SIGN OF THE DAY

田中宗一郎に訊く『OKコンピューター』と
その時代。90年代からレディオヘッドが
表現してきたもの、その独自性と謎:後編
by ATSUTAKE KANEKO August 25, 2017
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田中宗一郎に訊く『OKコンピューター』と<br />
その時代。90年代からレディオヘッドが<br />
表現してきたもの、その独自性と謎:後編

田中宗一郎に訊く『OKコンピューター』と
その時代。90年代からレディオヘッドが
表現してきたもの、その独自性と謎:前編



●歌詞の話でいうと、今回初めて正式に音源化された“リフト”についてもお伺いしたいです。「君はエレベーターに閉じ込められていたんだよ /こちらからも何とか連絡を取ろうとしていたんだ/トム」と、本人の名前が出てくる曲で、この曲についてタナソウさんは「日本人の友人からトムに送られた手紙が元になった曲」とよくおっしゃっていますが、もう少し詳しく、この曲が作られた背景について話していただけますか?

Radiohead / Lift (2017)

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「また話がかなり遡るんだけど、まず1994年に行われた初の日本ツアーって、彼らのキャリアの中でももっとも幸福な経験のひとつなんですね。ちょうど『ザ・ベンズ』のレコーディングの真っ最中で、いろんなプレッシャーに押しつぶされそうになってた時期。でも、そんな時期に初来日公演がブックされちゃった。成功させなきゃなんない。だから、レコード会社やイベンターの命を受けて、俺、〈ロッキング・オン〉の編集者としてイギリスまで取材に行ったんですね。『ギヴ・アウト・バット・ドント・ギヴ・アップ』の時のプライマル・スクリームのライヴ取材にかこつけて(笑)。しかも、そのプライマル・スクリームのライヴの当日にカート・コバーンが自殺するっていう、かなり込み入った時期だったんだけど。で、ロンドンのリージェント・パークの側にある〈RAKスタジオ〉っていうドノヴァンとかのプロデューサーだったミッキー・モストが作った有名なスタジオがあって、そこで彼らはジョン・レッキーのプロデュースで2ndアルバムのレコーディングの渦中だったんです」

●時代を感じさせますね……。

「当時の〈ロッキング・オン〉っておそらく今の十倍以上も部数があって――10万部近く出てたから、俺、ほとんどVIP扱いだったの。びっくりした(笑)。〈コートヤード・マネジメント〉のNo.2のブライス・エッジがわざわざホテルまでリムジンで迎えに来てくれた。初対面の彼から、うやうやしく『Mr Tanaka』って呼ばれたりして、かなり居心地悪かったんですよ。それ以来、からかいも含めて、メンバーからファースト・ネームじゃなくて、『Mr Tanaka』って呼ばれるようになったんだけど。だから、『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のスリーブに俺の名前がクレジットされてるところも、わざと『Mr Tanaka』って書かれてて。クソッタレが! とか思うんだけど(笑)」

●ハハハ。いい話じゃないですか。

「で、スタジオにいたのがインタヴューを予定していたトム・ヨークと白髪のジョン・レッキーと、まだ〈RAKスタジオ〉のスタジオ・ボーイ時代のナイジェル・ゴッドリッチ。で、仕上がりつつある曲の中から、ブライスが“ザ・ベンズ”を聴かしてくれようとしたんだけど、いきなりスタジオの端っこにいたトム・ヨークがバーッて走ってきて、音をパチンって止めたわけ。で、二人が小声で揉め出して、『マズイとこに来ちゃったなあ』っていう(笑)」

●かなり緊迫した空気だったんですね。

「確かさっき話した『世界の歪みを内面化して描く』っていうリリックのスタイルの話はこの時にしたんだけど、その時の記事タイトルは彼の発言引きで作ったんですよ。『君のせいじゃない』っていう発言をそのまま使った。俺、〈ロッキング・オン〉には4年半くらいしかいなかったんだけど、俺の記憶だとあの時ほど読者から凄まじいリアクションが来た時はなかった。多分、『君が抱える不安や悩みというは君のせいじゃない。社会の歪みを勝手に内面化してるだけなんだ』って視点というのは、プレ・エヴァンゲリオン時代の日本にはすごく有効だったってことだと思う。まだ社会的にも豊かだったし。だからこそ、当時の彼らの音楽は日本との親和性が高かったんじゃないかな」

