フォークトロニカやエレクトロ・シューゲイザーから60年代サイケデリック・ポップや最新のUKハウスまで。カリブーことダン・スナイスは、15年のキャリアにおいて自らのサウンドを幾度となく塗り替えてきた。まさに変幻自在。千変万化。その豊饒な音楽性ゆえに、おそらくリスナーひとりひとりに「それぞれのカリブー」が存在するという非常にやっかいな存在。それこそが謎の音楽生命体カリブーの正体だ。
それゆえ、聴き手一人ひとりが抱いているカリブーに対するイメージや、その魅力も千差万別。今これだけ巷でカリブーが盛り上がっていても、「カリブーってこんなアクトなんです」と一言で説明するのは難しい。じゃあ、どこから聴くの? と言えば、絶対にまず最新作『アワ・ラヴ』! ということになるものの、それだけじゃ、正直勿体ない。だって、謎の多面体音楽生物ですから。
というわけで、今回は『サイン・マガジン』の寄稿者それぞれに、カリブーのオールタイム・ベスト曲を挙げてもらいつつ、ダン・スナイスのキャリアの「どの側面」、「どの時期」に注目しているかを指南してもらうことにした。勿論、前身であるマニトバや別プロジェクトでもあるダフニ名義の作品を選んでもらってもOK。
この短期集中コラムに目を通し、耳で味わってもらうことは、更なる高みに達した最新作『アワ・ラヴ』を味わい尽くすための一助になるはず――そんなふうに考えている。では、第一弾は、天井潤之介さんのセレクトから始めよう。カリブーはこう聴け!
「カリブー」と聞けば、ピクシーズのあの名曲が真っ先に思い浮かんでしまう自分ですが、そんな自分もカリブー名義の最初のアルバム『ザ・ミルク・オブ・ヒューマン・カインドネス』がリリースされた時のことは印象に残っている。もっとも、カリブーの音楽がというよりは、『ザ・ミルク~』をリリースした〈リーフ〉の印象が個人的にタイムリーだった、と言った方が適切かも。ご存知〈リーフ〉は、すでにススム・ヨコタやリョウアライをリリースしていたテクノ~エレクトロニック・ミュージック系のレーベルであるわけだけど、ちょうど『ザ・ミルク~』前後のタイミング/2000年代の半ばと言えば、コリーンやハンネ・ヒュッケルバーグ、ベイルートとも交流の深いア・ホーク・アンド・ア・ハックソウといった当時のフリー・フォーク寄りのアーティストの作品が揃ってリリースされたこともあり、マニトバ名義の頃から知っていたわけではなかった自分は第一印象として、まずそうした文脈でカリブーを認識していた個人的な事情がある。で、そんな先入観にピッタリだった“ハロー・ハマーヘッズ”。数年後、〈ミニストリー・オブ・サウンド〉のコンピ・シリーズ『チルアウト・セッションズ』にグリズリー・ベアやトレイシー・ソーンとかと一緒に収められた同曲だが、リズミカルなアコギの響きが、たとえばアニマル・コレクティヴの『サング・トング』なんかとじつに相性がいい。
というかなり偏った見方かもしれないが、そうした流れで見ると、続く2年後のカリブー名義の2ndアルバム『アンドラ』で〈マージ〉と契約を交わしたのも、道理が行くというか、個人的に腑に落ちる展開に思えた。〈マージ〉と言えば――2000年代のUSインディ的にはアーケイド・ファイアやスプーンのイメージが強いかもしれないが、ニュートラル・ミルク・ホテルやレディバグ・トランジスタ、あるいはマグネティック・フィールズで知られるUSサイケデリック・ポップの牙城。ちなみに、〈リーフ〉のレーベル・メイトだったア・ホーク・アンド・ア・ハックソウの中心人物ジェレミー・バーンズは、デビュー以前にニュートラル・ミルク・ホテルのツアーにメンバーとして参加するなど、アップルズ・イン・ステレオやオリビア・トレマー・コントロールらを交えた90年代の〈エレファント6〉周辺のアセンズ・シーンに関わる人物だったというトリビアは、余談で済ますには興味深いエピソードかもしれない。同時期で言えば、ドゥンエンも連想させるフルート使いが印象的な“メロディ・デイ”は、“ハロー・ハマーヘッズ”のセミ・アコースティックなチル・フォーク(トロニカ)とも異なり、『ナゲッツ』風のヴィンテージな60’sサイケ・サウンドを聴かせるナンバー。
その“メロディ・デイ”と言えば、元フリッジのアデムやシカゴの女性SSWのワン・リトル・プレーンことキャサリン・ビント、ボーン・ラフィアンズのルーク・ラロンドをフィーチャーし、フォー・テットがリミックスを手がけたヴァージョンも秀逸だった。
