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OTHERNESS Kindness (Beat) by MASAAKI KOBAYASHI
YUYA SHIMIZU
October 30, 2014
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OTHERNESS

アイデアの連鎖で広がる音楽表現の中に、さりげなく
忍び込まされた、ポップ・ミュージックの“粋”

(ダフト・パンクの“ゲット・ラッキー”の登場よりも前に)ディスコ/ブギーっぽいのが好きで、さしあたって思わずこういうのを演ってしまいました、とりあえず、その一部だけでも聴いてください、とでもいうようなのが“ギー・アップ”。が、その曲以上に、カインドネスの前作『ワールド、ユー・ニード・ア・チェンジ・オブ・マインド』で印象的なのが、“ザッツ・オーライト”だった。そこでは、むせぶようなブラスやサックスを受けて、演奏ではなくサンプルされたものだが、やにわに、トラブル・ファンクによる1985年の“スティル・スモーキン”が始まり、そこに女声コーラスも被さる構成になっている。トラブル・ファンクは、米ワシントンD.C.土着のゴーゴーの代表的グループのひとつ。こうした王道のゴーゴーがほぼ忘れかけられ、ゴーゴーそのものもかなり多様化している2010年代に、この曲では、彼らが作り上げ、伝承し続けている音楽の単なる切り貼りに終わらせなかったカインドネスを、トラブル・ファンクのほうでも評価したのか、この後に、その“ザッツ・オーライト”をライヴで共演するまでに至っている。

が、そこで、完結したわけでなかった、というのが、今回のアルバムの導入部なのだろうか。なにも、曲名が(前作のアルバム・タイトルを踏まえてつけられたかのような)“ワールド・リスタート”だからというわけではない。この曲も、これまた、サックスと彼の歌声とが同時に始まり、コーラスではないものの、ケレラによる(女声)ヴォーカルが途中から入ってくる。その時、カウベルまで聞えてくる。サックス及びブラスだけでなく、カウベルはゴーゴーには欠かせない楽器だ。こうなると、ゴーゴーを演奏する大所帯グループから、随意に楽器(パート)を選び出し、それを、bpm90くらいのテンポまで落としたところでグルーヴを引き出し、カインドネス独自のファンクに引き寄せたと言っていいのかもしれない。続く“ディス・イズ・ノット・アバウト・アス”は、ブラスを後退させて(ランDMCの“ピーター・パイパー”のあのループというか、そのサンプル源になったボブ・ジェイムスの“テイク・ミー・トゥ・ザ・マルティグラ”の出だしのフレーズにも似た)カウベルのほうを前面に押し出して歌っている。さらに、ここで聴こえていたピアノを次の曲ではメインにして、ピアノ・ハウスに展開するといった見事なつながりようだ。

かつて、彼は“ハウス”のミュージック・ヴィデオで、彼自身が、その曲の創作過程を、男の子に実際に楽器をさわって、音を出して、追体験してもらうことで、それを観る者にもポップ・ミュージックの生成に対する興味を喚起するようなものを狙っていた。本作は、決して、特定の1曲のヴァリエーションでアルバムが構成されているわけではないけれど、楽曲の創作のアイデアの連鎖の素直な表現、とでも言うべきものが、収録曲を聴き進めるごとに確信されてゆくようだ。例えば、上に書いた3曲目以降には、ほぼビートレスで、ケレラのソロによるアカペラに近いものや、元々最小限におさえている楽器が鳴らす音をさらに薄いものにして、カインドネス自身の歌のほうを剥き出しにしてみたようなもの、あるいは、今どきのR&Bアルバムにも入っていないような男女デュエットを歌メインで聴かせるような(ビートはR&Bアルバムでは聴かれない類のものなのが面白い)ものさえ出てくる。このあたりは、カインドネスが独特の甘さと節回しを持つ(先日の来日にあわせた発表された彼自身の手による『YMOソロ・ミックス』の先頭を飾る高橋幸宏を思わせるところもある)ヴォーカリストであるからこそ成せる技でもある。