●なるほど。

「ただ、そういう視点も『OKコンピューター』から『キッドA』というの流れの中で、『でも、その社会の歪みというのは、実は我々全員の責任でもあるんですよ』っていう視点に変わっていく。その次の『アムニージアック』のアートワークにはアルバムのテーマでもあるカニバリズムを表すミノタウロスが描かれていたでしょ。ギリシャ神話のミノタウロスって洞窟の中の迷宮に幽閉されていて、そこに運び込まれる生贄の人肉を食わないと生きていけない。つまり、グローバリゼーションが行き届いてからの世界というのは、誰もがそんな風に共食いをしてるようなものなんだ、この迷宮からは誰も逃れられないんだってことを、ミノタウロスが泣いてる絵で表してた。『OKコンピューター』のアートワークに使われていたのが迷子のピクトグラムだったことを考えると、認識としてはかなりの変化だよね」

●確かにそうですね。で、話を初来日に戻すと、当時バンドはかなりナイーヴな状況にあったと。

「あ、ごめん、また話がズレちゃった(笑)。で、かなりどん底の状態でロンドンで数回のギグをやった後に日本に来て、新曲を7~8曲やったんですよ。勿論、“クリープ”とかでも盛り上がるんだけど、とにかく初めて演奏された新曲を観客が凄まじいリアクションで迎えたんですね。ホントあの光景は感動的だった。間違いなくあの時の日本のファンが彼らを救った。『今、自分たちがやろうとしてることは間違っていない』と思わせた。最終公演の川崎チッタの楽屋にも行ったんだけど、あんな大はしゃぎしてるメンバーを観たのは後にも先にもあれが最初で最後。しかも、日本のジャーナリストは〈NME〉みたく『世界で一番醜いバンド』みたいな三面記事は書かないし、インタヴューでも音楽の話しかしないしっていう。そういうことがいくつも重なって、彼らにとって日本というのは特別な国になったんだと思う」

●だからこそ、ファンとの関係性も特別だった?

「ブリットポップ前夜でもあったから、英国のインディ音楽と日本のファンの距離がすごく近かったんですよ。SNSもなかったし、ファンがヴェニューの外で出待ちして手紙を渡して、それをバンドが真剣に読んで、返事を書くなんてことがわりと一般的な時代だった。トム・ヨークもその中の何人かと定期的に手紙のやり取りをするようになって、特に仲良くなった日本人の10代の女の子2人組がいて、“リフト”の歌詞の基になったのはその片割れの書いた手紙の中の詩なんですよ。だから、歌詞の中に『トム』っていう呼びかけが出てくる。97年に初めてオックスフォード郊外のトムの自宅まで行った時にも、居間の暖炉の上に彼女たち2人が作った紙のロボットが置いてあったのね。それは“パラノイド・アンドロイド”のモチーフになった小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』に出てくるロボットともリンクしてたりとか。トム・ヨークの精神的なメンターって、何より去年亡くなった奥さんのレイチェルだったと思うんだけど、当時の世界中のファンとのコミュニケーションもすごく大きかったと思うんですね」

●だからこそ、歌詞の基にもなったわけですね。

「長いツアーに辟易してて、それ以外のいろんな厄介な問題に煩わされていた時期に、彼女から手紙を受け取ったってことが曲の発端になってる。“リフト”っていう曲は、トム・ヨーク曰く、満ち足りて安心に包まれた場所――ホームについての歌だっていうのね。『ここならもう大丈夫/安心して腰かけなよ/ずっとエレベーターの中に閉じこめられていたんだね/あたしたちはずっと君を助けようとしてたんだよ、トム』っていうヴァースから始まるでしょ。その後にもクジラのお腹の中っていうラインが出てくる通り、ピノキオがモチーフになってるんじゃないかな」

●この曲のスタジオ・テイクがずっと発表されなかったことに関しては、どういう見解をお持ちなんでしょうか?

「トム・ヨークっていうのは、チョムスキー直系の生粋のリベラルだから、地球の裏側の会ったことのない人間、自分と考え方が真逆の人間の立場さえ、自分のことよりも尊重しなければならないっていうハードコアな考え方の持ち主じゃないですか。だからこそ、自分自身のことで精一杯になってる曲をリリースすることがエゴイスティックに感じられたんじゃないかな。“レット・ダウン”をずっとライヴで演奏しなかったのも同じような理由からだと思う。世の中が大変なことになってるのに、自分がツアーで疲弊しきってることから生まれた曲を演奏するなんて、かっこ悪いじゃん? あまりにパーソナルすぎて、『OKコンピュター』の他の曲みたいに、別の文脈に接続するのが難しいから。実際、“リフト”のスタジオ・テイク聴いてどう思った?」

●楽曲自体はライヴ・バージョンとかでもう何度も聴いてるわけですけど、シンプルにやっぱりいい曲だなって思いました。

「いい曲だよね。レディオヘッドの作品だとなかなかお目にかかれないポジティヴで穏やかなフィーリングがあって。ただ今もYouTubeで観れるライヴ・テイクの方がむしろいいかもとも思った」

Radiohead / Lift (Pinkpop 1996)

