2020年代というディケイドはCOVID-19パンデミックとBLMの再燃から始まった。新たなパラダイム・シフトの可能性も秘めているこれからの10年、ポップの理想が結実した2010年代を超え、音楽はどこへ向かおうとしているのだろうか?
2020年は大きな変化の年だった。おそらく、この世界に暮らす大半の人々がそのように感じているに違いない。言うまでもなく、その変化の引き金を引いたのは年明けから世界を覆ったCOVID-19パンデミック、そしてBLMの再燃だ。いま私たちは重要な岐路に立っている。
無論、パンデミックはポップ・ミュージックの世界にも甚大な影響を及ぼした。世界中でロックダウンが施行され、2010年代の音楽カルチャーの中心だった巨大フェス、そして各アーティストのワールド・ツアーなどの興行はほぼ完全に中止。どんなビッグネームであれ、スケジュールは白紙となり自宅にこもることとなった。言葉を変えれば、アーティストたちは加速を続けるポップのゲームから半ば強制的に降ろされ、スロー・ダウンすることとなったのである。
例えば、2010年代のゲーム・チェンジャーの一人だったテイラー・スウィフト。これまで数年がかりの巨大プロジェクトとしてアルバムのリリースからワールド・ツアーまで緻密な計画で動いていた彼女も、予定されていたツアーが中止され、自宅での曲作りに没頭した。その結果、ツアーでの回収計画など度外視で、純粋なクリエイティヴィティの発露として年二枚のアルバムを矢継ぎ早にリリースしたのである。このようなことは以前までだったら絶対に考えられなかったはずだ。パンデミックはアーティストの意識も大きく変えた。
一方のBLMの再燃は、あらゆるマイノリティの立場や権利の是正が推し進められた2010年代というディケイドの集大成であると同時に、その機運の高まりはすべての人々に何百年も前から続く制度的差別の問題と対峙することを促した。ラン・ザ・ジュエルズ『RTJ4』やダベイビー“ロックスター(BLMリミックス)”などは、こうした時代を象徴する優れた表現の一例として挙げられるだろう。と同時に、J・コールとノーネームの論争のように、BLMは副次的にブラック・コミュニティの多様性を良くも悪くも浮き彫りにしたと言える。
社会の動乱は人々の命や雇用機会を奪ったと同時に、「目覚め」を促した側面もある。仮にパンデミックやBLMが収束したとしても、すべてが元通りになるということはないだろう。見方によっては、パンデミックにせよBLMにせよ、これまで資本主義というシステムが推し進めてきた飽くなき経済成長を支えるために、その裏側で何百年も積み重なってきた様々な問題の歪みが一気に表出したということでもある。そういった意味では、アメリカのZ世代を中心に――あるいはボン・イヴェールやスフィアン・スティーヴンスといったリベラルなUSインディのアーティストたちからも――資本主義そのものの妥当性を問い直そうという声が挙がり始めていることを単なる極論として笑い飛ばすのは、いささか乱暴だろう。少なくともパンデミックやBLMが人々に自分たちが暮らす世界のシステムを根本から見つめ直す機会を与えたことの、ひとつの象徴と捉えるべきかもしれない。
ポップ・ミュージックの世界を顧みても、2010年代とは明らかにモードが変わりつつあるのは確かだ。2010年代後半を席巻したラップ・ミュージックは相変わらずメインストリームを賑わせている一方で、ビルボードのチャートでは目立たないピンク・シーフやアーマンド・ハマー、Kaなどアンダーグラウンドのヒップホップの豊かさにも少しずつ脚光が当たるようになった。ダンスホール/R&Bなどをローカルな音楽言語と掛け合わせたバーナ・ボーイやファイアボーイDMLといったナイジェリア勢、UKドリルの限界を押し広げるヘディ・ワン、そして静かな情熱を湛えたポストパンク・サウンドを完成させ、見違えるほどの成長を遂げたアイルランドのフォンテインズD.C.など――ラップにせよ、グローバル・ミュージックにせよ、ギター音楽にせよ、個々のコミュニティにしっかりと根ざし、時代の変化と誠実に向き合ってきたインディペンデントな音楽が再び輝きを増しているのは象徴的だ。明らかに注目すべきはアンダーグラウンドにあった。
これまでも〈サイン・マガジン〉では、2010年代後半は北米メインストリームを舞台にあらゆるジャンルの有機的なクロスオーヴァーが起こり、「最も冒険的な音楽が最も聴かれている」という理想的な時代だと位置づけてきた。だが、そうした幸福な時代の風景は完全に過去のものとなりつつある。もちろんテイラー・スウィフトやザ・ウィークエンドが今年最大級のメガ・ヒットを飛ばすなど、先鋭性と商業性を両立させた優れたアーティストは今もいる。だが、例えば24kゴールデンやリル・モージーなどの全米ブレイクは、2010年代の音楽的成果のひとつだった「ポスト・ジャンル」的であること自体はもはや何も刺激的ではなく、むしろそこからは形式化された退屈な音楽が生まれるようになったことを示唆しているだろう。2020年現在、新たな胎動は北米メインストリームというよりは世界各地のローカルな現場、あるいはアンダーグラウンドなシーンで活発化しているのではないか。それが我々〈サイン・マガジン〉の見立てだ。
2020年代がどのようなディケイドになるのかはまだ誰にもわからない。だが、2010年代に別れを告げ、新たな時代に向けて不可逆的に進み始めたのは間違いない。ここに選んだアルバムは、そんな不透明で、しかし無限の可能性に満ちた時代の空気をキャプチャーしている50枚である。
2020年 年間ベスト・アルバム 41位~50位
2020年 年間ベスト・アルバム 31位~40位
2020年 年間ベスト・アルバム 21位~30位
2020年 年間ベスト・アルバム 11位~20位
2020年 年間ベスト・アルバム 6位~10位
2020年 年間ベスト・アルバム 1位~5位
collage graphics by DaisukeYoshinO)))