SIGN OF THE DAY

小野島大×田中宗一郎対談「ブリティッシュ
・ロックの今」を考える。2017年の英国を
代表するウルフ・アリス新作を題材に:前編
by DAI ONOJIMA
SOICHIRO TANAKA
October 13, 2017
小野島大×田中宗一郎対談「ブリティッシュ<br />
・ロックの今」を考える。2017年の英国を<br />
代表するウルフ・アリス新作を題材に:前編

改めて確認しておこう。現在、2010年代後半は間違いなくポップとラップ全盛の時代だ。だが、ゼロ年代というディケイドは間違いなくインディ・ロックの時代だった。商業的な成果から言っても多くのインディ・バンドたちが全米チャートに侵攻を果たした時代。創造的な視点から言えば、有史以来、最大のインディ・ロックの黄金時代だったと言っても過言ではない。ただ、そこで活躍した作家の大半は、アーケイド・ファイア、ウィルコを筆頭に北米のインディ・バンドであり、英国バンドではなかった。

〈スヌーザー〉/〈ピッチフォーク〉史観からすると、このディケイドにおけるもっとも重要な作家はレディオヘッドとLCDサウンドシステムということになるだろう。ゼロ年代前半から活況を呈したNYブルックリン・シーンの中心をどの作家に位置付けるかについては諸説ある――それを安易に特定出来ないほど件のシーンが創造的に豊かだったという証明でもある――が、はやりここでは米国のパンクと英国発祥のダンス・ミュージックを横断することで新たなポップ音楽を生み出し、メインストリームのチャートを再定義することをその目的とした〈DFA〉とジェームズ・マーフィの存在を置いておきたい。

また、2000年のアルバム『キッドA』以降、90年代よりもその創造性をさらに羽ばたかせていくレディオヘッドの成果にしっかりと向き合ったのは数多くのUSインディ・バンドであり、本国イギリスのバンドではなかった。商業的な側面に限定するなら、コールドプレイ、ミューズ、アークティック・モンキーズといった数少ないバンドの健闘を除けば、この15年の間に英国という島国はポップ音楽の表舞台からすっかり取り残されてしまったと言える。

気がつけば、アデルとエド・シーランという二大ポップ・スター(次いでワン・ダイレクションとサム・スミス)、あるいは、英国アンダーグラウンドのクラブ・シーンとアメリカのメインストリームを接続することに成功したジェイムズ・ブレイク(次いでディスクロージャー)のようなプロデューサーを除けば、ほぼ見るべきものはなし。至極乱暴に言えば、2010年代の全世界的なポップ・シーンにおける英国の存在感はどこまでも地に落ちていたと言えるかもしれない。

だが、勿論、時代は螺旋状に進む。本年度初頭のThe xxの3rdアルバム『アイ・シー・ユー』の世界的な成功、そして、本年度のマーキュリー・アワードを受賞したサンファの『プロセス』を筆頭に、そこにノミネートされた作家たちの名前を羅列してみれば――ストームジー、ケイト・テンペスト、J・ハス、The xx、グラス・アニマルズ、ビッグ・ムーン、ロイル・カーナー、エド・シーラン、ダイナソー、アルトJ、ブロッサムズ――英国ポップ・シーンがその創造性において完全に勢いを取り戻していることがわかる。

J Hus / Did You See

The Big Moon / Cupid (Mercury Prize 2017)


では、このポップとラップ全盛の時代に――ザ・ナショナル、LCDサウンドシステム、アーケイド・ファイア、スプーン、ファーザー・ジョン・ミスティ、マック・デマルコ、グリズリー・ベアといった作家たちが相次いで傑作を上梓したにもかかわらず、数週間でチャートから姿を消してしまうというインディ・ロックにとって苦難の時代(ダーティ・プロジェクターズ新作に至ってはビルボード200位の中に一度も顔を出すことがなかった)にあって、英国のインディ・バンドたちはその存在感を示すことが可能だろうか。

ここ10年近く、英国のギター・バンドやインディがほぼ壊滅状態に陥る中、The 1975、The xx、グラス・アニマルズ、アルトJ、ロイヤル・ブラッド、サヴェージズといったバンドが何かしらの成果を収めてきた。おそらく近い将来、ビッグ・ムーン、キャベジといったバンドがその後に続くことになるだろう。だが、前述のバンドの位置にもっとも近い場所で、次なる期待を一身に背負っているのが本稿の主人公、ウルフ・アリスにほかならない。


カサビアンの時代はもう終わり? ギター・
ロックの再編が進む2017年英国、ウルフ・
アリス新作はThe 1975の覇権を脅かすか?


