チャンス・ザ・ラッパーが先導する「新しい
シカゴ」は如何に生まれたのか?その変遷を
紐解くシカゴ年表④「2016年編」
2016年末、第45代アメリカ合衆国大統領を決める選挙はドナルド・トランプの勝利という結果に。アメリカ中、世界中の多くの人々が分断と衝突に溢れた暗澹たる未来を思い描く中、チャンス・ザ・ラッパーだけは地元シカゴと未来を担う子供たちの中に眠る希望だけを見据えていた。
「トランプを恐れることなんてない」と発言し、権謀術数の渦巻く政治とは一線を置きつつ、シカゴへの風評被害には公然と抗議。公立高校への寄付、聴覚障がい者のための手話通訳雇用など、子供たち、障がいを持った人々、マイノリティらの状況を改善するために努めてアクチュアルに行動。インディペンデントで活動することで得た資金を積極的にシカゴへと還元し、長期的な視点から街を変えようと奮闘している。
チャンス・ザ・ラッパーが仲間たちと共に行動し、この5年間で変化の時を迎えたように見える「新しいシカゴ」は、しかし、まだ生まれたばかり。2017年、シカゴの殺人件数は約15%減少したものの、いまだ全米でもトップの発生率を記録している。本当にシカゴの街が生まれ変わるのは、彼らが支援する子供たちが暴力に足を取られることなく成長して、自由に才能を開花させていく、十数年後の未来になるだろう。
>>>2017年1月
オバマ前大統領がホワイトハウスで開いたファイナル・パーティに、チャンス・ザ・ラッパーが参加。その他の参加者はソランジュ、アッシャー、スティーヴィー・ワンダー等々。チャンスの父親、ケン・ベネットは大統領就任前にオバマの下で働いた経歴があり、2人はチャンスの子供時代から親交があった。チャンスがラッパーとしてブレイクを果たした後も、ブラックやラテン系の若者を支援するためにオバマが立ち上げたプロジェクト〈マイ・ブラザーズ・キーパー〉の討論会にニッキー・ミナージュ、コモン、DJキャレドらと並んで参加し、2016年末のクリスマス・ライトアップ・イベントでパフォーマンスを披露するなど、度々ホワイトハウスに招かれている。
>>>2017年1月
〈GQ〉によるインタヴューで、「ドナルド・トランプを恐れていない」と発言。「本当は、物事はそんなに悪くなってはいないんだ。世界は一つになりつつある。人々は、子供たちをもっと知識と理解力があるように育てるようになっている。恐れていない理由は、俺が君たちの子供のために音楽を作っているから。希望と相互理解のメッセージをきちんと伝えるために、俺はやっている。だから、そう、何を恐れることがあるんだ?」
>>>2017年1月
テイラー・ベネットがバイセクシャルであることをカミングアウト。チャンス・ザ・ラッパーは直後にテイラーを含む家族との動画をシェアし、サポートのためのツイートをした。テイラー・ベネットはチャンス・ザ・ラッパーの弟であり、彼自身ラッパーとして活動中。2015年に『ブロード・ショルダーズ』、2017年に『リストレーション・オブ・ア・アメリカン・アイドル』と2枚のアルバムを自主リリースしている。
>>>2017年1月
トランプの大統領就任式に合わせたヴァイラル・チャレンジ「#OptimisticChallenge」に、チャンス・ザ・ラッパーも動画を投稿。「#OptimisticChallenge」は、YouTubeやVineの動画投稿で人気の十代少年、ジェイ・ヴェルサーチが始めたヴァイラル・チャレンジで、サウンド・オブ・ブラックネスが1991年にリリースしたデビュー曲“オプティミスティック”に合わせてダンスを踊るというもの。チャンスの動画には、リル・ヨッティをフィーチャーしたシングル“アイスパイ”がヒット中だったラッパー、カイルも参加していた。
>>>2017年2月
