「女性」とは音楽のジャンルではない。女性アーティストや女性バンドというカテゴライズほど古臭いものはない。というのは、2017年の今、改めて言うまでもありません。我々〈サイン・マガジン〉が2010年代後半の新たなフィメール・バンドたちを特集する記事を作ったのも、音楽的にもアティテュード的にもステレオタイプな「女性アーティスト」像に捉われないバンドが格段に増えたことを示すためでした。
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女性ポップ・アイコン全盛期の10年を経て、
時代を牽引するのはフィメール・バンド?
そんな流れを予感させるアクト10組を厳選
こうした表現の多様化は、もちろんバンドの世界に限った話ではありません。むしろ顕著なのは、USメインストリームの最前線で戦っているアーティストたちの表現において。一例として、ここではアリアナ・グランデがニッキー・ミナージュとの共演で生み出した名曲“サイド・トゥ・サイド”を取り上げてみましょう。
MVを見てもらえばわかる通り、この曲は強烈にセックスのイメージを打ち出しています。“サイド・トゥ・サイド”という曲名も、「一晩中セックスしちゃってフラフラ」みたいなニュアンス。ティーン向けのアイドルだったアリアナが、アダルトな表現が出来る「大人の女性」になったことを端的に示す曲です。
このような大人の女性への脱皮は、ブリトニー・スピアーズやマイリー・サイラス、クリスティーナ・アギレラなども通過してきた道。しかし、〈ニューヨーク・タイムス〉が指摘するように、アリアナの脱皮の仕方は少し違います。
アイドルが大人の女性になったことを打ち出す時は、ストレートにセックス・アピールを強調する場合が多いもの。でも、この曲はもっとユーモラス。リリックでも男性との行為を自転車に乗ることに例え、なんならニッキーと三つ巴で「三輪車」に乗る? と言ってみたり。セクシーな曲ですが、「聴き手を興奮させるより笑わせる」と評されています。とてもさりげなくスマートなやり方で、彼女たちもステレオタイプな女性像と戦っているのです。(ちなみにMVの中では、アリアナやニッキーが生き生きとしているのとは対照的に、男性は「マネキン=物」として登場するのもポイントでしょう。)
そしてアリシア・キーズもまた、アリアナやニッキーとは違った形で現代的な女性像を体現しているアーティストの一人。ご存知の方も多いでしょうが、アリシアは2016年5月に脚本家/女優レナ・ダナムと映画監督ジェニファー・コナーが運営するニュースレター〈レニー・レター〉にエッセイを発表。そこで彼女は「いかに女性がスキニーで、セクシーで、魅力的で、パーフェクトでなくてはならないと思うように洗脳されているか」にうんざりしていると告白。以降、自分を偽り、包み隠すことを辞めると言って公の場には常にノーメイクで姿を現しています。
そういった彼女の意識が如実に反映された曲が、2016年リリースの最新作『ヒア』に収録されていた“ガール・キャント・ビー・ハーセルフ”。「朝に目が覚めた瞬間/メイクしたくないと思ったらどうなる?/私が自分を隠さなきゃいけないって誰が決めたの?/たぶんこの〈メイベリン〉は私の自尊心を隠しちゃってる」。彼女が問いかけているのは、女性らしさを定義するものは何? 自分らしさは自分で定義すべきでは? ということでしょう。
本稿の主役であり、再びアンダーグラウンドで活気づいてきたロンドンのバンド・シーンと共鳴するマリカ・ハックマンは、そういった現代の女性アーティスト像の変化を体現する表現者の一人です。
彼女はメイクアップもしなければ、グラマラスな服装もしない。アーティスト写真では男性物のスーツを着ていますし、ライヴではTシャツと穴の開いたデニムが基本。それが何を意味するかについて彼女が極めて意識的であることは、以下の〈テレグラフ〉での発言からもわかるでしょう。
「(もっとグラマラスな写真を撮ったりしたら)たくさんレコードが売れて、アルバムもトップ10に入ったりすると思う。でも私はそういうのはやめた。そんなのじゃ嬉しくないから。女性は必ずしもステージ上で服を脱がなくたって、ちゃんと成功していてエンパワーメントされてるって感じられるようになるべきだと思う」
彼女がこのようなステイトメントを明確に打ち出すようになったのは、このたびリリースされたニュー・アルバム『アイム・ノット・ユア・マン』から。それは彼女の劇的な音楽性の変化ともシンクロしています。順を追って見ていきましょう。
1st『ウィ・スレプト・アット・ラスト』で彼女が鳴らしていたのは、「ポスト・ローラ・マーリング」とレッテルを貼られるようなインディ・フォーク。この曲などを聴くとわかりやすいはず。
しかし、新作では自身と同じロンドン新世代の代表格、ビッグ・ムーンをレコーディング・バンドに起用。90年代のグランジ~オルタナを彷彿とさせる、ささくれ立ったバンド・サウンドを打ち出しているのです。
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レディオヘッド『ザ・ベンズ』とピクシーズ
『ドリトル』を繋ぐ完全無欠の女性バンド、
ザ・ビッグ・ムーン、その名もデカいケツ!
例えばリード・トラックとして発表された“ボーイフレンド”は、さながらレディオヘッド“マイ・アイアン・ラング”のポップ・ヴァージョン。
同性愛者であることを公言しているマリカですが、この曲のリリックは彼氏持ちの女の子を寝取る話。でも浮気相手が男じゃなくて女だから大丈夫でしょ? という皮肉っぽい当てこすりをユーモラスに歌っています。
セクシズムに対するアイロニーを込めた当てつけという意味では、これはリズ・フェアの現代版。そして音楽的には、USオルタナを現代的にアップデートしたコートニー・バーネットに対する英国からの回答。まさにマリカは意識的な女性アーティストの進化と変化の系譜の中にいるのです。
そして新作からの2ndシングル“マイ・ラヴァー・シンディ”は、“ボーイフレンド”と並ぶオルタナ風味のギター・ポップ。ただ、どこかジョニー・マーを思い出させるようなギター・サウンドは英国的で、後半に曲を盛り上げるガール・グループ風のコーラスはビッグ・ムーンならでは。
“タイムズ・ビーン・レックレス”はより激しく、ぶっきらぼうで、ロック的なダイナミズムを強く感じさせる曲。これは、今年2017年の〈SXSW〉でビッグ・ムーンを従えて行ったライヴの映像があるので、そちらをどうぞ。
「もっと若いころはジョニ・ミッチェルじゃなくてニルヴァーナを見て、『自分もこうなりたい!』と思ってた」とはマリカ本人の弁ですが、新作での変化はまさにそれを体現しています。つまり、音楽性、メンタリティ、セクシャリティに対するスタンスなど、あらゆる面で自分自身をよりストレートに曝け出したのが、この『アイム・ノット・ユア・マン』なのでしょう。
マリカ・ハックマンは、多種多様な現代の女性アーティスト像を体現するアーティストの一人。そして、この大転身作『アイム・ノット・ユア・マン』によって、アンダーグラウンドで新たな胎動が芽吹いているロンドンのバンド・シーンとも歩調が合い始めました。まさに彼女は、様々な角度から2017年の「今」を体現している存在。だと思うのですが、さてどうでしょうか?