2010年代デビュー組としては、所属レーベル〈ダーティ・ヒット〉の先輩格The 1975を追いかけるようにして、アリーナ・クラスのバンドへと成長。2015年の1stアルバム『マイ・ラヴ・イズ・クール』に続き、リリースされたばかりの最新作『ヴィジョンズ・オブ・ア・ライフ』も全英チャート初登場第二位。詳しくは以下の対話に譲るが、もはや「インディ」というタグでは語れないスケールの大きなバンドへの飛躍を果たした。

だが、そんな彼らのサウンドをどんな風に形容すべきか。我々が用意した文脈は、かつて70年代初頭、レッド・ツェッペリン、ザ・フーを筆頭に、英国のロック・バンドが世界を席巻した時代に使われた「ブリティッシュ・ロック」という言葉だ。

そこで以下の対談では、70年代前半のブリティッシュ・ロックの勃興と全盛期、その当時を実体験として知る音楽評論家、小野島大氏を指南役として迎え、「ブリティッシュ・ロック」というキーワードから、ウルフ・アリスという存在、彼らの2ndアルバム『ヴィジョンズ・オブ・ア・ライフ』におけるサウンドを紐解くことを試みた。

併せて、国内外におけるロック・ミュージックの受容の変遷、その歴史についてもフォーカスした。おそらく若い世代の読者にとっては驚きと発見があるはずなので、是非ご一読いただきたい。(田中宗一郎)




>>>バンド音楽劣勢の時代に、リアム・ギャラガー、ミューズ、カサビアンはそれぞれどんな風に時代に向き合ったのか?

●今、英国のアリーナ/スタジアム・クラスの現役バンドというと、レディオヘッド、ミューズ、カサビアン、元オアシスの二組、アークティック・モンキーズ、The 1975辺りだと思うんですけど。小野島さんはリアム・ギャラガーのソロとかはお聴きになられてますか?

小野島大(以下、小野島)「リアムの新作ってまだ聴いてないけど(対談の時点で)」

田中宗一郎(以下、田中)「俺は3曲くらい聴きました。まず作り方が、今時のポップスの作り方なんですよ。プロデューサーやソングライターを何人も入れてるっていう」

小野島「ああ、外部ソングライターも入ってるんだ」

田中「僕が聴いた最初の3曲はすべてそうですね。言ってしまえば、マルーン5方式というか。一曲目(“ウォール・オブ・グラス”)はソングライターが本人以外に4人いて、アデルやベックの新作も手掛けているグレッグ・カースティンがプロデュースしていて、太鼓にしても全部打ち込みか、かなりエディットしてある。そこに2010年代ポップから一度は完全に排除されたはずの、ジャーッっていうギターが入っていて、オアシス風になってる(笑)」

小野島「なるほどね」

田中「で、確か3曲目(“フォー・ホワッツ・イッツ・ワース”)だったかな? ノエル・ギャラガーの“ドント・ルック・バック・イン・アンガー”みたいなバラッド寄りのソングライティングをなぞった見事なパスティーシュですね。それをサム・スミスの曲なんかも手掛けていたソングライターと一緒に書いている。今のトラック&フック・メソッド、マックス・マーティン以降の世界がオアシスをアップデートしようとすると、こんなにいびつな感じになるんだ、っていうのがよくわかりました(笑)」

小野島「それは褒めてるの?」

田中「いやー、褒められないですね。これは大失敗。すごく整ってはいるんだけど、何よりも肝心のバンド音楽としてのダイナミズムが皆無ですから。アメリカでの成功も念頭に置いた上で、今のポップの作り方に挑戦したんだとは思いますが、アメリカはもとより、英国の初期オアシスに熱狂したファンを納得させるものにもなっていない気がします」

