SIGN OF THE DAY

分業制ポップ全盛? 孤高のベッドルーム・
シンガー=ニック・ハキムに訊くローカル・
コミュニティの内側で傑作を作る方法:前編
by SOICHIRO TANAKA June 23, 2017
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分業制ポップ全盛? 孤高のベッドルーム・<br />
シンガー=ニック・ハキムに訊くローカル・<br />
コミュニティの内側で傑作を作る方法:前編

ニック・ハキムとの出会いは衝撃だった。詳しくは以下の記事の通りだが、当時、筆者はこんな風に綴っている。「チェット・ベイカーとマッドリブの出会い? マーヴィン・ゲイとジョアン・ジルベルトを繋ぐミッシング・リンク? ウータン・クランの誰かとメルセデス・ソーサとの間に産み落とされた孤独な遺児? ダーティ・プロジェクターズやアヴァ・ルナといったブルックリン系インディ・バンドを従えたヴィクトル・ハラ? ジェフ・バックリー、ボン・イヴェールの系譜に連なる新世代オルタナティヴ・シンガーソングライター? モダン・ソウル界に降り立った75年のジョージ・ハリスン? どんな解釈も可能だろう。だが、取りあえず今はまだ、その大半が謎のヴェールに包まれたまま、この至高のトラックが醸し出す恍惚とした輝きの中に浸っていたい。そんな風に思わせる音に出会った」。


「ロバート・グラスパー以降」に対する
凍てついたベッドルームからの解答。
ニック・ハキムって一体、何者?


その後、彼にとっては習作でもあっただろう2枚のEP『ホエア・ウィル・ウィ・ゴー』(だが、この作品も間違いなく至高)を彼自身がセルフ・リリースしてから3年近い月日が流れた。果たして我々の手元に届いたのはレディオヘッドやアンダーワールドの米国でのレーベルとしてしても知られる〈ATO〉からの正式な1stアルバム『グリーン・ツインズ』だ。

R&Bでもあり、ソウルでもあり、フォークでもあり、サイケデリック・ロックでもあり、ジャズの要素もある。凝った和声にはソウル、ジャズ、南米音楽からの影響があり、そのプロダクションは簡素ながらドープ。深いエコーのかかったアトモスフィア/プロダクションはヒップホップからの反響だ。まさにカテゴライズ不能。ただ強いていうなら、今年リリースのビビオとサンダーキャットのアルバムをその両側に置いてもいいかもしれない。

件の二枚のEPがビートに彼自身の弾き語りを加えたライヴ録音だったのに比べると、生ドラムにプログラムされたビート、シンセのオーヴァーダブを筆頭に本作『グリーン・ツインズ』はかなり作り込まれた仕上がりになっている。かつての「ダン・エレクトロ1本を抱えたソウル・シンガー」は新たなヴィークルを手に入れたと言っていいだろう。

だが、EP時代の彼のシグネチャー・サウンドでもあった深いエコーのかかったドープなアトモスフィア/プロダクションは健在。決して覚めない夢の奥底で鳴っているようなレコード。より密室性は強まっている。深夜にひとりで向き合うには格別な1枚と言えるだろう。ただ運転中に聴くのだけは禁物。深い霧に覆われたようなドープなサウンドテクスチャーに吸い込まれて、絶対に事故るに違いない。

そして勿論、前述のように音楽的リファレンスが多岐に渡るレコードだからと言って、ことさら難しく考える必要はない。この全12曲46分間のメロウでドープな空間と時間に浸りきってやればいい。別の世界の扉を開けばいい。それがニック・ハキムの1stアルバム『グリーン・ツインズ』だ。

それにしても、全世界的なストリーミング・サーヴィスの一般化に従って、ゼロ年代には完全に消えうせたかに見えたポップ音楽の大文字のトレンドがまた再び顕在化し、悪い意味でのグローバル化が急激に進む、この2017年(さらにガラパゴス化に拍車がかかる日本だけは唯一の例外)。毎週金曜日にSpotifyが大量に吐き出すニュー・トラックの大半では、あらゆるジャンルの作家たちがダンスホール・レゲエのビートを引用する。ドレイクの“ワン・ダンス”やリアーナの“ワーク”のメガ・ヒットから1年、韓国のDEANやフランスのフェニックスのみならず、フー・ファイターズ新曲にさえその痕跡を発見出来るというのは異常事態と言ってもいいかもしれない。フー・ファイターズの場合、皮肉が効いてて、最高でしたが。

