SIGN OF THE DAY

上級コース:2016年夏のレディオヘッドを
120%楽しむために。ほぼ絶対にないものの
演奏されたら憤死するしかない究極の10曲
by SOICHIRO TANAKA August 21, 2016
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上級コース:2016年夏のレディオヘッドを<br />
120%楽しむために。ほぼ絶対にないものの<br />
演奏されたら憤死するしかない究極の10曲

初級コース:2016年夏のレディオヘッドを
120%楽しむために。事前に聴いておくべき
「現在のレディオヘッド」を代表する10曲


中級コース:2016年夏のレディオヘッドを
120%楽しむために。確率70%から20%で
演奏しそうな、主に90年代の珠玉の10曲


この2016年の夏、〈サマーソニック〉で
レディオヘッドを観ておかないと絶対に
後悔する10の理由 part1-総論編



さあ、遂に上級コースまで辿り着きました。ただ、このリストの10曲に関しては、特にしっかりと予習する必要はありません。この10曲を演奏する可能性は極めて低い。というか、ほぼ100%演奏しないだろう曲が大半です。

ただ、可能性がある曲もあります。なので、これまでにならって、今回のツアーのセットリストの統計から、演奏される確率を割り出しておきますので、そちらを参考にして下さい。

万が一演奏したら、その時は共に憤死して、一緒に天に召されましょう。では、始めたいと思います。




1. Airbag

まずはまだ辛うじて演奏される可能性のある曲から。マガジンのジョン・マクガフ譲りの半音階の単音ギター・リフが、ジョニー・グリーンウッドのテレキャスターから鳴り出した瞬間に誰もがぶっ飛ばれてしまうしかない97年の3rdアルバム『OKコンピューター』のオープナーです。

では、リリースからほぼ1年後、ワシントンDCで行なわれた〈チベタン・フリーダム・コンサート〉での動画を見て下さい。この曲でクラウド・サーフィン? という、観客の反応がこの2010年代とは違い、当時のオルタナティヴ全盛期の空気感を物語っています。

Airbag (Tibetan Freedom Concert 1998)


この曲が演奏される確率は約15%。今回のツアーではまだ数回しか演奏されていません。ゆえに、もし仮にこの“エアバッグ”が演奏されたとすれば、彼らレディオヘッドにとって日本という国は本当に特別な場所ということ。と、いきなり愛国ポルノ発言から始めてしまいました。失礼。悪しからず。



2. Subterranean Homesick Alien

こちらも同じく『OKコンピューター』収録曲。ボブ・ディランの曲タイトルを引用したタイトルを持つ、この“サブタレニアン・ホームシック・エイリアン”もまた、前述の“レット・ダウン”と同様、本当に演奏されることが少ないことで知られています。

おそらくそれは、中級コースの“レット・ダウン”の項で書いたのと同じ理由によるものだと思われます。『OKコンピューター』ツアーにはそれなりに演奏されていたものの、その後は、たまに演奏されることがあったとしても、一回のツアーに対してほんの数回。

今回のツアーでもまだ1回きりしか演奏されていません。限りなく演奏される可能性は少ない。確率として約5%。以下の映像は、『OKコンピューター』ツアーでの演奏です。

Subterranean Homesick Alien


ちなみに、こちらは2011年、ニューヨークの〈ローズアイルランド・ボールルーム〉での動画です。オーディエンス・ショットなので、かなり状態はひどい。ただ、思いもしないレア曲が飛び出したことに対する、観客のとんでもない熱量はしっかり伝わってきます。

さあ、2016年の夏、果たして奇跡は起こるのでしょうか。



3. True Love Waits

こちらは最新作『ア・ムーン・シェイプト・プール』収録曲。ただ2001年にリリースされたライヴ・アルバム『アイ・マイト・ビー・ロング(ライヴ・レコーディングス)』にトム・ヨークひとりのギター弾き語りテイクが収録される以前から、ずっとファンには知られていた“リフト”と並ぶ「もっとも有名な未発表曲のひとつ」でもありました。

そういう意味からすれば、『ア・ムーン・シェイプト・プール』冒頭に収められた“バーン・ザ・ウィッチ”もまたそんな曲のひとつです。タイトルは、すでに今から10年以上も前、『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のアートワークにも登場していたし、その後もこの曲のリリックが彼らのウェブサイトのデザインを飾っていたりと、その存在自体はずっと知られていたんです。

