ケンドリック・ラマー『ダム』の快進撃がすさまじいですね。アメリカでは怪物ドレイクの『モア・ライフ』を抜き、2017年最高の初週売り上げを記録。リード・トラック“ハンブル”も、12週連続トップの座に君臨していたエド・シーラン“シェイプ・オブ・ユー”を蹴落として全米1位に。そして、それとほぼ同時に、トラヴィス・スコットとドラムを迎えたアメリカ・ツアーも発表。まだまだケンドリック旋風は続きそうです。
そんな中、ポール・マッカートニー2年ぶりのジャパン・ツアーが始まり、〈エイサップ・モブ〉のプレイボーイ・カルティがリル・ウージー・ヴァートやエイサップ・ロッキーをフィーチャーしたミックステープ『プレイボーイ・カルティ』をドロップ、フューチャーの最新ヒット“マスク・オフ”は全米5位まで駆け上り、フォーメーションの1stアルバムは日本盤でも遂に発売、そしてサンダーキャットのジャパン・ツアーもスタート――と、オンライン/オフライン問わずトピック満載の一週間でした。
2010年代のポップ音楽における事件の大半はオンライン上に発火点を持っていると言っても過言ではありません。ただ、そうした注目すべきトピックは新たなトピックにあっという間に押し流されがち。見過ごしてしまっているトピックはありませんか?
今回〈サイン・マガジン〉が選んだトピックは4件。どれも2017年のポップ・シーンを占うにはマストで押さえておきたいものばかり。それぞれのトピックに対する編集部内での興奮と期待の度合いは5段階の★印で表示、その理由も添えてあります。では、早速チェックしていきましょう。
1)暗い影が差すフランスから届いたカラフルなポップ・レコード?フェニックスは2017年におけるポップ・バンドの理想形となるか?
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注目度:★★★★★
4月23日に行われたフランス大統領選の第一回投票で、5月に行われる決選投票の候補者としてフランス国民が選んだのは、極右政党・国民戦線の代表マリーヌ・ルペンと、独立系候補のエマニュエル・マクロン。どちらも政策こそ違えど、国家主義を標榜している候補。アメリカや日本以上にテロの恐怖におびえるフランスはよりナショナリズムに傾いていると言えるでしょう。そんな時流の中、3年ぶりに上梓されるフェニックスの新作の内容には世界中から熱い視線が注がれています。「月内に北朝鮮とアメリカの開戦あるかな?(田中)」「あまりにセンシティヴな発言過ぎて、突っ込みようもないですよ!(小林)」
2009年に発表した『ヴォルフガング・アマデウス・フェニックス』がグラミー賞の最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞を受賞して以来、世界的なバンドとして人気を博してきたフェニックスが、3年ぶりのニュー・アルバム『ティ・アモ』を6月9日にリリースすることを発表。コールドプレイやマルーン5といったメインストリームで活躍するバンドが毒にも薬にもならない退屈なポップ・アクトになり下がった今、フェニックスは「ポップ・バンド」の理想形を打ち出すことが出来るのでしょうか?
〈ニューヨーク・タイムス〉の独占インタヴュー記事によると、『ティ・アモ』はこれまででもっとも臆面もなくロマンティックなレコード。滑らかで、ミッドテンポのダンス・フィールがあると報じられています。ギタリストのローラン・ブランコウィッツ曰く、「夏っぽくて、イタリアン・ディスコっぽい」感じになっているそう。
アルバムからは最初のリード・トラック“J-ボーイ”が公開されましたが、なるほど、これを聴くとローランの言っていることも納得ですね。
しかし、『ティ・アモ』はただポップで楽しいだけの作品ではないようです。先ほどの〈ニューヨーク・タイムス〉の記事によると、このアルバムは移民問題やオルタナ右翼の台頭、テロの脅威に揺れるフランスの状況と決して無関係ではないとされています。
「スタジオ入りしている時、少しだけ罪悪感もあったけど、自分たちがやっていることはエスケーピズムや(現実の)否定じゃないという考えに至って気が楽になった」というのはヴォーカルのトーマスの弁。
フェニックスのレーベル〈グラスノート〉のボスも、「私はこのレコードは暗闇から生まれたもの、不安や恐れから生まれたものだと思う。でも結果として、これはとてもカラフルなレコードになったんだ」と語っています。
『ティ・アモ』はフランスが、いや世界が動乱の最中にある2017年だからこそ生まれたカラフルなポップ・レコード? さて、その真相は如何に?
