SIGN OF THE DAY

8otto、岡田拓郎、NAHAVAND―アジカン
とは別の形でシーンを支える後藤ワークスの
変遷、その背景を後藤正文本人に訊く:前編
by SOICHIRO TANAKA November 13, 2017
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8otto、岡田拓郎、NAHAVAND―アジカン<br />
とは別の形でシーンを支える後藤ワークスの<br />
変遷、その背景を後藤正文本人に訊く:前編

少なくともここ日本においては、アジアンカンフージェネレーションの後藤正文のようなスタンスで活動しているアーティストは、他にほとんど見当たらない。「成功したバンドのフロントマン」というポジションには安住せず、インディ・レーベル/メディアの〈only in dreams〉を精力的に運営。キャリアや知名度を問わず様々なアーティストをフックアップし、時に自らプロデューサーの役を買って出ながら、良質な作品を送り出し続けている。誰もが自身のキャリアやブランディングを考えることで手いっぱいの中、後藤のように音楽シーン全体の底上げに意識的な作家は決して多くはないはずだ。

もしかしたら、こうした後藤の活動を、成功者の趣味の延長と捉えている人もいるかもしれない。だが、以下の対話に目を通してもらえばわかる通り、後藤の突き動かしているのは、誰かがこの役割を担わなければ日本の音楽文化はより貧しいものになってしまうというシビアな現状認識だろう。年々厳しさを増している「音楽ビジネス」の環境下において、素晴らしい才能を持った作家たちがなかなか日の目を見られないことは珍しくない。だが、そこに自分がアジカンの活動を通して得た知識と経験と資本を投入し、積極的に彼らに光を当てることで、荒れかけた日本の音楽文化の土壌を少しでも耕すことが出来るのではないか――後藤の意欲的な「課外活動」の根底には、そのような問題意識と役割意識が感じられる。

だからこそ、後藤の周りにはOkada Takuro、8otto、Turntable Films、NAHAVANDなど、出自も年齢もバラバラの優れたアーティストたちが集まっている。その中には互いに交流のあるアーティストもいれば、ないアーティストもいる。〈only in dreams〉は作家の自主性を重んじ、新作のリリースをレーベル側から催促しないというので、後藤と長く付き合いが続いているアーティストもいれば、一度きりの関係のアーティストもいるだろう。それは出入り自由の緩やかなアーティスト・コレクティヴのようなものかもしれない。いわゆる音楽シーンとは違う、後藤だからこそ作り得たコミュニティの形がそこには生まれつつある。

そして、そんなコレクティヴの最新の成果の一つが、Okada Takuroのソロ・デビュー作『ノスタルジア』。これは、ゼロ年代のブルックリンを一つの指標とした、2010年代日本のインディ・シーンが辿り着いた最高到達点だ。


王道のポップの意味が問われる2017年、
Okada Takuro本人との対話から解きほぐす
初ソロ『ノスタルジア』という答え:前編


もうひとつの成果である8ottoの約7年ぶりの新作『Dawn On』は、2006年の日本を代表する傑作だった1st『we do viberation』以来となる会心作。まさに8otto完全復活を高らかに宣言するアルバムとなった。

8otto / 赤と黒 (from Dawn On, 2017)

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後藤の活動は少しずつ、だが着実に芽吹きつつある。とは言え、読者の中には、後藤がプロデューサー/レーベル運営者として具体的に何をしているのか、想像がつかないという人も少なくないだろう。そこで、Okada Takuroと8ottoの素晴らしい作品が送り出されたのを機に、これまで後藤はどのように作家たちと接し、どのような形で作品を生み出すのに関わってきたのか、本人に話を訊くことにした。

この対話では、後藤の具体的なプロデュース手法のみならず、彼がイメージする理想のプロデューサー像や、現在の音楽シーンに対する問題意識も語られている。読者一人ひとりが音楽の「今」について考える上でも意義のあるテキストになっているはずだ。

それでは始めよう。この日の会話は、後藤の初プロデュース作品の話からスタートした。(小林祥晴)




●後藤くんが初めてプロダクションに関わったのは、Dr.DOWNERのシングル、アルバムからですよね(シングル『さよならティーンエイジ』(2010年)にはミキサーとして参加、アルバム『ライジング』(2011年)にはプロデューサーとして参加)。

Dr.DOWNER / さよならティーンエイジ (2010)

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●そもそも、それ以前からバンドのフロントマン/ソングライターである以外に、他のアーティストのプロダクションに関わってみたいという興味はあったんでしょうか?