小野島「厳しいね(笑)」

田中「その比較でいうと、ミューズは今年の5月に一曲だけ新曲を出したんですけど(“ディグ・ダウン”)、それはドクター・ドレ周りでやっていたベーシストがプロデューサー/エンジニア(マイク・エリゾンド)なんですよ。前半のスネアの質感なんて完全に今のR&B仕様になってて、あからさまにアメリカ市場を意識してる。しかも、チャンス・ザ・ラッパー以降のトレンドを意識したのか、ゴスペルをやってるんですね(笑)。かなり攻めてます。実際、ミューズにしか出来ないかなり異様なものになっていて非常に面白かったですね」

Muse / Dig Down


小野島「あれは面白かった。彼らは音響とかテクスチャーにすごく自覚的だよね」

田中「で、カサビアンはごく普通に退屈でした。『まあ、いわゆるアリーナ/スタジアム・ロックの英国バンドの在り方ってこういうことだよね?』っていう、ごくごく想定内のお行儀のいい作品になっていて。悪くはないけど、特にこれといった刺激もない」

小野島「同感です」



>>>ウルフ・アリスはグランジか? フォークか?

田中「小野島さん、ウルフ・アリスって1stはリアルタイムでお聴きになっていたんですか?」

小野島「もちろん。〈サマーソニック〉でも観たし。渋谷陽一さんと山崎洋一郎さんが絶賛していて、そんな絶賛するようなものだったかなって思ったけど」

田中「やっぱり彼らの中にブリティッシュ・ロックを見たんじゃないですか?(笑)。実際、当時ご覧になっての小野島さんの印象はどうだったんですか?」

小野島「ライヴを観た印象は、普通にUSオルタナが好きなイギリスのバンドものっていう感じ? いい意味でも悪い意味でも」

田中「特に1stの頃だとそうですよね」

Wolf Alice / Fluffy (live)


小野島「ただ、彼らは別にものすごく突飛で革新的なことをやって驚かせるっていうタイプのバンドではなく、キャリアを積んで彼らなりの経験を積めばどんどん良くなってくる類の音楽であることは確かだから、その後、成長すればいいアルバム作れるだろう、とは思った」

田中「じゃあ、当時の印象はUSの激しい音楽が好きなイギリスのバンドっていう?」

小野島「激しいっていうほどではないかな。ソニック・ユースとか、ああいうのがおそらく好きなんだろうなっていう感じ。今回もそういう面影は残っていますよね」

田中「彼らの1stアルバムって、わりとグランジ文脈で語られたと思うんですけど、むしろ僕の耳に残ったのは、フォーク的なエッセンスなんですね。それがプロダクション的な処理としてはアンビエントっぽかったり、シューゲイズっぽかったりもするんですけど。そのフォークのエッセンスが、フリート・フォクシーズやグリズリー・ベアみたいな2010年代USインディのフォーク解釈とは違っていて、すごく英国的だなって。その奥にブリティッシュ・フォークなりスコティッシュ・フォークなり、ケルティックなものがあるにはある。で、実際、ロンドンのアンタイ・フォーク周りから出てきたんだっけ?」

●元々はその界隈らしいですね。まだ音源は出していなかったはずですけど。

田中「今作だとアルバム11曲目の、ヨーロッパの深い森の奥で鳴ってるような“アフター・ザ・ゼロ・アワー”とかが彼らのフォークのバックグラウンドが一番良く出てると思うんですけど。10曲目の“セイント・パープル・アンド・グリーン”とかも欧州的なゴシック・コーラスから始まって、いきなりシューゲイズ的なハード・ロック調になったと思ったら、ヴァースからはフォークになる。で、俺が今回の2ndを一番最初に聴いて連想したのがフォーク・サイドのツェッペリンだったんです」

