鼎談:宇野維正×照沼健太×田中宗一郎
スーパーオーガニズムを肴に語る、フランク
・オーシャン以降のプロダクションの行方
>>>音楽のトレンドを左右する、ビートに対する感性の変化
田中「じゃあ、もう少しプロダクションのトレンドの話をしてから、またスーパーオーガニズムの話に戻りたいと思うんですが。照沼さん、ここまでで他に何かありますか?」
照沼「カミラ・カベロとジャスティン・ティンバーレイクの新作を聴いて思ったのは、メロディとハーモニー、コード・プログレッションが戻ってきたっていうことですね。ジャスティンは元からそういう部分がありますけど。ジャスティン・ティンバーレイクは“セイ・サムシング”で――」
宇野「歌ってましたよね。『メーローディ! アンド・ハーモーニー!』って」
照沼「そう(笑)。説明し過ぎかなって気はするんですけど、あそこは象徴的かなと。それが今後のトレンドになるかはわからないんですけど、すごく新鮮に響いたんですよね。そこがミーゴスとは全然違うところだったかな」
田中「じゃあ、カミラのレコードについてはどうですか?」
照沼「自分のルーツと流行がいい具合に噛み合って売れたんだろうなっていう感じがしますよね」
田中「そうですよね。本当にカミラのレコードはびっくりするくらいトレンディで。彼女のルーツであるラテンの要素は強いんだけど、サウンド面での個性を過剰に押し出そうとはしていない。そこは特にジャスティン・ティンバーレイクのレコードとは実に対照的。だけど、そのぶん、彼女のキャラクターが思い切り際立つレコードなんですよね」
宇野「ただ、サウンド・プロダクション的には、スーパーオーガニズムとカミラって対極じゃないですか。カミラのアルバムのギターは単音ですよね。スマート・スピーカーでちゃんと聴こえてくる鳴らし方をしている。だけど、スーパーオーガニズムはとにかく音を重ねているから、そこはむしろ反動的とも言える」
田中「単音だけではなく、ガット・ギターのストロークもあるにはありますが、ギター・サウンドを比べると、片やミニマム、片やマキシマムってことですよね」
宇野「そう。流行りで言うんだったら、逆行しているところがスーパーオーガニズムにはありますよね。ただ、スーパーオーガニズムに関しては、リズムは基本打ち込みですけど」
田中「ライヴではドラマーが生で叩いていたけど、音源ではおそらくドラムをチョップしたり、何かしらの加工がされてる」
宇野「とにかく今は世界中のみんなが、クオンタイズされたリズムじゃないと受けつけない体になっていると思うんですよ。だから、バンド・サウンドが置かれている問題は本当に根深いと思っていて。体質が変わってしまったから」
田中「わかります」
宇野「思い返してみれば、個人的には既に90年代の時点で変わっていたんですけどね。たまにロック・バンドで盛り上がることはあっても、基本的にはクオンタイズされたリズムの音楽ばかり聴いてきた気がする。クリス・デイヴみたいな超人的なドラマーのビートは別ですけど。それを踏まえると、バンドの復権とかロックの復権とかって、相当壁がデカいんだろうなと思いますよ。自分の小学生の子供を見ていても思うんですよ。ちっちゃい頃からサカナクションとかパフュームとかを聴いていて、いまだに生のリズムにはあまり反応しないですから」
田中「そのお話は実に説得力ありますね。随分前の話になりますが、うちの娘が小さい頃もエイフェックス・ツインやプロディジーは大好きだったんだけど、とにかくオアシスをかけると不機嫌になるんですよね。『うるさい!』って言って(笑)。そうした傾向がさらに抜本的に進んでいる、と」
宇野「それは世代だし、そんなのが世界中に何十億人もいる中で、バンドは相当狭いところから立て直していかないと――というか、立て直るのかな? っていうのが僕の考えで」
照沼「それはありますね」