「どうなんでしょうね。Dr.DOWNERは近所でデタラメな音源を作ってたから、そのデモ・テープが気になって(笑)。『曲はいいけど、もっとちゃんと作らないの?』って話をして。最初はプロデュースしたいっていうよりは、ミキシングとかに興味があって。勉強っていう気持ちもあったし。近所の若い子たちと一緒に何かやれたら楽しいかな、と思ってやっていただけなんですけど」

●最初は成り行きが半分っていう?

「それに、最初の頃はディレクターだと思ってたので。ちゃんとプロデューサーにならないといけないなって思ったのは、the chef cooks meの『回転体』くらいからですね。『プロデューサーって名乗って、恥ずかしがらないでやっていかないとダメだ、プロデューサーって日本にいないし!』と思って」

the chef cooks me / 環状線は僕らをのせて (from 回転体, 2013)

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●うん、そうなんですよね。

「こういう話をすると語弊があるかもだけど、アジアンカンフージェネレーションだってプロデューサーを入れたいんですよ。だけど、一緒に仕事したいと思える人がなかなかいない。というか、パッと思い浮かばない。今のディレクターが似たような立場だというのは置いておいて、ですけどね。だから結局、白井(嘉一郎、アジカンにデビュー当時から関わっている〈キューン〉制作部のディレクター)さんっていうチョイスしかない。日本ではプロデューサーのイメージが偏ってるんですよ」

●そこはまず構造的な問題がありますよね。日本ではメジャー・レーベルの社員がディレクターと名乗って、利権やクリエイティヴな面をアウトソーシングせずにやってきた歴史がある。

「はい」

●でも、海外ではプロデューサーって色んなタイプがいるじゃないですか。例えばリック・ルービンみたいに、ただマイキングが上手くて、あとは盛り上げてるだけっていう、傍から見ると「何やってんの?」っていうタイプのプロデューサーもいる。そこに価値を見出すっていうカルチャーが日本にはあんまりない。

「そうなんですよね。だから、本当にいろんなタイプがいていいと思うし、サウンド・プロダクションのコンセプトをバンドと一緒になって考えていくような人が、日本にもちゃんといた方がいいなと思って。『こうなったら売れる』という話ではなくて、『こういうサウンド・デザインのためには音をどう配置するべきか』みたいな。『海外ではこういうサウンドがトレンドで』っていう話し合いをバンドとして、それをそのまま真似するんじゃなくて、どういうアプローチで日本語の音楽を作っていくのか――そういう話をちゃんと出来る人がいないんじゃないかと思って」

●ほとんどいないですよね。で、それは後藤くんがプロデューサーとして目指しているところでもある?

「ただ、どちらかというと、〈キューン〉の白井さんのやり方を僕も現場で見て受け継いでるから、技術体系はそこなんですよ。ディレクションやジャッジの仕方とか、僕なりにカスタマイズされてはいますけど。白井さんには『プロデューサーの仕事をしていてもディレクターと名乗る』っていう美学があって。一歩引くっていう。でも、それを僕がやり続けると、プロデューサーに対する誤解だけが広がっていくと思うんです。実質的にやってることはプロデューサーだけど、本人が名乗らないっていうのは」

●後藤くんとしては、白井嘉一郎っていう人は、アジカン・ワークスにおいてはディレクターではなく、プロデューサーだと感じている?

「そうですね、プロデューサーです。クレジットではセルフプロデュースになっていますけれど、最初の頃はバンドよりも名前が大きいくらいだったと思うんです。『ファンクラブ』くらいから、僕のアイデアの割合が増えていきました」

ASIAN KUNG-FU GENERATION / ブルートレイン (from ファンクラブ, 2006)

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●その辺り、読者は実感として分からない部分もあると思うんです。具体的にどういう部分において、彼はプロデューサーであり、アジカンが彼をプロデューサーとして必要としたのか、というのを説明してもらえますか?