Foo Fighters / Run


日本のポップ・シーンのように何十年もずっと同じスタイルの音楽がずっと繰り返し再生産され続けるのも不気味だが、これはこれでそれなりに背筋が凍らずにはいられない。新たなアーキテクチュアの浸透はこんなにも世界をドラスティックに変えてしまうものなのかーーそんな感慨の中、この『グリーン・ツインズ』という作品は古今東西あらゆる音楽の歴史に繋がりながら、そうした「今」とだけは絶妙に距離を取っているかに見える。

端的に言って、ソングライティングもプロダクションもあまりにパーソナルな場所から生まれているのだ。すべてが彼自身のベッドルームから出発しているというだけではない。両親がそれぞれチリとペルーの出身という出自、ワシントンDC、ボストン、NYブルックリンと、リベラルなアメリカ東海岸のコミュニティを渡り歩いてきた経験、あるいは、彼自身が属するブルックリンでの音楽コミュニティの存在ーーそうしたローカルな場所でのいくつもの息遣いを『グリーン・ツインズ』という作品は取り込んでいる。

つまり、今後さらにグローバル化を推し進めていくだろう海外のポップ・シーンにあって、この『グリーン・ツインズ』という作品はまた別の可能性を示唆する作品でもある。すべてがオンライン中心にある現在のポップ・シーンにあっても、ローカルな場所からこそ、新たな才能と新たなトレンドが生まれていることは以下の記事でも示されている通り。


レディオヘッド『ザ・ベンズ』とピクシーズ
『ドリトル』を繋ぐ完全無欠の女性バンド、
ザ・ビッグ・ムーン、その名もデカいケツ!


そこで以下の対話では、ニック・ハキムという才能を育み、『グリーン・ツインズ』というアルバムの素地を培ったローカル・コミュニティの存在に注目しつつ会話を進めた。マックス・マーティンやグレッグ・カースティンをプロデューサーに起用しなくとも、何人ものソングライターと共に曲を書かなくとも、新たなポップ・ミュージックは生まれえる。過去の膨大な歴史へと連なる小さなコミュニティにさえ属していれば。

リアム・ギャラガーの初ソロ曲“ウォール・オブ・グラス”があんな事態になったのは、要するに、信頼出来る友達がいないってことなんだろうな。と、最後に余計な一言。




●EP時代のあなたの音楽に最初に触れた時に浮かんだコピーは、「チェット・ベイカーとマッドリブの出会い」という言葉でした。この乱暴な翻訳を添削してもらえますか?

「はははは! 僕、どっちも大好きだよ(笑)。うん、人がそういうこと書くときって、僕としては、なんか考えすぎないようにしてるんだ。実際、僕はシンガーとしてチェット・ベイカーにすごくインスパイアされてるし、ビートメイキングにおいてはマッドリブにすごく影響されてる。だから、そのままでいいんじゃない?(笑)」

Chet Baker / Time After Time

Madlib / Episode XVI


●あなたの音楽はR&Bでもあり、ソウルでもあり、フォークでもあり、ジャズの要素もあれば、ヒップホップ的なビートやドープなプロダクションも持っています。こうしたエクレクティックな感覚というのは、主に何に起因するのでしょうか?

「それはやっぱり僕がいろんな種類の音楽をとにかくたくさん聴くことに関わってると思う。そもそも子供時代からいろんな音楽に囲まれて育ってきたから。最初は兄が聴いてるものを横で聴いてたんだ。子供の頃は彼がやることはなんでもクールだと思ってたからね(笑)。それで僕はニルヴァーナやフガジ、バッド・ブレインズみたいなバンドを知ったし、オール・ダーティ・バスタードやブランド・ヌビアンを知ったし。最初にもらったカセットが確かビッグ・パンの『キャピタル・パニッシュメント』だったな(笑)」

●あなたが生まれ育ったワシントンDCという環境の影響は?