宇野「でも、照沼さんやタナソウさんは、インディ・シーンやバンドがまた来るんじゃないか? っていうことを言うじゃないですか。僕が懐疑的なのはそこなんですよね。変わった体質はそう簡単に戻らないんじゃないかなって」
田中「俺もビートのプロダクションに関してはまさに同感で。1/32、1/64で細かくプログラミングされたものじゃないともう気持ち悪いんです。2015年頃の最大トレンドのひとつでもあったジャズとヒップホップのクロスオーヴァーに関しても、正直あまり興奮しなくなってしまった。クリス・デイヴの新しいレコードにしてもそうなんだけど、とても優れたものであるのは納得できても、メインストリームに刺激を与えるという位相には今はいないのかな、と感じてしまいました」
宇野「一曲聴いている分には楽しいんですけどね。まあ、ディアンジェロがまた動き出したら、違うフェーズを聴かせてくれるとは思うんだけど。そもそも彼はデビュー・シングルの“ブラウン・シュガー”の時点でビートは打ち込みでしたからね。そのシングルでリスナーの耳を慣らしておいて、アルバムでは生を聴かせるっていう、あの時代からものすごく精度の高いことをやっていた」
宇野「自分に引き寄せて話しちゃうけど、小沢健二だって今はよくiPhoneからビートを出力してるでしょ。あれだけ生音にこだわってきた小沢健二でさえ、打ち込みの音でテレビに出るっていう。彼の嗅覚は流石だなって思うんですけど」
田中「なるほど、なるほど」
宇野「だから、もうブラック・ミュージックやEDMがどうこうという問題でもない。生音のドラムに対する忌避感に関しては、ちょっと世代的な病に近いものがある。ビートに何らかのトリートメントを加えないと、生のままじゃ食えなくなっている。刺身を食えないアメリカ人、みたいな(笑)」
照沼「ドラムは絶対ありますね。そこで言うと、カミラとかジャスティン・ティンバーレイクは、ロックのドラムが使えなくなったから、代わりにギターをロックな気分の象徴として使っているのかなと思います」
田中「なるほど。最初に宇野さんが指摘してくれたように、ポップ・ミュージック全体のトレンドとして、『いや、むしろ今はギターがうまく使えるぞ』っていう感覚は去年から間違いなくあると思うんですね。去年のデュア・リパやケラーニのアルバムにもそれを感じました。で、サウンド的には、必ずしもフランク・オーシャンが使っているようなインディっぽいギターだけではなく、ロック的なギターもあれば、ガット・ギターを使ったボサノヴァ的なギターもあって。幅がすごく広い。間違いなく新たな試行錯誤が始まっている」
宇野「だから、上モノでは復活できるんですよ。でも、生のリズムは、表現としてかなりローカルなものになっちゃうんじゃないかなと僕は思うんですよね」
田中「僕からすると、ロック・バンド的な形式やサウンドがもう一回メインストリームに浮上することがあるとすれば、それは2つくらいの方向性なのかな、と思っているんです。一つは、ストゥージズみたいに思いっきりプリミティヴになること。もう一つは、70年代後半のソフィスティケートされたAOR的なロックになること。そのどっちかっていう感じがする」
宇野「後者は、それこそサンダーキャットとかですよね」
田中「そうそう」
宇野「サンダーキャットですら有機的過ぎて、アルバムやライヴでずっと聴いてるとちょっとしんどくなってくるんですよね、自分は(笑)」
>>>文化資本の重要性と、それを超えるコレクティヴの力
田中「じゃあ、もう少しインディやロックのプロダクションについての話を続けさせて下さい。昨年新作をリリースしたベック、U2、リアム・ギャラガー辺りから、改めて今の時代におけるロック・レコードの在り方についてコメントをもらえますか?」