「例えば、リズムに対するアプローチの種類は、白井さんからもたらされたところがあって。トーキング・ヘッズだったり、ブラック・グレープだったり、どうしてこの人たちが面白いのか? というところとか。リズム・アプローチに悩んでるタイミングでそういうレコードがスッと出て来て、『こういうのあるよ』みたいな」

●それ以外にも何かポイントはありますか?

「あとは人選ですよね。ドラムテックに三原(重夫)さんがずっと入っていますけど、三原さんによって(伊地知)潔のフィジカルだけじゃなくて、ビートの解釈や知識がもたらされたというか。そういう人選もプロデュースだと思っていて。誰と会わせて、どんなことを学ばせたらバンドがよくなっていくのか? とか。そういうところは自分たちでは絶対に解決出来ないところですし」

●具体的なサウンドのアプローチ以外の部分でもアドヴァイスをしてくれる。

「レーベル側には売りたい人もいるわけで、そうした部門との折衝もしてくれるし、音楽をやる上での政治的な問題、レーベルとの権利の問題、当時はiTunesに作品をアップロードできないこととか、どうしてレーベルゲートCDが採用されるのか、みたいな話も僕たちの理解が進むような言葉を置いてくれたりとか、交渉の間に立ってくれたりだとか。そういうところも含めて、僕たちにとっては大きい存在でしたね」

●アジカンにとっての彼は、単純にスタジオ内のことだけではないということですよね。そういった部分も、自分自身がプロデューサーと名乗った時には果たしたい役割だという意識はありますか?

「そうですね。例えばどんな本を貸すかっていう部分も含めて、音楽以外の話もしますよ。一緒に美術展に行ったりだとか、興味がありそうなことだったら何でも。純ポップ・ミュージック学的な視点だけでは音楽って出来なくて、いろんなものと絡んでるから。音楽って、その人が普段何を考えて、どういう本を読んで、どんな映画を見て、っていうのがものすごく影響してくるものなので、そういうところを丸ごと話したりしますね」

●具体的に、カルチャー全般だったり、作品に影響するだろうバックグラウンドみたいなものをガッツリと話し合って出来た作品って言うと?

「やっぱり『回転体』ですね。あと、ソロ周りのミュージシャンとはそういう話をよくします。自分がどういう音楽をやりたいかの説明にもなるし。人によって違うので何とも言えないけど、最近ではTurntable Filmsの井上(陽介)くんとは一緒にいる機会が多いから、いろんな話をします。でも、彼は本当に音楽に振ってるから、音楽や機材の話ばっかりですけど。8ottoもマエソン(マエノソノ)はいろんなことに興味があって、歌詞はどこまで書いたらいいのか、っていう話をしたり」

●どこまで、っていうと?

「つまり、ポリティカルな視点はどう入れるのか、とか。彼も無意識で書いているところがあるから、『これではたぶん誤解される』とかね。『今のポリコレだったら引っかかる言葉だよ、でも引き受けられるんだったら書いてもいいと思う。でも僕はマエソンがこんなことを書いてたら嫌だなと思う』とか、そういうやり取りをしたりしましたね。NAHAVANDとかは、またちょっと違うタイプの話をしますけど」

●どんな話をしてるんですか?

「社会人としてのあり方、みたいな話(笑)。突っ張ってるけど、芯の通った突っ張り方じゃなかったら言うとか」

●NAHAVANDのリリックって、360度すべての人に突っかかるアティチュードですもんね。

NAHAVAND / 最強のふたり(Two Of Strongest, 2015)

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「『ただ誰かを蹴り上げたいだけなら、後になっても蹴り上げられたことは言われるよ』って。『それを一生貫き通していくんなら、お前らはかっこいいと思うけど、その匙加減はちゃんとした方がいいよ』とか。今はしっかりしてきたというか、リリックと共にどんどんカッコよくなっているなって気持ちはあるんだけど、最初の頃は若さ特有の、とりあえず誰かに突っかかりたい、っていう感じもあったから」

