SIGN OF THE DAY

<Ahhh Fresh!>第7回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明
by MASAAKI KOBAYASHI September 05, 2017
<Ahhh Fresh!>第7回<br />
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明

1)
ストリーミング全盛時代におけるアルバムの位置づけ、あるいは、アルバムやミックステープの作品時間の長さ、に関するアーティスト側(あるいはリスナー側の)の意識/無意識については、この連載で、何度か取り上げてきた。タイラー・ザ・クリエイターにとって4作目となる『スカム・ファック・フラワー・ボーイ』は、その観点から聴いてもとても興味深い(編集部注:タイラー本人は『スカム・ファック・フラワー・ボーイ』という言葉を何度もツイートしてきたものの、公式タイトルは『フラワー・ボーイ』とされています)。

Tyler, The Creator / Flower Boy



まず、「狂」と「穏」を、無理やりくっつけたかのような表題をつけてくるあたりは、過去の諸作で醸成されたイメージを信じるなら、いかにもタイラーらしい。前作では、そういったパブリック・イメージが妙な形で足かせとなり、かなり残念な内容だった。それが、今回は、そういった雑念をサラッと払い落としてみたようだ。と同時に、音楽的な肉付きがよくなっていながら、全体に「抜け」もよくなっているのが魅力。だからといって、このアルバムに溢れている明るさが、タイラーの抱える「鬱」の産物ではない、と言い切ることはできないだろうし、逆に、そこに深みがあるとも言える。

文章の途中だが、アミネイのデビュー・アルバム『グッド・フォー・ユー』に関しては、鬱がどうしたとかいうレベルの深読みが全く無意味なほどポジティヴな、ア・トライブ・コールド・クエストの初期作品とも共鳴するような部分もある作品であることにも触れておきたい。

Aminé / Good For You



別の言い方をすれば、今年の上半期対象のベスト・ラップ・アルバム・リストの上位に挙げられている『ブラックスワン』の良さは理解できても、スミノのフロウが自分にはフリーキーすぎると感じるリスナーには、この人の丁寧なラップが向いているかもしれない、となりそうだ。

ここで、すかさず、話を『スカム・ファック・フラワー・ボーイ』に戻すと、収録時間は、47分足らず。“911/ミスター・ロンリー”で聴かれるビート・スウィッチ(=チェンジ)を、アルバム全体に行き渡らせたかのように、曲と曲とが途切れることなく、次々に変わっていく。

Tyler, The Creator / 911 / Mr. Lonely


それにより、聴く側はグイグイ引っ張られ、アルバムは、1曲目から直線的に一気にラストの曲まで進んでゆく(展開してゆく)。一旦始まってしまえば、つまり、ストリームに乗ってしまえば、あとはもう何もせずに(たとえ1曲が長くても)OK、という、例えば、ドレイクの最近の二作のような考え方ではなく、作品の側で、既に積極的に次の曲、次の曲へと進んでゆくような作りなわけだ。もっとも、これをCDで聴いたとしても、その工夫ゆえに、この作品はアルバムとして、最後まで聴き続けやすくなっているのではないだろうか。

始まりがあれば、終わりがあるのが、アルバムならば、ミーク・ミルの『ウィン&ロシズ』、DJキャリッドの『グレイトフル』はどうだろう。



2)
フィラデルフィア出身のミークは、今回は、ラストの曲をアウトロとは題していないものの、イントロは健在。またか、と思わせるほど、力のこもった熱くドラマティックなものになっている。

Meek Mill / Wins & Losses


彼は、三作目となる今回のアルバムでもまた、夢を追いかけ続け、文無し時代からの今に至る「Come-Up(成り上がり)」を振り返っている。収録曲“1942フロウ”では、成功の証なのか、「俺はおふくろに1万ドルを最低1000回渡した」なるラインも出てくる。

作品を何作重ねても貫かれている、一つのテーマを大切にし続ける姿勢。それに加えて、今回のイントロのビートが1作目のそれを明らかになぞっている。ミーク・ミルの場合、始まりがあれば、終わりがあるアルバムという形態云々よりも、リスナーに「あのイントロ」と言われるようなイントロを最初に置かなければ、本当に何も始まらないのかもしれない。



3)
では、DJキャリッドの『グレイトフル』のほうは、どうだろう。古くは、収録曲のイントロに、「リッスン!」、次に「ウィー・ザ・ベースト!」というシャウトを(タグとして)被せていたが、それが3、4年前あたりから、それが「自分の」曲であるのを示すのに、収録2曲目以降のイントロに「アナザ・ワン」という、面白みのない実にシンプルなタグを被せるだけで済んでしまうような「モーグル(大物)」になっている。(人格者ゆえの?)人脈と財力をパワーアップさせ、メインストリームのビッグネームをフィーチュアした新曲群をこれでもかと詰め込んだのが、今回のアルバムだ。

