SIGN OF THE DAY

ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡②
〜ゴスペル・ラップとカニエを主な題材に〜
by MASAAKI KOBAYASHI
SOKI YAMASHITA
December 21, 2019
ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を<br />
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡②<br />
〜ゴスペル・ラップとカニエを主な題材に〜

ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡①
〜2パック、MCハマーを主な題材に〜



小林雅明(以下、小林) ゴスペル・ラップの存在が商業的に認知されたのは、90年代半ばでしたが、山下さんご自身が、ゴスペル・ラップあるいはクリスチャン・ラップというものの存在を強く体感されたのは、いつごろでしたか?

山下壮起(以下、山下)「それはモアハウスの1回生か2回生のときに交換留学でアメリカに住んでいたときのことです。アメリカのケーブルテレビ局に〈クリスチャン・テレヴィジョン・ネットワーク〉というのがあるのですが、チャンネル・サーフィンしていたときに、プリーチャズ・イン・ザ・フッド(Preachas In Tha Hood)というアーティストのミュージック・ヴィデオが流れているのを見ました。こんなのもあるのかと思ったのですが、『フッド』というストリートを意味する言葉とキリスト教、特に福音派のテレビ局というのが全然結びつかなくて。個人的にはとてもダサく感じました。

また、モンゴメリーにホームステイしたとき、海軍に入っていたホスト・ブラザーがいたのですが、普通のヒップホップも聞きつつ、アフリカ系アメリカ人のゴスペル・ラッパーの曲も聞いていました。休暇で帰ってきたときに100枚ほどのCDが入ったCDケースを見せてもらったとき、全然知らないアーティストのものがあったのですが、博士論文でゴスペル・ラップについて色々調べているうちに、そのCDはアフリカ系アメリカ人ゴスペル・ラッパー、トーネイ(Tonéx)のものだと知りました。こうしたことから、クリスチャンの間では、ゴスペル・ラップが流通していることに気づきました。

また、モアハウスの学生のなかにも、J・クウェスト(J. Kwest)という名前でゴスペル・ラップをやっているジュリアン・ドシャージエー(Julian DeShazier)というのがいました。彼は現在、ユニヴァーシティ・チャーチ・オブ・シカゴで主任牧師をしています」


小林 メインストリームでは、ハマーの“プレイ”から5年以上を経て、90年代も中盤を過ぎた頃に登場したDMXは、アルバムを出すたびに首位を獲得し、毎回、“プレイヤー”をいれていました。また、彼が登場する直前には、2パックが自ら十字架に磔になった姿をアートワークに使ったマキャベリ名義でアルバムを出し、ナズの“ヘイト・ミー・ナウ”のMV、さらにジャ・ルールになると、聖書を解釈し直したうえで、自らをゴッドとして位置付けていて、90年代末にかけて、キリスト(教)のイメージが、(アフロセントリズムも一時期注目された)90年代前半に比べ、メインストリームのラップ・ミュージックの要所要所で使われることが増えていったことについては、どうお考えですか? ゴスペル・ラップの存在が商業的に認知されたのは、90年代半ばでしたよね。

山下「90年代なかばにはゴスペル・ラップの存在が商業的に認知されたとはいえ、そこには人種的な境界があったと指摘できます。実際に〈ダヴ・アワーズ〉(注:アメリカのゴスペル音楽協会が主催し、キリスト教音楽業界で卓越した業績を上げたアーティストを讃える賞)のラップ部門で受賞しているのは2000年代まで白人アーティストばかりです(DC・トークのマイケル・テイトはアフリカ系アメリカ人ですが、アメリカの福音派のリーダーだったジェリー・ファルウェルの創設した大学に入学し、そこでグループのメンバーと出会っています)。

そして、黒人社会のなかで白人のゴスペル・ラップのアーティストが聴かれていたとはあまり考えられません。また、黒人のゴスペル・ラッパーも現れるようにはなりましたが、それがメインストリームのラップ・ミュージックにおけるキリスト(教)のイメージの増加に影響を与えたともいえないと思います。

むしろ、メインストリームのラップ・ミュージックにおけるキリストのイメージが多く用いられるようになったのは2パックの影響が大きいかと思います。アメリカでの学生時代、ヒップホップと宗教/キリスト教の議論になると、必ずといっていいほど2パックが取り上げられましたし、逆に、2パックの話題になると、宗教/キリスト教の話につながっていくこともしばしばありました。

