今、イギリスが面白い! そんなことを言われても、いまいちピンと来ない人という人が多いかもしれません。改めて確認するまでもなく、2010年代の音楽シーンの中心はアメリカ。現代の音楽シーンにおける共通言語と言ってもいいヒップホップやR&B、そしてテイラー・スウィフトやアリアナ・グランデをはじめとするポップ・シンガーたちも、その大半はアメリカから登場しています。近年はそこにラテン圏のアーティスト/サウンドが食い込んできたり、BTSやBLACKPINKなどK-POPの大躍進でアジアにも関心の目が向き始めている状況。つい先日も、元ユーチューバー、現〈88ライジング〉所属の日豪ハーフのR&Bシンガー、ジョージの1stアルバムが全米第3位に輝いたばかり。こうした傾向はさらに加速していくに違いありません。その一方、かつてはアメリカに次ぐポップ音楽大国だったイギリスはすっかり影が薄くなっている。そういった認識は至極真っ当と言えるでしょう。
ただ、昨年2017年あたりから、イギリスで復活の狼煙が上がり始めていたのも確か。〈サイン・マガジン〉ではその兆候を幾度かに渡って伝えています。サウス・ロンドンでの新たなインディ・シーンの勃興、アフロビートとダンスホール・レゲエを衝突させたアフロ・バッシュメントを広く世に知らしめたJ・ハスのブレイク――こうしたイギリス復活の胎動は、当初は国内でのローカルな動きとして顕在化しました。
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【短期集中連載①】英国インディ・ロックの
新たな震源地=サウス・ロンドンの実態を
その当事者に訊く:シェイム編
2017年 年間ベスト・アルバム
1位~5位
しかし、イギリスの熱気はいよいよ海外にも飛び火していくのではないか? いや、新世代アクトたちのイギリス国外とのクロスオーヴァーは既に始まっているのではないか? というのが我々〈サイン・マガジン〉の見立てです。
しかも、イギリスの活性化はシーンの規模やジャンルに関係なく、様々な局面で進行中。つまり、もはや「起こっている」ことなのです。そこで本稿では、再びイギリスが面白くなっていることを証明する「5つの現象」を挙げていきます。これに知れば、きっとあなたも「今、イギリスが面白い!」と言われる理由がわかるに違いありません。
1. 女性R&Bシンガーのアメリカでのブレイク
2018年の音楽シーンを象徴する事件のひとつは、イギリスの女性R&Bシンガーのアメリカでの本格ブレイク。その代表格は何と言っても、「2018年最大のシンデレラ・ストーリー」と騒がれたエラ・メイです。2017年2月に公開された90年代R&B調の“ブード・アップ”はじわじわと全米チャートを上昇し、2018年7月には遂に最高5位を記録。「イギリスのR&Bはアメリカでは売れない」という従来の常識を覆したのです。ブルーノ・マーズの北米ツアーのサポートに大抜擢されたことも相まって、2018年10月に発表したデビュー・アルバム『エラ・メイ』も初登場5位。彼女が一発屋に終わらず、アメリカで確かなポジションを確立したのが窺えます。
面白いのは、エラは米西海岸のプロデューサーに見いだされた経緯もあって、イギリスではほぼ無名に関わらず、完全にアメリカ先行でブレイクしたこと。ストリーミングやSNSの浸透でジャンルや国境の壁が溶解している今、こうしたケースは増えていくのかもしれません。
イギリス発の女性R&Bシンガーで言えば、新作『サターン』をリリースしたばかりのネイオも見逃せません。
乱暴に言うと、初期のネイオは「ポストFKAツイッグス」で、その音楽的なエキセントリックさに注目が集まっていました。しかし、『サターン』ではケンドリック・ラマーにインスパイアされたヴォーカリゼーションやラップに挑戦したり、ケンドリックも所属する〈TDE〉の新鋭サーとコラボするなど、以前よりも明らかに北米メインストリームが視野に入っています。
2018年前半最大のトピックだったカミラ・カベロやカーディ・Bのデビュー作が北米とラテン圏のクロスオーヴァーを象徴する作品だったとすれば、『サターン』は今まさに進行中の英米クロスオーヴァーの象徴だと捉えることも可能でしょう。つまり、2018年後半の動きのメルクマール的な作品、現在進行中の状況を知るには最適の1枚ということです。