DJ Khaled / Grateful (Full Album)


こうした力の誇示の仕方は、フレンチ・モンタナのアルバム『ジャングル・ルールズ』にも、そのまま当てはまる。

French Montana / Jungle Rules (Full Album)


キャリッドは、今や自分のステージでもターンテーブルに触れることなく、あるいは、触れもしないことで、「モーグル」っぷりを誇示している。が、さすがに、モンタナはラッパーだけあって、そこまでは振り切れてはいない。ただし、「フューチュアリング・アーティストが皆無のアルバムなんてヘンだよな」と語るような感覚の持ち主ではあり、ラッパーに転身する前までは、ストリートDVD企画制作で当てていた人なので、今後は、ビートをゼロから組み立てるようなことは決してしないタイプのプロデューサーとして「モーグル」ぶりを誇示することで、さらに成功するかもしれない。

要は、キャリッドもモンタナも、話題となること必至の最新曲を集めたコンピ・アルバムとして楽しんでもらうことを主眼に置いたアルバムなのだ(本来なら、『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』に入っていたかもしれない? カルヴィン・ハリスの曲まで収録している)。

ところが、キャリッドは、もはや、そういう扱われ方にも飽きたのか、今の俺があるのはみんなのおかげ、みんなに感謝!(=「グレイトフル」)なかでも特に、俺の倅、生まれてきてくれてありがとう、というアイデアを(収録時間がCD2枚組で約104分もあるコンピに)被せているように思える。

倅をアルバム・カヴァーに据え、エグゼクティヴ・プロデューサーとして正式にクレジットしているだけでなく、例えば、チャンス・ザ・ラッパー客演の“アイ・ラヴ・ユー・ソー・マッチ”などは、キャリッドとチャノのコラボというよりは、チャノの未発表曲の一部を使って、キャリッドが絶妙に自身のメッセージを組み合わせたかのようにも聴こえなくもない。

DJ Khaled / I Love You So Much feat. Chance The Rapper


ここまできたら、キャリッドとしては、自分の作品が、単なる豪華なコンピ・アルバムとして受け取られるよりも、あくまでも、一アーティストが出した「アルバム」であると理解してくれることを願っているに違いない。たとえ、複数の収録曲が、アルバム(の文脈)から完全に切り離され、ストリーミングやラジオで絶大な人気な獲得しようとも。



4)
これが、アルバムに対する考え方が、7月14日に、4作目の『クエイザーズ:オン・ア・ギャングスター・スター』(収録時間約35分)と5作目の『クエイザーズVS.ザ・ジェラス・マシーンズ』(収録時間約42分)の2作を同時リリースした、シアトルのヒップホップ・デュオ、シャバズ・パラセズになるとまた違ってくる。

Shabazz Palaces / Quazarz: Born on a Gangster Star

Shabazz Palaces / Quazarz vs. The Jealous Machines


タイトルからうかがえるように、そこでは、クエイザーズという異星から地球にやってきた存在が主人公となっている。パラセズの中核であるパラシア(1992年に“リバース・オブ・スリック(クール・ライク・ダット)”というヒップホップ史に残る一曲を残し、今年は再結成ライヴも展開されたディガブル・プラネッツの中心人物、イシュミール“バタフライ”バトラー)というプリズムを通じて、クエイザーズの見た様々な事象と意見(結果的に、ファーザー・ジョン・ミスティの『ピュア・コメディ』で歌われているものと重なっているような同時代性がある)が表現されている。

サウンドはシンセ主体だが、これまで積極的に使われていた、ジンバブエのムビラの音があまり聴こえないのは少しさびしい。もっとも、彼らの作品が、2枚組のアルバムとしてリリースされようが、アルバムが同時に2作リリースされようが、ストリーミングに慣れたリスナーにとっては、もしかしたら、大した問題ではないのかもしれない。ところが、シャバズ・パラセズは、フィジカルで作品を出した後に、アルバム2作の内容をイラスト(解釈)化した、フル・カラーの書籍をダウンロード・コード付きで、出している。2作ともストリーミングで聴くことはできるが、それはそれとして、彼らとしては、アルバムを一つのアート作品として屹立させたい欲望が大きいのだろう。



5)
シャバズ・パラセズのパラシアより一歳年下で現在42歳のジェイZになると、その欲望はさらに隅々にまで行き渡ることになる。最新作『4:44』は、6月30日リリースから一か月半以上経った時点でも、Spotifyでは聴くことができないが、ジェイZとしては、TIDALで聴けるからOKだとか、ストリーミングそのものよりも強い関心を持っていることがあるようだ。

