SIGN OF THE DAY

スワンズ再評価5つの理由:人脈篇
自由と開放を希求する気高き白鳥が
紆余曲折の闘争を経て育んだ独自の生態系
by MARIKO SAKAMOTO May 08, 2014
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スワンズ再評価5つの理由:人脈篇<br />
自由と開放を希求する気高き白鳥が<br />
紆余曲折の闘争を経て育んだ独自の生態系

13年近い活動停止期間こそ挟むものの、スワンズ=マイケル・ジラと捉えればヒストリーは30年以上に亘る。その間に数多くの同志やコラボレーターを巻き込みながら育まれた独自な生態系は、近作の参加ゲストにざっと目を落としただけでもデヴェンドラ・バンハート、セイント・ヴィンセントといったスワンズが産声を上げた頃に生まれた世代からジャーボーにリトル・アニー(ことアニー・アンザイエティ。クラスとの連携でも知られる)ら同期生まで、世代やジャンルを越えて広がり続けている。

妥協なきアートと自律を目指すゆえに、かつてのスワンズは「腫れ物に触る」扱いを受けてきた。しかしブルータルなまでの音楽的変遷とメンバー・チェンジを含む彼らの長く曲がりくねった闘争が正当な評価とリスペクトを得ることになった――ニック・ケイヴに較べると「遅きに失した感」は否めないが――今、いくつかの周辺人脈を切り口にスワンズというコスモス~「バンド」概念に限定されない奥行きを照射してみたいと思う。

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1954年:LA生まれ。海外放浪(逮捕・投獄歴もあり)に身を投じたヒッピー少年時代を経て、自国に戻ったマイケル・ジラはアート校に入学。ドローイングから(当時新しかった)ヴィデオ・アートやパフォーマンスに向かった彼は、パンクのDIYエソスに触発されLAアングラ界(ジャームス、スクリーマーズ、X他)の周縁でファンジンやバンド活動に手を染める。シーンのファッション化に違和感を覚え1979年にNYCに移った彼は、CBGBからノー・ウェイヴへ、すなわちパンク精神が「革ジャン/スリー・コード」からアート・ロックのアナキーへ推移した空気を体感することになる。

DNA / Blonde Red Head

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短命に終わる宿命にあったノー・ウェイヴ――多くはアート畑出身の非ミュージシャンであり、職業としての音楽活動を度外視していた――終焉後に結成されたスワンズは、一足先に始動していたソニック・ユースと「ポスト・ノー・ウェイヴ」のゆるい連携を組む。このリンクに貢献したのは前衛作曲家/シーンの触媒役として活躍していたグレン・ブランカだろう。サーストン・ムーアとリー・ラナルド、ジラとスー・ハネル(初期スワンズの女性ギタリスト)は彼のギター・アンサンブルに参加した経験があり、その縁はブランカの設立した〈ニュートラル・レコーズ〉を通じて発表された両バンドの初期作品に繫がっていく。

Glenn Branca / Symphony No.3 (Gloria)

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キム・ゴードンとジラが共にLAの芸術校、オーティス・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインに通った点(在学時の両者に知己があったかは不明)、またパンク~ハードコアへの情熱といった共通項を持つソニック・ユースはスワンズの練習所を使うこともあった仲(『コンフュージョン〜』収録の“ザ・ワールド・ルックス・レッド”の歌詞はジラ作)。1982年秋に「The Savage Blunder」と称した合同USツアーを行う等、同盟はしばらく続いたものの、両者はそれぞれの道に歩み出していく。サーストンが主宰する〈エクスタティック・ピース!〉の第一弾リリース(1984年)としてカセットで発表されたジラとリディア・ランチの朗読作品『ハード・ロック』が、この短い季節の置き土産と言えるかもしれない。

スワンズのスタジオ作/ライヴに参加した「メンバー」はこれまでに50人を越えるともされるが、主なキー・パーソン/コラボレーターをあげていくと:まずは80年代の初期からスワンズVer2.0に移行した、(ジラを除く)唯一の古株であるノーマン・ウェストバーグ。キース・レヴァンばりの無調ギターと個性的なエフェクト使いでサウンドの懐刀になってきた彼は、スワンズと並行してリディア・ランチ/J.G. サールウェル(ことジム・フィータス/クリント・ルーイン)の不浄なサークルとも接触。ソニック・ユース×リディアの“デス・ヴァレー ’69”のPVを監督した写真家リチャード・カーンのアングラ映画『ザ・ライト・サイド・オブ・マイ・ブレイン』(1985年)にもカメオを提供している。