●それが彼らのよさでもあるんですけどね。

「生意気なくらいの方がよくて、しっかりカッコつけて欲しいって思ってるんですよ。ただ、CD売る売らないとか、あんまりそういうところで仮想敵を作る必要はないんじゃないかな。音楽がよければ欲しい人は増えるし、そうなった時にフィジカルかそうじゃないかって話をすればいいんだし。最初からガチガチに強張ってる必要はないんじゃないかな」

●うん。

「でも、そういう揺れ動きって、すごくいいと思うんですよ。やっぱり成功したいじゃないですか。そういう欲求がガソリンになってこそのポップ・ミュージックだし、そこが魅力だったりするから。彼らがそういう壁にぶち当たって、へこんだりしてるのはとても正しいあり方だとは思ってるんですけど」

●そうですね。

「でも、音楽好きな奴はみんな仲間だよ、っていうのは自分で思ったりするんですよね。メディアの人とかも含めて。そこにやたら唾吐きかけていく必要はないんじゃないかって」

●そこは難しいところで、海外ではヒップホップで言うところの「ゲーム」っていう意識がオーソライズされているんだけど、日本だとあまりにそれが浸透してない――もちろん海外でもビーフに発展することはあるけど。だから、日本みたいにコンセンサスが取れていないところでやると、必要以上に角が立つっていう、文化的な背景もありますよね。

「だから、NAHAVANDはすごく難しいところに挑戦しようとしてる。まだ更地にもなっていないような土地を切り拓いていくような音楽の作り方をしてるというかね。音楽的にも、ロックとヒップホップの真ん中みたいな、ともすればどっちからも聴かれないかもしれないぐらいの危ういところをズバッと抜けようとしている人たちだから。そういう難しさっていうのは、常々一緒になって悩んであげないといけないなって思ってます。でも、僕も答えなんて持ってないし、考え過ぎても分からなくなっちゃうから、最終的には『いいよ、かっこよければ! やりたいことやれよ!』って思っちゃうんですけどね」

NAHAVAND / Hold On feat.Gotch (2017)

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●NAHAVANDは次の作品もプロデュースしてるところですよね? 今はどういう段階ですか?

「音の一発一発の精度がまだ悪いから、まずはそこの見直しからですね。キックを差し替えたりとか。でも、僕もわりとシビアに、自分に出来ること、出来ないことは分かっているので、これは別の血が必要だと思ったら入れます。僕とやってロック、みたいな角度だとどこにも行けないと思うし、コンテンポラリーなヒップホップとかR&Bを聴いてる人の耳を一回通すのもいいと思うから。NAHAVANDは編成の関係で、どうしても一色塗りのサウンドになりがちだから、アプローチはもっといろいろあった方がいいよな、と思いつつ。でも、本人たちがやりたくないことをやらせてもしょうがないですし」

●うん。

「でも、若い子と話してるのは楽しいですよ。彼らとは、『トラップみたいなのは、いつまでやるのがいいんだろうね?』みたいな話もするんです。で、彼らとしては、『流行ってるからやってるんじゃなくて、細かいビートの刻みが言葉にもインスピレーションを与えてくれるんだ、単にトラップをやりたいわけじゃない』ってことみたいで。プロデュースで得るものもいっぱいありますよ」

●なるほどね。

「でも、ギターのTokisatoは完全に僕を舐めてて、全然会いに来ないんだよなあ(笑)」

●僕も彼は全くつかめない(笑)。

「大阪のフェスに行くから、『新作の打合せでもしよう』って呼び出したら、Miyauchiが全然違う友達と一緒に来て。Tokisatoのことを訊いたら、彼女と一緒に海に行くから来ないとか(笑)」

●ハハハッ!

