SIGN OF THE DAY

ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡⑤
〜NFとエモ・ラップを主な題材に〜
by MASAAKI KOBAYASHI
SOKI YAMASHITA
December 24, 2019
ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を<br />
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡⑤<br />
〜NFとエモ・ラップを主な題材に〜

ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡④
〜ルクレイと『イーザス』を主な題材に〜



小林雅明(以下、小林) 二つ前の質問に対する山下さんからのお答えの中に、『ヒップホップ・レザレクション』では、ゴスペル・ラップをCCMの流れのなかに位置付けて論じ、CCMの起源は、世俗で流行する音楽のスタイルを積極的に取り入れた福音派の宣教の手法まで遡れるとありました。ラッパーのNFは、2015年のデビュー・アルバム『マンション』、続く2作目『セラピー・セッション』(2016)も、クリスチャン・アルバム・チャートで1位に送り込んでいますが、ビートからは、フレッシュな印象を受けません。リリックを別にすれば、NFの場合、ラップのトレンドから言うと、フロウもビートも、「ああ、こういうスタイルのって前に結構聴いたよね」的な評価で終わってしまいそうです。ただし、CCM側からみれば、そういうスタイルだからこそ、多くの人に受け入れられた、ということになるかもしれません。NFの側がどこまで意図的なのかわかりませんが。

NF / I Just Wanna Know


ところが、彼は次の3作目のアルバム『パーセプション』(2017)を機に、内容的には基本的に以前のものとほとんど変わっていないのに、クリスチャン・アルバムであることを前面に押し出すのをやめています。そこと関係があるのかどうかわかりませんが、この作品は、全米アルバム・チャートで首位に輝きます。と同時に、NFが自作で取り上げている、自らが抱える、あるいは抱えていたメンタルヘルスの問題は、『パーセプション』が出る数ヵ月前にリル・ピープやXXXテンタシオンのアルバムでも取り上げられていて、これらすべてのアルバムがアルバム・チャートで1位になったという共通点があります。

XXXTENTACION / Look At Me!

Lil Peep / Problems


と同時に、ピープやXの表現に触発されたと公言するクリスチャン・ラッパーも出てきています。クリスチャン・ラッパーは明確なミッションを持っているわけですが、取り上げているテーマという点では、リスナーがダブってもおかしくないと思います。いわゆるエモ・ラップと呼ばれているものでは、こうしたテーマや抑鬱と薬物の過剰摂取や性的放縦がないまぜになっていて、NFのようにはメンタルな問題を軸に禁欲的なタッチでリリックが書かれているわけではありません。NFは特別な例かもしれませんが、クリスチャンラップ(のリリックス)が、エモ・ラップ・リスナーの心をつかむということはありうるのでしょうか?

山下「この質問に関しては、私自身、充分に答えられるかどうかわかりません。というのも、いわゆるエモ・ラップと呼ばれるラッパーの音楽を積極的に聴いてきたわけではないからです。また、NFというラッパーの存在を知ったのは、彼のアルバムと同日にリリースされたチャンス・ザ・ラッパーのアルバムのどちらが多く売り上げるのかが注目されているのをツイッターなどで見てからでした。

Chance The Rapper / The Big Day


チャンスのことでNFを知ってから、また、小林さんからの質問を受けて、彼の曲をチェックしてみました。最初に感じたのはエミネムっぽいなということでした。それは、ゴスペル・ラップについての論文でガース・カシム・ベイカー・フレッチャー(Garth Kasimu Baker-Fletcher)が多くのゴスペル・ラッパーが若者たちに聴いてもらうために人気ラッパーのスタイルや声色に似せていると指摘していることにも通じます。第1作目、第2作目はクリスチャン・アルバムのチャートで1位になることができたのも、そうした彼のスタイルに起因するところが少なからずあるはずです。一方で、その内容がキリスト教信仰や聖書の言葉を軸にしているために、多くのリスナーを獲得できなかったということはいえるでしょう。