そして、「R&Bシンガー」に限らずもう少し広い枠組みで見てみれば、デュア・リパやジョルジャ・スミスのブレイクもこの流れの中で捉えていいでしょう。ちなみに、〈ビルボード〉のグラミー・プレヴュー号の表紙はエラ・メイ、デュア・リパ、ポスト・マローンの3人。もちろん彼らは新世代のグラミー有力候補として選ばれているわけですが、3人のうち2人がイギリスの女性シンガーという事実が、時代の潮流を端的に表しているように思えます。
2. 北米のラッパー/プロデューサーから集まるイギリスへの熱い注目
ここ最近、北米のアーティストやプロデューサーたちがイギリスに注目しているのが感じられます。ドレイクが『モア・ライフ』(2017年)でスケプタやギグスなどUKラップ勢にスポットライトを当てたのは象徴的。ジョルジャ・スミスも『モア・ライフ』でフックアップされたイギリス勢の一人でした。そして、エラ・メイを発掘/全面バックアップしているのは、米西海岸の売れっ子プロデューサー、DJマスタードです。こうした動きがイギリス勢の全米ブレイクを後押ししているのは言うまでもありません。
アメリカの若手MCたちもイギリスに注目しています。最新作『イリデセンス』で初の全米1位を奪取したブロックハンプトンは、同作をロンドンのアビー・ロード・スタジオでレコーディング。中心人物のケヴィン・アブストラクトは「『サージェント・ペッパーズ』に影響を受けた」とまで言っているようです。少なくとも、トラップやエモ・ラップとは異なる方向性を探るヒントとしてイギリスに注目してみた、という部分はあるに違いありません。
チャンス・ザ・ラッパーと同じマネージメントである白人女性ソングライター/プロデューサーのクライロ(Clairo)が、J・ハスのプロデューサーであるジェイ5と仕事をしたいと熱望しているのも興味深い話。ご存知の通り、2010年代のイギリスでほぼ唯一、気を吐いていたのがグライム/UKラップでした。そして、J・ハスとジェイ5は、UKラップがヒット・チャートを彩るポップの一形態にまでなったことを象徴する存在。クロイロからジェイ5へのラヴ・コールがあることも踏まえると、今後、UKラップとアメリカのヒップホップが更に混交していく可能性も十分に考えられます。
3. イギリス特有の音楽的フォルムの再発見
北米産のラップやポップが世界の共通言語となっていることが象徴するように、ストリーミング・サービスやSNSの浸透は音楽のグローバリゼーションを更に強く推し進めました。しかし、グローバル化の波が行きつく先は、「ポップ・ミュージックの均質化」という状況。だからこそ、現在の音楽シーンでは、均質化への反動としてローカルの特性に注目が集まっているところがあります。ラテン・ブームやK-POPのブレイクもそういった状況と決して無縁ではないはず。そして、今、北米メインストリームでイギリスが再び注目されているのは、こうした時代背景の中でイギリス特有の音楽的フォルムが新鮮なものとして再発見されたから、と考えることも出来ます。
例えば、2010年代後半における興味深い事象のひとつとして、UKアンダーグラウンドの最大公約数であるジェイムス・ブレイクが、北米メインストリームで人気プロデューサーになっていることが挙げられます。これまでに彼は、ケンドリック・ラマー、ビヨンセ、フランク・オーシャン、ヴィンス・ステイプルス、トラヴィス・スコットなど、錚々たるビッグ・ネームの作品に参加。それはやはり、英国ベース・ミュージックをルーツに持つブレイクのプロダクション/ソングライティングが北米のポップ・シーンでは新鮮に映るからに違いありません。
そしてこれは、最初の項目で挙げた「北米でブレイクしたイギリス勢」にも当てはまる話。デュア・リパのダンス・ポップは英国クラブ・ミュージックを通過したサウンドですし、ジョルジャ・スミスは英国クラブ・ミュージックやサウス・ロンドンのニュー・ジャズとの繋がりがあります。彼女たちもアメリカからすれば、かなりヨーロッパの香りが強いはず。今のイギリス勢は北米メインストリームのトレンドに過剰最適化せず、「イギリスらしさ」を捨てていないからこそ注目を浴びているのです。
4. クラブ・ミュージックは90年代UKに回帰?
