久々にイギリスが活気づいている。そんな風に感じている人も少なくないだろう。ここ1年ほどはジャンルを超えて有望な新人たちが頭角を現し、シーンの新陳代謝が起こり始めている状況だ。
まずはざっと見渡してみよう。2010年代後半のイギリスはポップとグライムの二強時代だが、その覇権は今も揺るぎない。ポップ・アクトでは、エド・シーランとアデルに続く世界的なスターとしてデュア・リパがブレイク。シーランとアデルがある種の保守的な価値観を代表しているのだとすれば、女性のエンパワーメントを提唱する“ニュー・ルールズ”で全米6位にまで駆け上ったデュア・リパは、より新時代的なアイコンだろう。
2017年はグライムにとっても節目の年だった。ここ数年、完全に人気が再燃したグライムだが、それが熱心なラップ・ファンに留まらず、広く一般のリスナーまで巻き込み始めたのが2017年だ。この流れを牽引するのは、インディのグライム作品では初の全英1位を奪取し、〈ブリット・アウォード〉ではデュア・リパと並び二冠を達成したストームジーであるのは言うまでもない。
グライム/UKラップ、あるいはアフロ・バッシュメントのシーンから登場した2017年最高のライジング・スターであるJ・ハスも、デビュー作が全英トップ10入り。〈ブリット・アウォード〉では三部門にノミネートされるほどのポピュラリティを早くも獲得している。その後もNot3sや〈サマーソニック〉での来日も決まったラムズなど、新世代が次々と台頭。今やイギリスでは、グライムがポップ・ミュージックの一形態として定着しつつあると言っていい。
では、10年以上冷え切った状態が続いてきたバンド音楽はどうなのか? 〈サイン・マガジン〉でも何度か伝えてきたように、ここにもようやく変化の兆しが見え始めている。何より注目すべきは、サウス・ロンドンに有機的なバンドのシーンが生まれていることだ。
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レディオヘッド『ザ・ベンズ』とピクシーズ
『ドリトル』を繋ぐ完全無欠の女性バンド、
ザ・ビッグ・ムーン、その名もデカいケツ!
もちろん、まだこれはアンダーグラウンドの胎動であって、どこまで大きく広がるかは未知数。しかし、近年はウルフ・アリス、The 1975など単体でブレイクするバンドはいたものの、シーンと呼べるものはほぼ皆無だった。それこそ、リバティーンズが先導したイースト・ロンドン・シーン以来、15年以上ぶりにロンドンでバンドのコミュニティが生まれつつあるのが、ここ1~2年の状況だと言っていいだろう。こういった変化が、瀕死の状態だったイギリスのバンド音楽にとって大きな後押しとなるのは言うまでもない。
実際、2018年に入ってから、イギリスでは久しぶりに期待の新人バンドが次々と現れている。そこで本稿では、中でも選りすぐりの三組をピックアップ。注目すべきポイントと共に紹介していきたい。さて、イギリスのインディ/バンド音楽が再び活気を帯びつつある中、いち早く抜きんでるのは果たして誰か?