2)チャンス・ザ・ラッパーの盟友、ドニー・トランペット改めニコ・セガールの新バンドから一足早く届いたサマー・ブリーズ。『エクスチェンジ』は2017年のジャズとポップを再定義するか?
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注目度:★★★★
チャノことチャンス・ザ・ラッパーの代表曲と言えば“サンデイ・キャンディ”。ただもちろん、この曲は彼のソロではなく、ドニー・トランペットを中心としたソーシャル・エクスペリメントのアルバム『サーフ』収録曲です(同作は〈サイン・マガジン〉の2015年の年間ベスト・アルバム21位)。もしかすると、シカゴの〈セイヴ・マネー〉周辺のジャズ音楽のエッセンスはこの人から端を発したものなのかもしれない。ドニー・トランペット改めニコ・セガールの新バンド、ジュジュの1stアルバムを聴くと、そう思わずにはいられません。「確かニコ・セガールってツアーで全米を周った時に、自分の名前をドナルド・トランプとごっちゃにされたから、本名に戻したんだよね?(田中)」「力士の曙と婚約破棄して、名前をYASUKOに改名した相原勇みたいなもんですかね(小林)」「そんな20年近く前のネタ、石野卓球くらいしか知らないよ!(田中)」
2016年はチャンス・ザ・ラッパーを擁するシカゴのクルー〈セイヴ・マネー〉から次々と傑作が生まれた年でした。チャンスに加え、ノー・ネーム、ジャミラ・ウッズ、BJ・ザ・シカゴ・キッドなど、その豊作ぶりは〈サイン・マガジン〉の2016年年間ベスト・アルバムを見てもわかる通り。
そして、2017年も〈セイヴ・マネー〉周辺からはまだまだ素晴らしい音楽が届けられることになりそうです。
チャンス・ザ・ラッパーを筆頭に総勢50名以上のゲストを迎え、ドニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメント名義で2015年のシカゴを代表する傑作『サーフ』を上梓したドニー・トランペット改めニコ・セガールが、新バンドのジュジュを結成。SoundcloudやApple Musicで早速発表したデビュー・アルバム『エクスチェンジ』は、ジャズ・バンドとしてのエッセンスを核に置きながら、春先や初夏の日差しのように心地よく、暖かくて、チアフルな気分にさせてくれる作品です。
『サーフ』は「あと600年は作り続けられた」とニコが言うくらい作りこまれたアルバムでしたが、この『エクスチェンジ』は基本的にメンバー4人の即興から発展した、もっとシンプルでカジュアルな作品。
学生時代からの友人であるニコとジュリアン・レイドのジャム・セッションに端を発し、ニコがかつて組んでいたバンド、キッズ・ジーズ・デイズのメンバーであるベックストローム、そしてジュリアンの弟のエヴェレットが加わって生まれたバンドだけあって、気の置けない仲間同士で純粋に楽しんでいるような雰囲気も伝わってきます。
そして、〈ノイジー〉に掲載された独占インタヴューによると、インストゥルメンタルのジャズでありながら「ポップ」であることに彼らは意識的だった模様。ニコはこんな風に話しています。
「僕たちはいい感じのサウンド、みんなが聴きたいと思うものを捉えようとしていたんだ――誰もが惹きつけられるポップ・センシビリティみたいなものをね」
「ジャズ・アルバムを作ろうと一生懸命になっていたわけじゃない。iTunesの説明を書くとしたらジャズと書くけど、でも本当に僕ら4人がこれまで作ってきた何とも違うんだ」
「インストっていうのはみんなが①聴きたいと思うもので、②お気に入りのヴォーカリストの曲をそうできるように、覚えてずっと歌えるものだ、っていう事実を明らかにしたかった」
「僕たちのメイン・ゴールのひとつは、インストの音楽が若い人たち、それにジャズやクラシックが必ずしもクールじゃないと思っている人たちの会話のトピックになることだね」
さて、彼らの思惑通り、この『エクスチェンジ』はジャズ/インスト音楽の可能性をさらに押し広げることになるのでしょうか? 是非あなたの耳で確かめてみて下さい。
The Juju / Exchange
The Juju / Exchange
3)ピコ太郎と共演だけじゃない! 客演曲が一瞬にして世界で大ヒット、チャンス・ザ・ラッパーやクエイヴォとのコラボ曲も話題騒然。9月に来日が決まったジャスティン・ビーバー、向かうところ敵なし!