「でも、それでバッサリ切ったりしないのが(リバティーンズの)ピートとカールみたいな感じっていうか、すごくバンドっぽいんですよ。普通のラッパーだったら、ビートを買えばいいんだから、そんな勝手な奴はバッサリ切るだろ、っていう。でも、それをしないのがバンドっぽい。『俺たちはバンドから始めたから、気分はバンドなんだ』って言ってましたね」

●NAHAVANDもそうですけど、後藤くんがプロデュースしてきたアーティストは、シェフ、タンテ、岡田(拓郎)くん、8ottoっていう、なかなかビジネス的な座組に恵まれなくて、作家の本来のポテンシャルほど結果が出なかった人たちが奇しくも並んでる。そこに関しては、彼らと距離が近かったからのか、彼らがやってることのポテンシャルに対する期待があったからなのか――どういう部分で、彼らをサポートして一緒に仕事することに繋がったんだと思いますか?

「タイミングの問題もあると思うんです。過去に『どうする?一緒にやる?』みたいな話をしていた人たちで、他にレーベルが見つかったからそっちで、っていうこともあったし。今振り返ると、僕と一緒にやった方がよかったのに、と思うこともあるんだけど(笑)」

●(笑)。

「でも、シェフとか8ottoとか、心が折れかかってる人たちと知り合うんだよね。で、『もっといいのにな』って思うことがあって、やっぱり手伝ってあげたくなるし。シェフはメジャーで本当に人に恵まれなくて、人に騙されたりとか、ひどいこと言われたりして、心を何かで塗り固めたんじゃないかっていうくらい閉じてたから。殻なのか薄皮なのか、そういうのを一枚一枚はがしながら、『お前はすごいから大丈夫、やれるよ』みたいな」

●なるほど。

「8ottoはみんなアラフォーで、音楽でどうやって食べていくかっていうより、音楽とどうやって生きていくかっていう局面で。音楽って、音楽で食ってる奴だけのものじゃないと思うんですよね。産業のシステムとうまく折り合いがついてないけど、でも音楽は本当に素晴らしい、っていう人たちがすごく多いことに憤りがずっとあって。どうしてもっと上手くやってあげられないんだろう、って」

●そうですね。

「新人を本当に使い捨てみたいにして、何でこんなにたくさんアルバム出させるんだ? どうしてこんなに時間を使わずにまた新しいアルバム作らせるんだ? そりゃ、薄まっていくに決まってるじゃないか、って思うことが増えた。逆に、じっくりやらせてもらってるな、っていうチームは分かるんですよ」

●具体的には?

「例えばSuchmosはチームがきっとしっかりしてると思う。だめなディレクターだったら、『どんどん新曲出せ』ってなると思うんですよ。ちゃんとやってるかどうかは、タイム感を見たら分かるじゃないですか」

●ライヴもプロモーションも詰め込み過ぎないで、制作にしっかり時間を取ってるのが伝わってきますよね。彼らはやろうと思えば去年だって武道館でやれたと思うけど、ちゃんと計算して会場のサイズも絞っているし。

「でも、そういう冴えた人って本当に一握りだから。だから、そうじゃないスタッフに囲まれている人たちにもちゃんと機会を与えてあげたいと思うし」

●なるほどね。

「あと、僕としては、アジアンカンフージェネレーションがこんなにも売れてるってことに対する罪悪感が少しあるんですよ」

●罪悪感? 恵まれてたってことに対する?

「そう、恵まれ過ぎてるんじゃないかっていう。たかだかプリプロで、デモの録音みたいな作業なのに、こんな高いスタジオでやらせてもらえるの? って思う。僕が抱えているバンドは、ときには一日で6曲のリズム録りをしなきゃならないのに」

●知り合いのインディ・バンドから聞いたんだけど、とあるレーベルは、バンドの制作費がアルバム一枚で15万から20万なんだって。で、権利は全部レーベル。これは流石にビジネス的に厳しいな、と。

「15万でバンド録音の何が出来るんだよ、って思うんです。一方で、僕たちのチームがやってることって、商業的なことを無視しちゃってるから。だって、岡田くんのアルバムをグレッグ・カルビにマスタリングしてもらうとか(笑)」

●それはそれで、みんなよくOKしたな、と思うけど(笑)。

「でも、そうじゃなきゃ、って思うんですよ。僕たちは売れるものを作りたいっていうよりも、いいと思うものをやりたいわけじゃんって。一緒に仕事する人にも後悔してほしくないし、この先も誇らしく歩んでいってもらうために音楽を作ってるわけだから」