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「ほら、トム・ヨークって、『OKコンピューター』のツアーくらいからエモーショナルに歌うのをやめて、『キッドA』とか『アムニージアック』の時期って、ずっと首をブンブン振って歌ってたでしょ? エモーショナルというよりはむしろ歌から感情を切り離すような歌い方で。だから、“リフト”のスタジオ・テイクも、当時のライヴ・テイクに比べると、かなり抑えた歌い方なんだよね。むしろ『ザ・ベンズ』の時みたいに『自分のことで精いっぱい』みたいな歌い方の方がよかったと思う。でも、きっとスタジオに入った時点ではもうそういう風には歌えなくて、いい落としどころのヴォーカル・テイクが録れなかったんだと思うんだよね」

●なるほどなあ。そういう意味では、永遠に未完のトラックなのかも……。

「わかんないけどね。もしかすると、次のアルバム辺りから、すごくエモーショナルな表現に戻ってくるような気もするから。新しいヴァージョンで録音したりすることはなくても、ライヴで演奏するなんてことが起こるかもしれない(笑)」

●じゃあ、ここからは『OKコンピューター』から20年のときを経て、何が変わり、何が変わっていないのか、「今」の話題を中心に話を進めましょう。

「さっきも『OKコンピューター』の頃は幸せだったかもしれないって話したけど、当時は世の中で起こってることを彼らが発見して、それをどう伝えていくかって段階だったと思うんですよ。で、徐々に10年かけて、そうした彼らの視点が世界的に共有されるようになっていった。でも、その後、今に続く政治の季節が訪れることになって、2003年の『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』の時はもっともポリティカルな作品を作った――実際には違うんだけどね。でも、『イン・レインボウズ』からはまた視点がはっきりと変わる。多くの人々が世の中のおかしなシステムやメカニズムを理解するようになったにも関わらず、それを具体的により良い方向に持って行く方策が機能不全を起こすようになった」

●知識を共有するだけでは何も変わらなかったし、むしろ世界はより複雑化して行ったというか。

「民主主義も資本主義も世の中の仕組みが上手くいってない。市民運動や社会運動さえうまく機能しなくなるようになった。ほら、『ザ・ベンズ』に入ってる“ストリート・スピリット”って、もともとはベン・オクリの小説『満たされぬ道』にインスパイアされて書かれた曲なんだけど、必ずセットの最後に演奏されるでしょ。いつも『デモの最前列にいた人たちに捧げます』とか、『昨日のどこどこのデモにいた人たちに捧げます』っていうMCの後に演奏されてた。ストリートで市井の人々同士が緩やかな繋がりを持つことこそが何かの変化の発端になり得るってことに対する祝福についての曲だからね。世の中を変えるのは政治でも産業でもなく、市井の人々の共通した願いなんだっていう、すごくピュアで、真っ直ぐな認識を落とし込んだ曲だったと思うんですね」

●なるほど。

Radiohead / Street Spirit (Fade Out)[1994]

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「でも、そうしたピュアな理想主義の中に潜んでいるバグを描こうとしたのが、『イン・レインボウズ』だと思うんですよ。空にかかる虹、あるいは、虹を追いかけるっていうのは、理想主義とか、ロマン主義、ヒロイズムのメタファーだと思うんですね。ただ、コリン・ウィルソンじゃないけど、もっとも凶悪な犯罪というのは悪魔的なサイコが犯すものとは限らない。むしろ真摯な理想主義が度を超してしまい、ねじまがった行動に発展した時に起こるものだっていう視点があるんでしょ。原爆投下にしろ、ナチの強制収容所にしろ、日本赤軍の内ゲバにしろ、最初はより良い社会を実現したいっていう理想から出発したはずだっていう。彼らが『イン・レインボウズ』を説明する時に、空に架かってる虹を追いかけていると思っていても、実はその正体は水たまりに浮かんでる油の上に浮かんでる虹なのかもしれないって言ってたのは、そういうことだと思うの」

●つまり、理想主義がねじまがった時の危険性みたいなものをテーマにしてる、と。

「うん。『イン・レインボウズ』の中で『ファウスト』が重要なモチーフになってるのもそういうことだと思う。だから、すごく自己批判的な作品でもあるんじゃないかな。そういう意味からすると、『ア・ムーン・シェイプト・プール』もすごく似てて。月っていうのは、トム・ヨークが最初の子供ノアが産まれた時に書いた“セイル・トゥ・ザ・ムーン”のモチーフでもある」