照沼「U2が面白いと思ったのは、以前だったらギターが鳴っていたところがゴスペル調のコーラス、声になっていることで。それがロック不遇の時代に対する対処法なのかわからないですけど」
宇野「まあ、元々、初期はウォーウォー言っているバンドでしたからね。そのウォーウォーが初期は『アイルランドという国家の哀しみ』みたいなものだったはずが、今ではただのアンセムになってる。でも、ウォーウォーの雄叫びはU2のDNAにあるから、形としてはアジャスト出来てるっていうね(笑)」
田中「そもそも例のウォーウォーをコールドプレイが盗んで、それを日本ではバンプ・オブ・チキンがさらに有効活用して、自らのシグネチャーにした。それをU2が再び取り戻したっていう流れですよね。ただ、U2とベックのアルバムはギターがホントいい音していますよ。U2の場合は、生音に近くて、サスティーンが少なくて、必要以上に歪んでない。だから空間を潰していなくて、これは2017年的なギターの音だと思います」
田中「ベックのギターも音圧自体はない。実際、エレキなのかアコギなのかわからないくらい。で、アタック感を聴かせることを主眼に置いていて、リズム楽器としてギターを使うというアイデア。大正解とまでは言わないけど、すごくいいギターの音」
照沼「コーネリアスがよく言っていますよね。出来るだけ同時に音を鳴らさないっていう。あれですよね」
田中「そうそう。周波数が近い音が被っちゃうと音圧が下がっちゃうから。それで言うと、リアム・ギャラガーのレコードは基本的にはプロダクションがすっかりしっかりしているのに、ギターの音がとにかく最悪で、全部を台無しにしている。そこは見事なくらい対照的だと思います」
照沼「(笑)」
田中「ベックのアルバムと、グレッグ・カースティンがプロダクションを手掛けているリアム・ギャラガーの曲って、太鼓の音がほぼ同じなんですよ。キックもスネアも。でも、上のギターの音の乗り方が全然違うから、印象が完全に別物」
宇野「リアム・ギャラガーに関しては、元々ウォール・オブ・サウンドがオアシスのトレードマークだったから、必要に迫られてっことでしょうね」
田中「そこは外せない、っていうね」
宇野「でも、変わりましたよね。90年代は(オアシスの初期プロデューサーである)オーウェン・モリスのサウンドにみんなグッと来ていたわけじゃないですか。僕もグッと来ていましたよ(笑)。でも、今は本当に聴けない(笑)」
田中「あの、空間をすべてベターっと塗りつぶしてしまうギターね」
宇野「耳は変わるんだなと思いますよね」
田中「では、彼らのやろうとしていることが『マックス・マーティン以降の分業制ポップ』に対する回答だ、っていう視点に関してはどうですか?」
宇野「ベックは父親のデヴィッド・キャンベルも作曲家だったし、出自からするとブリル・ビルディングの申し子みたいなところがありますよね」
田中「そもそもデヴィッド・キャンベルは70年代にソフト・ロックを生み出した張本人のひとりでもあるわけだし」
宇野「ベックは本来そういう血統の人だったのが、若い頃はローファイぶってただけの話だから。彼にしてみれば、今やっていることの方が筋が通っているとも言えるんですよ」
田中「確かに。70年代にウェルメイドな分業制ポップをやっていた父親の系統を継いだレコードが、今回の『カラーズ』だっていう視点ですね」
宇野「そうそう。悲しい話なんですけど、やっぱりベックとリアムを比べた時に、文化資本の違いというものを感じるわけですよ。結局、文化資本が強い奴が勝つんだなって」
一同「ハハハッ!」
宇野「ビースティーズはお坊ちゃんだし、ダフト・パンクも〈ヴァージン〉の重役の息子とかでしょ? ダフト・パンクとかビースティーズは、なるべくしてなった文化資本の高い人たち。小沢健二や小山田圭吾もそうですよね」
田中「そうだね(笑)」
宇野「リアム・ギャラガーには申し訳ないけれど、そこの差はデカい」
