SIGN OF THE DAY

何から聴くべきか、どこを聴くべきか?
謎の多面体音楽生物カリブーはこう聴け!
その②:キュレーション by 坂本麻里子
by MARIKO SAKAMOTO October 02, 2014
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何から聴くべきか、どこを聴くべきか?<br />
謎の多面体音楽生物カリブーはこう聴け!<br />
その②:キュレーション by 坂本麻里子

カリブーちゃん(FKAマニトバ:本名はダン・スネイス)の音楽に対してよく感じるのは、「素直な人」という印象だったりする――と書くと何やら「知ったかぶりで偉そうな、ロートル音楽ライターのほざき」に聞こえるかもしれない。実際そうなんだろう。が、アルバムごとに彼個人の音楽的な発見&インスピレーションを反映させながらそれらを興奮と共に聴き手とシェアしてきたカリブーの足跡には、00年代以降の音楽にまつわるキュレーター的な自意識やそこに往々にしてついて回る(若年寄な)シニシズムが抜け落ちているとでも言うのか、良い意味でのイノセントな成長への欲~ポジティヴな前進志向を感じる。イノヴェイションや驚きこそ期待しないものの、素直なパッションと過去の音から「今気持ちいい」アイデアを掘り出す際の嗅覚の良さには好感を抱かずにいられない。

言い換えれば聴き手と共に成長しながら音楽語彙を広げているアーティストということだと思うし、その適度な距離感――ファンの共感を維持しつつ、しかし確実に新たな領域へと彼らを誘っていくバランスの良さ――が支持層の広がりに繫がってもいるのだろう。というわけで、以下のセレクションでは純粋な意味での「ベスト曲」というよりも、むしろ彼の変遷の指標になるような楽曲を各アルバムから俯瞰的にピックしたガイド的内容を目指してみた(発表年代順)。その変化の曲線をたどっていくと、割とそのままにコンテンポラリーなインディ・ミュージック好き達の志向やトレンドとだぶるのではないだろうか? うん、やっぱり素直な人。




Paul’s Birthday (2001)

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マニトバ名義での1stフル・アルバムより。「エドワード・ホッパーとデイヴィッド・ホックニーの出会い」とでも形容したい匿名性の高い(かつ、ある種無機質な)なジャケットからも伝わるように、この作品の基本的なトーンになっているのは〈ワープ〉系のインドアなIDM(エイフェックス・ツイン、ボーズ・オブ・カナダetc)やフリッジ~フォー・テットの端整なマイクロコズム構築への興味であり、たとえば『スウィム』でカリブーを知った人にはややストイックで冷たく響くアルバムかもしれない。

そのグリッチでテクノな痕跡はこのトラック(カウントで言えば2:17からの大胆なブレイク)でもしっかり聞こえるとはいえ、楽曲のオープニングおよびライト・モチーフとして繰り返されるのはジャズであり、同作収録の“ママルスVsレプタイルズ”と併せてシカゴ音響勢(トータス他)への憧憬がエコーしてもいる。カナダという、得てして「英米主導トレンドの受信地」に甘んじることの多い側――日本リスナーの立場にも似た――の生真面目な学習センシビリティを感じつつ、同時に90年代末のアンダーグラウンドなエッジを1曲にまとめようとするダンの「いいとこどり」な貪欲さが頼もしくもあるトラック。

Kid You’ll Move Mountains (2003)

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彼のアルバムとしてはたぶんもっともシンパシーを抱ける『アップ・イン・フレイムス』より。ここでのダンの興味は90年代末から90年代初頭=シューゲイズに移行しており、ARケイン、MBV、チャプターハウス、シーフィールあたりの生み出した天真爛漫な白日夢が作品のそこここに憑依している。とはいえ個人的にもっともグッとくるのはこの曲や“ビジュー”で吹き渡る、初期ブー・ラドリーズにも繫がる儚くも大らか~メロディックで泣けるレアな英流モダン・サイケデリアとの共鳴だったりする。

シューゲイズ一辺倒というわけではなく、トータルなアルバムとして聴くと先述した彼のいい意味での貪欲さ=マキシマム主義+サンプルデリック性も強化されており、“ジャックナゲッテッド”といった楽曲はさしずめアヴァランチーズ『シンス・アイ・レフト・ユー』とアニマル・コレクティヴ『ダンス・マナティ』のビジーさの融合と言える。

Barnowl (2005)

