SIGN OF THE DAY

メンバー全員脱退、脱インディの失恋作品?
ダーティ・プロジェクターズは何が変わり、
変わっていない?その疑問に答えます。前編
by YUYA WATANABE March 15, 2017
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メンバー全員脱退、脱インディの失恋作品?<br />
ダーティ・プロジェクターズは何が変わり、<br />
変わっていない?その疑問に答えます。前編

ダーティ・プロジェクターズの最新作『ダーティ・プロジェクターズ』は、間違いなくポップ・ミュージックの新時代を切り開いていく一枚。激動の2017年における、北米インディ目下の最重要作品。それは、以下の記事にも書いた通りです。


ダーティ・プロジェクターズとヴァンパイア
・ウィークエンド、2017年ポップ新潮流を
予見した二大巨頭こそがインディ新時代の鍵


ただ、リスナーからの反応は今のところ多岐にわたっている模様。とりわけ、2000年代北米インディの頂点に位置する傑作のひとつ『ビッテ・オルカ』への愛着が強い人ほど、新作に戸惑いを覚えることがあるようです。その気持ちもわからなくはありません。確かに『ダーティ・プロジェクターズ』で彼らのサウンドはドラスティックに変化しました。しかし、『ビッテ・オルカ』へのノスタルジーで新作を素通りしてしまうのは、あまりに勿体ない。本作がデイヴ・ロングストレスの失恋アルバムという、今、さも得意げに流布されている文脈でのみ聴いてしまうのもまた然り。固定観念にとらわれず、ちょっとだけ違った角度から新作を聴くことが出来れば、そのすごさに視界が開けるはずなんですから。

そこで、この原稿ではダーティ・プロジェクターズの新作はどこがすごいのか? 以前とは何が変わって、何が変わっていないのか? そして、その変化が意味するものは何なのか? ということを様々なアングルから検証していきたいと思います。記事の形式は、〈サイン・マガジン〉編集部が用意した少しばかり意地悪な質問に、ライターの渡辺裕也が答えるというQ&A方式。質問者と回答者で敢えて異なる視点をぶつけることによって、『ダーティ・プロジェクターズ』に多角的に光を当て、その魅力を立体的に浮かび上がらせようという意図があります。

では早速、始めてみましょう。これを読み進めることによって、新作にいまいち入り込めなかった人も、既にそのすごさに気づいている人も、そもそもダーティ・プロジェクターズをよく知らない人も、このアルバムの新しい魅力に出会えるはずです。(小林祥晴)




1)新作は、R&Bが流行っているから魂を売ったアルバムって本当?

それは愚問です。2009年に発表した代表曲“スティルネス・イズ・ザ・ムーヴ”がR&Bに触発された曲だというのは、先ほどリンクを貼った原稿にも書いてある通り。もっと具体的にいうと、このオクターブを一気に上げていく歌唱は、あきらかにR&Bのスタイルを意識したもの。

Dirty Projectors / Stillness Is The Move

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実際のところ、アンバー・コフマンはかねてからマライア・キャリーやTLC、ホイットニー・ヒューストンといったR&Bシンガーからの影響を公言していましたし、同じくデイヴもR&Bへの関心をたびたび口にしています。で、それをわかりやすく示したのが、こちらのカヴァー。

Dirty Projectors /Climax (Usher’s cover)


このアッシャーのカヴァー、あらためて聴くと新作の伏線だったようにも思えてきますね。なんにせよ、ダーティ・プロジェクターズがずいぶんと前からモダンR&Bにアプローチしていたってことは、これだけでも十分に理解していただけるかと。むしろ時代が彼らに追いついた、と言った方が正確かもしれませんね。



2)前作『スウィング・ロー・マゼラン』は失敗作なの?

いやいや、まさか。『ビッテ・オルカ』が北米インディを代表する一枚として評価されたせいか、そのあとの『スウィング・ロー・マゼラン』にはいまいちピンとこなかった、という方も割といるんでしょうか。すごくいいですよ、あのアルバム。

Dirty Projectors / Swing Lo Magellan

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確かに『ビッテ・オルカ』ほどの斬新さはなかったかもしれませんが、どちらかといえばこっちはソング・オリエンテッドな作品だし、アコースティック楽器をメインとするアレンジからは、時代性に左右されない耐久性もしっかり宿っています。その完成度の高さ故にバンドの行き詰まりを招いた作品ではあるにせよ、このタイミングでもういちど向き合ってみる価値は十分にあると思います。



3)デイヴ・ロングストレスってクラシック上がりの金持ちのお坊ちゃんなの?