「あると思う。DCだとすごいゴスペルのミュージシャンが大勢いたり、ロックがどんどん出てきてたり。ソウル・ミュージックも、ヒップホップも、ポエトリーも出てきてた。あとDCだとワシントン・ゴーゴー(Go-go)もビッグだったんだよね。うん、やっぱりそういうのが大きなインパクトになって、君が言ってたようなエクレクティックなテイストになったんだろうな。ただ、僕自身は17歳まで音楽をプレイしてなかったんだ。で、そこから音楽っていう大きな世界を探りはじめたんだよね」

●あなたのご両親はそれぞれチリの出身とペルーの出身なんですよね? ボサノバやトロピカリズモ、アルゼンチン・フォルクローレといった南米音楽と、あなたの音楽とのコネクションはどの程度あるんでしょうか?

「うん、チリやアルゼンチン、ウルグアイのヌエバ・カンシオンやフォルクローレを聴いて育ったんだ。ヴィオレータ・パラやヴィクトル・ハラ、メルセデス・ソーサ、アルフレド・シタローサ。最近、母が家族に会いにチリに帰省して、ヴィデオを送ってきたんだ。そしたら家族全員輪になって、みんな一晩中ギター弾いたり歌ったりしててさ(笑)。僕の父親も母親もギターを弾いて歌うし、そういうカルチャーが息づいてるんだよ」

●我々はあなたをマーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドといったソウル・シンガーの系譜としても捉えています。ただ、あなた自身そう言われたりすると、彼らとの出自の違いや彼らの偉大さから、どこか臆してしまう部分はあったりしますか?

「もちろん(笑)。だって、正直、僕は彼らのレベルじゃないから。でも僕はその二人にものすごく影響を受けてる。ヴォーカリストとしてだけじゃなくて、ギターを始めた時からカーティスみたいに弾きたいと思ってたんだ。僕のギター・ヒーローなんだよ。マーヴィン・ゲイの歌も、自分がどう歌うかっていうところでものすごく助けになった。息の使い方から何から。だから、そういう人たちと比べられたりすると、どうしていいかわかんないよ!(笑)」

Curtis Mayfield / Sweet Exorcist

Marvin Gaye / Time To Get It Together


●実際、あなた自身がアーティストを志した時の、最初の音楽的なロールモデルがいたら教えて下さい。

「いや、それはむしろ周りにいた音楽の先生のおかげなんだ。DCには僕のメンターとなったようなミュージシャンが大勢いたんだよ。歴史に好奇心があって、ある時代をシリアスに掘り下げたり――僕はそういう世界に引き込まれて、ある時代やスタイルを分析するようになった。9年くらい前かな? 歴史を知るのが楽しいんだ。ごく基本的なことから教わった。キーボードの音階、コード、理論的なことも教わったし、ヴォーカルやキーボードの練習もした。それが核になったと思う。当時やってたこと全部が曲作りの役に立ったからね。スキルにせよ、理論にせよ」

●では、ボストン時代、あなたがバークレー音楽学校で学んだことのもっともポジティヴな面、それとは逆にネガティヴな側面があれば、それについても教えて下さい。

「ポジティヴだったことは、やっぱり学校で知り合った人たち。あとは理論を学んだことかな。ネガティヴだったのは、学費が高かったこと。今もかなり借金を背負ってるんだ(笑)。でも、ラッキーなことに僕はちょっと奨学金がもらえたから。まあ、勉強は大変だったし、きつすぎてもう二度と嫌だってことも何度かあった。いや、ネガティヴなことは言いたくないな(笑)。学校として僕なりに感じてることはあるんだけど、言わないでおく。実際、あの学校に行ってよかったと思ってるし、他のミュージシャンと出会うのにいい場所だったしね」

●当時のボストンでの生活は、最初の2枚のEP『ホエア・ウィル・ウィ・ゴー』収録曲に音楽的に、もしくはフィーリング面でどんな影響を与えたと思いますか?