それに対して、第3作目のアルバムでは『I talk to God(俺は神に語りかける)』といった表現はあるものの、そこから信仰的な話や教理的な話へと展開するのではなく、内面の苦しみについてラップしています。彼は自身の経験からキリスト教の信仰についてラップするよりも、また、キリスト教的言い回しや聖書の言葉を用いるよりも、内面における痛みや苦しみについてラップしたということです。そして、そのことがエモ・ラップのリスナーを獲得するようになったというわけです。

この事象についての小林さんの指摘や問いかけを受けて思い当たることはあります。キリスト教の教会での説教の内容は多岐にわたりますが、それが担う大きな役割の一つは魂への配慮です。生きるうえで傷つけられ、痛みを負った魂に向けて、説教者は聖書の言葉をとおして語ります。その語りのなかで、説教者は人間がその内面に抱える葛藤や痛みについて省察し、人間の抱える悲しみや弱さにこそ神の恵みが現れることを伝えます。そのような傷ついた魂への配慮という働きを説教が担っていることを踏まえるなら、ゴスペル・ラップのなかにもそうしたことを意識しているものがあって当然です。つまり、ゴスペル・ラッパーはその過程において、自らの葛藤を吐露しつつ、それをどう克服していったのかをラップすることで、自らの痛みを癒す神の姿を伝えるということです。その点で、NFは自らの痛みについて「神」という言葉やキリスト教的レトリックを極力使わずに表現したことによって、そのメッセージが教会とは無関係のエモ・ラップ・リスナーの心をつかんだことは十分にあり得ることです。

また、リル・ピープやXXXのリリックにクリスチャン・ラッパーたちが触発された、また、NFのリリックにエモ・ラップのリスナーたちが共感を示したかもしれないということから思い起こすことがあります。それは、『ヒップホップ・レザレクション』でも簡単に紹介しましたが、ヒッピーたちのなかからジーザス・ムーヴメントが起こったということです。カウンター・カルチャーとして生じたヒッピー文化では、体制側の価値観と見なされたキリスト教も否定されました。しかし、チャック・スミスという福音派の牧師がヒッピーの若者への伝道を始めたことで、ヒッピーの若者たちはそれまでのラブ&ピースといった価値観をキリスト教における『神の愛』や『キリストの平和』に読み替えていきました。それによって、多くの若者が洗礼を受け、ジーザス・ムーヴメントと呼ばれるほどの規模となりました。そして、その若者たちの間からコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックが生じました。

愛や平和といった言葉がそのように読み替えられていったことは、エモ・ラップのリスナーとクリスチャン・ラッパーとの間にも重なるように思います」


小林 2008年に全米ナンバー・ワン・アルバムを出したルクレイは、その翌年、ケンドリック・ラマーの“フェイス”という曲に惹かれ、彼に話しかけたそうです。ケンドリックは『ダム』以降は、従兄弟(?)からの影響なのか、ブラック・ヒーブルー・イズレイライツ(注:自分たちを古代イスラエル人の末裔とするアメリカの黒人たちのグループ/運動)に強い関心を示していると言われています。が、それにしても、このケンドリック、チャンス・ザ・ラッパー、そして、カニエ・ウエストの曲の一部には、あきらかにキリスト教信仰に関わる部分があります。クリスチャン・ラップ基準で言えば、世俗音楽になってしまうのでしょうが、確実にそういった部分があることも、彼らの楽曲が多くのリスナーを獲得し続けていることと関係があるのでしょうか。どうお考えですか?

Kendrick Lamar / Faith


山下「小林さんの質問を言い換えるなら、ゴスペル・ラップはケンドリックやチャンスらと同様にキリスト教信仰についてラップしていながら、ルクレイやNFといった例外を除いて、多くのリスナーを獲得できないのはなぜか、ということになると思います。ルクレイやNF以外にも、トリップ・リーやアンディ・ミネオなど、ここ数年はとてもリリカルなゴスペル・ラップのアーティストが多く登場し、ビルボードチャートでもトップ20入りを果たしています。このことは、CCM市場の大きさとCCMリスナーがラップというスタイルを受け入れるようになったことを示すものです。しかし、かと言って、ゴスペル・ラップのアーティストたちがキリスト教音楽チャートではなく、全ジャンルのチャートにおいてトップに食い込むことはあまりありません。