●自分の息子に旧約聖書の登場人物の名前をつけた時期に書いた、子供たちを箱船に乗せて月に運んでいくっていう内容の曲ですよね。

「だから、月というのは彼にとって特別なモチーフだと思うの。でも、アルバム・タイトルは月の形をした水たまりでしょ。つまり、美しい月に手を伸ばしていたはずが、手にしたものはまったく別物だったって風にも解釈出来る。さらにこじつけると、わざわざ水たまりの頭に“A”っていう不定冠詞がついてるっていうのは、今の世の中というのはひとりひとりがそれぞれまったく違った水たまりをみつめてる時代だって風にも解釈出来る(笑)」

●かなりの深読みですね(笑)。

「うん(笑)。ただ、Twitterなんて、まさにそういうことでしょ。それぞれの人間が見てるタイムラインはまったくの別物だっていう。誰ひとり同じ月――定冠詞のついた月は見てない。もはやたったひとつの真実である月なんて存在しなくて、誰もが自分自身の感情でそれぞれ固有の真実を決めてしまうっていうポスト・トゥルース時代のメカニズムを描き出すには最適のタイトルでもあるとも言える」

●なるほど。

「で、アルバム一曲目の“バーン・ザ・ウィッチ”っていうのはそもそも10年以上前の曲なんだけど、今、世界中いたるところで魔女狩りが行われてることを示唆してるわけだよね。PVに出てくる小鳥は明らかにTwitterの存在を示唆してる。不倫した芸能人だの、オンライン上の失言さえ一斉に袋叩きになる今の世の中についての曲っていうか」

Radiohead / Burn The Witch (2016)

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「で、何よりも厄介なのは、そうした誰もが正義感や倫理意識に駆られて行動していて、自らの言動に対しては1ミリの疑いも持っていないってこと」

●結果的には、それが衝突に繋がっていると。

「そうした局地的な衝突がさまざまな分断を生み出している。ポリティカル・コレクトネスが過剰になることで、それに感情的に反発する人々の数も明らかに目立つようになった。何よりも感情が優先されるようになって、そうした無益な衝突や分断のせいで市井の人々の繋がりがひとつの大きな力になることを阻害してしまう世の中になった。つまり、『ア・ムーン・シェイプト・プール』という作品は、そうした2010年代後半の状況をどう理解し、どう受けとめて、どう紐解いていくかっていうレコードだと思う。ただ厄介なのは、そうした現代的な問題と同時に、それとパラレルな形でまったく別な問題が顕在化してるってこと」

●具体的にいうと?

「間違いなく今、歴然とした悪や由々しき問題というのは存在している。トランプなんて安心と慰めを振りまく身振りで、不安や恐怖を植え付けることで不特定多数の人々を感情的に動かそうとする典型的な存在なわけじゃない? ところが、本当ならトランプみたいな存在を一丸になって覆すべきところを、誰もがそれぞれの正義を尊重するあまり、元来ならぶつかり合う必要のない人々が無益にぶつかり合うことで、それが難しくなりつつある。そうした事態がパラレルに巻き起こってる。『OKコンピューター』の時代とはそこが決定的に違ってる」

●先ほどの「今の世の中というのはひとりひとりがそれぞれまったく違った水たまりをみつめてる時代」という部分に関して、もう少し説明してもらえますか?

「例えば、クリティカルな議論、気軽な床屋談義というのは、以前ならそれぞれマスメディア上と閉ざされたローカルな場所に棲み分けられていた。だよね? でも、SNSの発達に伴って、そのすべてがオンライン上でごっちゃになっちゃった。オンライン上では、国政の決定事項と感情的な個人の呟きさえもすべてが同等になってしまった。そのせいでクリティカルな議論がすぐに開かれた場所での床屋談義化してしまい、誰もが感情的に衝突し合う機会が格段に増えた。しかも、そこに悪質なデマが介在するようになったり。例えば、池上彰の番組でさえ、クリント・イーストウッドのなりすましTwitterアカウントを彼の発言だと間違って報じたりする始末なわけじゃない? ひとつの大きな月を映し出すマスメディアという役割が完全に機能しなくなってしまった」

●つまり、それが誰もが別々の水たまりを見ている状態なんだと。

「そう。でも、そもそも真実というのは絶対的なものじゃなくて、客観性が担保するものでしょ? 何よりも社会的なコンセンサスの結果じゃないですか。つまり、不特定多数の人々が大きなひとつの月を観察することで何かしらの解決を探ろうとし続けたプロセスの結果が真実だったはずでしょ。かつてはかろうじてマスメディアや国連みたいな組織がその役割を担っていた。でも、今じゃ誰もがまったく別の水たまりをみつめながら、あーだこーだと罵りあってる。その結果として、誰もがいろんな問題に過剰に白黒をつけたがるギスギスした世の中になってしまった」

●局地的な衝突だらけの世の中に。

「でも、そこから知的な解決策に向けて、冷静に議論を積み上げていくことなんて無理だよね。対話は失われてしまい、穏やかな倫理の共有というのはひたすら遠ざかっていくしかない」