小野島「俺はツェッペリンとの共通点はあんまり感じなかったんだけど、“アフター・ザ・ゼロ・アワー”はいい曲でした」

田中「ウルフ・アリスって、ドリーム・ポップとか、シューゲイズ寄りの曲をやる時は、ソングライティングがコード進行ベースなんだけど、リフとリズムが基調になってる曲も書くじゃないですか。やはりそこにツェッペリンを感じるんですね。しかも、ベースのリフの音階やギターのリフの音階が、アラビックだったりするじゃないですか。それで『これはツェッペリンでは?』と思ったという」

小野島「うん、あるかもね。最後のアラビックな曲は、確かにツェッペリンの影響があるかも」

田中「8分近い長尺の“ヴィジョンズ・オブ・ア・ライフ”ですよね。多分、本人たちが一番やりたかったのはこの路線だと思うんですけど。テンポ的にもbpm60ないくらいのヘヴィなリフとリズムだから、初期サバス的というか。それが展開から一気にテンポ・アップして、不穏なアラビック風のリフの応酬になるところとかは完全にツェッペリンだろ? っていう。あとは特に和声の部分で、デイヴィ・グレアム~バート・ヤンシュ~ジミー・ペイジという流れを感じたという」

小野島「なるほどね」



>>>ウルフ・アリスは21世紀のレッド・ツェッペリン?

田中「ただ、最初に彼らの曲にツェッペリンを感じたのは、シングル曲の“ビューティフル・アンコンヴェンショナル”なんですよ。あのダッ、ダダッっていうシンコペーションするリズムですよね。それを2分台のコンパクトなポップ・ソングにまとめてる」

Wolf Alice / Beautifully Unconventional


田中「ちょっと大袈裟な比較になりますけど、ツェッペリンの“イミグラント・ソング”みたいな路線っていうんですか。6曲目の“スカイ・ミュージングス”のつんのめったリズムもツェッペリンの“イミグラント・ソング”みたいだし。それをドリーム・ポップやシューゲイズと接続させている。あと、7曲目の“フォーミダブル・クール”の展開部分――不穏な和声とか、シンコペーションしたリズムもやっぱりツェッペリンを感じますね。9曲目の“サッドボーイ”にしても、ツェッペリンとスージー&ザ・バンシーズを合体させたような」

小野島「ゴシック的だったり耽美的だったりフォーク的だったり、要はブリティッシュ・ロック的な」

田中「要するに、フォーク音楽のバックグラウンドがあって、広義の意味でのハード・ロックだっていうのがツェッペリンを感じたところなんですけど。それで、2ndを通して一度聴いた時に『ウルフ・アリスは21世紀のツェッペリンだ! っていう記事を作ろう!』って言い出したんですけど、二回ほど聴いて、『いや、収録曲12曲が音楽的にバラバラだし、流石にそれは乱暴だわ』ってことに落ち着いたんですけど(笑)」

小野島「ツェッペリンっていう感じじゃないけど、イギリスの音楽の多面性みたいなものをすごく偏差値高くまとめている。こういう言い方をすると嫌味っぽく聴こえるかもしれないけど、そうじゃない。サウンド的にはかなり極端な振り幅があるけど、エリー・ロウゼルのヴォーカルという核がしっかりしているから、散漫にはならない。一瞬の爆発的な閃きや飛躍じゃなく、積み重ねた経験や知識やスキルが着実に反映されていて、頑張ったなあという感じです」

田中「頑張りましたよね(笑)。実際、英国のバンド系の2ndアルバムでこんなに攻めた作品を聴いたのは本当に久しぶりというか。アルバムの作りとしても、2分台の曲が3、4曲あるかと思えば、最後に長尺で8分近い曲があって、曲調はバラバラなんだけど、深いエコーのかかったシューゲイズ寄りのサウンド・テクスチュアで統一感を持たせていて、アルバム全体の流れも含めて曲の寄せ集めではないアルバムをしっかり作ろうとしてるのにも関心しました」