「まずはいろんなことを勉強したからね。理論に、スキル、コードやプロダクションについて。ただ当時は精神的にいい場所にいるわけでもなかったんだ。いつも根を詰めてて。そういう意味ではちょっと孤独だったのかもしれない。すごくきつい時期もあって。それって恋愛関係に影響された時期だったんだよ。僕は毎日浴びるように飲んでた(笑)。あの2枚のEPはグレイトだと思ってるんだよ。今も誇りに思ってる。フルのバンドと一緒に曲を書くプロセスが面白かったし、実際、バンドを見つける過程自体が面白かったんだ」

●じゃあ、二枚のEPの曲はすべて学生時代に書いた?

「そう。そういうのを全部学校に通いながらやってた。ちょっとしたヒーリングの過程として、曲を書いてたんだ。だから、それを表に出して大勢に聴いてもらうためじゃなかった。それが最終的にああいう形になった。ボストンではずっと7ピースのバンドでプレイしてたんだよ。そのときにやってたのがあの辺りの曲」

Nick Hakim / The Light

Nick Hakim / Pour Another (live)


●では、同時代の作家で、あなたと近い場所にいると感じる作家の名前とその理由を教えて下さい。

「ふむ。僕にはすごくリスペクトしてる友だちがたくさんいる。その一人のガブリエル・ガルソン・モンターノもすごくリスペクトしてる。スタイル的には僕と彼の音楽はまったく違うと思うけど、すごく高く評価してる。本当に特別なミュージシャンだと思うよ」

Gabriel Garzón-Montano / Crawl


●あなたが動く姿を初めて観たのはYouTubeにアップされていた“コールド”をあなたが生演奏する動画でした。そこに映し出された壁には、コディ・チェスナットのアルバムと、『オール・シングス・マスト・パス』時代のジョージ・ハリスンのポスターが貼られていました。

Nick Hakim / Cold


「ああ、あれね(笑)。コディ・チェスナットも間違いなく僕のヒーローの一人。僕からすると、彼の『ザ・ヘッドフォン・マスターピース』は隠された宝って感じ(笑)。彼のレコードはどれも素晴らしい!でも僕が最初に聴いたのは『ザ・ヘッドフォン・マスターピース』で、あれを見つけた時は四六時中聴きつづけたのを覚えてる。彼が地上に存在したことを、僕は永遠に感謝しつづけると思う」

Cody ChesnuTT / The Headphone Masterpiece


「あと、ジョージ・ハリソンのポスターは確かボックスセットに付いてたんじゃないかな。『オール・シングス・マスト・パス』のボックスセットに付いてたんだ。3ドルとかで買ったんだけど(笑)。誰にでもビートルズを聴く時期ってあると思うんだけど、とにかく聴かなきゃいけないものが多いんだよね。全員がクソすごいレコードを作ってるから。でもやっぱりジョン・レノンのソロ・レコードが僕のフェイヴァリットだね」

●例えば、“コールド”のような特徴的なコード・プログレッションはあなたの曲の最大の魅力のひとつです。コード・プログレッションという点において、あなたがもっとも影響を受けたソングライターを教えて下さい。

「それは確実にカーティス・メイフィールド。すごく昔のことだから、コード進行に関してどの曲のどういうところに影響されたか、全部はちゃんと覚えてないんだけど。あ、でも一つ覚えてるのがあのコードなんだよな(と、その場でキーボードを弾きはじめる)。これを誰かのレコードで聴いたんだ。スクエアプッシャーの曲だったかもしれない。で、聴いて、『うわ!』と思って。とにかく、そういうのがたくさんあるんだ。ルイス・コール(Louis Cole)の初期の曲とか。あと、ジョシュ・ミース(Josh Mease)っていう人の『ウィルダネス』っていうアルバム。ファイストの『メタルズ』が出たときもよく聴いてた。でも一番影響が大きかったのはやっぱり、カーティス・メイフィールドだろうな。わかんないけど(笑)」

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