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注目度:★★★★
既に大ヒットを記録していたルイス・フォンジとダディ・ヤンキーのラテン・ポップ“デスパシート”にジャスティン・ビーバーが客演。この曲は2017年最大のヒスパニックからのヒットのみならず、今年を代表する1曲にもなりそうな勢いです。そして、それから間髪入れずに、春にビヨンセ/ジェイZ夫妻を迎えた“シャイニング”で話題を振りましたDJキャリドの新曲“アイム・ザ・ワン”にもジャスティンが客演していることが明らかに。しかも、チャノ、ミーゴスのクエイヴォ、リル・ウェインの3人と居並ぶという見事な横綱相撲。昨年の来日よりも大規模会場での来日も決定し、今年もジャスティン・ビーバーの勢いは衰えそうにありません。「なんか今日は相撲ネタ多いですね(小林)」「やっぱり相撲は国技だからね。世界的にナショナリズム流行りじゃん、乗っていかないとさ(田中)」
2017年9月に過去最大規模での来日公演を行うことを発表したジャスティン・ビーバー。今や日本でもお茶の間のスターとなった彼ですが、もちろん世界的な快進撃もまだまだ続いています。
昨年2016年はメジャー・レイザー“コールド・ウォーター”、DJスネイク“レット・ミー・ラヴ・ユー”といった名曲に次々とフィーチャリングされ、本格派シンガーとしてフィーチャリングに引っ張りだこだったジャスティン。今年も客演のラヴコールがたくさん舞い込んでいる様子です。
まずひとつめはこちら。世界16ヶ国で1位を獲得し、MVが公開から約三ヶ月で10億再生に達したという(10億再生に最速で達したアデル“ハロー”に続いて歴代2位)、ルイス・フォンジとダディ・ヤンキーによるモンスター・ラテン/レゲトン・ヒット“デスパシート”の新たなリミックス。
このリミックスではイントロと3回目のヴァースをジャスティンが歌っているということで、メガ・ヒットが更に勢いづくこと間違いありません。YouTubeにアップされた本リミックスの公式音源は、公開からわずか10日で既に9000万再生。この数字はどこまで伸びるのでしょうか?
