SIGN OF THE DAY

英国ロックの伝統を今に受け継ぐ2017年の
『サンディニスタ!』?! フォーメーションは
グライム一強の英国を変える起爆剤たるか?
by YOSHIHARU KOBAYASHI March 09, 2017
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英国ロックの伝統を今に受け継ぐ2017年の<br />
『サンディニスタ!』?! フォーメーションは<br />
グライム一強の英国を変える起爆剤たるか?

イギリスでは、それまで思いもよらなかった形で黒人音楽と白人音楽が混ざり合った時にこそ、もっともエキサイティングで新しい音楽が生まれている。これは、既に歴史が証明している通りです。

例えば70年代末のポストパンクの時期には、ジャマイカのレゲエ/ダブと白人のパンクの融合実験が盛んに行われることで、次々と未知の刺激的な音楽が生まれていました。ジャズやラテン音楽からレゲエ、ダブ、ワルツ、R&Bまでを飲み込んだクラッシュの『サンディニスタ!』をはじめ、P.I.L.やニュー・エイジ・ステッパーズの諸作、あるいはメンバー的にも人種混交のバンドだったスペシャルズなど、その例を挙げればキリがありません。

The Clash / Magnificent Seven (Tom Synder Show 1981)

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Public Image Limited / Death Disco


90年前後のマッドチェスター・ムーヴメントもまた、シカゴの黒人音楽であったハウス・ミュージックとイギリスのインディ・ロックが結合したことで、イギリス全土を覆う熱狂的な盛り上がりに発展したもの。何よりも忘れてならないのは、ビートルズに端を発する60年代の英国ポップ・ミュージック黄金期のバンドの大半はアメリカのリズム&ブルーズを白人が再解釈したものだったということです。

では、アデルやエド・シーランといった一部のポップ・アクトを除き、世界的にすっかり影が薄くなった現在のイギリスの音楽シーンはどうなのか? まずはその状況を簡単に整理してみましょう。

ここ数年、イギリスでもっとも勢いがある音楽がグライムであることに異論を挟む人はいないはず。2014年にリリースされたスケプタ“ザッツ・ノット・ミー”をひとつの起爆剤として完全に息を吹き返したグライムは、今、英国ポップ・ミュージックのど真ん中に切り込もうとしている状況です。

Skepta / That’s Not Me ft. JME

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そのスケプタの最新作『コンニチハ』は、デヴィッド・ボウイやレディオヘッドなど有力候補を抑えて2016年の〈マーキュリー賞〉を受賞。同年12月には約1万人を収容するロンドンの〈アレクサンドラ・パレス〉でモニュメンタルなライヴも行ったばかり。

そしてグライム新世代の代表格、ストームジーはデビュー作『ギャング・サインズ・アンド・プレイヤー』で全英1位を奪取。これはインディからリリースされたグライム作品では初となる快挙。しかも発売初週のストリーミング回数では、ドレイクやジャスティン・ビーバーを抜いて新記録を樹立したというのだから、その勢いのほどが窺えるでしょう。

Stormzy / Big For Your Boots

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続いて、長らく低迷に喘いでいるインディ・ロックはどうでしょうか。お察しの通り、相変わらず厳しい状況にあるのは間違いありません。

ただそんな中で、スリーフォード・モッズやファット・ホワイト・ファミリーのようなアーティストがアンダーグラウンドで俄かに脚光を浴びるのもわかります。イギリスの無産階級が社会に対する怒りやフラストレーションを噴出させたような彼らの音楽は、貧富の差がさらに拡大し、仕舞いにはブレグジットのような深刻な分断が起こっている今の時代だからこそ強いリアリティを持つものでしょう。

Sleaford Mods / Moptop

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Fat White Family / Whitest Boy On The Beach

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一方、そういった社会へのコミットメントを徹底的に拒否し、ひたすらユーフォリックで美しい音楽を奏でるテンプルズのようなバンドもいます。

Temples / Strange Or Be Forgotten

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USオルタナとブリティッシュ・フォークを繋ぐウルフ・アリス、もはや完全にポップのフィールドで勝負しているThe 1975も、現在の英国ギター・バンドを語る上では外せません。ただ、いずれにせよ、現在のインディ・ロックがブラック・ミュージックとクロスオーヴァーする機運はほとんど皆無だと言えます。

ここまでの話をまとめれば、イギリスではブラック・ミュージックのグライムが二度目の黄金期を迎えつつあるものの、白人のインディ・ロックは相変わらず存在感が希薄。なおかつ、両者が交じり合う気配もない。となれば、英国ポップ・ミュージック全盛期の60年代やポストパンク期のような熱狂が今のイギリスから感じられないのも仕方ないのでしょう。

