これさえ読めば、さらに多彩に見えてくる!
ラスト・シャドウ・パペッツ、2枚の
傑作アルバムの作り方。講師=清水祐也
これさえ読めば、さらに多彩に見えてくる!
ラスト・シャドウ・パペッツ、2枚の
傑作アルバムの作り方。講師=渡辺裕也
①あなたなら、ラスト・シャドウ・パペッツの2枚のアルバム、『ジ・エイジ・オブ・ジ・アンダーステイトメント』と『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』を、それぞれポップ・ミュージック史の中でどんな風に位置付けますか?
『ジ・エイジ・オブ・ジ・アンダーステイトメント』は、リズムに自覚的なバンドのリーダーたちが、フランク・シナトラやトニー・ベネットのようにハンド・マイクで朗々と歌うことの重要性を粋に伝えたヴォーカル・アルバム。
『エヴリシング・ユーヴ・カム・トゥ・エクスペクト』は、朗々と歌を歌うこのバンドのもう一つの基本姿勢=「美旋律をおざなりにしないこと」を徹底的にデフォルメした、臭いくらいにメロウなメロディ・アルバム。
②パペッツの音楽ジャンルは何か、と言われたら何と答えますか?まさに同ジャンルと思えるアルバムを何枚か挙げて、もしくは、この何枚かのミッシング・リンクが彼らの音楽だと思えるアルバムを何枚か挙げて下さい。
ロックじゃなければ何でもいい……わけじゃないけれど、出来ればロックじゃない文脈の中で、ただただ歌を歌うこと、それをどう聴かせるべきなのか、ということだけを考えていたいと願う二人による、プレミアム感さえある華やかで甘美なヴォーカル・ミュージック。熱心な音楽ファンではなく、月にたった1枚CDを買うような人に届いてほしいと思えるような音楽です。
そういう意味で、確かな表現力を伴った歌と、美しく哀感あるメロディを届けることしかしたくない、というような陶酔と頑固ささえ感じさせるという点において、70年代のスコット・ウォーカーの過剰に歌に固執した作品群の系譜上に位置すると思います。
それから、男性デュオ……というほどデュオっぽくはないですし、野郎二人が真面目にポップスに対する忠誠心を伝えようとしている点で、エヴァリー・ブラザーズや後にアバとなるビョルン&ベニーの持つ清潔感も思い出します。また、アルバムではなく楽曲ごとにしっかり聴かせるような印象もあり、シングル中心の時代のポップスを連想させられたりもします。
③パペッツの2枚のアルバムを聴いて、ソングライティングやリリックの内容/形式から、あなたが最初に連想する他の作家は誰ですか?
彼らの2枚の作品からは、限りなくエゴが強いロックやブルーズのソングライティングではなく、クライアントからの発注で歌い手の声のレンジや個性を意識して作られたポピュラー・ミュージック、映画音楽(主題歌)の作風を思い出します。それも、ヨーロッパ・スタイルの洒落た風合い……例えばミシェル・ルグランやニーノ・ロータの持つメランコリアが下敷きになったのでは? と想像も出来ます。
④パペッツの2枚のアルバムを聴いて、プロダクション面から、あなたが最初に連想する他の作家は誰ですか?
華やかでスリリングなストリング・アレンジを軸にしたジョン・バリーの作品の、映像的な広がりを持つ音作り……わけても『007』シリーズの洒落た雰囲気は、ラスト・シャドウ・パペッツが英国のユニットであることを改めて思い出させてくれます。
⑤パペッツの2枚のアルバムを聴いて、二人のヴォーカリゼーションから、あなたが最初に連想する他の作家は誰ですか?
残念ながら二人ともスコット・ウォーカーやフランク・シナトラほど喉の開きを感じさせる声の太さはないのですが、ロック・ヴォーカルとしての色気はたっぷりあります。特に新作の“シー・ダズ・ザ・ウッズ”を聴いて、バラードやメロディアスな曲を歌わせたらデヴィッド・ボウイよりもやるせなさを醸し出すイギー・ポップを思い出しました。
⑥これまでのパペッツのPV作品やヴィジュアル戦略から、あなたが最初に連想する既存の作家や作品は誰ですか? あるいは、視覚面ではどのようなリファレンスがあると感じますか?