チャンス・ザ・ラッパーが地元のアパレルメーカー〈ジョー・フレッシュ・グッズ〉と組み、オバマの功績を讃えるコレクション「#ThankUObama」を展開。デザイナーのジョー・フレッシュ・グッズは、このコレクションについて以下のように説明している。「僕の人生で、何でもやりたいことができて、なりたいものになれるんだと感じられた時期のことを記録しておきたかった。オバマが最初の任期を勝ち取った夜、希望を与えられたんだ。特に重要なことに、黒人の男として。だから、『ありがとう』を言うため、クローゼットを見るたびにいつでも笑っていられるためにこのコレクションを作ろうと決めた」
>>>2017年2月
チャンス・ザ・ラッパーがグラミー賞で、最優秀新人賞、最優秀ラップ・パフォーマンス賞、最優秀ラップ・アルバム賞の三冠を受賞。“ハウ・グレート”と“オール・ウィ・ゴット”のパフォーマンスをメドレーで披露した。レーベル無所属、ストリーミング・リリースのみのインディペンデントなアーティストがグラミー賞を受賞するのは歴史上初めて。受賞スピーチでは、神、両親、家族、プロデューサーやマネージャーを含むチームの他、シカゴの全てにも感謝の言葉を述べた。「シカゴ」という言葉が口にされた瞬間、会場からは一際大きな歓声と拍手が沸き起こった。
>>>2017年2月
トランプがシカゴの治安について「シカゴの犯罪と殺人が蔓延し続けるなら、連邦府の助けを求めることになる。今年のシカゴでの銃撃事件は1714件!」とツイート。それを受け、チャンス・ザ・ラッパーは「シカゴをまるで第三世界の国のように語るのにうんざりしている。まるでシカゴと戦争をしようとしているみたいだ。」と反論。
>>>2017年3月
チャンスがシカゴの公立高校に100万ドルを寄付。公立高校で開かれたプレス・コンファレンスでは、さらに追加で220万ドルの寄付を行うことも発表され、実際に9月に追加の寄付が行われた。また、アート・プログラムへの投資や物資支援を目的とした基金〈ニュー・チャンス・アーツ・アンド・リテラチャー・ファンド〉の立ち上げも発表。
>>>2017年3月
ファンによって、チャンスをシカゴ市長にするキャンペーンが立ち上がる。しかし、チャンス本人はTV番組『ザ・レイト・ショウ・ウィズ・スティーヴン・コルベア』内でのインタヴューで、政治に関わろうとは思っていないと語っている。「政治は好きじゃない。行政(government)は必要だし、流動的で常に変わっていく。政治というのは人気とか戦略にまつわるものだけど、立法と同じような変化を起こすことはない。だから政治にはとらわれないようにしたいんだ」
>>>2017年3月
チャンス・ザ・ラッパーがApple Musicとの契約についてTwitterで明かす。2週間のエクスクルーシヴによって、50万ドルとCMを受け取ったとのこと。チャンスは一連のツイートで、契約内容を公開した理由をこのように明かしている。「多くの人が自分の独立性を疑い始めているから、クリアにしたい」「俺はお金が必要だったし、そこ(Apple)にいる人たちはみんな良い人たちだった」「アーティストは、自分の商品についての主導権を保ち続ける限り、ストリーミング戦争から多くを得ることができると思う」
>>>2017年4月
ツアーのマーチャンダイズをブートレグ業者から守るため、チャンス・ザ・ラッパーが訴訟を起こす。ストリーミング・サービスの定着以降、ツアーのグッズ販売はCDやレコードといった音源以上にアーティストの重要な収入源となっている。また、不当な価格で粗悪な品質の商品が流通することを防ぐためにも、このような措置を取ったのだと思われる。キング・ルイとDJオレオをサポートに招いたツアー〈ビー・エンカレッジド・ツアー〉は、4月から10月までの6か月間で全米40カ所を回った。
>>>2017年5月
