カルヴィン・ハリスの新作『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』は、まさに2017年の今を映し出した傑作。ミーゴスやヤング・サグ、フューチャーやアリアナ・グランデまでが参加した、北米メインストリームの最先端にアクセスした作品。そしてそれは、ポストEDMの時代に対する最良の回答のひとつでもあります。ということは、以下のパート1でも書いた通り。
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EDMのキング? テイラー・スウィフトの
元カレ? あなたが知らないカルヴィン・
ハリス part.1 現行ポップ最前線モードの今
ただ、もうひとつ付け加えておくべきは、カルヴィンはEDMが下火になったから次の流行へと尻軽に飛びついただけではない、ということ。むしろ彼のやっていることはデビュー当初から驚くほど一貫しています。根底に流れる音楽的テイストもそうですし、常に流行の一歩先を行くサウンドを提示する姿勢もそう。
『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』は、そんな彼が10年以上の歩みの末、必然的に辿り着いた地平でもあります。それを証明するために、最新作に至るまでのキャリアをもう一度振り返ってみよう、というのが本稿の趣旨です。
なお、上にリンクを貼ったパート1の記事では、パート2で初期作品、パート3でEDM全盛期を振り返ると予告していましたが、その予定は変更。到着した『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』が予想以上に素晴らしかったので、パート2でEDM全盛期までのキャリアを一挙に総括。パート3は『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』にフォーカスを絞った記事に差し替えることにしました。パート3も近日公開です。
ということで、ここではカルヴィンの歴史を一挙に振り返りたいと思います。
彼のキャリアが本格的に始まったのは、1stアルバム『アイ・クリエイテッド・ディスコ』(2007年)から。しかし、実のところ、最初のシングル“レット・ミー・ノウ”がリリースされたのは2004年の話です。
BPM80代後半。後のEDMのイメージとはかけ離れた、ゆったりとした横ノリのグルーヴと如何にもベッドルーム・プロデューサー的なローファイ・サウンド。そのどこまでもスウィートでメロウなソウル/ファンク・ポップは、驚くほど『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』とシンクロしています。
新作に向けてシングルを次々と切っていた2017年5月、カルヴィン本人がわざわざこの曲を「初めてリリースした曲」とコメントをつけてツイートしたのも、さもありなん。『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』への布石は、2004年のデビュー当初から既に打たれていたのです。
それから三年、『アイ・クリエイテッド・ディスコ』(2007年)になると、最新機材の導入でサウンドのクオリティが一気に向上。臆面もなくビッグでポップなプロダクションが打ち出され、カルヴィンがメインストリームでの成功に貪欲な野心家であることが明らかになります。
とはいえ興味深いのは、アルバム・タイトルが示唆するように、この時点でカルヴィンがディスコへの偏愛を宣言していること。そして、80年代への強いこだわりが打ち出されていることです。
例えばカルヴィン初の全英トップ10ヒット“アクセプタブル・イン・ザ・80’s”は、「80年代なら受け入れられたのに/あの時代だったら」「きみが80年代に生まれてたら好きになってたのに」と歌う、エレクトロ・ディスコに乗せた80年代へのねじれたラヴ・ソングでした。
ここでちょっと思い出してみて下さい。『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』屈指の名曲“キャッシュ・アウト”では、スクールボーイ・Qが「1980年みたいにパーティしようぜ」と呼びかけ、ドラムが「70年代みたいにパーティしよう」と返しています。
この曲に象徴されるように、『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』では70年代後半~80年代初頭のディスコ、ヒップホップ、ウェストコースト・サウンドがひとつの軸になっています。面白いのは、最新作でも欠かせない「80年代」「ディスコ」というキーワードが『アイ・クリエイテッド・ディスコ』の時点で既に顕在化していたこと。ある意味、『ファンク~』はカルヴィンの原点回帰でもあるのでしょう。
少し話を戻します。『アイ・クリエイテッド・ディスコ』のヒットを契機に、カルヴィンは他のアーティストのプロデューサーとしても活躍。最初に手掛けたビッグ・ネームはカイリー・ミノーグでした。
ただ、これは今聴き返してもそれほど面白味はありません。ニュー・レイヴ/エレクトロの潮流を反映させた、及第点のエレクトロ・ポップ。MVの最初に出てくるカイリーが思いっきりレディ・ガガのコスプレ状態なのも時代を感じますね。