2パックはマキャベリ名義のアルバム以外にも、たとえばソロ・デビュー・アルバムの『2パカリプス・ナウ』は映画『Apocalypse Now(地獄の黙示録)』をもじったものだと考えられますが、その内容はアフリカ系アメリカ人社会の諸問題を取り上げている点で黙示的ともいえます。それ以降も、『ミー・アゲインスト・ザ・ワールド』(1995)収録の“ロード・ノウズ”、『ザ・ドン・キラミナティ ザ・7デイ・セオリー』(1996)収録の“ヘイル・メアリー”や“ブラスフェミー”などキリスト教をイメージさせるタイトルがいくつもあります。

2 Pac / Lord Knows

Makaveli / Hail Mary


また、彼の背中に大きな十字架のタトゥーがあり、そこには『Exodus 1831』と彫られています。『Exodus』は、エジプトで奴隷とされていたイスラエルの民がエジプトを脱出して、神の示す約束後を目指す物語を描いた聖書の『出エジプト記』のことです。そして、『1831』とはおそらく1831年に起きたナット・ターナーによる奴隷反乱を意味しています。ナット・ターナーは、奴隷解放こそが神の御心であるというキリスト教理解によって反乱を計画しました。また、奴隷とされたアフリカ系アメリカ人たちは、奴隷状態から抜け出すことをイスラエルの民の出エジプトの出来事に重ねて理解してきました。

おそらく、2パックは、黒人の抵抗の歴史のなかにあったイエス理解や聖書理解について見識を深め、それを楽曲に反映していったのではないかと思います。2パックの母アフェニ・シャクールはブラック・パンサー党のメンバーで、彼女が冤罪で刑務所に入っていたときに2パックは獄中で誕生しています。その2パックという名前は、植民地時代のペルーで宗主国スペインに対して起こった反乱の指導者トゥパク・アマル二世からとってつけられたものです。このことに示されるように、ブラック・パンサー党のメンバーはヨーロッパに支配された国々の歴史について深く学んでいました。そのような大人たちが周りにいたために、2パック自身も黒人解放の視点からイエスについて考えるようになったのではないかと思います」


小林 ジャ・ルールの人気ラッパーとしてのキャリアを葬り去った50セントに続いて出てきたカニエ・ウェストも、ジャ・ルールとは意味合いはまったく違いますが、同じように挑戦的でした。というのは、ポップ・ミュージックをかけるようなFM局では、一般にタイトルに「ジーザス」が含まれる曲をかけたがらない伝統があります。カニエは、ライムフェストがまとめておいたゴスペルをベースにした曲に手を加え、ラジオでどれくらいかかるか、ひとつの挑戦として、曲名を意図的に“ジーザス・ウォーク”にしたからです。2004年という時代的なものと関係があるのでしょうか?

Kanye West / Jesus Walks (Version 2)


山下「そうですね。当時、わたしは学生でアメリカで暮らしていましたが、50セントとカニエのどちらがすごいか、みたいな議論はありました。50セントがミックステープで『ゲス・フーズ・バック?』を出したときには、ストリートが湧いていたのを思い出します。ニューヨーク、東海岸出身のヒップホップ・ヘッズたちは、50セントが“ハウ・トゥ・ロブ”でたくさんのラッパーをディスったあとの銃撃事件を経て、詳細不明になっていたことを熱く語っていました。そのことを聞いて、私が愛聴していたゴーストフェイス・キラの『スプリーム・クライエンテル』収録の“クライド・スミス”というスキットで50セントの名前が出てきたことを理解できました。

50 cent / How to Rob

Ghostface Killah / Clyde Smith ft. Raekwon


さて、カニエの“ジーザス・ウォーク”についてですが、これはジーザスという言葉を含む曲をかけたがらないラジオ局への挑戦という面があると思います。実際に、カニエも曲中で『So here go my single dawg, radio needs this / They said you can rap about anything except for Jesus / That means guns, sex, lies, video tape / but if I talk about God, my record won't get played, huh?(これが俺の最新のシングルだ、ラジオ局もこれが必要だぜ/なんでもラップしていいって言われるけど、イエスについてはそうじゃない/つまり、銃、セックス、嘘、ビデオのことをラップしておけばいいってこと/もし、俺が神についてラップすれば、俺の曲はラジオで流されないってことか!?)』とラップしています。