JAY-Z / 4:44



ジェイZの「新作」として、というよりも、「ジェイZ」への興味関心から、通算13作目となる今回のアルバムに、耳を傾けた人が多かったような気もする。今回の肝は、彼の目線だろう。上から目線ではなく、かといって、決して特定の階級だけに向けたものでもなく、広い層が共感(あるいは理解)できるようなことを、アッパー・クラスの黒人である彼ならでは視点から発している。

例えば、“ザ・ストーリー・オブ・OJ”のパンチラインを、(借りてきた)札束を電話に見立てて得意げにポーズをとり、Instagramに上げているラッパーへの批判として受け止めた層が出てきたという一件があった。

JAY-Z / The Story of O.J.


ただし、このラインの前段は、素直に訳せば「あんたら、まだ前借りしてるの? 俺と仲間は一かバチかマジでやってるのに」であり、単に、金持ちが余裕をかましているのではなく、聞き手に借金をしないような経済的な自立を促し、ジェイZ自身でさえ、ビジネスは真剣勝負なリスキーなものとして取り組んでいる、とし、自分自身の今現在の立ち位置(や階級)を、都合よくシフトさせたりはしていない。

例えば、“ファミリー・フュード”では、今の自分は「元ヤクの売人」で一括りにされない幅広い活動をしているとライムしている。

こうした変化が見られるにもかかわらず、トラックの構成要素そのものこそ、ソウル、トラップ、レゲエ等と多岐に及び、ヴィンス・ステイプルズの『サマータイム ’06』等では「革新性」も見せてきたプロデューサーのノーIDの手がけたビートは、ジェイZ自身、そして、これまで彼の曲を聴き続けてきたリスナーが、拒否反応を示すことなく受け入れられる仕上がりになっている。

パッと聴いただけでは、とりたてて2017年らしいところなどない、という意味でも、ジェイZらしいアルバムなのだが、よく聴けば、気持ちに整理がついた「ハンブル」で「成長した、2017年の」ジェイZが、ここにいる。

断っておくならば、これは急変ではなく、こうした視座は、カニエとのコラボ『ウォッチ・ザ・スローン』に既にあったものだ。ところが、当時は、狂乱というか物質主義謳歌の面ばかりが目立ってしまい、いかんせん、わかりにくかったし、勘違いされやすかった。前作『マグナ・カルタ・ホーリー・グレイル』の失敗点の一つもそこにあった。

それが理由か否かわからないけれど、今回は、ほぼ週替わりで、収録曲のミュージック・ヴィデオ(どれも、自身の過去作のどれよりもオリジナリティに溢れている)を発表し、それだけにとどまらず、リリック及び曲の主題のフットノート(補足説明映像)まで発表している。ジェイZとしては、気持ちに整理がついた自分を見せられるようになった今だからこそ、無駄に誤解されたくない、という意思が働いてそうしているのか、それとも、アルバムをアート作品と屹立させたい、そのために、収録曲に1曲ずつアートとしての生命を吹き込んでいるのか。



6)
このジェイZから、DJキャリッドの『グレイトフル』に収録された“シャイニング”で「21グラミーズ、アイム・サヴィッジ・ニガ、21グラミーズ、アイム・サヴィッジ・ニガ」と、すっかりその存在を認知された21サヴィッジが、デビュー・アルバム『イッサ』をリリースした。

21 Savage / Issa


サウンド的には、メトロ・ブーミンが収録曲の半分以上で、グッチ・メインの『ドロップトップウォップ』で聴かせた、オルゴールを思わせるシンプルで可憐なメロのループを好み、ハイハットを後退させたビートが主体。他の複数のプロデューサーも、それに準じながらも、トラップ・ビートやR&B趣味を加味している。



7)
なお、メトロ・ブーミンは、ナヴとのコラボ『パーフェクト・タイミング』も発表したが、ナヴのフロウと語彙の幅がかなり狭いせいなのか、基本的に全曲のビートまでナヴとメトロ・ブーミンとで手がけている(適宜、ピエール・ボーンやサウスサイド等も加わっている)せいなのか、メトロ・ブーミン作品としては、全体に冴えない結果に。

NAV & Metro Boomin / Perfect Timing




8)
再び、というか、最後にまた、ジェイZに話を戻せば、彼のレーベル〈ロック・ネイション〉から、7月28日には、ヴィック・メンサが『ジ・オートバイオグラフィ』でアルバム・デビューを果たしている。

Vic Mensa / The Autobiography


この作品についても、一通り文章を書いてみたものの、これは、もしかすると、リル・ピープやエックスエックスエックステンタシオンのアルバムと並べて触れたほうがよいかもしれない、と考え、次回に!


<Ahhh Fresh!>第8回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明

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