●つまり、『ア・ムーン・シェイプト・プール』というのは、そういう時代を描いているんだと。

「だから、『OKコンピューター』が描き出したゼロ年代初頭までの事なかれ主義や無関心の後に訪れたのは、諦めと粘着なんだと思う。『こりゃあ、もうどうすることも出来ないな』という諦めと、自らの正しさを過剰に証明しようとするファナティックな粘着。日本だとよく言われる冷笑なんてどこにもないと思う。諦めと粘着――その両極端な感情が入り交じるようにして今の世の中を覆っている。で、その両方を後押ししてるのが不安と恐怖だっていう」

●もし仮にそうだとすると、『ア・ムーン・シェイプト・プール』における現状認識というのは、『OKコンピューター』の時の、事なかれ主義や無知、無関心が蔓延する世の中にしかるべき知識が共有されさえすれば、何かしらの糸口や方向性が見つかるんじゃないか?――っていう認識よりも遥かに深刻なのかもしれませんね。

「だから、『ア・ムーン・シェイプト・プール』って、ざっくり言うと、そうした分断についてのレコードなんじゃないかな。それが一番よく分かったのが、この前のイスラエルの一件」

●レディオヘッドのイスラエルのライヴに対して、多くのアーティストや団体が「国家としてのあり方が間違っている国で、ライヴをしちゃいけない」と訴えました。

「特にケン・ローチは辛辣だったよね。『レディオヘッドは迫害する側か、される側、どちらにつくのかを決断すべきだ』って言った。でも、あれって経済制裁というよりは、文化制裁ってことでしょ。でも、国境を越えた市井の人々を繋いできたのがアートや文化なわけでしょ? つまり、アートや文化というのは政治を超えるためにあるものだったはずなのに、彼らはそこに政治を持ち込もうとした。だからこそ、トム・ヨークははっきり反論したわけだよね。『音楽、アート、学術分野というのは境界を超えるものであり、境界を作るものではありません。偏見をなくすためのものであって、扉を閉ざすためのものではない。ヒューマニティと対話、表現の自由を分け合うために存在するんです。これでわかってもらえると嬉しいんだけど』って。そもそも『ア・ムーン・シェイプト・プール』を聴いていれば、今のレディオヘッドの問題意識がまさにそうした視点にこそあるのは明白でさ。そりゃあ、イスラエルでライヴするよって話なんだよ。むしろ何があっても演奏しなきゃいけないと思ってるはず。極論を言えば、今こそ北朝鮮で演奏しなきゃいけないって話なのよ」

●なるほど。今の話を聞いて、『ア・ムーン・シェイプト・プール』と、イスラエルの一件が確かにリンクした感覚があります。

「俺ね、これまで『ア・ムーン・シェイプト・プール』に関しては、あえて発言してこなかったんですよ」

〈サインマグ〉のレヴューも、僕を含めた他のライターさんが書いてましたもんね。あれは「何でだろう?」って思ってました。

「『ア・ムーン・シェイプト・プール』を最初に聴いた時に、今までで一番嫌な感じのするレコードだと思ったの。どこか後悔と失意を感じさせる初めてのアルバムだった。何よりも後悔だよね。ポール・トーマス・アンダーソンが撮った“デイドリーミング”のPVを解析したヴィデオって観たことある? 全編こじつけなんじゃないか?って思う部分もなくはないんだけど、あまりに詳細な形でPVの中のモチーフを分析してるんですよ。俺の一連の解釈と同じで、まあ、眉唾な部分もあるんだけど、特にいろんな日常の場面における母親と子供たちを写し出しているという分析に対してはすごく説得力を持ってる。で、主にレディオヘッドとしての活動とトム・ヨークの私生活を対比しながら、彼らのデビューからどんなことが起こり、今のトム・ヨークがどんな場所に辿り付いたのか?――を結論づけている」

Radiohead / Daydreaming (2016)

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Radiohead: The Secrets of Daydreaming (2016)

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「だから、歌詞も含めて、ここから導き出されるのは、より良い社会を夢見てたはずの人々が自分自身の安息の地であるホームをないがしろにしてしまった、しかも状況はさらに混迷を極めるばかりで、結局、辿り着いたのは孤独だった。つまり、理想主義やロマン主義、ヒロイズムに対する批判という風にも取れる。しかも自分自身は生き延びてしまった。そんな風に解釈すると、後悔という言葉を連想せずにはいられない。端的に言うと自分自身を責めてる曲。さすがにヘヴィだよね。『OKコンピューター』を起点とする20年間、世の中に語りかけることで、よりよい世界が生まれるための触媒になれないかと思ってやってきたことが結局すべて無駄だったんじゃないか。むしろ間違いだったんじゃないか――っていう気持ちの揺らぎだよね。あと、特に歌詞に『ア・ムーン・シェイプト・プール』って言葉が出てくる“アイデンティキット”って、かつて彼らが“ストリート・スピリット”で歌った市井の人々が潜在的に持ってる知性や良心、聡明さに対する信頼がどこか揺らぎ始めたことを歌ってるように感じたの。だから、当初はなかなか肯定的な気分になれなかった」

Radiohead / Identikit (2016)

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●90年代から存在していた“トゥルー・ラヴ・ウェイツ”をクロージング・ナンバーに据えたことについては、どのようなアングルを持っていますか?