Lydia Lunch / The Right Side Of My Brain


コートニー・ラヴの原型=リディア。この映画で共演しているヘンリー・ロリンズは、後に彼の出版社「2.13.1961」からジラの短編&歌詞集『ザ・コンシューマー』(1995年)を刊行。ジラの腐敗した暗部を容赦なく綴った同書は一読の価値あり。

Lydia Lunch / Main Kelly and me on a Bender


1983年にNYCで行われたミニ・フェス〈スピード・トライアルズ〉のライヴ音源(パンク期のビースティ・ボーイズも出演:時代ですな)。リディアのバックをジラ/ウェストバーグ/ロリ・モシマンが担当。

Foetus / The Faith Healer


フィータスの1988年の欧州ライヴ映像。キーボードを司るPIGことレイモンド・ワッツ(KMFDM、ノイバウテン他)を除くと、バックの3人は実質80年代後期スワンズのラインナップ。

これらの交流&流出から、スワンズがポスト・パンクからノイズ~インダストリアル・ロック(特に〈ワックス・トラックス!〉勢)を橋渡しした精神面での「父祖」のひとつと看做されるようになった過程が伺える。初期スワンズのスイス人ドラマーであるロリ・モシマンは、クリント・ルーインと「インダストリアル・バイカー・ロック」コラボ=ワイズブラッドを開始。ザ・ザの『インフェクテッド』(1986年)に一部参加した彼は、同じくスイス発のザ・ヤング・ゴッズ(言うまでもなくバンド名はスワンズ『YG EP』にちなんでいる)のプロデューサーとして名を馳せていく。

Roli Mosimann Documentary


スイス制作のモシマンに関するTVドキュ。インタヴューの大半がドイツ語ゆえ理解は難しいが、彼の足跡は映像だけでもある程度は伝わる。

しかし、もっともアイコニックなスワンズ卒業生と言えばジャーボーだ。声楽他の教育を受けた彼女は、1985年にキーボード/ヴォーカル他で参加する以前からパフォーマンス・アートを行っていた才媛。彼女の加入はノイズからより整合性のある楽曲指向、インダストリアルとワールド・ミュージック/フォークの混交といった化学反応を生み、ジラと対等にフロントを張る「陰陽」の図式はスワンズを厚くした。ポスト・パンク/ノー・ウェイヴの優れた遺産であるジェンダーの越境――ヴォーカルあるいはシンガー・ソングライターではなく、バンドで女性がプレイする図はパンク以前は稀だった――を象徴する、「元祖ライオット・ガール」のひとり(もちろんこのコインの「表」にはキム・ゴードンがいるわけだが)である点も、指摘しておこう。

Swans / Can’t Find My Way Home


文字通り「白鳥の歌」となった大作『サウンドトラック・フォー・ザ・ブラインド』(1996年)~スワンズ内破後も、彼女の声はしばし残響した。しかし10年以上に亘ったテンション高いパートナーシップ(呪縛?)も徐々にほどけ、ジャーボーは(スワンズ時からソロ作は発表していたが)様々なプロジェクトに腕を伸ばしていった。PBK、ブラックマウス、スティーヴン・セヴェリン(スージー&ザ・バンシーズ)、オックスバウ、ニューロシス、イェスー/ジャスティン・ブロードリックetc……そのリーチは広く、特に00年代以降の活動は精力的。衰え知らずな「闇の巫女」のカリスマが『ザ・シアー』(2012年)で再びスワンズとクロスしたのは、古株ファンには随喜の一瞬だった。