チャンス・ザ・ラッパーとジャミーラ・ウッズが“LSD”のミュージック・ヴィデオの監督を公立高校の生徒から募集。これは10月にジャミーラ・ウッズ『ヘヴン』のフィジカル・リリースに向けて、〈ジャグジャグウォー〉〈クローズド・セッションズ〉〈VAMスタジオ〉とのコラボで行われたもの。このミュージック・ヴィデオは、実際に8月に公開されることになった。
>>>2017年5月
フランシス・アンド・ザ・ライツがチャンス・ザ・ラッパーをゲストに迎えた“メイ・ハイ・ハヴ・ディス・ダンス(リミックス)”を公開。フランシス・アンド・ザ・ライツは、チャンス・ザ・ラッパー『カラーリング・ブック』にもゲスト参加していたカリフォルニア州オークランド出身のアーティスト。エレクトロニックなヴォーカル・ハーモニーを精製するソフトウェア「プリズマイザー」の開発者としても知られ、同ソフトウェアはフランク・オーシャンやボン・イヴェールといったアーティストが自身の作品に取り入れている。
>>>2017年6月
聴覚障がい者のため、チャンス・ザ・ラッパーがツアーに手話の通訳を用意。「手話を通じて、聴覚障がい者の音楽とエンターテイメントの体験方法を変えていく」ことを目的とした団体〈DEAFinitely Dope〉とのコラボレーションで、同団体から通訳が雇われた。以下のアナウンス動画では、〈DEAFinitely Dope〉の創設者マット・マクシーがチャンスの言葉を手話で通訳する様子が収められている。
>>>2017年7月
SoundCloudが経営難のため閉鎖するという報道に反応して、チャンス・ザ・ラッパーがヤング・サグと共に支援のための新曲を公開。SoundCloudは2007年にドイツのベルリンで設立して以来、プロ・アマ問わず多くのミュージシャンが音楽ファイルを公開し、無料ダウンロード/ストリーミング時代を象徴することになった音楽共有サービス。7月6日、経営難からサンフランシスコとロンドンのオフィスを閉鎖し、約40%の社員をレイオフしたというニュースが伝えられた。それを受け、音源発表の場としてSoundCloudを利用してきた代表的なラッパーの2人がコラボすることに。
>>>2017年8月
チャンス・ザ・ラッパーが〈ロラパルーザ2017〉にヘッドライナー出演。ヴィック・メンサと久々に共演を果たし、話題となったが、生配信は行われなかった。シカゴで毎年開催されている〈ロラパルーザ〉への出演は2014年振りの3度目で、ヘッドライナーとしての出演は初。別日のヘッドライナーを務めたミューズ、キラーズらのライヴは生配信されたが、チャンス・ザ・ラッパーのライヴはストリーミング配信からは外されていた。そこには、これからは実際にシカゴの街を訪れてもらい、資金を地元に還元してもらおうというチャンスの思惑もあったのではないかと推測される。
>>>2017年9月
チャンス・ザ・ラッパーがアメリカの人気TV番組『ザ・レイト・ショウ・ウィズ・スティーヴン・コルベア』に出演。当初は『カラーリング・ブック』のアウトテイク“グロウン・アス・キッド”を披露する予定だったが、「新鮮なものをやりたい」と言って、数日前に書いたばかりだという新曲を新鋭ダニエル・シーザーと急遽演奏した。この時点ではまだ曲名もついていない状態だったが、のちにこの曲は“ファースト・ワールド・プロブレムス”というタイトルだと明かされた。
>>>2018年1月
2018年8月18 日、19日(日)に東京/大阪で開催される〈サマーソニック〉に、チャンス・ザ・ラッパーの出演が決定。これが記念すべきチャンスの初来日となる。
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チャンス・ザ・ラッパーが先導する「新しい
シカゴ」は如何に生まれたのか?その変遷を
紐解くシカゴ年表①「2011~2013年編」
2010年代ポップの外交官=チャンス・ザ・
ラッパーと共に、荒廃した街を音楽と友愛の
フッドへと変えた「シカゴ十勇士」:前編