SIGN OF THE DAY

分析や解釈をすり抜けていく重層的な音と
言葉のタペストリー。2019年最大の謎と
してのヴァンパイア・ウィークエンド新作
by KOREMASA UNO June 05, 2019
分析や解釈をすり抜けていく重層的な音と<br />
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してのヴァンパイア・ウィークエンド新作

本サイトのクリエイティヴ・ディレクターに「君もラップばかり聴いてないで、たまにはヴァンパイア・ウィークエンドのようなバンド・ミュージックについて書きたまえ。どうせこの日本でラップについてばかり書いていてもメシの種にはならないだろう」(超訳)と促されて筆をとろうとしてはみたものの、案の定、本作『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』が身体に染み込んでくるまでには随分と時間を要した。

巷では、6年ぶりの本作で、低域の強化をはじめサウンドの構造がドラスティックに変化しただの、バンド・ミュージックの定型を打ち破るコライト主体のソングライティングだの、「ラップ・ミュージックの時代」のロックとしての最適解がここに示されているというような言説があるようだが、自分はそれに対して懐疑的である。いくら低域のレンジがより広がっていようが、バンドのグルーヴがより前面に出ていようが、まず面食らったというか耳食らったのは「なんか中域でメチャクチャたくさん音が鳴ってるな!」ということ。

〈ビルボード〉のアルバム・チャートで初登場1位となった本作は、今年リリースされたロック・アルバムで最高の初週売上を記録したとのことだが、そのリスナーの中には(例えばビリー・アイリッシュ『ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー?』などとは違って)「普段ラップばかり聴いている層」はほとんど含まれていないだろう。TR-808由来の簡素なビートとブーストされたサブベース、そこから完全に分離した音域でダイレクトにリリックを放り込んでいる現在のラップ・ミュージックに慣れた耳には、『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』のサウンドはあらゆる意味で複雑すぎるし曖昧すぎる。

Vampire Weekend / Harmony Hall

Vampire Weekend / This Life


「ラップ・ミュージックの時代」にアジャストしてみせたわけでも擦り寄ってみせたわけでもない本作に、それでも同時代性があるとしたら(というか、あるわけだが)、その大きな理由の一つは、作品の内側だけではなくその外側にも様々なコンテクストが張り巡らされていることだろう。思えば、前作『モダン・ヴァンパイアズ・オブ・ザ・シティ』から6年間(大昔のようだ)、ヴァンパイア・ウィークエンドというコレクティヴ(≠バンド)の身体を通り抜けてきた作品には随分とお世話になってきた。

10年以上前、初めてこのバンドに対面インタビューをした時には完全にバンドのリーダー的存在でありスポークスマンでもあったロスタム・バトマングリは、2016年にバンドを正式に脱退して本作ではコラボレーターの一人となっている。2010年代に入ってからの彼は、バンドでの活動と平行して、兄の映画監督ザル・バトマングリとその共同制作者(というか、もはや導師と呼ぶのが相応しい)ブリット・マーリングによる映画『サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』 (2011)、映画『ザ・イースト』 (2013)、Netflixのオリジナルシリーズ『The OA』 (2016〜)にスコア提供者として常に寄り添ってきた。どんなに小さく見積もっても2010年代の映画界とテレビシリーズ界において最も言葉本来の意味において「革命」的かつ「神秘主義」的な試みをおこなってきたマーリング&バトマングリの一味であったことをふまえれば、彼の「本当のこと」への探求とバンドのいちメンバーとしての活動が両立できなくなったことは驚きにあたらないし、今なお自分にとってヴァンパイア・ウィークエンドとは「あのバトマングリ兄弟の弟がいたバンド」だ。

映画『ザ・イースト』予告編

The OA: Part II


ロスタム・バトマングリからバンドの主導権を引き継いだエズラ・クーニングもまた、日本のプロダクションI.Gと共同制作したNetflixのオリジナルシリーズ『ネオヨキオ』(2017〜)で、ショーランナーとしてもストーリーテラーとしても驚くべき才気を発揮してみせた。

Neo Yokio: Pink Christmas


作品の仕上がりがあまりにもキッチュなこともあって、現代文明批判としての『ネオヨキオ』の真価は発表当時に十全に理解されたとは言い難いが、むしろそうして意図的に「開かれた状態」で放り出されたことがあの作品の最大のチャームだった。そして、『ネオヨキオ』を最初に観た時の狐につままれたような感覚は、当初は極めて『ネオヨキオ』的なタイトル『ミツビシ・マキアート』と名付けられていた本作『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』にも通じている。

エズラ・クーニングに関しては他にも、ビヨンセ『レモネード』における貢献、〈Apple Music Beat 1〉の自身の番組『Time Crisis with Ezra Koenig』でも披露されてきたジェームズ・コーデンやジョナ・ヒルやジェイミー・フォックスやラシダ・ジョーンズら各界セレブたちとの幅広い交流、そしてバーニー・サンダースの選挙運動への参画など、語るべきトピックには事欠かないわけだが、その一つ一つが『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』という作品の持つ多面性を裏付けているように思える。

Time Crisis (playlist)


「思える」というのは、実際のところ自分はこの謎めいた作品の戸口に立ったばかりで(念のため、回数はかなり聴いた)まだよくわからないところが多いのだ。今の時点ではっきりと言えるのは二つだけ。『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』というブラックボックスには読み解かれるべき謎が多層的に仕掛けられていて、その向こうには「確かな知性と、音楽以外でも重要な実績をたずえた、信頼のできる語り手」がいること。そのこと自体、昨今のバンド・ミュージックにおいてはとても稀なことだ。そしてもう一つ、本作が芸術的にも商業的にも成功した理由は、「インディの復権」などといった音楽のスタイルやフォーマットの話ではないということ。たとえ、本作の音像にその余韻や残響が残っていたとしてもだ。


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