クラブ・ミュージックも細分化が進んでいるからか、なかなかダンスフロアの外側にまでその流行は伝わりづらくなっています。ただ少なくとも、メインストリームにも影響力を持つエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーたちの間では、今、90年代イギリスのクラブ・ミュージックはインスピレーションのひとつになっているようです。
その影響をもっとも直接的に表出させているのがカルヴィン・ハリス。『ファンク・ウェーヴ・ヴァウンシーズ Vol.1』(2017年)ではヒップホップ/R&Bが席巻する北米メインストリームの現在を体現しようとしていましたが、2018年にリリースしたシングルでは思い切って方向転換。どこか90年代半ばのイギリスを思わせるような、ポップなハウス・サウンドを展開しています。フィーチャリングするヴォーカリストも、デュア・リパ、サム・スミスとイギリス出身が多め。北米マーケットに最適化させた『ファンク~』はなかなか批評/商業的な評価が伴いませんでしたが、今度はUKレペゼンの旗を掲げ、巻き返しを図ることになるでしょうか?
目利きのディプロとマーク・ロンソンによる新プロジェクト=シルク・シティは、90年代~00年代初頭のサウンドを狙っている模様。デビュー曲の“オンリー・キャン・ゲット・ベター”は、まさかのフレンチ・フィルター・ハウスへのオマージュ? そして、その後のシングル群は、やはり90年代イギリスのハウス・ミュージックを感じさせる部分があります。それにしても、カルヴィンの曲にもシルク・シティの曲にも参加しているデュア・リパは、本当に旬な存在なんですね。
90年代のUKハウスをヒット・チャートでリヴァイヴァルさせた先駆者と言えばディスクロージャーですが、彼らも休止期間を経て遂に再始動。復活の口火を切ったアフロ・テイストの“アルティメイタム”、そして5日連続でリリースしたシングル5曲はどれもサンプリング重視で、一曲ごとに方向性は様々。まだアルバムの内容を占う段階ではありませんが、どれも「完全復活!」と宣言して差し支えないクオリティです。さて、クラブ・ミュージックにおける90年代イギリスへの回帰、これから本格化するのでしょうか?
5. サウス・ロンドンにおけるインディ・ロック/ニュー・ジャズの台頭
2010年代後半のイギリスにおける新しい音楽の発信地は、間違いなくサウス・ロンドンです。ブリクストンにあるキャパ100~200人程度の〈ウィンドミル〉という小さなヴェニュー/パブを根城に、シェイム、ゴート・ガール、HMLTD、ソーリーなど新世代のインディ・バンドが台頭し始めているのは、これまでも伝えてきた通り。
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短期集中連載②】英国インディ・ロックの
新たな震源地=サウス・ロンドンの実態を
その当事者に訊く:ウィンドミル編
ご存知の方も多いように、サウス・ロンドンはインディ・ロックだけではありません。今まさに熱気に満ちたサウスのシーンと言えば、アフロやカリビアン、ヒップホップ、グライムまで取り込み、現代的に更新されたニュー・ジャズも外せないでしょう。シャバカ・ハッチングスやエズラ・コレクティヴなど、主要アクトも楽曲を提供したコンピレーション『ウィ・アウト・ヒア』(2017年)は、新たな時代を迎えたUKジャズの入り口として最適です。
そして、「キング・クルール以降」と乱暴に括ることも出来る、ロイル・カーナー、トム・ミッシュ、プーマ・ブルー、コスモ・パイク、ジェイミー・アイザックなどもサウス・ロンドンはペッカムを拠点としています。彼らは言わば、インディとジャズとUKヒップホップの交錯点。今のイギリスを語る上では欠かすことが出来ない存在でしょう。サウス・ロンドンを中心に、英国アンダーグラウンドは確実に息を吹きかえしてます。
アンダーグラウンドがむせ返るような熱気に満ち、メインストリームのアクトたちは次々と世界に飛び出し始めた今のイギリス。一時は輝きを失いかけていた音楽大国は、再び理想的な状態を取り戻ししつつあります。長い停滞期を経て、イギリスがポップ・ミュージックの最前線へと返り咲く日はそう遠くないかもしれません。