田中「いやー、70年代の大阪市内で育った俺にはグサグサ来る話だなー(笑)」
宇野「いや、もちろん僕も自分のことは棚に上げて話していますよ(笑)。で、オッド・フューチャーの面々は、自分たちの出自を超えるためにコレクティヴの力を最大限利用してみせた。まぁ、フランク・オーシャンもわりと裕福な家の子ですけど、やっぱりオッド・フューチャーにいたことが彼にとって物凄く重要な文化資本になっていて」
田中「確かに。自分たち自身の周りに文化的に豊かなコミュニティを作り上げてきた結果というか。それなら俺もずっとやってきたことだ(笑)」
宇野「スーパーオーガニズムのメンバーは若くしてロンドンで一緒に暮らしているけど、これを可能にしているのも彼ら一人一人の文化資本の高さだと思うんですよ。実際のところは知らないし、もしかしたらすごく苦労しているのかもしれないけど。で、スーパーオーガニズムは文化資本が高いのにプラスして、コレクティヴの力があることで、更に文化資本の力を高めていくわけですよ」
照沼「なるほど」
田中「世代も出自も文化も違う8人が集まって、それぞれの違いを最大限に利用したからこそ、スーパーオーガニズムみたいなサウンドが出来上がった。納得ですね」
宇野「ブラック・カルチャーでは教育が大事って言うじゃないですか。トラヴィス・スコットにしろ、チャンス・ザ・ラッパーにせよ、『ブラックパンサー』や『ゲット・アウト』のような黒人の歴史や誇りが描かれた作品が公開されたら、みんな映画館を貸し切ったりして子供に見せるんですよ。教育が如何に大事かっていうことを、彼らは身を持ってわかっているんですよね。だから、文化資本を上げるっていうことがすごく重要なんだなって思うし、そう考えると、日本の音楽シーンとか絶望的ですよね」
田中「とんでもないところに辿り着いちゃった!(笑)」
照沼「希望があるとしたら、Spotifyとかがあることが、リアム・ギャラガーの子供時代とは違うっていうことじゃないですかね」
宇野「でも、部屋の中で一人でいて得られる視野や知見は限られてますからね。ただ、大富豪のリアムやノエルの子供は文化資本を得られる立場になったわけだから、彼らの世代がこれからやることは面白いのかもしれない」
田中「ニック・ケイブの息子とか、もう未来のスター感バリバリだしね。俺、ノエル・ギャラガーの娘、アナイスのインスタをいつも見てるんだけど、ホント最高で。いかにもミレニアル世代らしい投稿だらけなんだけど、父親のことは本当に尊敬してて、二世代の文化をどちらもしっかり吸収してる。まあ、最初の奥さんとの間のリアムの息子はちょっと心配だけど、むしろノエルがずっと気にかけてあげてるみたいだし」
>>>スーパーオーガニズムは分業制ポップの時代に対する回答となり得るか?
田中「この後、〈サインマグ〉で公開される記事のために、スーパーオーガニズムのメンバーにインタヴューしたんですよ。彼らにとって一番デカかったのはカニエ・ウェストなんだって。カニエみたいに30人くらいのクリエイターとアルバムを作るようなやり方を自分たち8人でやるっていうアイデアなんだ、と」
宇野「なるほどね」
田中「スーパーオーガニズムの場合、その点にすごく意識的なんだと思います。最終的なサウンドというよりも、作り方ですよね。集合知を最大限に利用するっていう。だから、今のポップ・ミュージックに対する明確な回答を打ち出そうとしている数少ないバンドの一組なのかな、っていう気がします――まあ、バンドとは呼びたくないんだけど」
照沼「ええ」
田中「ただ、俺とか照沼くんみたいな偶然の仲間が集まったバンド好きからすると、そうした思春期的なバンドの在り方を否定することに繋がるとも思うんですけど」
照沼「バンドって言うとそうなんですけど、上手いこと彼らがブランディング出来ているなと思うのは、ヴォーカルの子の存在ですよね」