●わかります。

「で、そういうことが出来るのは、アジアンカンフージェネレーションっていう巨大ロボットの存在が助けにもなっていて」

●うん。

「資本的な面でも恵まれるし。自分の稼いだお金をなるべく音楽に戻していきたいっていう気持ちが強いんですよね。僕が音楽をやってるのも、いろんな音楽を聴いた影響の積み重ねの上に成り立ってるわけで、ある日思い立ったようにギターを持って自然と音楽が作れたわけじゃないから。連綿と積み重なってる文化から何かを得て、作品を作って、それがお金になってるだけだから。恩恵を自分たちだけで抱えてるのはおかしくて、次の奴らにどんどんパスしていくべきだって思っていて。そうやっていると、心が折れかかった人たちが集まって来るんですよね(笑)」

●置かれた環境に心を折られかけたアーティストっていう話で言うと、たぶん8ottoって、日本で初めて360度契約の対象になったバンドなんですよね。当時、彼らが所属する〈BMG〉が海外で〈ソニー〉に買収されて、おそらく〈ソニー〉が360度契約を初めて適用したのが8otto。インディ時代の『We Do Vibration』は、2006年の10本指に入るくらい――日本では2本指、3本指に入るくらい素晴らしいレコードだったと思んです。

8otto / 0zero (from We Do Vibration, 2006)

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●当時、「彼らに年一枚アルバムを出させて、なおかつ360度の契約なんて無理だよ」って話をレーベルにした記憶もあるんですけど。実際、それでバンドが停滞していくのを見るのは個人的にも辛かった。新作『Dawn On』は6年振りで、長いインターヴァルだとは思ったけど、同時に8ottoってこれくらいのタイム感でじっくり進んでいくバンドだよね、っていう思いもあったんですよ。

「はい」

●で、実際、後藤くんから見て8ottoの場合はどれくらいの心の折れかかり方だったんですか?

「彼らの場合は少し特殊で、音楽に対する意欲が折れているわけじゃなかったんです。パッションは常にあるけど、状況がそれを許さないっていうか、生活の問題と直面してたんですよね。それぞれに仕事があって、休みが合わないとか。みんなが集まれる貴重な時間でライヴを選ぶか、レコーディングを選ぶか、っていう」

●うん。

「アルバム一枚作るのって途方もないエネルギーを使うから、『自分たちだけでやっても暗礁に乗り上げてたんじゃないか?』って今になって言ってますけど。たぶん仲違いするとか、それに近いことになってたんじゃないですかね。どうしても誰か整理する人が必要な状況で」

●なるほど。

「何年か前にマエソンがフィーダーのタカさんとかINORANさんと一緒にMuddy Apesってバンドをやっていて、それのヴォーカル・ディレクションとエディットをやったんですけど、その時に『マエソンの歌、やっぱりいいな』と思って。この人の声って、断片的なイメージを繋ぎ合わせてるような歌詞なのになんでこんなに歌詞に説得力があるんだろう、っていう不思議な響きなんですよ。それで、8ottoもちゃんとやったほうがいいよって話をして。TORAちゃんは僕の1st(『Can’t Be Forever Young』2015年)で何曲かベースをやってもらったし、大阪に行ったらご飯を食べたりもしてて、それで改めて話したんです」

●じゃあ、具体的に「レコード作ろうよ」って持ちかけたのは一年、二年前?

「そうですね。二年くらい前です。TORAちゃんから、『出来れば〈only in dreams〉でやりたいんだよね』って話をされて。『それは僕も嬉しいよ』って言って、そこから始まりました」

●彼らとの作業は具体的にどのようなものだったんですか?

