2022年は個人的な出来事としてははじめて自分の本を出したのが大きかったのだけれど、それにしても、まさか自分がエッセイを出すことになるとはねえ……と妙な気分から脱することができないでいる。ただ、ある時期から個人の表現の集積としてのポップ・カルチャーのあり方をよく考えるようになったので、そういう意味では、恥ずかしげもなくパーソナルな経験や感情を開陳することは、自分なりの現代社会/文化への応答だったのかもしれない。……いや、大げさか。しかし相変わらず、どころかますます世界情勢が悪化し信じられないことばかりが毎日のように起こるなかで僕の心にすっと入りこんでくるのは、とくに新しくもないが豊穣な音に彩られたビル・キャラハンのささやかで個人的なラヴ・ソングだったりする。「そう、俺がきみの愛する男さ」。そういった瞬間をどれだけ重ねられるか。わりと切実にそんなことを考えている。
ただ、今年はとくに(いわゆる)バンドの音楽が染みた。誰かといっしょにバーンと豪快に鳴らす音。たとえばニューオリンズのダンス・パンク・バンドであるスペシャル・インタレストは、マイノリティたちの闘いの継続を踏まえつつ(アイデンティティ・ポリティクスの時代が終わった、なんてことはない)、同じ時間に同じ音の快楽を貪ることを欲求してもいる。ビッグ・シーフはバンドが共同体であることを再び噛みしめてそれをアンサンブルにしようとした。ソロ作もまた、内面に抱えているものを誰かと共有しうるか探っているものが目立っていたように思う。近くに、あるいは遠くに異質な他者がいること。その喜びを多くのひとが思い出そうとしているのではないか。
だから僕は今日も性懲りもなく、音楽を聴いたり映画を観たり本を読んだりして、個人的な何かを誰かと交換したり分け合ったりしたいと思っている。思えば〈サイン・マガジン〉ではそんな経験をたくさんすることができた。だから、そう、またどこかで会って話して、書いて笑って、歌って踊って、泣いて別れて、また会いましょう。
※個人ベスト・アルバムは『ele-king vol.30』に寄せています。
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