宇野「確かに彼女がいないとしんどいよね」
照沼「曲を聴いて、まず声がいいなっていうのがあったし。最初は日本人かどうかもわからなかったし。この言い方は語弊があるかもしれないですけど、彼らを聴いて最初に感じたのは、ニュー・レイヴの頃の一発屋で消えていったバンドっぽいな、っていうことなんですよ。シット・ディスコとか。あれがようやくまともになったような感じがします」
田中「今の照沼くんの話に合わせると、俺はテスト・アイシクルズを思い出したんですよ。テスト・アイシクルズって、今はブラッド・オレンジをやっているデヴ・ハインズが最初に組んでいたバンドで、ニュー・レイヴの雛形を最初に作ったバンドでしょ?」
照沼「そうですね」
田中「彼らが作ったサウンド・フォーミュラをクラクソンズとかシット・ディスコとか、当時のニュー・レイヴのバンドが全部盗んで、それぞれの独自性を加えていった。でも、気がつけば、デヴ・ハインズは全世界的なオルタナティヴR&Bのプロデューサーになっていたっていう。だから、そういう未来や進化を期待してもいい集団だと思います」
宇野「それは思いますね。アメリカ人のフレンドリーさとは別の、ロンドンの馴れ合い感ってあるじゃないですか。経験があるけど、友達の家に行ったらそこでルームシェアしている人がいきなり馴れ馴れしくしてくるみたいな(笑)。みんな適度な距離感でフワフワ付き合ってる、地に足のついてない感じ?」
田中「(笑)」
宇野「そんな感じですよね。だから、それは新しいようでいて、昔からある文化だよね。彼らはそんなに切羽詰まったもんじゃないだろうけど、イギリスやスコットランドにはもともとスクワッティング文化があるじゃないですか。古いマンションに勝手に住みついちゃうみたいな、『トレインスポッティング』の世界。ああいう感じは彼らにもありますよね(笑)」
田中「南半球のヒッピー・コミューン感とも近いよね」
宇野「ああ、わかるわかる」
照沼「分業制ポップっていう話で言うと、マックス・マーティンがひとつのアイコンになっていますよね。でも実際は、マックス・マーティンはフロントに立っていない。オロノはそのフロントに立つ役割も果たしているんじゃないかな、っていう気がしますね」
田中「要するに、最後の最後にダルマの目を書くのがオロノっていうことだよね?」
照沼「そうです。カニエ・ウェストのアルバムだって何十人っていうプロデューサーが参加しているけど、カニエ・ウェストの作品じゃないですか。フランク・オーシャンもそうですよね。スーパーオーガニズムの中ではオロノがそういう存在なんじゃないかなと」
宇野「ライナーかなんかに書いてあったけど、最初はビートルズのホワイト・アルバムみたいなものを作ろうとしていたんだけど、結局、10曲にしたんだって。すっごく正解だと思うんだけど」
田中「俺も大正解だと思う」
宇野「そこの判断とかは、すごく正しいですよね。そういうプロデューサー的な勘ががちゃんとある。これがダブル・アルバムだったら、絶対にダレちゃうじゃないですか」
田中「もちろん、テンポには違いはあるんだけど、敢えてよく似たソングライティング、プロダクションの曲が並んでいるのも、次の一手をしっかり担保したという意味で大正解」
宇野「アルバムを通したストーリーみたいなものもあって、まとまりがある。しかも、あっという間に終わってしまう。30分台ですよね。無邪気なようでいて、ちゃんと考えられている感じがします。一見すると、趣味の延長やアマチュアっぽく見られがちなバンドですけど、そういうのにありがちな間違いは犯していないんですよ」
田中「確かに。かなり俯瞰的、客観的なプロデューサー意識が働いているよね」
>>>フランク・オーシャンとエズラ・クーニグは、なぜスーパーオーガニズムに惹かれたのか?