「何よりも当初はあの曲がアルバムの最後に入ってるのがすごく嫌だった。悪い意味ですごく腑に落ちたから。だって、“トゥルー・ラヴ・ウェイツ”っていうのは、安心できる場所が過去と未来にしかないって歌でもあるわけでしょ」

Radiohead / True Love Waits (2016)

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「つまり、『ア・ムーン・シェイプト・プール』の最後にあの曲が置かれているっていうのは、同じ時代に暮らす人々に対する信頼が揺らいでしまっているんじゃないか? って勘違いしちゃったんだよね。今ならすごく納得出来るんだけど」

●というと?

「レイチェル・オーウェンが亡くなったから。二人が離婚した後、1年と少し経った頃に。レイチェルという女性はトム・ヨーク最大のメンターでもあって、レディオヘッドの作品にダンテの『神曲』からの引用があるのも完全に彼女からの影響なんだけど、今ではあの曲が収録されたのは彼女の死の予感が関係してると思うようになった」

●それがあの内省的なムードを作り上げていたと。

「まあ、ここまでの話はすべて俺の自分語りだと受け取ってもらえればいい話ですよ」

●でもだからこそ、ここに至るまでのレディオヘッドとは、ちょっと距離を置いていたと。

「俺の話? “スペクター”が出るまではかなり興味をなくしてた。去年の『ア・ムーン・シェイプト・プール』のツアーに対しても疑心暗鬼な部分があって、『弱ってるんじゃない? 諦めちゃうんじゃない?』って風に思ってたけど、でも、そうじゃなかった」

●彼らはまだ、諦めてなかった。

「うん。特に今年のツアーのセットリストを見てるとそう思う。2017年になってからのライヴをフル尺で〈RADIOHEAD.TV〉を通してガンガン上げてるでしょ。あれ、プラットフォーム作りだと思うの。もう一度一から始めようとしている」

Radiohead / live at Coachella 2017


「『ア・ムーン・シェイプト・プール』という作品はリトマス試験紙だったと思うんだよね。だからこそ、これまでで一番ポップ・ソングのフォーマットから離れたエクストリームなレコードを作った。歌詞についてもとことんアブストラクトだった。それがどれだけ通用するか?――についてのマーケティング・リサーチっていうか。去年と今年ほどレディオヘッドがいろんなフェスにエントリーしたことってホント例外的なことで。でも、とにかく不特定多数の人たちに語りかけたかったんじゃないかな。ホントいろんな場所でのライヴをオンライン上で観たんだけど、上手くいった国、フェス、個別のライヴもあるにはあったけど、なかなかに苦戦してた。で、一番ダメだった場所のひとつが日本だよね(笑)。まったく通じなかった。でも、あんなに絶対やりたくないって言ってた“レット・ダウン”を去年のツアーからやり始めて、今年に入ってからもセットの1曲目から演奏したりしてるでしょ? あれもホントに理に適ってると思うの。今まですべてのアルバムの中でももっとも感情的な抑揚の少ない『ア・ムーン・シェイプト・プール』みたいなアルバムを出して、1年目のツアーを一通りやって、今年は2回目のツアーで、彼らの中で世の中とどう接していくか? っていうモードがまた変わった結果だと思うんですよ」

●その象徴が、“レット・ダウン”であると。

「『OKコンピューター』から少しずつ感情よりも形式で語りかけようとしてきたレディオヘッドが、もう一回感情ってものを音楽に取り込もうとしてる。その反転が、今年のツアーであるんだと思う。いろいろと一回転した後に、また一からやり直すってこと。こいつら、ホント偉いな、諦めないなあって思うよね(笑)。だからこそ、『OKNOTOK』は『ア・ムーン・シェイプト・プール』と並べて聴いた方がいいんじゃないかな。で、もし『OKNOTOK』の方が自分にフィットすると思ったら、それはその人が世界の現実からは隔離された場所で暮らしてるってこと。今の世の中のことを真剣に考えたら、『ア・ムーン・シェイプト・プール』がとんでもない場所まで来てることがわかると思う」