こう展開されてゆくと、仮にきっかけがゴーゴーだったとしても、それとはすっかり違う場所に到達している。それでも、サックスで始まるこのアルバムは、サックスで終わる。もちろん、途中の別の曲でもそのフレーズを聴くことができるが、ここまで聴いたところで、そういえば、80年代にあれほど盛んにポップ・ミュージックにフィーチャーされていたサックスは、2014年現在、いったいどう扱われているのだろう、とふと考えてしまった。こう思わせるところが、ポップ・ミュージックの作り手としてのカインドネスの“粋”なのかもしれない。

文:小林雅明

前作よりも少し視線を落とし
世界と結ばれた平和協定

アメリカ、この世界は自分のものだって思ってるのかい?
ロシア、この世界は自分のものだって思ってるのかい?
中国、この世界は自分のものだって思ってるのかい?
キューバ、この世界は自分のものだって思ってるのかい?
カナダ、この世界は自分のものだって思ってるのかい?
イギリス、 この世界は自分のものだって思ってるのかい?
もしもまだそう思ってるのなら、考えを変えたほうがいいぜ

昨年デヴィッド・バーンの主宰する〈ルアカ・バップ〉から編集盤がリリースされたナイジェリアのシンセ・ファンク・ミュージシャン、ウィリアム・オニーバーは、代表曲の“チェンジ・ユア・マインド”でそんな風に歌っている。

一方、今年に入って発表されたウィリアム・オニーバーの“ファンタスティック・マン”のプロモーション・ヴィデオを制作したのが、映像作家でもあるカインドネスことアダム・ベインブリッジだ。彼の1stアルバム『ワールド、ユー・ニード・ア・チェンジ・オブ・マインド』のタイトルが、ロフト・クラシックとして知られるエディ・ケンドリックスの1972年のヒット曲“ガール、ユー・ニード・ア・チェンジ・オブ・マインド”へのオマージュだったことはよく知られているが、もしかしたらそこにはウィリアム・オニーバーへの言及も含まれていたのかもしれない。

そんなカインドネスの新作『アザーネス』は、前作のタイトルを自分なりに言い換えたような“ワールド・リスタート”で幕を開ける。自身もインド系アフリカ人の血を継ぐアダムだが、この曲に参加しているエチオピア系アメリカ人R&Bシンガーのケレラを筆頭に、本作にはガーナ人ラッパーのマニフェスト、同じくガーナ系イギリス人シンガーのタウィアといった、アフリカ系ミュージシャンたちが多数参加していることに気づいた人もいるのではないだろうか。たとえば“フォー・ザ・ヤング”では西アフリカの弦楽器であるコラの音色を聴くことができるが、これはハービー・ハンコックがガンビア共和国出身のコラ奏者フォデイ・ムサ・スソと日本でレコーディングした85年のアルバム『ヴィレッジ・ライフ』からサンプリングされたものだ。

ここには完璧なパーティ・レコードだった前作のような高揚感はない。その代わりに、アダム自身のルーツを見つめ直すような、内省的で静謐な楽曲が並んでいるのだ。それは本作にも参加しているブラッド・オレンジことデヴ・ハインズが、アダムも一部のプロダクションを手掛けた昨年のアルバム『キューピッド・デラックス』を制作するにあたって、母親の祖国であるガイアナ共和国を訪れたのにも似ているのかもしれない。アルバムの中盤に配された“ゲネヴァ(Geneva)”は彼の恋人に宛てたラヴ・ソングだそうだが、偶然にもこの曲がレコーディングされたのが、アダムが現在暮らしている永世中立国、スイスのジュネーヴ(Geneva)だというのも興味深い。

アザーネス、異なるものに目を向けること。それは決して声高に叫ぶのではなく、静かに掲げられたマニフェストのような作品だ。

文:清水祐也

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