田中「では、フランク・オーシャンと、ヴァンパイア・ウイークエンドのエズラ・クーニグの二人はそれぞれ〈ビーツ1〉の自分の番組を通して、いち早くスーパーオーガニズムを世界に紹介したという逸話がありますけど、彼ら二人がどういった視点でスーパーオーガニズムに魅了されたのか。それについてはどうでしょう?」
照沼「フランク・オーシャンは“シャネル”にしてもそうですけど、両義性をすごく意識するじゃないですか」
照沼「特に彼が『ブロンデッド・レディオ』で流した“サムシング・フォー・ユア・マインド”は、資本主義的な消費を否定するようで否定し切っていない。ちょっとセンチメンタルな歌声なんだけど、サウンド全体の印象としてはわりとポップ。そのアンビヴァレントな感じがフランク・オーシャンには割と刺さったのかなという気がしています」
田中「それはかなり鋭い指摘だと思います。実際にインタヴューをしてみて、とにかくオロノがめちゃくちゃスマートな人だと感じたんですよ。リリックは基本的に彼女が書いているんだけど、ほぼどれも観察者、傍観者の立場で書いているって言うんですよ。それは今の時代特有の、政治的に右と左の立場の人々が感情的にぶつかっているのを見ると、どちらにも加担できないってことでもあるし、彼女の視点がマージナルで、アンビヴァレントな場所にいるっていうことでもあるという気がするんですね」
照沼「なるほど」
田中「フランク・オーシャンにしても、常に明確なメッセージ性はあるんだけど、メッセージの起点はマージナルなところにあるじゃないですか。もちろん、それは彼のジェンダーの問題も関係していると思うんだけど。ただ、その辺りのクロスオーヴァーもあるのかな、という気はしました」
照沼「わかります」
田中「維正さんは、スーパーオーガニズムはフランクの琴線のどこに触れたんだと思いますか?」
宇野「“サムシング・フォー・ユア・マインド”をフランク・オーシャンがかけたのって、要はア・トライブ・コールド・クエストの“キャン・アイ・キック・イット?”みたいだから好きだったんでしょ? って思ったんですよ」
宇野「言うまでもなく、あの曲はルー・リードの“ワイルドサイドを歩け”をサンプリングしていて、超大ネタ使いのヒップホップの象徴的な曲ですよね。実際、“サムシング・フォー・ユア・マインド”のウァ~ンっていうサウンドは、まさにあの感触じゃないですか」
田中「なるほど!」
宇野「あれにフランクは引っかかったと思うんですよね。ミーゴスのアルバムがオールドスクールのマナーを取り入れているのもそうだけど、古き良きサンプリングによるトラックが復活している感じがして、『ああ、そっちか』と」
田中「じゃあ、エズラに関してはどうですか?」
照沼「エズラは単純にポップな感じが刺さったんじゃないかと思うんですけどね」
宇野「エズラがクリエイターを務めたNetflixのアニメ作品『ネオヨキオ』を見ればわかるように、彼はとにかくキッチュなものが好きなんですよね。だから、スーパーオーガニズムのキッチュさに引っかかったのかなっていう気がしますよね」
田中「もうひとつ、エズラとの共通点で言えば、ポップ・カルチャーからの引用がたくさんあるってことで。この後、〈サインマグ〉で掲載されるインタヴュー記事でも語ってくれてるんだけど、歌詞の中にも60年代後半のカウンター・カルチャーを代表する二人ーーティモシー・リアリーやロバート・クラムの名前が出てくるんですよ。エズラの場合は、現行のポップ・カルチャーを引用するんだけど、その引用の手つきが共通してる点もあったのかな、と」
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現代社会批評としての『ネオヨキオ』——
「トランプ政権以降の世界」に対する
ヴェンパイア・ウイークエンド=
エズラ・クーニグからの奇妙な問いかけ
>>>日本発の世界的ポップ・スターはオロノか、平手か?