一方で、そのようなラジオ局の在り方への批判だけでなく、この曲には当時の時代状況への批判、つまり、9.11以降のブッシュ政権への批判が込められていると私は考えています。9.11以降、ブッシュはテロとの戦いを強調し、アフガニスタン侵攻、イラク戦争へと突き進んでいき、一方で、愛国者法(Patriot Act)によって盗聴を行ったり、グアンタナモ基地での捕虜の非人道的な扱いが問題になったりもしました。

ブッシュ大統領は2002年の一般教書演説で、イラン、イラク、北朝鮮を『悪の枢軸(axis of evil)』と呼んで非難しました。この発言の前提にあるのは、アメリカが善、正義であるということ、その正義によって悪が滅ぼされなければならないという考えです。その考えは、アフガニスタン侵攻やイラク戦争を十字軍にたとえたことにも通じます。そして、ブッシュはアフガニスタンやイラクとの戦闘開始以降、『神は我々の側にいる』と繰り返し語りました。つまり、ブッシュはアフガニスタンやイラクを悪の枢軸とし、アメリカを神の側にいる正義・善とし、戦争を正当化するために神の名を使ったということです。(ちなみに、オバマは第1期の大統領選を闘ったときには、リンカーンの言葉を引用して、「我々は神が誰の側にいるのかということを問うべきではない。むしろ、我々が神の側にいるのかどうかを問うべきである」と語っています。)そして、9.11以降、アメリカでは頻繁に“ゴッド・ブレス・アメリカ”という歌が歌われていました。そこにも、正義の国であるアメリカに神の祝福あれという思いが表れています。

カニエが“ジーザス・ウォーク”をリリースした当時のアメリカ社会はそのような状況でした。そんななかで、カニエは“ジーザス・ウォーク”のイントロで『We at war with terrorism(俺たちはいまテロとの戦いのただ中にいる)』と語っています。今この言葉を聞いて思い出すのは、9.11以降、大学での講演会やアトランタの黒人コミュニティでの集会、また、ムスリムの友人に誘われて参加したモスクでの講話、あるいは学生の間で語られていたことです。それらの場でよく言われていたのは、『一番のテロリストはアメリカ政府・警察じゃないか!』ということです。『ゴッド・ブレス・アメリカ』と歌うアメリカの主流社会とは真逆の考え方です。また、カニエはイントロのなかで、『We at war with terrorism』の『terrorism』に続けて『racism』とも言っていますが、それはこうした黒人コミュニティの感情を代弁するものだと思います。

“ジーザス・ウォーク”におけるアメリカに対する批判は、アメリカの白人主流社会を批判してきたパブリック・エネミーらとは質が異なるものです。カニエは自身のキリスト教信仰に基づいてアメリカ社会を批判しているからです。その信仰に基づく批判には、神の名を用いて戦争を正当化する、神は自らの側にあるとするブッシュの傲慢さに向けられたものであるのは明らかです。しかし、カニエの批判の矛先はブッシュのみに向けられたのではないと思います。

ブッシュ政権を下支えしていたのは、福音派・宗教右派と呼ばれる人びとです。保守的な信仰を持つ福音派は、進展し続ける科学とときに対立することのある自分たちの信仰を守るために政治に関わるようになっていきました。それがはじめて顕著になったのはレーガンの選挙戦のころです。中絶や同性愛への反対を掲げ、それを政治の世界で実行してくれる人に投票するようになり、宗教右派という政治を動かす一大勢力へと変化しました。そして、政治家たちも選挙戦において福音派の支持獲得を重視するようになっていきました。

ブッシュはその宗教右派と結びついてイラク戦争へと舵を切ったわけです。それゆえに、カニエは自らのキリスト者としての信仰のなかから、それはおかしいと訴えるために“ジーザス・ウォーク”を制作したのだと思います。曲のなかで、イエスは殺人者、ドラッグ・ディーラー、ストリッパー、生活保護受給者たちと共に歩くとラップしています。カニエは、そうラップすることによって、イエスがどこにいるのかを示し、自らが勝手に『悪』とみなすものを戦争で滅ぼすことによって『神の国』は実現されるのではなく、イエスが共に歩く人びとと共に歩くことによって『神の国』がこの地上で実現されるということを伝えようとしたのだと思います。


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