「彼らは音楽への意欲はすごく高いんだけど、とにかく集まれないから、どうやってこの人たちの時間を上手く作るか、っていうことをまずは考えましたね。もう合宿しかないなと思ったんですけど、合宿でも4人全員は来れなかった。じゃあ、リズム隊と僕の3人で行こうってなって、3人でバーンッと録って」

●うん。

「マエソンはそんなに練習する時間を取ることが出来ないだろうから、僕も彼はそんなに叩けないって覚悟して行ったんです。でも、スプーンとかレッチリの一番新しいアルバムみたいに、生音を使いながらフレキシブルにエディットしていく――ああいうやり方をすれば、モダンなロックのまま今の流行りともズレない、いいものが出来るんじゃないかと思って。リファレンスはそこでしたね」

Spoon / Hot Thoughts (2017)

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Red Hot Chili Peppers / Dark Necessities (2016)

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「だから、そこは心を鬼にして、マエソンはいい感じのダンッ! を出してくれればいいって」

●それぞれの太鼓の鳴りをまず録った。

「そう。いい鳴りで叩いてくれれば、いいところを使えるし。でも、生っぽさは絶対に必要だから、TORAちゃんにはずっと弾かせるっていう。TORAちゃんは本当に真面目だから、いっぱい練習して、腱鞘炎になったりもするんですけど。それでも夜中まで『まだもっとよくなる』って言ってやらせたりだとか(笑)。ここを追い詰めていっても答えは出ない、逆にこの人は言えば言うほどよくなるとか、そういう判断は現場では絶対に必要で」

●そうですね。

「でも、8ottoに関してはスイッチが入っちゃえば音楽に対する情熱はあるし、マエソンもダビングからミックスの頃には完全にスイッチが入っていて、エンジニアと僕が気付かないようなすごく細かいところまで聴いて、『ここはこうしたいんだけど、どう思う?』って言ってきたり、アイドリングが完全に終わって鋭い雰囲気が戻ってきてたから。本当に驚きながらも楽しい現場でした。あと、彼らはロックンロールな人たちだから、デモで録った、歌詞も確定してないような仮歌を『使いたい』とか言うんですよ。『マジかよ?』みたいな感じで(笑)」

●マエソン・ルールですね(笑)。

「“Ganges-Fox”の冒頭がそうなんですよ(笑)。練習用のスタジオで、どこにも行けないようなハードコンプをかけて録ったやつ。でも、それでやろう、って。そういうことを一つ一つ叶えながら、次はどうしていくか? っていう作業でしたね」

8otto / Ganges-Fox (2017)

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●そういう意味では、バンド・サイドからの無茶な要求も多いレコーディングだった?

「はい(笑)。こっちからも、『ヴォコーダー使ってみたらどう?』とか、いろんな提案もしました。ギターの録音もすごく楽しかったですよ。2人ともクリエイティヴな現場に飢えてたんだと思うんですけど、僕が持ってるありとあらゆるエフェクターを繋ぎ合わせて、アンプもその場で選んで音を作っていくっていう」

●作業を進めながら、彼らのモチヴェーションもどんどん高まっていく感じだった?

「スタジオに入っちゃえば、みんな、これが一番楽しいんだ、っていうような顔してくれるから。そうなるまでのわだかまりをほぐしてあげるっていうのが、自分の現場では大事な仕事だったりしますね」

●ポスト・プロダクション、リリック、歌録りについても訊きたいんですけど。そもそも、バンドから曲が上がってきて、候補曲からアルバムにブレイクダウンしていくプロセスに関しては、どういうアプローチをしたんですか?

「8ottoの場合は、その段階でわりと話しましたね。“Ganges-Fox”のデモを聴いて、『この曲はタム回しから初めて欲しい』って言ったり。曲によっては『もっと全然よくなるから、もうちょっとバンドで練って欲しい』とか。『“SRKEEN”はすごくいいから、あれはミックスし直したい』みたいな話をしたり。あとはボリュームの問題で、僕としては、8ottoだったら40分台で、10曲か11曲。11曲でも僕は多いと思っちゃうけど、その辺は相談だね、っていう」

8otto / SRKEEN (2015)



●さっきスプーンとレッチリの最新作がリファレンスとして名前が挙がりましたけど、8ottoの今回のアルバムの中に盛り込んだ今のテイストっていうと、他に何かありました?