宇野「フランク・オーシャンもエズラも、多分オロノが日本人の女の子だって知らない段階から推してましたけど、ムードとしては感じ取っていたんじゃないかと思うんです。僕はオロノが日本人であるっていうのは重要だと思っているんですよ」
田中「というのは?」
宇野「リアーナからカニエまで、ライヴも何もしないのに、とにかくよく日本に遊びに来るわけじゃないですか。純粋に好きなんですよね。ファレルだって今も年2回くらい来てるし。だから、ジャパニーズ・スターっていうのは本当に欠けたピースなんですよ。ハリウッドにおいてもそうだけど、席はあるのに誰も座ろうとしていない、もしくは誰も座れない。ONE OK ROCKとか頑張っているけどね、バリバリにリズムをクオンタイズさせて」
田中「アメリカのトレンドに合わせて、サウンドも100%変えちゃったからね。俺、5年くらい前に〈Qetic〉の取材で『サカナクション、RADWIMPS、ONE OKE ROCKなどをどう思いますか?』って訊かれて、『ONE OKE ROCKが一番いいと思う』って答えたら、編集者も読者もすっごく意外だったらしいんだけど、あの腹の座りは本当に偉い」
宇野「だって、あれがリアルだからね。ONE OK ROCKは頑張っているし、SEKAI NO OWARIも一時期は本気で世界進出は考えていたと思うけど、気がつけば彼らはもう30歳を超えてる。海外と日本の音楽シーンの違いで大きいのは、日本は圧倒的に世に出る年齢が遅いことですよ」
田中「その通り」
宇野「25、26歳の女の子がギタ女でデビュー、みたいな。『いやいやいや、海外ではもう5枚くらいアルバム出してるベテランの年齢ですけど?』っていう感じだから。リアーナが25歳の時、何やってました? っていう話じゃないですか」
田中「ホントそうなんだよねー」
宇野「それはレコード会社の問題と、自分から積極的に出て行かないことの両方の理由なんだけど。でも、オロノは18歳と若い。今、席は空いているんだから、みんな彼女みたいにアメリカに行って、ロンドンに行って、みたいなことをもっとやるべきなんですよ。スーパーオーガニズムはそういうことのインスピレーションになるバンドなので、若い子に聴いてほしいですね。まとめちゃったけど(笑)」
田中「(笑)でも本当に、ビョークがシュガーキューブス時代までのアイスランドとの距離を適切に保ちながら、その後、世界的なポップ・スターになった、みたいな可能性をオロノには感じますね」
宇野「ああ、そこまで感じる?」
田中「彼女には間違いなくそれだけのポテンシャルがある。しかも、それを周りのメンバーがきちんと理解してて、それを120%引き出してあげようとしてる。『ああ、これは最高のコミュニティだな。彼女は日本みたいな国からさっさと出ていって本当に正解だな』って感じました。それにスーパーオーガニズム自体、バンドというよりは緩やかなコミュニティだから、メンバー全員そこから出たり入ったり、それぞれが個人で好きなことをやれる環境だと思うんですよ。彼女、ずっと日本にいたら、絶対スポイルされてたと思う」
宇野「本当に何人か現れてくれるだけでいいんですけどね、ジャパニーズ・スターって。ただ日本に住んでいると、なかなか外に行けないわけで」
田中「だから、まさに今の若い世代にとって、オロノは最高のロール・モデルだよね。15歳の時にアメリカの学校に行け、17歳になったらイギリスに移住して、表現活動を本格的に始めろ、っていう(笑)」
宇野「欅坂ファンの照沼さんとしては、日本ではアイドル・カルチャーがその辺をスポイルしていることはどう思いますか?」
田中「(笑)でも、俺もまったくその通りだと思うんだけど。構造的な悪なんじゃないか」
宇野「若くて、かわいくて、それなりに才気がある子が、物心がつかないうちにアイドルに憧れちゃって、結局そのレールに乗っちゃって搾取されてるっていうのはありますよね」
照沼「ありますね。だから、俺は平手なんかは一年で卒業すべきって最初からずっと言っていて」
田中「そうそう。平手ちゃんは、カミラみたいに来年はソロになってやるべき。やったらすごいことになるよね?」
照沼「そうなんですよ」
宇野「ヒラテ・カベロになるべきですよね。あ、ユリナ・カベロか。何言ってるが自分でもよくわかってないですけど(笑)。カミラはその判断が出来たわけですから。彼女はそれでフィフス・ハーモニーのファンからはかなりバッシングも受けてきた」
田中「同じようにひどいバッシングが起こるだろうけど、今みたいに不必要な重荷を背負わされるんじゃなくて、今のオロノみたいに本当に好きなことだけをやって、世界中から注目されて欲しい。オロノの場合、日本を背負うつもりも1ミリもなくて、そこも最高なんだけど。でも、そうなれば、これからの日本はオロノ、平手友梨奈のツー・トップってことでいいんじゃないかな(笑)」
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15年ぶりの活況? スーパーオーガニズム、
ペール・ウェイヴス、ドリーム・ワイフ――
完全復活した英国シーンの覇権は誰の手に?