●『OKコンピューター』から20年経って、やっといろんなことが見えてきたように、『ア・ムーン・シェイプト・プール』という作品についても、これからいろんな発見が見えてくるんでしょうね。イスラエルの一件も、間違いなくそのひとつの契機だったと思うし。

「そうだと思う。ほら、環境問題とか動物愛護の問題とかって、日本だと3.11以降、どこかぶっ飛んじゃったところがあるでしょ? 以前は環境問題のこととかってそれなりにしっかり議論されてたと思うんだけど、貧すれば鈍するで、目の前のことしか考えられなくなった。でも、トム・ヨークのTwitterを見ると、勿論トランプはじめ各国の為政者についてのコメンタリーもたくさんあるんだけど、今もずっと環境問題の話をしてるの。しかも、『すべての生命を大切にしましょう』ってヒューマニズム的な観点ではなくて、環境問題をクリアにすることが何よりも世界経済を安定させることに繋がるっていうキャンペーンをやってる。そうすることで結果的に政治的な安定ももたらされるっていう。それを延々やってる。そこもまったく懲りてない」

●白と黒では割り切れない問題を延々ときほぐそうとしている。今日の最初の話に戻れば、もともと彼らはイギリスとアメリカの音楽シーンの、国内のワーキング・クラスと中産階級の分断の中から登場しているわけで、時期によって形を変えながらも、そこに立ち向かい続けていると言えそうですよね。

「例えば、ワーキング・クラスの人たちと移民やその二世、三世をユナイトさせるのって、そんなに難しいことじゃないと思うんですよ。賛否両論はあっても、実際、ジェレミー・コービンはそれを成功させてる。特にイギリスのような社会だと階級意識や帰属意識に訴えた方が遥かに効果的だよね。ただ世界的にも中産階級なんてもはや幻想でしかない。ところが、特に日本だと誰もが中流意識にしがみついてる。実際はかつて先進国と呼ばれた国の中では、経済的にも文化的にも社会的なリテラシー的にも日本ほど貧しい国はないのに。誰もが違う水たまりを見てる。だからこそ、それぞれの多様性を担保したままで、それをひとつに束ねることは本当に難しい世の中になってきてる」

●ただ、レディオヘッドっていうのは、決して国内だけではなく、ユニバーサルに訴えかけようとする意識を持ち続けているわけですよね。

「ほら、『音楽はユニバーサルな言語だ』ってよく言うでしょ? でも気がつけば、明らかにポップ・ミュージックの大半は人々をいろんなクラスタやトライブ、国籍や社会的地位や立場、階級ごとに分断させるものになりつつある。ブラック・ライヴス・マター運動が盛り上がった時に、『黒人の命も大事なんだ』という言葉を『黒人の命は大事なんだ』っていう意味に受け取ってしまうことで無益な衝突が起こったりもしたわけじゃないですか? いや、勿論、マーティン・ルーサー・キングと同じくらい、それ以上にマルコム・Xも偉大だった。俺、マルコム・Xやアミリ・バラカみたいな人たちのことをアンカーって呼んでて――つまり、船のいかりだよね。極端な言説というのは、世の中が片方に振り切れてしまわないためには絶対に必要だから。ただ、理想はその両方がきちんとハーモニーを奏でることだよね。だからこそレディオヘッドは今も音楽がユニバーサルな言語足りうることを諦めてはいないと思う」

●そこに関しては、『ア・ムーン・シェイプト・プール』も間違いなくそうですよね。

「でも、辛辣なことを言えば、あれはポップ・レコードとしては失敗したレコードなのかもしれないとも思う。音楽性にしても、彼らが伝えようとしたメッセージとしても、どこか志が高すぎたのかもしれない。でもやっぱり、彼らみたいな立場の誰かが2016年にはああいうレコードを作らなきゃいけなかったとも思う。政治の季節だからこそね。だって政治的なアクションの方が文化やアートよりも大切だなんていうのは、それこそ貧すれば鈍するって話ですよ。アートを通して人々の意識が変わることが何よりも大切なんだから。それに、あらゆる政治というのはマイノリティを切り捨てることを前提にしてるわけでしょ。誤解を承知で言うとすれば、議会制民主主義なり、選挙制度自体がそうだよね。マイノリティを切り捨てるための制度なわけじゃん」

●うーん、極論すれば、そうですね。

「百歩譲ったとしても、2週間後の選挙における決断も大事だけど、同時に10年後や100年後のことを考えて、そこに向けて作品を残すことや毎日のひとつひとつの行動の積み重ねだって重要じゃない? 日本は3.11以降、ホントしんどかったから、目の前の問題を乗り越えなけりゃならなかった。でも、震災後の選挙で自民党が圧勝したことで、それこそナオミ・クラインが『ショック・ドクトリン』で書いた通りのことが起こったわけでしょ。あまりに余裕がなくて、あるとあらゆることが近視眼的になってる。だからこそ、俯瞰的な視点で世の中を見なきゃなんないし、50年後、100年後の時代のことまで考えた上で、今やれることは何なのかを考えなきゃなんない。で、レディオヘッドはそれをずっとやってきた。根気強く」