小野島「研究熱心なバンドって感じだよね」

田中「ただ、やっぱりアルバム収録曲12曲のサウンドがほぼバラバラで、ハードコアもあれば、シューゲイズもあり、ドリーム・ポップもあり、いろんな要素がある。乱暴に言うと、60年代ブリティッシュ・フォーク、70年代ハード・ロック、80年代ポストパンク、90年代英国のシューゲイズ、90年代のオルタナティヴ、ゼロ年代のドリーム・ポップを闇鍋みたいに煮詰めたようなところがある。だから、明確なルーツや方向性という、ひとつの大きな幹があって、そこから枝葉を広げてきたバンドというよりは、いろんな幹を地表から並列に伸ばしてきたようなところがあって。でも、その振れ幅こそがこのバンドのキャラクターなんだろうな、っていう風にも感じました」

小野島「その通りだと思います」

田中「という風に考えたので、『もしかすると、これをブリティッシュ・ロックっていう少し大きな文脈から考えるといいんじゃないの?』っていうのが発想の発端です」

小野島「要するにそれは、今のイギリスに“ロック全般”を形容する言葉がないっていうことと関係しているの?」

田中「そうですね。ここ数年でロンドン周辺やマンチェスターのアンダーグラウンドからは面白いバンドも出てきてるんですけど、そもそもロック自体がイギリスの中であんまり成り立っていない――」

小野島「成り立っていないけど、成り立たせようとしてるのがウルフ・アリスだっていう感じ?」



>>>演奏する場所がアリーナ規模になったバンドが直面するサウンドの変化=キャリアの分岐点

田中「うーん、どうなんでしょうね? 少なくとも、例えば、今のカサビアンやリアム・ギャラガーみたいな作品をロックと呼ぶのに比べたら、サウンドとしてもアティチュードとしてもウルフ・アリスの方が遥かにロック・バンドだろうという気はします」

小野島「その理由は?」

田中「例えば、カサビアンやミューズだと、90年代半ばのブリットポップ前後の音楽的フォーミュラからそんなに進化していない気がするんですよ。これはプロダクションというよりは主にソングライティングの話ですけど。特にリアム・ギャラガーのソロ作品とかはそうですよね。ほぼ一歩もそこから変化していない」

小野島「ああ、そう。でも、俺はミューズはすごく古典的なロックって感じがするけど。中身はすごく古典的なハード・ロック。それこそ70年代にあったような。それがいろいろなパキンパキンの音とか音響とか――ミューズが一番すごいなと思うのは、ライヴの音がめちゃくちゃいいってこと。このパキンパキンの音響感覚っていうのが、ミューズを今のバンド足らしめてるんだなと。中身は古典的なロックだけど、意匠を今風にして、今風のロックに見せるっていう。いろんなアーティストが同じことをやろうとしてるけど、ミューズが一番うまくやってるんじゃないかな」

田中「僕の文脈だと、ミューズはとにかくビッグ・ルーム向けのサウンドを現代的にやってるバンドですね。『スタジアムで映える音っていうのは何だ?』っていう発想から、ビッグ・ルーム向けのサウンドをいろんなジャンルから全部引っ張ってきてコンバインしている。だからこそ、音楽的なリファレンスとしても、ハウスではなくてトランスだし、いわゆるギター・ロックではなくハード・ロックだし。『ああ、この人たちは大きくなることが一番の前提にあるバンドなんだな』と」

小野島「それが好きというよりは、戦略的にそっちの方がいいという判断?」

田中「テイスト自体もそうなんだと思います。歌詞の世界観やヴィジュアルもとにかく大仰じゃないですか。以前、ウドーのイベント(ザ・ロック・オデッセイ2004)にザ・フーとエアロスミスが続けて出演した時がありましたよね。で、ザ・フーが特に初期の曲をスタジムでやると、アンサンブルがゴチャゴチャしてよくわからないんですよ。ピノ・パラディーノが細かいフレーズを弾いたりしててもスタジアムだとまったく映えない。でも、その後にエアロスミスが出てきて、ドンッ、タンッ、ドンッ、タンッっていう大味な8ビートに、ダラダラッダララッダッダッダッっていうファンキーなギター・リフが重なってくると、いきなりグルーヴィになる。全体のサウンドスケープもとにかくクリアで。『ああ、大きい会場で映える音楽ってあるんだな』ってあの時に痛感しましたね。だから、果たして彼らのスタジアム向けのサウンドっていうのがテイストの反映なのか、戦略の結果なのか、おそらく両方だと思うんですけど――」

