロジェクターズは何が変わり、
変わっていない?その疑問に答えます。前編