言うまでもなく、この“バーン・ザ・ウィッチ”のリリックのテーマになっているのは、タイトルが示す通り、「魔女狩り」です。つまり、自分自身が理解出来ないものを悪と特定し、ひたすらそれを徹底的に叩くという集団的ヒステリー現象ですね。

この曲の「これは低空飛行によるパニック発作」というラインからすれば、テロリズムに対する恐怖のあまり、アメリカやフランスといった先進国がドローン爆撃機によって中東の街を破壊していることを指すという解釈も可能です。

また、この曲のPVの冒頭と最後に映し出されるのが、世界的なソーシャル・メディア・プラットフォームのアイコンでもある小鳥であることからすれば、集団的ヒステリーに駆られたトロールたちの温床でもあるSNS社会についても言及しているという解釈も成り立つかもしれません。

いずれにせよ、かつて彼らが2003年に『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』を作った時ほど、悪の正体はシンプルなものではない。重層的に複雑に絡み合っている。「月の形をした水たまり」というタイトルが示す通り、もはやそれがどこに存在するのか、どれが本当の諸悪の根源なのか、誰もそれを示すことが出来ずにいる。それゆえ、不安に駆られ、水たまりを月と見間違いさえする。そして、さらにすべては混迷を極め、どれだけ腐心しようとも解決の扉はみつからない。中級コースの“デイドリーミング”のところで触れた通りです。

それにしても、そんな認識が基盤になったアルバムの最後を飾るのが、この“トゥルー・ラヴ・ウェイツ”だということ。安息と安らぎに満ちたサウンドに乗せ、本当の愛はもはや子供時代の遠い記憶にしか存在しない、そんな風に解釈せざるをえない曲でアルバムが幕を閉じていることは、かなりの重みがあります。

以下の動画は、今回のツアー、パリ公演での演奏です。以前のアコギではなく、鍵盤による弾き語り。オーディエンス・ショットなので、けして状態は良くはありませんが、とても貴重なものです。

True Love Waits (Paris 2016)


今回のツアーではまだこの一回しか演奏されていない。演奏される可能性はかなり低い。確率的には約5%です。でも、ひとりスピーカーの前で聴くならまだしも、この曲を大勢の観客と一緒に味わう勇気は僕にはありません。そこそこ涙腺は強い方なんですけど。果たしてどうなるでしょうか。



4. 15 Step

この“15ステップ”もまた、今回のツアーではまだ1回きりしか演奏されていません。ゆえに演奏される可能性は約5%。2007年の7thアルバム『イン・レインボウズ』収録曲です。

まずは2009年の〈グラミー・アワード〉でのパフォーマンス映像を見て下さい。大勢の打楽器奏者とブラス隊を従えた圧巻の演奏。これは本当に素晴らしい。

15 Step (The Grammys 2009)


まあ、しかし、2008年から2009年にかけての『イン・レインボウズ』のツアーのオープナーとしての印象があまりに鮮烈ですからね。ここ10年近く頻ぱんに演奏されてもきました。今回のツアーでは我慢すべきところかもしれません。



5. Polyethylene(Pts. 2)

ここからの6曲は基本的に100%演奏されないだろう曲です。勿論のこと、今回のツアーではいまだ一度も演奏されていない。なので、もし仮に演奏されることがあったとしたら、それは奇跡中の奇跡だと思って下さい。

この“ポリエチレン(パート2)”は、『OKコンピューター』からの最初のシングル『パラノイド・アンドロイド』のB面収録曲。そもそも前後のパート二つの同名異曲からなる組曲で、これはそのパート後半に当たります。前後併せて、隠れた名曲のひとつです。

97年の春、『OKコンピューター』用の取材のため、オックスフォード郊外にある彼らのマネージメント、コートヤードまで出向いた際、ちょうどこの曲のベースの録音のために、コリン・グリーンウッドがコンソールの外でひとり演奏するところに立ち合えたのは、今でもいい思い出です。てか、どうでもいい話ですね。ただ天下のレディオヘッドとは言え、当時はそんな風にシングルB面曲を突貫工事で作っていたのです。

ただこの曲は200%絶対にやりません。これまでも97年から98年にかけての『OKコンピューター』ツアーで十数回演奏されたのみ。その理由はおそらく、中級コースの“レット・ダウン”の項で述べたことと同様でしょう。いまだ自分を含む中産階級の暮らしに無邪気に牙を向くような曲は、今の彼らのスタンスにそぐわない。