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マニトバからカリブーに改名を“強いられて”の第一弾作は(タイトルからしてついアモン・デュールIIを想起してしまう)1曲目“イエティ”にも顕著な、いい意味でミもフタもないシルヴァー・アップルズあるいは初期クラフトワーク(ラルフ&フローリアン)/ノイ!といった60年代末~70年代初期にかけての電子コズミック・ロック文法へのオマージュが基盤になっている。今となってはクラウトロックの影響を目新しいと騒ぐ人間も少ないだろうが、ステレオラブの衝撃から10年以上経った=ワン・サイクル経過した00年代前半のこの時期はまだ割と新鮮なネタで(メインストリームではウィルコの『ア・ゴースト・イズ・ボーン』くらい?)その着眼点だけでもナイス!と感じたもの。

このトラックもディンガー型のモトリック・ビートが麗しいトランスを引き出していくが、細かく施された上物やパーカッシヴな縫い取りを通じて醸されるサイケ・ポップな浮遊感によって焼き直しではなく「現代的でライトなクラウトロック再解釈」を成り立たせている。ちなみにここにペーストした、ツイン・ドラムが打ち鳴らされる様も実に素敵なザ・ピンク・ルームのセッション・シリーズ映像(YouTubeのカリブー公式チャンネルにアップされてます)の中には他にも“クレヨン/バースデイ”といったアルバム音源以上にパワフルな演奏がチェックできるので、興味のある方は探っていただきたいところ。

After Hours (2007)

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90年代から60年代にまで遡ってきたところで、サイケデリアの始祖のひとつと言えるビートルズ:“トゥモロー・ネヴァー・ノウズ”のDNAに着地したとも言えるこのトラック。ビートルズという意味ではシンズやグリズリー・ベアばりにメランコリックなメロディが魅力的な“メロディ・デイ”も秀逸とはいえ、ダイナミックなブレイクダウンや音のスピン・ウォッシュに掻き消され気味で逆にダンのシンガーとしての個性の欠如&声そのものの存在感の薄さが露呈する形になっているのはちょっと切なくもある。ともあれアルバム『アンドラ』は1枚目から積み重ねてきた様々なトライアルの集大成的作品だと思うし、テクノや前衛エレクトロニカから得たサウンドの質感や位相への目配り、60年代的なハーモニー/シンフォニックなサイケ・ポップの探求、多彩な音のレイヤーと反復グルーヴの醸し出す陶酔感……とカリブーの多面的な魅力がミックスされている。歌ベースの作品という意味においても、ロック好きにももっともアクセスしやすい1枚だろう。

Odessa (2010)

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『アンドラ』がひとつのサイクルを閉じる作品だったとしたら、ダンが3年ぶりの次作でクリエイティヴ面における新たな刺激に向かったのも納得できる。ノスタルジー傾向から飛び立つきっかけ=スプリング・ボード役を果たしたのは前作以降増えたというDJ仕事とクラブ通いだったそうで(こういう影響源をあっさり明かすところも「素直さん」との好印象を強めます)、サウンドをスリム・ダウンしグルーヴのインパクトにフォーカスした『スウィム』は頭から身体へ、チャイルドライク(:チャイルディッシュではありません)な箱庭からアーバンなフロアへと扉を開け放った1枚だろう。

逆に彼ならではの個性は弱まったとも言えるし、マイロ、LCDサウンドシステム、ホット・チップ、(カリブーと仲良しの)ジュニア・ボーイズといった面々が展開してきた「00年代におけるディスコのモダナイゼーション」にさくっとカテゴライズすることもできる。しかし強力なリズムで否応無しに耳を引き込み、お得意の派手なブレイクダウンやダンス・ミュージックのお約束とも言えるビルド・アップを排した(=冒頭30秒台でヴォーカルのメイン・モチーフが飛び出す、即効な作りもいいジャッジだ)実は大胆にストイックな構成を持ち、コーラス・サンプルやトライバルなチャイム~シンセの縁取りといったデリケートなアクセントだけで引っ張っていくこのトラックの完成度とダンサブルな磁力はケチのつけようがない。2010年代の若者達にとっての新たなフロア・アンセム/ニュー・クラシックのひとつとして喝采を惜しまないし、先に触れたダンの声という弱点にしても、アーサー・ラッセルのソフトな歌唱スタイルとミニマルなアレンジを参考にしたアプローチで克服しているのは見事だ。




「何から聴くべきか、どこを聴くべきか?
謎の多面体音楽生物カリブーはこう聴け!
その③:キュレーション by 河村祐介」
はこちら。



「何から聴くべきか、どこを聴くべきか?
謎の多面体音楽生物カリブーはこう聴け!
その①:キュレーション by 天井潤之介」
はこちら。


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