Jesu / Storm Comin' On

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スワンズ活動停止以降、マイケル・ジラもソロやコラボ(ウィンザー・フォー・ザ・ダービーのダン・マッツとの『ホワット・ウィ・ディド』)、新プロジェクト(ザ・ボディ・ラヴァーズ/ヘイターズ、エンジェルズ・オブ・ライト)とコンスタントにリリースを続け、1990年に設立した〈ヤング・ゴッド・レコーズ〉運営やプロデュース業(USメイプル、ウラン・バートル、キャラ等)にも力を注いでいく。スワンズ再起動に伴い、今後しばらく〈YGR〉はスワンズおよびジラのソロ専用窓口になる……とアナウンスされているが、この「ヤング・ゴッド・ファミリー」は現スワンズ・サウンドに様々な影響を与え、またキーとなるパーソネルを多く含んでいる。

90年代末に始まったBLとAOLは、バンドというよりジラを総合監督とするコラボレーション/出入り自由な音楽集団との概念に近い。実験的なエレクトロニカやアコースティック・サウンドを追求する性質上、両プロジェクトの参加者数は非常に多く、ミカ・ヴァイニオ(パン・ソニック)、シヴォーン・ダフィ(ゴッド・イズ・マイ・コーパイロット、ガンガ・ディン他。ジラの現パートナーでもある)、カート・ラルスケ(ウルトラ・ヴィヴィッド・シーン)、エスター・バリント(ジャームッシュ『ストレンジャー・ザン・パラダイス』出演でも知られるヴァイオリニスト)、キッド・コンゴ・パワーズ(ガン・クラブ/クランプス/バッド・シーズ)等、国籍も世代もジャンルも異なるミュージシャン達の顔ぶれは「知られざる」ニューヨーク圏アンダーグラウンド・シーンの層の厚さを感じさせる。

Angels of Light / All Souls Rising

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また、現スワンズを構成するクリストフ・ハーン、ソー・ハリス(シェアウォーター他)、フィル・プリオー(コップ・シュート・コップ)、準メンバー:ビル・リーフリン(ミニストリー、REM他)といった面々はスワンズ後期あるいはBL~AOLから引き継がれている。その意味で、マイケル・ジラの音楽/バンドへのアプローチには――熟達したジャズ・プレイヤーVS独学のパンク・アーティストという絶対的な違いはあるものの――マイルス・デイヴィスのそれに案外近いのかもしれない。

しかしマイルスとは異なり、ジラにはレーベル主の顔もある。リサ・ジェルマノからジェームズ・ブラックショウまで厳選アクトの並ぶ〈YGR〉ロースター中でも、最大の出世頭と言えばデヴェンドラ・バンハート。00年代に注目されたフリーク・フォークの看板になった彼は、『マイ・ファザー~』(2010年)に恩返しカメオを提供。また、アーティストが運営するレーベルらしい〈YGR〉の親密なタッチ(ジラ本人が綴ったリリース作のバイオもいい味)を象徴する存在として、サイケデリック・ロックの雄:アクロン/ファミリーも忘れるわけにはいかない。AOLへのメンバーの参加およびスプリット・アルバムも含むジラとの密なコラボはインスピレーションに満ちており、彼らはミー&ローといった〈YGR〉の他アクト作品にも協力している。

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こうして振り返ると、30年以上に亘る経験・教訓の蓄積、自ら切り開いたニッチに培ってきたネットワークとがスワンズVer.2.0に結実したのを感じる。そのスワンズ新生を告げた『マイ・ファザー~』収録の“You Fuckin People Make Me Sick(お前らクソ連中にはムカつかされる)”で、ジラは愛娘シアーシャのあどけない歌声を効果的に使っていた。シアーシャはアイルランド語で「自由」を意味する言葉であり、究極的にジラが求め、闘ってきた「アーティスティックな自由(解放)」への希求にも通じる。そこから生まれたスワンズという名のパワフルな磁場は、先述したように若い世代――『ザ・シアー』でのアラン・スパーホウク&ミミ・パーカー(ロウ)やカレン・O(ヤー・ヤー・ヤーズ)、新作『トゥ・ビー・カインド』でのセイント・ヴィンセント、コールド・スペックス、ジョン・コングルトン(ここ数年のUSインディ界でもっとも需要の大きいレコーディング・エンジニアのひとり)等――との新たな共振を生みながら、拡大し続けている。



「スワンズ『トゥ・ビー・カインド』合評」
はこちら。



「総力特集:
今、どうしても知っておきたい
『スワンズのすべて』」
はこちら。

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