デイヴの出身校は、あの名門イェール大学。当然ながら、彼はそこで音楽学部を専攻しています。なんていうと、いかにもエリートっぽい感じですが、実際は苦難の時期だったようで、デイヴはその大学を2年でドロップアウト。その後は兄のジェイクを道連れにオレゴン州ポートランドへと旅立ち、そこで一枚のアルバムを完成させています。それが2002年に発表されたデイヴのソロ・アルバム『ザ・グレイスフル・フォールン・マンゴ』。

Dave Longstreth / The Graceful Fallen Mango (Full Album)


ちなみに、このアルバムでヴォーカルの一部を担当しているのが、兄のジェイク。デイヴ、どうやら当時はあんまり友達いなかったみたいですね。

このアルバムを完成させた後、デイヴは再びイェール大学に入学。学位を修得し、並行してダーティ・プロジェクターズの活動もスタートさせています。つまり、ダーティ・プロジェクターズとはデイヴがその頃に学んだことをアウトプットするために始まったものでもあり、そこにはおのずとオーケストラ・アレンジなども入り込んでいったと。

大学やめて一年間ふらついたあと、もう一回イェールに入学ーーこうしてざっくり振り返ると、たしかにお坊ちゃん感は否めませんね。そう言えば、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグも名門コロンビア大学出身のお坊ちゃん。先攻は音楽ではなく英語学ですけど。そういったバックグラウンドのアーティストたちが2000年代USインディの全盛期を用意したという事実は、今後「USインディとは何だったのか?」ということを考える上で、もしかしたら、ひとつのヒントになるかもしれませんね。



4)デイヴ・ロングストレスがインディは「プチブルの慰みものになった」って言ってるって本当?

その発言自体は本当です。「バッド&ブージーになっているのは僕なのか。それとも、24世紀半ばのインディ・ロックの状態なのか」。つい先日、デイヴはただいま大ヒット中のミーゴス“バッド&ブージー”を引用しながら、インスタグラム上でこんな疑問を投げかけていました。ちなみに「ブージー」とは、ブルジョワジーを省略したスラングのこと。

Migos / Bad and Boujee ft Lil Uzi Vert

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このデイヴのコメントがきっかけとなって、インスタ上ではフリート・フォクシーズのロビン・ペックノールド、クラウド・ナッシングスを巻き込んだ、ちょっとした討論がスタート。その一部始終については、ぜひこちらの記事を参照してください.

【徹底討論】インディー・ロックは死んだのか?

デイヴにここでインディの現状を咎める意図はなかったのかもしれません。ただ、結果としてこのやりとりは、00年代を賑わせた「インディ」という価値観が、いまやすっかり曖昧になっていることを浮かび上がらせました。実際、『ビッテ・オルカ』が象徴する00年代USインディは、間違いなく当時のメインストリーム音楽よりも先鋭的なものでした。でも今は最新のヒップホップやR&Bと較べてどうなのか? 先鋭性に立脚しないのであれば、インディのアイデンティティとアクチュアリティはどこにあるのか?――そういった様々な問題提起がここでは成されているのではないでしょうか。

いずれにせよ、今のシーンにおいて「果たしてこれはインディなのか、それともR&Bなのか」みたいな区分けは大した意味を成しません。そういった恣意的な線引きこそが、インディ音楽を固定化させ、「プチブルの慰みもの」にしてしまう元凶です。それでも現在のダーティ・プロジェクターズに対して「R&B化してインディを裏切った」みたいな批判が本当にあるんだとしたら、正直そんなに退屈な話もないと思うんです。



5)アンバーとエンジェルがいなくなって、ダーティ・プロジェクターズは完全に別物のバンドになってしまったの?