「最先端っていうと、やっぱりその二枚だと思うんですよね。あそこでデイヴ・フリッドマンとかデンジャー・マウス、ナイジェル・ゴドリッチがやってることが、バンド録音の最前線だと思っていて。上手いなって思うんですよね。コテコテの真四角じゃないし、生っぽい音で組んであるけど、上手くコントロールされてる。レッチリのファンからすると、フィジカルが足りないっていうのがあるかもしれないですけど、僕は今までのアルバムで一番好きですね」

●うん、あれは素晴らしいアルバムだと思います。

「手グセでいくらでも『カリフォルニケーション』な曲を作れる人たちが斬新な切り口を見せているのは素晴らしいことだと思うし。テクノロジーっていうのはそういう能力があって、思いもよらない角度を見せてくれる。で、たぶん人間ってそれに追いつくんですよ」

●というと?

「ジャズの人たちに目を向ければ、昔はブレイクビーツとしか呼べなかったものでも、普通に人力にしちゃってるじゃないですか。手が奇数? みたいなね(笑)。たった一人でポリリズムも出来ちゃうドラマーが出て来たりする。先にビシッと方眼紙みたいに作って、それにはめていく、みたいなやり方とは全く逆な気がしますね。そこからどうズレていくか、ヨレを受け入れてやっていくか。そういうやり方がたくさん出てきて、僕は面白くなってきてるなって思ってます」

●確かに。

「あとは、スタジオが無くなっていくのは寂しいことなんですけど、一方でSeihoみたいにモバイル的な方法でやれる人もいるっていうのは新しい可能性だと思うし、NAHAVANDが最初の音源をiPadで作りました、みたいな話も『最高だよ!』と思いますし」

●大きな資本がなくても、テクノロジーがあればDIYでやれる、っていう可能性ですよね。

「でも、いいスタジオでいいバンドで録りましたっていうものも、流石に抗えない良さがあるよね、っていうのもあって。ベックがそういう作品を見せてくれたりするじゃないですか? でも一方で、彼らもシミュレーターとか、新しいテクノロジーを絶対使ってるはずで。コーネリアスの小山田さんも、もうギターはアンプで鳴らさないって言ってますしね」

●卓に直接プラグインしているって言ってましたね。

「段々いい混ざり方になってきたような気がしますね」

●じゃあ、一つ、いつも訊いているゲーム的な質問をしていいですか? さっきのレファレンスとは別に、このアルバムの両側に置くとしっくりくるレコード2枚を挙げてもらうとすれば、何になりますか?

「スプーンとレッチリのアルバムを除けば、一つはデヴィッド・ボウイの遺作『★』ですね」

David Bowie / Blackstar (from ★)[2016]



「アルバムを録りながら、マエソンとデヴィッド・ボウイの話をたくさんしたんですよ。マエソン、すごい好きだから。“Mr. David”ってデヴィッド・ボウイが死んだことに対する歌なんです。それを自分の家族と結びつけて歌にしていて、すごく印象的で。あと、この時代のモードって意味では、彼の死も含めて、デヴィッド・ボウイのアルバムが先にあって、その匂いとか質感、フィーリングをマエソンはいい意味で引きずってるんだと思う。だから、僕は地続きだと思っていて。マエソンもあのアルバムを選んだら喜んでくれるんじゃないかな」

●じゃあ、もう一枚は?

「あとはボブ・マーリーのアルバムを何か一枚置いてあげたい感じがする」

●やっぱりマエソンっていうと、ボブ・マーリーは外せない感じ?

「あいつは考えてることが最終的にレゲエの膜で包まれてる感じがしますね」

●ワン・ラヴってところからブレないよね(笑)。

Bob Marley / One Love (from Exodus)[1977]



「面白いのが、最近のマエソンはレゲエと日本への愛情が衝突したみたいな思想になってきてて。瞑想とかして、自分の中で何か新しいエネルギーが開いたらしくて、その日から自分の後ろでカチカチと音がするって。『それがマイクに乗ってないか、心配なんだけど』ってレコーディング中に言ってました」

●すごいな、それ(笑)。

「でも、本当に音がするんですよ。何か、カチカチって骨の音が。『本当じゃん、でもマイクには絶対乗らないから大丈夫』って(笑)。でも、彼は本当にレゲエだね。だから、その二枚かな」


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