小野島「ビッグ・ルームの音響は明らかに戦略的なものですよね。それこそケーブルの一本一本から吟味して作り上げた音っていう感じ。なぜそれを思ったのかって言ったら、ミューズと同じ年の〈フジ・ロック〉にモーターヘッドが出てたわけですよ。モーターヘッドも言ってみれば古典的なハード・ロックだけど、実に音響に無頓着というか(笑)」

田中「(笑)」

小野島「音がボロボロ――もうレミーが亡くなる少し前だったから、体もガタガタだったんだろうけど。それにしても音がひどくて、これじゃ全然伝わらないなって感じだったね。やってる音楽自体はミューズもモーターヘッドもあんまり変わらないのかもしれないけど、音響に対する意識が全然違うから、まったく違うものに聴こえる。そういう風に思った記憶がありますね」

田中「ただ、その時のモーターヘッドも400人の会場だったらきっと最高だったんじゃないか? と思ったりもするんですね」

小野島「かもね。ただ、2000人くらいの規模の音のいいホールで聴くのが一番いいってわかってはいても、実際問題、バンドがデカくなるとデカいところでやらざるを得なくなるから、『じゃあデカいところで映える音にするにはどうしたらいいか?』って考えるのは自然というか、真っ当と言えば真っ当ですよね」

田中「そう。今、小野島さんが仰った通り、まさに70年代のハード・ロックがそうですけど、バンドが人気を博すようになってライヴ会場がスタジアム級になった時に、それに合わせてサウンドが変質せざるをえない。レディオヘッドみたいなバンドは奇跡的にそれを回避したと思うんですけど。でも、それが故に退屈になってしまうバンドという系譜があるわけですよね。3rdアルバム以降のオアシスみたいに」

小野島「で、今回のウルフ・アリスの2ndアルバムもそうした問題に直面したタイミングの作品だってこと?」

田中「だと思います。今作は間違いなく初登場全英No.1になると思いますし(事前に熾烈なチャート争いがニュースになったほどだったが結果的には第二位。第一位はシャナイア・トゥエイン)。アメリカでもかなり健闘するはず」

小野島「今回の2ndアルバムでは、そういう部分に対処したところもあると思う?」

田中「間違いなくあると思います。僕がツェッペリン的と言ってる曲とかって、『あ、これは広い会場でライヴが観てみたいな』と思わせるスタジアム・バンド的なダイナミズムがあると思うんですね。ただすごく戦略的というか。Spotify以降の世界のチャート対策としてなのか、リスナーの期待を煙にまこうとしたのか、シングルには最初ハードコアな曲、次はドリープ・ポップっていう風に、むしろバンドの幅を見せる部分の曲を選んでるんですよ。これはしたたかだな、さすがここ数年でここまで昇り詰めてきただけはあるな、と」

Wolf Alice / Yuk Foo

Wolf Alice / Don't Delete the Kisses




>>>ウルフ・アリスは21世紀のツェッペリンじゃない!

田中「小野島さん、〈ロッキング・オン〉のレヴューで、ウルフ・アリスはツェッペリンだ、って書いてくださいよ。〈ロッキング・オン〉でそう書いてあったら最高じゃないですか(笑)」

小野島「ちょっと名前出したよ。でもツェッペリンはやっぱり、俺も幻想を持っているところがあるからね。あなた、確かツェッペリン好きじゃないんだよね?」

田中「10年かけてツェッペリンをかなり好きになりました。最初のツェッペリン体験は15か、16歳の時で、ライヴ盤の『ソング・リメイン・ザ・セイム』だったんですけど、パンクやディスコを聴き始めた時でもあったせいで、とにかく退屈に思っちゃったんですよ。でも、この15年くらい毎年、一年のうち二週間くらいツェッペリン週間を設けて、定期的に聴き続けて。で、彼らが基本的にフォーク・バンドだってことがわかってからはかなり印象が変わりました。とにかくフォーク・サイドのツェッペリンは大好きですね。でも、ブルーズをやってるツェッペリンは今でもあまりよくわかんないです」