そのヴァージョンの存在は、ビーチ・ハウスやグルーパーも収録されたコンピ『ハーバー・ボート・トリップス 01:コペンハーゲン』(※デンマークの気鋭トレントモラーが編纂)で知ったのだけど、対して、リミキサーだったフォー・テットが自身編纂のミックスCDシリーズ『ファブリックライヴ59』に選曲したのがこの“ウェバーズ”。そもそもは2001年のマニトバ名義の1stアルバム『スタート・ブレイキング・マイ・ハート』を、カリブー名義で〈ドミノ〉から再発する際にボートラとして収録されたキャリア初期の曲になるが、たとえば〈サブライム・フリークエンシーズ〉のコンピに収められていても違和感のない、ジャワやバリあたりのケチャやガムランに通じるミニマルなエスノ・テイストを感じさせて面白い。
ちなみに、『ファブリックライヴ59』の頃のフォー・テットといえば――やや前後するが、初期のフォークトロニカなスタイルをへてUKクラブ・シーンへの接近~ダンス・ミュージックへの傾倒を示した一方、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンや、それこそ〈サブライム・フリークエンシーズ〉の看板オマール・スレイマンのプロデュースに見られるような辺境趣味もトピックにのぼったタイミングにあたる。そんなフォー・テットとマニトバ~カリブーのキャリアの変遷の間には、両者が共有する音楽的な参照点が少なくないと思われ、活動するシーンこそ違えど、なんだか引き寄せの縁も感じられる曲だ。
ポスト・ボーズ・オブ・カナダ的な位置づけのIDMや、シューゲトロニカの先兵としても鳴らしたマニトバ時代から、カリブー名義の2ndアルバム『アンドラ』をへて、新たなサイケデリック・エラの扉を開けた感が個人的には強い。で、その前段として興味深く思われるのが、『ザ・ミルク~』と同じ2005年にリリースされたフリー・デザインのトリビュート・アルバムにカリブーが参加していたこと。フリー・デザインと言えば60~70年代のソフト・ロック・グループだが、他の参加者にステレオラブやスーパー・ファーリー・アニマルズが名を連ねていたのはさもありなんとして、当初は意外にも感じられたピーナッツ・バター・ウルフやマッドリブ、デンジャー・マウスら米西海岸のヒップホップ~ビート・メイカー勢の名前が、今にしてあらためて目を引く。というわけで――企画の趣旨からは例外かもしれないが、〈ストーンズ・スロー〉を主宰するピーナッツ・バター・ウルフが見初めて脚光を浴びた才媛、ナイト・ジュエルによるリミックス・ヴァージョンの“オデッサ”。3rdアルバム『スウィム』のリード・トラックでもあるディスコティックな原曲を、ヤキ・リーベツァイト風のタイコも交えつつラウンジーなモンド・トラックへと改作。ちなみに、デンジャー・マウスもまた、まだ無名時代にニュートラル・ミルク・ホテルのリミックスを手がけるなど、一時期暮らしていたアセンズ周辺のシーンと仕事をしていたのは有名な話。
カリブーとはどういうわけか、こんな感じに作品本体から入るというよりは、他の何かや別の誰かを経由した形で聴いたり知ったりすることが、自分の場合は多い。そうした中で最近(?)目を引いた件と言えば、昨年のDJコゼのアルバム『アミグダラ』へのフィーチャリング(“トラック・ID・エニワン?”)だろうか。バレアリック~ニュー・ディスコとの邂逅は、今度の最新作『アワ・ラヴ』のアッパーなモードとも通じるところがあるのかもしれないけど、その流れで言えば、4年前の前作『スウィム』のツアーをエメラルズと回っていたのも象徴的だったように思えなくもなかったり。最後に紹介するのは、その前年の2009年にリリースされたジェイムス・ラヴェル編纂のミックスCDシリーズ『グローバル・アンダーグラウンド:バンコク』にも収録された、2ndアルバム『アンドラ』のファイナル・トラック“ニオベ”。バレアリックでトランシーなフロウが、今聴くとあらためて新鮮。
「何から聴くべきか、どこを聴くべきか?
謎の多面体音楽生物カリブーはこう聴け!
その②:キュレーション by 坂本麻里子」
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