では、足掛け10ヶ月近く続いた『OKコンピューター』ツアーの最終日――98年4月中旬に行なわれたニューヨークの〈ラジオ・シティ・ミュージック・ホール〉での演奏を見て下さい。この日のサポート・アクトはスピリチュアライズド。

この曲の演奏終了後にわざわざステージにナイジェル・ゴドリッチを呼び出して、互いにハグし合う姿がとても感動的。過酷なツアーがようやく終わりを告げるという安堵と達成感に満ちあふれています。オーディエンス・ショットなので決して映像の状態は良くありませんが、そこは悪しからず。

Polyethylene, Pts. 2 (Radio City Music Hall, NY 1998)


因みにこの日の全23曲に及ぶフル・セットの動画はこちらです。この動画の最後、一向に鳴り止まぬ気配を見せない万雷の拍手が圧巻です。この曲をここで選んだのは、この辺りのことを読者の皆さんに見ていただきたかった部分もあります。

その万雷の拍手に応えて、二度のアンコールで演奏されるのは、『OKコンピューター』ツアー終盤にほんの数回だけ披露された、その2年半後、『キッドA』に収録されることになる“ハウ・トゥ・ディサピアー・コンプリートリー”です。これは本当に貴重。コリン・グリーンウッドによる眩暈がするほどに素晴らしいベースもほぼ完成に近づいています。2003年の〈サマーソニック〉と同様、この日のライヴもちょっとした奇跡の夜だと言えるかもしれません。



6. Lurgee

この曲も500%絶対にやりません。この曲、93年の1stアルバム『パブロ・ハニー』に収録された“ラーギー”が最後に演奏されたのはおそらく、2003年の『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』ツアーのマジソン・スクエア・ガーデン公演。80回近く行なわれたこのツアーでも演奏されたのは、たったの数回。しかも、それから十数年経っています。まあ、期待薄ですよね。

ただ、万が一この曲が演奏されようものなら、デビュー当時からの彼らのファンなら100%憤死してしまうに違いない。古くからのファンにとっては“クリープ”以上に愛され続けてきた曲。初級コースでも書きましたが、2ndアルバム『ザ・ベンズ』収録曲“ストリート・スピリット(フェイド・アウト)”、そして、もっとも有名な未発表曲“リフト”と並ぶ、90年代レディオヘッドのポジティヴ三部作のひとつです。

この“ラーギー”という不思議なタイトルは、1950年代に英国のBBCで放送されていたラジオ・コメディ番組『ザ・グーン・ショー』に出てくるもっとも有名なネタ――「lurgi」に由来するもの。この番組の脚本を書いていたのは、英国が誇る不世出のコメディアン、スパイク・ミリガンです。彼のブラックでシュールな笑いのセンスは、ビートルズ時代のジョン・レノンにも大きな影響を与えたと言われています。

もし良かったら、改めて2003年の6thアルバム『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のブックレットを見て下さい。トム・ヨークは、晩年、鬱病に苦しみ、2002年2月に亡くなったスパイク・ミリガンにこの作品を捧げています。トム・ヨーク特有の言葉に衣を着せない、時に辛辣なブラック・ジョークのセンスは間違いなく彼からの影響です。

『ザ・グーン・ショー』用にスパイク・ミリガンが書いた脚本では、件の「lurgi」は、英国全土に当然襲いかかり、取り憑いて離れなくなる厄介な疫病として描かれています。若きトム・ヨークは、生まれつきうまく動かない左目の瞼の筋肉の手術によって、少年時代、友人たちから理不尽な扱いを受けた。そして、そうした経験を「lurgee」と名付けた。それがこの曲の生まれた場所です。

その自分に取り憑いた「lurgee」がようやく自分から去っていこうとしている瞬間、それを切り取ったのがこの曲です。冒頭の「I feel better, I feel better now you've gone」――つまり、「ようやくいい気分だ/すべてが回復に向かっている/君は遂に僕から去った」というラインを出発点にして、シンプルな言葉が次々と韻を踏みながら、穏やかな変化を描いていきます。ゆっくりと光に向かっていくような移ろいゆくフィーリングをとらえた最高のリリックです。