小野島「最初の頃はブルーズのパクリだもんね。パクリというか拝借。もちろんただのパクリやコピーにとどまらない圧倒的なオリジナリティとアーティスト・パワーがあったから、オレも含めた当時のリスナーは熱狂したんだけどね」

田中「だって、ブルーズのリフのパクリも歌詞のパクリも、フォークのリフのパクリも凄まじいじゃないですか」

小野島「それは否定しない(笑)」

田中「リリース当初はオリジナル表記されていたけども、途中からウィリー・ディクソンの名前が表記されるようになったり。一昨年くらいにも“天国への階段”のパクリ裁判がありましたよね。スピリットっていうバンドがジミー・ペイジを訴えるっていう。ただ、あの曲のイントロのリフ自体もスピリットの曲よりも遥かに前にデイヴィ・グレアムが“クライ・ミー・ア・リヴァー”を弾く時に使っていたマイナー・キーのトニックが半音ずつ下がっていくリフで。でも、どう考えても、ジミー・ペイジがデイヴィ・グレアムの“クライ・ミー・ア・リヴァー”を聴いていなかったはずないだろ? っていう(笑)」

小野島「そこら辺って昔のロックはいい加減っていうかさ。じゃあ、チャック・ベリーの“ジョニー・B・グッド”のリフがどれだけパクられたかっていうね。チャック・ベリー自身が目くじら立てなかったからみんなやってたけど、今だったら一発でアウトのパクリがいっぱいあったじゃない」

田中「そうですね」

小野島「そこら辺の時代の人は、ある種の共通財産っていうのかな、そういうものに対するリスペクトが根底にある。ブルーズっていうのはある種の定型句の集まりじゃないですか。『I Woke Up This Morning、なんとかかんとか』みたいな歌詞とかね。音楽面もね、定型句を組み合わせて、その中で自分の個性を出していくっていう文化だから。黒人音楽ってそういうとこあるのよ。そういうのに直で影響を受けた世代の人のやってるパクリって、今でいうパクリとはちょっと違う。むしろこれは人類的な共通財産だっていう感覚に近いというか。ヒップホップだってもともとそういう文化でしょ」

田中「実際、ポップ・ミュージックの世界では、むしろそちらの視点の方が絶対に正しいと思います。引用を繰り返すことで、共通財産を発展させていく文化だっていう」

小野島「でもさ、ツェッペリン出てきてどれだけ衝撃的だったかっていうのは、今の人、わかるのかね?」

田中「いや、わからないと思います」

小野島「衝撃だったんですよ、ツェッペリンの登場は」

田中「それは1stの時からですか?」

小野島「はい。“コミュニケーション・ブレイクダウン”、“ホール・ロッタ・ラヴ”も脳天を殴られるような衝撃だったしね。まったく新しいロック、まったく新しい音楽、まったく新しい文化に出会ったっていう。まあ、その頃、中学生だったからね。そもそもロックそのものに出会ったのがツェッペリンとかストーンズとかだったから、っていうのもあるけど。その刷り込みはデカいですね。その時代にロックを聴いてた人だったら、みんなわかってくれると思うけど」

Led Zeppelin / Communication Breakdown (live)

Led Zeppelin / Whole Lotta Love (live)


田中「なるほど。ただ、ツェッペリンの革新性というのはどういう部分にあったんでしょうか?」

小野島「まずロバート・プラントの声。ジョン・ボーナムのドラム。ギター・リフの簡潔さと鋭さと楽曲表現。ミクスチャーのセンス。特に録音、音響面の新しさは決定的だった。ツェッペリンの1stと2nd、それからザ・フーの『フーズ・ネクスト』の音は、それまでの60年代マナーから決定的に決別した感じがものすごくあった。ツェッペリン以前と以降で、特にブルーズに根ざしたロックの音はまったく変わったから」