カルヴィンのポップ・プロデューサーとしての巨大な才能が開花するのは、グライムの寵児ディジー・ラスカルの復帰作『タング・アンド・チーク』(2009年)から。当時日本ではNYハウスの帝王アーマンド・ヴァン・ヘルデンが手掛けたエレクトロ・バンガー“ボンカーズ”がウケていましたが、本当に面白いのはカルヴィンが手掛けた2曲“ダンス・ウィズ・ミー”、“ホリディ”の方でしょう。
“ボンカーズ”がありきたりな大箱向けエレクトロだったのに対し、カルヴィンが手掛けた2曲――特にディジー最大のヒット曲“ホリディ”はファンキーなエレクトロ・ディスコにトランスとレイヴ・ミュージックを掛け合わせた、完全なる独自路線。特に2分30秒辺りから突如レイヴィなシンセ・サウンドが割り込んできて強引にぶち上げる展開は、もう独創的過ぎて笑うしかありません。
2008~2009年当時、大箱向けのエレクトロを鳴らすプロデューサーはアーマンド・ヴァン・ヘルデンをはじめ、デッドマウスやカスケードなど何組か見られました。しかし、「エレクトロ/トランス/レイヴ・ミュージックをポップ・ソングのフォーマットに落とし込むこと」にここまで意識的だったのはカルヴィンだけ。そして、今振り返ってみると、この当時のカルヴィンのアイデアが、後にEDMと呼ばれる音楽の基盤を作っていたのは間違いないでしょう。
ディジーのプロデュースとほぼ同時期に、カルヴィンは初の全英1位を獲得した2ndアルバム『レディ・フォー・ザ・ウィークエンド』(2009年)をリリース。この出世作には、より明確な形で後のEDMへと繋がるサウンド・フォーマットが提示されています。ここでは、シングルでも初の全英1位の座を射止めた大ヒット“アイム・ノット・アローン”を聴いてみて下さい。
これもディジーに提供した曲と同じく、ジャンル的にはエレクトロとトランスとレイヴ・ミュージックの融合。しかし、曲の盛り上がりのピークをヴォーカル・パートではなく、シンセ・リフ主体のインスト・パートに持ってくるという構成は、明らかにEDMの原型です。「EDMのゴッドファーザー」と称されるデヴィッド・ゲッタも2009年に同じくEDMの雛型となるような曲を発表していますから、本当にこの2人がEDMを発明したと言っても過言ではありません。
そして、カルヴィンのキャリアとEDMの成り立ちを語る上で欠かせないのが、リアーナとの初コラボとなった2011年のメガ・ヒット“ウィ・ファウンド・ラヴ”です。パート1でも紹介した通り、これは全米で10週1位を獲得したリアーナ最大のヒットであり、カルヴィンにとってはアメリカでのブレイクのきっかけとなった曲。
“アイム・ノット・アローン”と較べると、こちらはより「EDM的」。一番の大きな違いは、どキャッチーなシンセ・リフが飛び交うドロップへと至る直前に、スネアを派手に打ち鳴らすパートが加わっていること。それによって曲の緩急/メリハリが一層強まり、ポップスとしての明快さが押し上げられています。「スネア・ロールによるビルド→ド派手なシンセ・リフが飛び交うドロップ」というEDMのひとつのフォーマットは、ここでほぼ完成形を見たのです。
“ウィ・ファウンド・ラヴ”も収録した『エイティーン・マンス』(2012年)に至るまで、カルヴィンはアルバムごとに次々と新しいサウンドを創出し、遂にはEDMのフォーマットを完成させました。しかし、続くアルバム『モーション』(2014年)は、彼のキャリアで唯一、自分自身を更新しなかった作品です。2014年と言えばEDMの全盛期。その熱狂を謳歌するが如く、『モーション』はEDMバンガー満載のアルバムとなりました。
しかし、そこはカルヴィン・ハリス。基本的にはEDMバブルに乗ったアルバムながらも、そこへの反発もささやかに忍び込ませています。それがアルバムからの最初のリード・トラックだった“スロウ・アシッド”。
「カルヴィン・ハリス=EDM」のイメージが強かった当時は衝撃だった、ブリブリのアシッド・トラック。『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』で打ち出したような、EDMに代わる新しいポップ・ソングのフォーミュラはまだ見出していないものの、少なくとも、この曲では彼が再び新たなステージへと進もうとしていることが暗示されています。
そして、その後の『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』に至るまでのカルヴィンの歩みは、パート1にまとめている通りです。
こうして見ていくと、カルヴィンはEDMの尻馬に乗ってセルアウトしたのではなく、常にオリジナルな新しいサウンドを打ち出してきた結果、EDMというジャンルを確立したこと。そして『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』は、流行のヒップホップ/R&Bに擦り寄ったわけではなく、自分のルーツと2017年の音楽シーンの交錯点を模索し、導き出された最適解であることがわかるはずです。
まさに『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』は、2017年の今、カルヴィン・ハリスが作るべくして作った作品。その真価については、以下のパート3で宇野維正氏に解説してもらいましょう。
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ポストEDMの時代、カルヴィン・ハリスの
『ファンク・ウェーヴ・バウンシズ Vol.1』
だけが唯一無二な理由についてお教えします