今、インディの新人で最大のバズを巻き起こしているのがスーパーオーガニズムだ。ロンドン拠点の多国籍8人組だが、2017年末の年間ベスト・ソングでは〈ピッチフォーク〉や〈ローリング・ストーン〉など米国メディアでも軒並み上位にランクインし、更には2018年2月に渋谷WWWで開催された初来日公演もライヴ一ヶ月前にソールドアウト。その熱狂は世界中に飛び火している。シングルの段階でここまで騒がれた英国発の新人は、少なくとも2010年代に入ってから記憶にない。
もっとも、彼らは英国発と言っても、出身はニュージーランド、オーストラリア、日本、韓国、イギリスとバラバラ。その佇まいもバンドというよりは緩やかなコレクティヴといった趣で、例えばチャンス・ザ・ラッパー周りのシカゴ人脈のような、つかず離れずの絶妙な距離感を醸し出している。
そのサウンドはペイヴメントとカニエ・ウェストとアヴァランチーズが手を取り合ったような、ややキッチュでジャンルレスなインディ・ポップ。本人たちは一曲に多数のソングライター/プロデューサーが参加する分業制ポップに対するインディからの回答を打ち出すことに自覚的であり、極めて2018年的な発想の持ち主だ。何より、現代的なジャンル越境主義を先導するフランク・オーシャンとヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグがいち早く目をつけ、それぞれのラジオでデビュー・シングルの“サムシング・フォー・ユア・マインド”をかけたというエピソードが、スーパーオーガニズムの同時代性とポテンシャルを雄弁に物語っているだろう。ライヴを観る限り、ヴォーカルを務める18歳の日本人、オロノのカリスマ性も抜群。果たしてそのバズはどこまで広がりを見せるのか?
ゴスな見た目に引くことなかれ。イギリスの次世代アリーナ・バンド筆頭候補は、このペール・ウェイヴスのはず。一言で言えば、彼女たちは「The 1975のゴス版」。The 1975の〈ダーティ・ヒット〉と契約し、デビュー曲“ゼアズ・ア・ハニー”はThe 1975のマシュー・ヒーリーとジョージ・ダニエルがプロデュースと、実際に繋がりも深い。マシューがMVの監督を務めた“テレヴィジョン・ロマンス”に至っては、「The 1975、ほぼそのまま!」と言ってもいいくらいだ。
彼女たちの最大の強みは、強烈なシングル曲を量産できること。これまで立て続けに発表してきた全6曲は、ベタベタになり過ぎる寸前でバランスを保ったポップ・センスと、キラキラとしたニューウェイヴ調のサウンドが心地よい名曲ばかり。へたっぴなドラムもイギリスの新人インディ・バンドらしくてチャーミング。この勢いで進めば、The 1975の背中に追いつく未来も決して遠くない。
サウスを中心にロンドンのバンド・シーンが再び活況を呈しつつある。しかも、シェイム、ゴート・ガール、ソーリー、ファット・ホワイト・ファミリー、ホテル・ラックスなど、頭数も着実に揃ってきた。このシーンの期待を背負ってまずアルバム・デビューしたのがシェイムであり、それに続けとばかりに1stを送り出したのが、このドリーム・ワイフだ。
現在メンバーのうち2人はサウス・ロンドン在住らしいが、元々はブライトンのアート・スクールで結成されたバンドで、ヴォーカルのラケル・ミョルはアイスランド出身。生粋のロンドン・バンドと較べると多少いなたいのはご愛敬。現在のサウス・ロンドン・シーンはエッジの立ちまくったポストパンクが基本だが、下手にクールに決め過ぎず、グリッターなガレージ・ポップで押しまくる彼女たちのスタンスは爽快ですらある。
ちなみに、〈NME〉が2018年初頭に5つ星満点をつけたアルバムは、シェイムとドリーム・ワイフの2枚。もちろん、これはロンドンのバンド・シーンの盛り上がりが反映された結果だろう。と同時に、今やすっかり求心力をなくした〈NME〉が、お得意だった新人のフックアップまで〈DIY〉や〈ソー・ヤング・マガジン〉といったインディ・メディア/ファンジンに出し抜かれている状況を挽回するのに必死な姿も透けて見える。頑張れ、〈NME〉!
この通り、今、イギリスのインディ/バンド音楽には復調の兆しが感じられる。しかも、サウス・ロンドンというローカルなシーンが盛り上がりつつも、決してそこには収まりきらない多様な文脈から個性的な新人が続出している状況だ。これは、少なくとも、ここ10年でもっとも健康的な状態だと言っていい。既に下地は十分に整えられている。あとはそこから誰が飛び出すか、だ。さあ、勝つのは誰だ?!