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宇宙?クラシック?ザ・ナショナルと合体?
驚愕のスフィアン・スティーブンス新作を
味わい尽くすための7つのガイドライン:前編
by KOHEI YAGI June 23, 2017
宇宙?クラシック?ザ・ナショナルと合体?<br />
驚愕のスフィアン・スティーブンス新作を<br />
味わい尽くすための7つのガイドライン:前編

近年は、クラシック~現代音楽で培われた文法が、ポップ・ミュージックをはじめとした様々なフィールドで用いられるようになりました。いわゆるインディ・クラシックやポスト・クラシカルと呼ばれる動きがそれです。この潮流については、詳しくはこちらの連載をご覧ください。


【Next For Classic】第1回
カニエやOPN、インディー・ロックとも共振するクラシック音楽の新潮流〈インディー・クラシック〉とは?


インディ・クラシックの旗手であるニコ・ミューリーが、オランダのアイントホーフェン・ミュージックホールから楽曲制作の依頼を受け、このプロジェクトを成功に導くためにブライス・デスナー、スフィアン・スティーブンス、ジェームス・マカリスターといった仲間たちを召喚。それが彼らの共作アルバム『プラネタリウム』制作のスタート地点だったことを考えると、本作が前述したような時代の流れの中で、必然的に生まれた傑作であることがわかります。(本文記事のタイトルは便宜上、スフィアン・スティーブンスの新作となっているが、正確にはこのチームの作品)。

彼らが弦楽器のカルテットと7本のトロンボーンと共にアムステルダムやシドニーで何度かパフォーマンスをし、本作の土台となるライヴ・アレンジが完成。このプロジェクトがひと段落して数年経った後、そのアレンジメントに、スフィアン・スティーブンスとジェームス・マカリスターがさらに手を加えたものが『プラネタリウム』です。

本作のテーマは「宇宙」で、ここに収められているあらゆる音楽ジャンルの要素が複合的に絡み合った壮大なサウンドスケープは、それぞれの分野で活躍する音楽家たちがスクラムを組むことで作り上げた、最先端の音楽的な「宇宙」といえます。2010年代を代表する傑作になるであろう本作について深く考察するために、まずはこの作品が生まれる背景ともいえる、いまの時代の我々と宇宙の関係について書いていきます。




①何故いま宇宙を音楽にしようとする必然があるのか?

「地球上なら、もうどこにでも行けるようになりました。かつてのアメリカ西部のように、今は宇宙がフロンティアなのです」

これはスーパースター実業家であるイーロン・マスクがメキシコで開催された第67回国際宇宙会議(IAC)で行った発言です。イーロン・マスクといえばPayPal社の前身であるX.com社、電気自動車(EV)企業のテスラ・モーターズ、人間の脳とコンピューターを接続するプロジェクトを推進する今年設立されたばかりの新会社ニューラルリンクなどなど、一人の人間からどうしてそんなに刺激的なコンセプトがたくさん出てくるのか理解に苦しむ天才ですが、ここで話題にしたいのは彼のメイン・ワークともいえるスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(通称スペースX)。

スペースXのトップとして彼がIACで発表したことを要約すると、「惑星間輸送システム」を構築することで火星を自給自足のコロニーにするよ、という話。と言われても何のことかわかんないと思うので、詳細はスペースXの公式YouTubeで観れるので、貼っておきますからチェックしてみてください。

SpaceX Interplanetary Transport System


なんで突然イーロン・マスクの話をしたかというと、スペースXだけじゃなく、人工衛星の製造・打ち上げを手掛ける老舗企業オービタル・サイエンシズや、小惑星資源探査のプラネタリー・リソーシズ、宇宙ホテルの実現を目指すビゲロウ・エアロスペースなど、民間企業が宇宙をビジネスの対象と見なして、宇宙開発に乗り出す動きが加速度的に増しているのが現在の状況だよ、というのが言いたいのでした。

それとは別に、宇宙探索の領域でも胸躍るような事実が最近NASAから発表されたことが記憶にある方も多いんじゃないでしょうか。地球に似た7つの惑星が太陽系に近い恒星を周回しているというニュースがありましたよね。しかも、その中の少なくとも3つの惑星が、ハビタブル・ゾーンに位置するらしく、もしその惑星の地表に水があれば、生命が存在している可能性すらあるとのこと。

NASA & TRAPPIST-1: A Treasure Trove of Planets Found


他にもNASAの木星探査機ジュノーが木星で巨大な嵐を観測したというニュースもあったし、今この瞬間も宇宙において数多くの発見がされていて、人類はフロンティアの開拓に邁進しているんです。

Juno Spacecraft Discovers Planet-Sized Cyclones At Jupiter's Poles




②これまで宇宙を音楽化してきた作家と作品の系譜

いきなり宇宙の話ばっかりしちゃったので、面食らった人もいるかもしれない。もちろん『プラネタリウム』は予備知識が無くても楽しんで聴けるのは間違いない。でもこの作品は2017年の超目玉作品で、かつ今の時代でしか生まれえない傑作なので、縦軸(歴史)と横軸(同時代性)をある程度きっちり書いておきたいのですよ。ここでは宇宙と音楽の関係性の話をざっーと概観しますね。