Trip Lee / Manolo ft. Lecrae

Andy Mineo / You Can't Stop Me


これは上記のNFとエモ・ラップについての質問にも通底するものだと思います。NFがクリスチャンとしての信仰を表現した曲は、クリスチャン音楽のチャート以外では上位ランクに食い込むことはりませんでした。しかし、『パーセプション』では個人の内面の葛藤についてキリスト教的表現を使わずにラップしたことで、多くのリスナーを獲得しました。NFの目的がキリスト教信仰についてより多くの人びとに届けることであるなら、教会用語を使わない方がその目的を達成できるということです。

一方で、ケンドリック、チャンス、そして、『ジーザス・イズ・キング』以前のカニエも自らのクリスチャンとしての信仰を明らかにしていますが、その楽曲の目的はキリスト教信仰について伝えるものではないと思います。むしろ、自らの置かれた状況や周りの現実を表現するなかで、信仰をとおして何を感じたのかをラップするものです。そして、ときにその内容はキリスト教信仰の教理的枠組みに留まるものではありません。

彼らの楽曲が世俗音楽でありながら、自らのキリスト教信仰に関わる内容をラップしていることが、多くのリスナーを獲得していることと関係があるかはわかりません。少なくとも、彼らの楽曲は『イエスを救い主として信じなければ救われない』ということを大前提にするゴスペル・ラップのような教条主義的なものではないことは指摘できます。もし、ケンドリックらの信仰についてのリリックがリスナーから共感を得る部分があるとするなら、クリスチャンとなったとしても内面の葛藤や苦悩が簡単に解決されるわけでもなく、インナーシティの現実が解決されるわけではないことをありのままにラップしているという点ではないでしょうか。

ケンドリックの“フェイス”の内容はまさにそのような不条理な現実のなかでもがきながらも、神を見出し、生きる意味を見出そうとするものです。ゴスペル・ラップの大半は信仰があれば救われ、全ての問題から解放されるとラップしますが、ケンドリックの場合は、不条理な現実のなかに共にいる神を見出します。つまり、今ここで生きることが救いだということであり、ゲットーの現実のなかに救いの神がいるという信仰が表現されています。それゆえに、ケンドリックはキリスト教信仰についてラップしてもリアルなものとして受け止められるのだと思います。

あるいは、ゴスペル・ラッパーたちは音楽をとおして救いの喜びや『福音』を伝えようと思っても、キリスト教用語や神学用語を使い続ける限り、一定の層を超えてアピールすることは難しいでしょう。イエスの十字架の死が罪を贖うといったことをラップしても、それは信仰理解の押し付けとしか受け取られないからです。しかし、もし世俗のラッパーがビギーや2パックの死、あるいは、地元の仲間の死をイエスの死に重ねて、そこにヒップホップ・コミュニティの再生を語るなら、復活の出来事はキリスト教の枠組みを超えてリスナーたちに受け入れられるものとなるはずです。

そして、そのようなキリスト教用語や聖書の物語、また、神やイエス・キリストについて、これまで多くの世俗のラッパーが言及してきています。何もカニエやケンドリックが最初ということではありません。1982年の時点でグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴの“メッセージ”には、『神はゲットーで生きる苦しみを理解している』とのリリックがあります。そして、ラッパーたちがBlack Jesus/Black Jesuzについてラップするのは、イエスをヒップホップ世代の黒人の若者たちの現実のなかに共にいる者と捉え直しているからです。カニエやケンドリックらによってヒップホップにおけるキリスト教信仰ということが注目されていますが、実はヒップホップの初期からラッパーたちはストリートの現実を宗教的観点からも描いています。『ヒップホップ・レザレクション』ではこうしたことについて、アフリカ系アメリカ人の宗教史を奴隷制時代から紐解きながら考察しています」

Grandmaster Flash & The Furious Five / The Message



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