●なるほど。

「おそらく『ア・ムーン・シェイプト・プール』という作品を彼らが2016年に残したことは10年後にようやく正当に評価されると思う。きっと彼らはそれもわかってた。ツアーで世界中をまわる中で、それを噛みしめてたと思う。でも、そもそもアートっていうのはそういうものだからね。100年後にようやく理解されることなんて当たり前なわけじゃないですか。だからこそ、そんな風に自分たちが最新作でやろうとしたことが一切伝わらなくても、最後に“カーマ・ポリス”をやるわけじゃん。涼しい顔でサンキューって言って、ステージを去ってくわけでしょ」

●去年の〈サマソニ〉の話ですよね。

「だって、『どこからともなく正義の味方が現れて、世の中を救ってくれたら最高だな。あ、またそんなアリもしないこと考えちゃった。俺、馬鹿だね』って歌をみんなで歌うわけでしょ。それって自分自身のナイーヴな理想主義に対する皮肉だし、自己批判なわけでしょ。でも、『そんなことありえないけど、つい思っちゃうよね』って、つかの間の慰めだけは観客と共有するわけじゃん。偉くない? やっぱり常に彼らの活動の背景にあるのは、アートに対する信頼と、市井の人々が潜在的に持ってる知性や聡明さ、良心への信頼。決して世の中の人を見くびらないってことだと思うの」

●『OKコンピューター』から20年、彼らはそれをやり続けてきたし、これからもそうだろうと。

「本当にしぶといからね(笑)。あ、そうだ、〈スヌーザー〉の創刊号のレディオヘッドのインタヴューって、『OKコンピューター』タイミングの世界初インタヴューなんだけど、俺、間違えてオックスフォードより遥か先にしか停まらない電車に乗って、2時間近く遅刻したの(笑)。で、その時の取材で、トム・ヨークはとにかく『不安で仕方がない』っていうわけ。商業的な不安っていう意味じゃなくて、せっかく50年ぶりの好景気に沸き立ってる英国にあって、それに真っ向から冷や水を浴びせるような場違いなレコードって意識があったんだと思う。『これが世の中の人にどんな風に伝わるんだろう、自分たちはやっちゃいけないことをやっちゃったんじゃないか?』って。実際、イギリス内で『OKコンピューター』の評価が跳ね上がったのは、〈グラストンベリー〉のヘッドライナーとして演奏した後だったでしょ。当初、当時の彼らはフェスでは演奏したくないとさえ思ってたんだけど、でも、あの場所で本当にいろんなことがちゃんと伝わった感慨があった。だからこそ、PA席にいる照明と演出担当のアンディに向かって、『アンディ、みんなの顔を見せてくれないか』って言って、客席を照らしてもらったっていう」

●感動的なシーンですよね。

Radiohead / live at Glastonbury 1997


「そもそも1stアルバムの頃からずっと、自分たちがやろうとしてることを受け入れられないのが当たり前っていう状況の中で進んできたバンドだった。だからこそ、むしろその後、『OKコンピューター』が世界的に爆発的に評価されるようになっていくことには懐疑的だった。特にトム・ヨークは『こんなものハイプだ!』って感じてた」

●ああ、『ミーティング・ピープル・イズ・イージー』の日本公演の楽屋のシーンですよね。

「だって、98年の日本ツアーの時に、〈スヌーザー〉の最新号で『OKコンピューター』が年間ベスト・アルバムのトップに入ってるのを見て、思わず顔を曇らした人だからね(笑)」

●ハハハ、そうだったんですね。

「評価されることよりも盲目的に愛されることよりも、きちんと理解されることを何よりも望む人たちなんですよ。実際、デビューからの数年間、『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のツアー、それと去年の『ア・ムーン・シェイプト・プール』のツアーは彼らにとって受難の時期だったと思う。でも、そもそも彼らは10年かけてリスナーとコミュニケーションし続けて、ようやく何かが伝わるのが当たり前だと思ってきたバンドだからさ。例えば、『リヴ・フォーエヴァー!』って歌って、『その通り!』って返ってくるような即時的なコミュニケーションは敢えて取ってこなかった。昔も今も根気強く10年かけて語り続けようとしてる。それもやっぱり市井の人々が潜在的に持ってる知性や良心、聡明さに対する信頼を彼らが一度たりとも疑うことがなかったってことの証明なんだと思う」


レディオヘッドはジャズではない――彼らが
同時代のジャズ作家に与えた多大な影響から
ジャズ評論家、柳樂光隆が検証する:前編





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