宇宙空間は基本的には真空だから、振動を伝える空気は存在しない。つまりそこに、音は無い。あ、ちなみにジョージ・ルーカスがかつてインタヴューで、「自分は音のある宇宙空間を作ったんだ」と言ってて、とても良い話だと思うんですが、これは本題からズレるので置いておきます。

音が無いにも関わらず、いやだからこそ、数多くの音楽家たちは宇宙を音楽化しようとした。彼らは宇宙というどうしようもなく広大で、あまりにも遠い未知の空間についてのサウンドトラックを作ろうとしたのです。なんて書くとロマンティックに過ぎるでしょうか。

ニコ・ミューリーが『プラネタリウム』のコンセプトの作る際の参照点に「古代ギリシャやローマの宗教」を挙げていたように、古代ギリシャ時代の頃からすでに宇宙と音楽の関係性は話題になっていました。

ピタゴラスは惑星の動きが音を生じさせており、それが幾重にも折り重なって宇宙全体がハーモニーを奏でていると考えていて、そのシステムを「天球の音楽」と呼んでいたし、そこまで遡らなくてもクラシック音楽ではモーツァルトが“木星”を、ホルストが“惑星”を作曲しています。マーラーは自身の“交響曲第8番”を説明する際に、宇宙を引き合いに出したこともありましたしね。

Mozart / Symphony No. 41 Jupiter (Rattle Berliner Philharmoniker)


クラシックだけに限らず、SF的想像力とベース・ミュージック~エレクトロニック・ミュージックの関係性に代表されるように、ポピュラー・ミュージックの時代になっても音楽は常に宇宙を意識し続けました。

で、このクラシック~現代音楽とエレクトロニック・ミュージックにおけるSF的想像力を統合した人は過去に何人かいて、例えば冨田勲がクラシック音楽をシンセサイザーでリアレンジした『宇宙幻想』がそうでしたし、現在ですとジェフ・ミルズがオーケストラを率いて完成させた『プラネッツ』がその系譜に連なるものでしょう。

冨田勲 / Space Fantasy

Jeff Mills / Venus (from Planets)


そして『プラネタリウム』も同様です。その中で『プラネタリウム』が格別優れている点は、これからじっくりと書いていきたいと思います。



③宇宙を描くための代表的な音楽的形式:SF映画サウンドトラックを題材に

もうちょっと音楽と宇宙の話をさせてください。今度はさらに話題をフォーカスして、SF映画と音楽の関係性についてです。というのも、②にそこはかとなく漂わせましたが、『プラネタリウム』が「宇宙感」を出す際にサウンドの軸になっているファクターはクラシック~現代音楽と電子音響~エレクトロニカなんですよね。

SF映画のサウンドトラックといえば、やはりクラシック音楽~現代音楽の作曲家。『2001年宇宙の旅』なんてリヒャルト・シュトラウス“ツァラトゥストラはかく語りき”をはじめ、ジョルジュ・リゲティやら、ヨハン・シュトラウス2世やら、もうめちゃくちゃ豪華。宇宙のスケール感を出すにはオーケストラが一番! というのはあります。

Johann Strauss II / An der schonen Blauen Donau (from『2001年宇宙の旅』)


ジョン・ウィリアムスが手掛けた『スター・ウォーズ』やら『スター・トレック』シリーズのジェームズ・ホーナーやジェリー・ゴールドスミスの仕事なんてそれの最たるもの。最近だと『インターステラー』は、ハンス・ジマーがオルガンをメインにしたサウンド作りをしていて素晴らしかったですね。『メッセージ』はポスト・クラシカルの作曲家ヨハン・ヨハンソンが手掛けていて、作品の荘厳な雰囲気にピッタリでした。

Jóhann Jóhannsson / Heptapod B (from Arrival Soundtrack)


電子音楽は、効果音を含めるとそれこそ無数に例がありますが、『惑星ソラリス』でエドゥアルド・アルテミエフがANSシンセサイザーを用いてバッハを演奏していたのは有名。『地球の静止する日』でバーナード・ハーマンがテルミンを使用したことは当時話題になりましたし、ぶっ飛んだ電子音楽作品としても有名な『禁断の惑星』のルイス&ベベ・バロン夫妻のサントラなどをチェックしてみても面白いかもしれません。

Eduard Artemyev / Listen to Bach (The Earth)[from『惑星ソラリス』]


これまた最近の話ですが『ゼロ・グラヴィティ』では宇宙の無音部を高周波で演出していて感心しました。音が無いということを、音を使って示したわけですね。

『プラネタリウム』でも宇宙の演出はさまざまな方法でなされていますが、“ウラヌス”を例に挙げますと、点描的な電子音などは星の瞬きのようですし、浮遊感のあるギターのアルペジオやエフェクティヴなシンセ、ストリングスは無重力を表現しているかのようです。点描性という点では“サターン”は徹底しており、MVを観てもそれが星の瞬きと連動していることが示されています。

Sufjan Stevens, Bryce Dessner, Nico Muhly, James McAlister / Saturn


では、後編からはより『プラネタリウム』の内容に触れていきたいと思います。


宇宙?クラシック?ザ・ナショナルと合体?
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