ウィンブルドン出身の5人組であるフォーメーションは、もしかしたら、そんなイギリスの音楽シーンに見え始めた変化の兆しかもしれません。4月19日にリリースされる1stアルバム『ルック・アット・ザ・パワフル・ピープル』は、ヒップホップやハウスからロック、アフロ・ビート、〈モータウン〉、ジャズまでを飲み込み、強靭なグルーヴでまとめ上げた作品。そのエクレクティシズムには、これぞ2017年の『サンディニスタ!』、と思わず口が滑ってしまいそうになります。

上のアーティスト写真を見てもらえばわかる通り、メンバーの人種的なバックグラウンドはおそらくバラバラで、音楽的にも様々な垣根を超えている。その点では、2014年に〈マーキュリー賞〉を受賞し、先頃は『トレインスポッティング』続編映画を象徴する存在として、そのサウンドトラックに3曲もの楽曲がフィーチャーされたヤング・ファーザーズと近いものがあります。ただ、良くも悪くも、ヤング・ファーザーズの音楽はイギリス国外には文脈的に伝わりにくいところがありました。

白人も黒人だ――。これぞ、ケンドリック・
ラマーへの人種を越えた場所からの回答か?
今もっとも説明が難しいバンド、ヤング・
ファーザーズを8つのキーワードで紐解く


しかし、フォーメーションの場合はもっとストレートでダイレクト。それは彼らの代表曲のひとつ、“パワフル・ピープル”を聴いてみればわかるでしょう。ヴァースを引っ張るのは、キックとスネアを強調したブレイクビーツ的なドラムと、このバンドの核であるファンキーにうねるベースライン。そして、ストイックな展開から一気に開放へと向かうコーラスでは、大会場にふさわしいアンセミックなメロディが響き渡ります。

Formation / Powerful People

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ちなみに、ロンドンのバイク・ギャング〈UKバイク・ライフ・クルー〉を起用したストリート感溢れるPVを監督したのは、元ザ・ストリーツのマイク・スキナー。2000年代イギリスで人種の壁を超えた音楽をもっとも実践していた一人、スキナーがフォーメーションに手を貸したというのも筋が通っている話です。

もう一曲紹介しておきましょう。今のところ最新シングルである“ア・フレンド”は、彼らの新たなアンセムと呼ぶべきトラック。フォーメーションらしいハード&ヘヴィな感覚は残しながらも、ここではハウス・ミュージックのグルーヴを大幅に導入。ユーフォリックなブレイク・パートを経て、どこまでも空高く舞い上がっていくようなロマンティックな展開は、フレンドリー・ファイアーズの“パリス”が引合いに出されるのもわからなくありません。この全く毛色が違う2曲を聴いただけでも、彼らが様々なジャンルの垣根を越え行く存在であることは十分に伝わるでしょう。

Formation / A Friend

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もうひとつ、フォーメーションを語る上で欠かせないポイントがあります。それは、先述のスリーフォード・モッズやファット・ホワイト・ファミリーが今のイギリス社会に対して中指を突き立てているのだとしたら、このフォーメーションは「ファック・ユーって言う代わりに、『俺たちはファックされてる、でもこの状況を乗り越えよう』っていう(のに共感する)」という姿勢であること。これはイギリスの音楽メディア〈DIY〉での発言です。

実際、アルバム・タイトルの『ルック・アット・ザ・パワフル・ピープル』は、トランプ大統領やメイ首相を揶揄しているとも言われています。しかし、フォーメーションの音楽から伝わってくるフィーリングは、社会に対するストレートな怒りの発露というよりも、分断が進む今の社会で傷つき、行き場を失ったと感じている同胞たちを鼓舞するような前向きな力強さ。2017年に活動するバンドとして、これは理想的なスタンスではないでしょうか。やはりこれは2017年の『ロンドン・コーリング』であり、『サンディニスタ!』なのかもしれません。

これまでの歴史が証明している通り、黒人音楽と白人音楽の混交が起こった時にこそ、イギリスの音楽はもっとも盛り上がりを見せる。しかし、その伝統は長らく潰えていました。そんな中、フォーメーションはイギリスの音楽シーンに異種交配の伝統が復活する兆しとなるのでしょうか? その答えはまだわかりません。彼らフォーメーションの真価は、来たる1stアルバム『ルック・アット・ザ・パワフル・ピープル』が世に放たれた時に、あなた自身の耳で確かめてみて下さい。


『トレインスポッティング』から20年。
英国ポップ・シーンの「今」をその当事者、
フォーメーションに訊く:前編


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