この答えはイエスでもありノーでもあります。このバンドにとって、彼女たち二人がどれほど重要なメンバーだったのかは、それこそ『ライズ・アバヴ』と『ビッテ・オルカ』を愛聴してきた方には言うまでもないでしょう。女声のハーモニーを前面に打ち出していた『ビッテ・オルカ』期と比べれば、現在のダーティ・プロジェクターズはまったくの別物といってもいいのかもしれません。

Dirty Projectors / Cannibal Resources (from Bitte Orca)

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Dirty Projectors / Cool Your Heart feat. D∆WN (from Dirty Projectors)

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ただ、元々このバンドはデイヴ・ロングストレスが個人的に始めたプロジェクトであり、メンバーもかなり流動的でした。つまり、現在のダーティ・プロジェクターズはスタート時に立ち返っただけ、ともいえる。別の言い方をすると、ダーティ・プロジェクターズの形態は今後さらに変化していく可能性だって、大いにあるでしょう。そう、すべてはデイヴ次第。このバンドの鍵を握っているのは、常に彼なのです。



6)新作のアートワークが『ビッテ・オルカ』で使われていたモチーフを引用しているのは何故?

新作のアートワークは『ビッテ・オルカ』の引用だというのは、ご指摘の通り。しかし、そこにアンバー・コフマンとエンジェル・デラドゥーリアンの姿はありません。つまり、このアートワークはダーティ・プロジェクターズが彼女たちを失ったことを端的に表したものと捉えて、まず間違いないでしょう。さらにいうと、今回のアートワークに写されているワッフル状の模様は、デイヴが作業していたスタジオの天井をプロキシガラスに反射させたものだそう。これもまた、彼の孤独を反映させたものだったんです。

Dirty Projectors / Up In Hudson

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ちなみに、今回の引用元である『ビッテ・オルカ』のアートワークも、じつはダーティ・プロジェクターズが2004年に発表したアルバム『スレイヴス・グレイヴス・アンド・バラッズ』のリアレンジだったりします。つまり、デイヴが過去のアートワークを踏襲したのは、今回が初ではなかったということ。このへんにもまた、根深いものがありそうですね。



7)ダーティ・プロジェクターズの“キープ・ユア・ネーム”とアンバー・コフマンの“オール・トゥ・マイセルフ”はどういう関係なの? これは痴話げんか?

そう受け取られても仕方ありませんね。「わからない、きみがどうして僕を捨てたのか」という歌い出しで始まり、ピッチダウンした声で相手とのすれ違いを物悲しげに綴っていく“キープ・ユア・ネーム”。コーラス・パートの途中、前作『スウィング・ロー・マゼラン』に収録されている曲“インプレグネイブル・クエスチョン”からサンプリングしたアンバーの歌声が、なんどもこう繰り返します。「私たちは目を合わせない」。

Dirty Projectors / Keep Your Name

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対する“オール・トゥ・マイセルフ”は、孤独のなかで安らぎを見出したことについての歌。アンバーの声はとても穏やかで、終盤のコーラス・パートは、別れた相手をなだめているようにさえ聴こえます。なんにせよ、この2曲で描かれている心境はとても対照的。ただ、エンディングの「it's time to listen.」という部分によく耳を凝らすと、あきらかにデイヴらしき声がハーモニーをつけているんですよね。しかも、きたるべきアンバーのソロ・アルバムは、そのデイヴがプロデュースしているとのことで、そのへんがまた複雑というか、なんというか……。

Amber Coffman / All To Myself

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ただ、この『ダーティ・プロジェクターズ』をデイヴの私小説的な作品として片付けてしまうのは、ちょっと違うような気もします。それこそMVの冒頭にほんの少しだけ写真がうつるジョニ・ミッチェルがそうだったように、デイヴはここで「失恋」という、ポップ・ミュージックにおける普遍的なテーマと、かなり意識的に向き合っていたのではないかーー失恋の痛手を歌った“キープ・ユア・ネーム”で始まり、そこから少しずつ立ち直っていく様子を見事に描きだした本作を聴いていると、そんな気がしてならないのです。



ここで前編は終了です。少しずつ『ダーティ・プロジェクターズ』の輪郭が見えてきたでしょうか。後編では更に深く切り込んでいきますので、早速以下のリンクからどうぞ。


メンバー全員脱退、脱インディの失恋作品?
ダーティ・プロジェクターズは何が変わり、
変わっていない?その疑問に答えます。後編





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