たった3つのコードだけのシンプルな構成ながら、この曲には言葉には尽くしがたい本当に不思議な魅力があります。97年フィラデルフィアでのライヴの映像です。状態は良くない。なので、『パブロ・ハニー』をひっぱり出して、歌詞を追いながら、改めて聴いてみて下さい。

Lurgee(Philadelphia 1997)


こちらの動画は、前述の『OKコンピューター』ツアー最終日のアンコールでの演奏です。やはり彼らにとっても、この曲が特別だということがわかっていただけるかもしれません。まあ、この曲が演奏されることはまずない。だって、今の彼らがこの曲を演奏する必然などありませんから。だが、また生で聴いてみたい。でも、もう少し何かよりよい変化の兆しがこの世の中に訪れたその日のために取っておいてもいいのかもしれません。



7. Faithless, The Wonder Boy

この曲――93年の2ndシングル『エニーワン・キャン・プレイ・ギター』のB面曲“フェイスレス・ザ・ワンダー・ボーイ”だけは天地がひっくり返っても演奏しません。絶対にやらない。やるわけがない。

それは以下の動画を見てもらえれば、一瞬でおわかりいただけることと思います。『OKコンピューター』での世界的な成功以前、彼らレディオヘッドが何度も演奏したシカゴのヴェニュー、メトロでの映像です。最初から今のようなとんでもないバンドではなかった。そのことが確認していただけると思います。

Faithless, The Wonder Boy (Chicago 1993)


いや、こんな機会でもなければ改めて聴いたりすることはないものの、この当時のレディオヘッドは今でも大好きだし、この曲も隠れた初期の名曲のひとつだと思う。ただ、言い方は悪いですが、当時はこの程度のバンドでしかなかった。勿論、若さに任せた初々しい魅力はある。はちきれんばかりの衝動はある。

それにしても、久しぶりにこの曲を聴いたりすると、思わず思い出してしまいます。その後、トム・ヨークと共演することになるビョークやPJハーヴェイと、当時のレディオヘッドについて話した時のことを。彼女たちは彼らのことをまったく相手にもしていなかったんです。いや、トム自身がその頃から熱心な彼女たちのファンだったから、話題に上げただけなんですけど。ホント訊かなきゃよかった。

この曲も“ラーギー”や“クリープ”と同様、思春期時代のトム・ヨークの経験について歌われています。自身の左目を最初からボロボロに破れたままのジーンズに例えている。いくらそのジーンズを直そうとしても、「どうしても針が通らない(I can't put the needle in)」。それなりのメタファーを使っているとは言え、あまりにもダイレクトすぎる。かなり痛々しい曲です。

当時、本人にこの曲について尋ねた際にも、「多分、この曲はニール・ヤングの“ニードル・アンド・ザ・ダメージ・ダン”の影響があるんじゃないかな」とごまかしていました。どちらのリリックにも針(ニードル)が出てくるとは言え、あちらはヘロインを打つ注射針ですからね。そんなわきゃない。

ただ今もこの曲は、自分自身が決して間違ってなどいないことを証明したい、そんな本当に下らないことに必死にならざるをえない思春期的な欲望が持つかけがえのない魅力を放っています。今のレディオヘッドとはまったくの別物というだけ。ある意味、彼らの幸福な青春の記録と言えるかもしれません。

もしお時間とご興味があれば、YouTubeで「Radiohead Chicago Metro」で検索してみて下さい。この日のフル・セットを発見出来るはずです。参考までに、こちらはやはり同じヴェニュー、メトロでの96年4月のライヴを丸ごと収録している動画です。3年でこれだけ変わる。びっくりです。勿論、現在の彼らの足下にも及びませんが。

ただ、『OKコンピューター』に収録される1年前、いまだレコーディング前の“エレクショニアリング”の最初期ヴァージョンが聴けるのはとても貴重。ショーの後半では、当時の最新曲だった“リフト”も演奏されています。しかし、この曲を演奏する時って、「もし気に入らなそうなら、トイレにでも行って下さい」ってMC、必ずしてたんですね。当時からこの曲を世に問うべきかどうか、ずっと逡巡があったということでしょうか。