田中「なるほど」

小野島「あの頃は日々更新されていく感じがすごくあったんですね。リヴァイヴァルがないっていうか。今だったら20年前30年前のものでもそんなに古くなくて、簡単にリヴァイヴァルするけど、あの頃は昨日よりも今日、今日よりも明日の方が絶対に面白かったし新しかった。ロックが進化、成長期にあったから。だから、ツェッペリンが出てきた時点で、クリームはもう古臭いものだったの、決定的に。ツェッペリンのデビューは69年1月でクリームのデビューは66年末。その時差って2年ちょっとしかないんだけど、たったの2年でもうクリームは昔のもの。そこから遡るヤードバーズなんて、もっと古いものっていう。そういう感覚だったから。もちろんクリームとかヤードバーズをリアルタイムで聴いてた人は違う感覚があると思うけど、少なくともあの時の俺の感じ方からすると、ツェッペリンを先に聴いてしまったら、もうクリームは前時代のものとしか思えなかった。これが新しい、今の文化だと思った。そういう時間感覚の流れの速さって、今はなかなかないでしょ」

田中「ロックに限って言うと完全にそうですね」

小野島「ジャンル自体が成熟し切っているから。パンク/ニューウェイヴに出会った時も、テクノに出会った時も、そういう衝撃はあった。目の前のがパーッと開けていくような、決定的に新しいものに出くわした、という。それ以降は耳が変わっちゃう。今はなかなかそういうものに出会えないですね」

田中「でも、特にここ数年のポップとラップは新しいですよ。毎月のようにサウンドが更新されている感があります」

小野島「うん。でも私自身は、自分の価値観を全部塗り替えてくれるほどの衝撃はまだ感じない。ケンドリック・ラマーもチャンス・ザ・ラッパーもケレラもソランジュもサンファも素晴らしいけど、彼らの音楽で自分の価値観がガラガラと更新されたかっていうと、そこまでは行かないかな。でもそれぞれの時代で、それぞれの世代にアピールするものがあるのは当然だし、健全なことでしょ」

田中「そうですね。今年も〈コーチェラ〉とか、〈ロラパルーザ〉のライヴが配信されているのを観ながら痛感したんですけど、ここ数年のポップやラップに夢中になってる海外のティーンというのは、今、最高に楽しいと思うんですよね」

小野島「うん、もちろんそういうものだと思いますよ」

田中「ポップにしてもラップにしても、それぞれがっつりトレンドはあるんだけど、それが三ヶ月後には次に移行していったりするので、最高に面白い」

小野島「90年代のテクノみたいなもんだよね」

田中「そうですね。だから、ウルフ・アリスの新作というのは、ロックというジャンルが成熟してしまって、なかなか革新的なものになりづらい、そんな時代に対するひとつの回答だという気がします。ライヴの現場におけるロック・バンドにしか成しえないダイナミズムをリプリゼントする楽曲と、誰もがストリーミング・サーヴィスで“今週のヒット・ソング”を聞き流す時代に向き合ったポップ・ソングの両方をうまく一枚のアルバムの中に混在させてる。そこは今回のアルバムのプロデューサーの手腕も大きいと思いますね」

小野島「プロデューサーのジャスティン・メルダル=ジェンセンっていう人は確かナイン・インチ・ネイルズとかもやってる人だよね?」

田中「もともとは『オディレイ』時代からずっとベック・ハンセンのバンドでベースを弾いてた人です。俺、この10年まったくノーマークだったんですけど、今年リリースされたパラモアのアルバムが本当に良くて。彼らのここ2枚のアルバムはジャスティンがプロデュースしてるんですけど、かつてのエモ・バンドにニューウェイヴ的なエッセンスを加えつつ、すっごくポップな、でも、確かにロック・バンド然としたアルバムを作らせてるんですよ」

Paramore / Hard Times


田中「ウルフ・アリスの今回のアルバムでも8曲目の“スペース&タイム”とかはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“アイム・ウェイティング・フォー・ザ・マン”の裏打ちのスネアのリズムを使いつつ、すごくポップかつコンパクトな曲に仕上げてたりとか。だから、今のポップ全盛の時代にロック・バンドのスタイルをいかに更新されていくかについて、すごく長けた人なんだと思います」


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