そして、もうひとつの注目の客演がこちら。毎度豪華なゲストを招いた曲でお馴染み、DJキャレドの新曲“アイム・ザ・ワン”です。
何とこの曲にはジャスティンのほかにも、チャンス・ザ・ラッパー、ミーゴスのクエイヴォ、そしてリル・ウェインが参加。現行のヒップホップ・シーンのトップ・アーティストたちと当たり前のように肩を並べているところに、今のジャスティンのプロップスの高さが窺えますね。
ということで、2017年もジャスティンからは目が離せそうにありません。ちなみに、前回の来日公演は、本サイトのクリエイティヴ・ディレクターである田中宗一郎も大はしゃぎ、マーチャンを買いまくっていましたが、今年はどうするんでしょうか? ポール・マッカートニーの東京ドーム公演ではTシャツを3枚購入したようですが。
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ジャスティン・ビーバー来日公演に見る、ロックTシャツ考現学
4)実は世界一のラジオ局? ポップ・シーンのエッジーでオルタナティヴな潮流は〈ビーツ1〉から始まる。〈サインマグ〉読む暇があったら〈ビーツ1〉を聴いてください
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注目度:★★★★
ゼロ年代初頭にトム・ヨークが怒り心頭していたように、全米の独立系FM局と独立系ヴェニューの大方を買収した〈クリア・チャンネル〉によって、アメリカにおけるFMラジオ文化は終焉を迎えました。そんな状況下、ある時期までは英国〈BBC〉が唯一気を吐いていたとも言えます。現在でも元パルプのジャーヴィス・コッカーもパーソナリティを務める〈BBCレディオ6〉は健闘しているものの、エッジーなキュレーション、情報の速さ、作家からの信頼という意味ではApple Musicの〈ビーツ1〉の右に出るラジオ局はありません。それもそのはず、次世代ジョン・ピールとも言われたゼイン・ロウを筆頭に、〈BBC〉から複数の編成担当者やパーソナリティが開設当初の〈ビーツ1〉に引き抜かれたからです。「タナソーさん、本当にアップル大好きですよね。何台も動かない歴代のマック、捨てられずにいるし(小林)」「いや、iTunesミュージック・ストアで女衒商売を始めたころから、アップルのことは見限ったつもりだったんだけど、〈ビーツ1〉ってプロの音楽評論家をしっかりと重用して、Spotifyが推進するポピュリズム・システムの構築に楯突こうとしてるじゃんか!(田中)」「要するに、どいつもこいつも気に食わないと(小林)」
沈黙を続けていた2016年半ばまでから一転、2017年はフランク・オーシャンが次々と新曲を発表しているのは、以前のトピックス記事でもお伝えした通り。
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この4組のリリースで北米インディ大復活?
ロンドンでもバンド・シーンが遂に活性化?
フランク・オーシャンが強力曲を突如発表!
そのフランク・オーシャンが新曲発表の場として選んでいるのが、〈ビーツ1〉で自身がDJを務める番組『ブロンデッド・ラジオ』。つい先日も最新エピソードがわずか2~3日のインターヴァルでサプライズ放送され、しかも、どちらの回でも新曲が投下されたことに世界中が騒然となりました。まさに〈ビーツ1〉は、世界中でもっとも早く、エッジーで話題性のある音楽に触れられる場となりつつあります。最初のトピックで紹介したフェニックスの新曲もまずは〈ビーツ1〉から発信されました。
Frank Ocean / Lens
blonded RADIO / blonded 005
フランク・オーシャンの他にも、著名アーティストがDJを担当するラジオ番組は多数あります。有名なところではドレイクのレーベルの『OVOサウンド・ラジオ』、セイント・ヴィンセントの『ミックステープ・デリヴァリー・サーヴィス』でしょうか。
OVO Sound Radio EP 41
St. Vincent's Mixtape Delivery Service Ep. 32
もちろん、ゼイン・ロウをはじめ、ヒップホップを軸にするエブロ・ダーデン、イギリスの音楽を中心に紹介するジュリー・アディヌーガ(スケプタの実妹)といった3人のDJによるレギュラー放送も充実。特にゼイン・ロウが聞き手となったビッグ・ネームたちのインタヴューは見逃せません。この前は、ケンドリック・ラマー新作の世界独占インタヴューが話題となったばかり。
そのインタヴューでは新作のテーマやそれぞれの曲についてはもちろん、ラッパーとしての姿勢や自分が代弁するコミュニティのこと、そしてトランプ大統領やオバマ元大統領との関係性についてもじっくりと語っています。これはぜひ日本語字幕をつけて配信してほしいところ。
そしてアーカイヴには、チャンス・ザ・ラッパーやフューチャーのインタヴューも。どこまでも豪華です。
こんなに充実した内容で、Apple Musicのアプリから24時間聴ける。となれば、最新の音楽情報をチェックするにはこれだけで十分事足りる、と言っても過言ではありません。恐るべし〈ビーツ1〉。でも、〈サイン・マガジン〉もたまには読んでね!
ハイム、ロジック渾身の新曲に負けじと
LCDサウンドシステム筆頭にブルックリン勢
次々と再始動。ヤング・サグは相変わらず