“エヴリシング・ユーヴ・ カム・トゥ・エクスペクト”のPVを見て思い出したのはキャロル・ロールのダンス・パフォーマンス。特に“ラスト・ダンスは私に”をとりあげたPV映像は、クラシック・バレエをドレス・ダウンさせた独自の踊りを武器とする彼女の野趣溢れる色香が満載。TLSPの持つ斜陽美とも言う世界観に通じるような気がします。
一方、“アヴィテーション”のPVを見て想起したのは、フェリーニの『8 1/2』や『オーケストラ・リハーサル』のようなイタリア映画のワン・シーン。いみじくもこのフェリーニの2作品はニーノ・ロータが手がけています。ルグランと共に彼らの音楽面での重要なリファレンスのコンポーザーなんですよね。
⑦1stアルバムと2ndアルバムの音楽性における大きな違いとは何ですか?
大衆音楽としての歌の、ともすれば古臭くも感じる匂いのようなものをゴージャスかつロマンティックにデフォルメさせた1st。その歌をさらにメランコリックな旋律によって強調した2nd。という違いはあれど、最終的には混迷の時代におけるヴォーカル・ミュージックという難題に挑戦した作品という大きな共通点もあると思います。
例えば、フランク・シナトラはアメリカの良き時代の「ザッツ・エンターテイメント」を象徴するようなギラギラした歌い手ですし、かたやニーノ・ロータの描くヨーロッパの市井の人々はあくまでヒューマンな翳りを讃えたものでしたが、もしかするとTLSPはその両者を結びつけたいのかもしれません。
⑧あなたなら、2010年代の、どのようなポップ音楽を聴いている人にパペッツのアルバムをお奨めしますか?
ポップな歌ものの中でも、バンドっぽさを持っていない音楽を好む傾向にある方に是非お勧めしたいと感じます。ハンド・マイクでオーケストラをバックに歌うシンガー、映像と一体化したパフォーマンスを好む歌い手、トラックを他人に任せて歌に専念するヴォーカリスト……そう、例えばこの人!
⑨あなたなら、パペッツのアルバムを気に入った人に対して、過去のどのような音楽家の作品を次に聴く作品としてお薦めしたいですか?
できれば一般的なロック、ポップスと呼ばれるものとは異なる範疇の音楽を聴いてほしいと感じます。なぜなら、TLSPの音楽を通過した時に、聴いた人のその耳は間違いなくポップスよりも前の時代の大衆音楽、さらにはその出発点を探したくなるはずだからです。ただ、不思議なことに、過去を遡れば遡るほど、ポップ・ミュージックの未来に望みを託したくもなる。TLSPはそんなエネルギーを感じさせる音楽でもあると思います。
ただ、圧倒的なスキルと完成度の高さをバンドで表現してしまった反動から、ソロではロック・スタイルから離れヴォーカリストとしての力量を試そうとした初期の小粋なスティングを例外としてお勧めします。今思えば、スコット・ウォーカーの次に、当代の人気者でありながら、ロック、ポップスの文脈から離れてヴォーカル・ミュージックに着目した重要人物です。
⑩2016年における彼らの音楽的なライヴァルは誰か、と言われたら何と答えますか?
アデル。あの若さで既にヴォーカル・ミュージックの粋に達している唯一無二の存在。特にTLSPが活動をしていなかった間にアデルが『007』の主題歌を勝ち取ってヒットさせたことは彼らに地団駄を踏ませたのではないかと思います。“スカイフォール”はアレンジも曲調もTLSPが本来やっても不思議ではない曲でした。そういう意味では今やサム・スミスもライヴァルかもしれません。
アークティックの息抜きなんかじゃない!
ラスト・シャドウ・パペッツの2ndは、
21世紀ポップの女王、アデルをも脅かすか?