かなり脇道に逸れました。次に移りましょう。



8. The Bends
9. Just

今回のツアーでは90年代の名曲が次々と演奏されている。とは言っても、2ndアルバム『ザ・ベンズ』収録曲はたったの3曲。

これまでもずっと演奏され続けてきた“ストリート・スピリット(フェイド・アウト)”、“マイ・アイアン・ラング”、前回の『ザ・キング・オブ・リムス』ツアーの一貫として行なわれた2012年の〈フジ・ロック〉でも演奏された“プラネット・テレックス”のみ。

おそらく大方の若いファンは、『ザ・ベンズ』収録曲を一度も生で聴いたことがない、という方が大半でしょう。なので、まず100%ないとは思いますが、この2曲の動画を貼っておこうと思います。

まずはアルバムのタイトル・トラックであり、1stアルバムのツアーの時点からずっと演奏されていた“ザ・ベンズ”。日本の音楽番組とは比べることさえ恥ずかしくなるような実に素晴らしい、英国の音楽番組――元スクィーズのキーボーディスト、ジュールズ・ホーランドがホストを務める『レイター・ウィズ・ジュールズ・ホーランド』での95年の演奏です。

とにかく最高です。特に1分50秒からのジョニー・グリーンウッドの手元に注目して下さい。こんな風にギターを弾く人、他にいる?

The Bends (Later With Jools Holland 1995)


続いては、“ジャスト”。2009年〈レディング〉での演奏です。やはりここでも「ロック・ギタリスト」としてのジョニー・グリーンウッドの才気がほとばしっています。スタジオ・ヴァージョンとは半音ずれたフレーズ、以前にはなかったフレーズも飛び出します。完全に熟れきっている。間違いなく歴史に残るロックの名演です。

Just (Reading 2009)


どこまでも乱暴に言うなら、この時期のレディオヘッドは「世界 VS 自分自身」の格闘を奏でていた。「生きたい、きちんと息をしたい、人類の一員でありたい」と狂おしく歌う“ザ・ベンズ”にしろ、「すべて自業自得なんだよ」と吐き捨てるように歌う“ジャスト”にしろ、それぞれの歌のナレーターのパースペクティヴは「世界 VS 自分自身」です。

その世界とは、のっぺりとしたひとつの粗暴極まりない怪物として意識されています。だが、現在のレディオヘッドは、世界そのものをもっと細かく微分して、より克明に表現しようとしている。そこには無数の人々がいて、無数の関係性があり、その複雑怪奇な繋がりの中から、世界と呼ばれるものが立ち上がっている。あらゆる角度から世界のさまざまな側面を記録しようとしている。それが行き着いた場所こそが最新作『ア・ムーン・シェイプト・プール』の音像なのです。

彼らの音楽性が複雑になっていったのは、単純に音楽的好奇心と能力の積み重ねだけではない。だからこそ、以前の曲を演奏することには積極的になれない。そういう話でもあるのです。

でも、やっぱり時にはこの時期の曲を聴きたいですよね。時にはすべてをシンプルに見たい時もある。あの思春期特有の、懐かしい「世界 VS 自分自身」というパースから、無邪気に自分自身の感情を爆発させたい時も。なので、万が一この2曲が演奏された時は、猛烈に盛り上がって下さい。おそらく筆者とて同様です。



10. Lift

遂に最後になりました。このシリーズ原稿でも何度も名前が出てきた、彼らレディオヘッドのもっとも有名な未発表曲“リフト”です。

『ザ・ベンズ』のツアー後期から演奏され始め、『OKコンピューター』からの最初のシングルになると噂されながら、結局は今になっても録音されることのない、彼らのもっとも有名な未発表曲。ツアー中に満身創痍になっていたトム・ヨークに日本のファンが渡した、つたない英語で書かれた一編の詩をそのまま歌詞にしたこともあって、歌詞の中に「トム」という彼自身の名前が出てくる曲。

96年のオランダの〈ピンクポップ・フェスティヴァル〉の演奏を見て下さい。決して音楽的に秀でた曲というわけでもない。だが、確実に胸を打つものがある。

Lift (Pinkpop 1996)


この“リフト”は2003年の『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』リリース直前の、新曲を試す目的で組まれた欧州ツアーで、新たなヴァージョンがほんの数回だけ演奏されています。あいにく音のみ、映像はみつかりませんでしたが、こちらが新たなヴァージョンの“リフト”、2002年7月のポルトガルでの演奏です。

構成的には新たなパートが加わり、歌詞も一部変更。「トム」という言葉もオミットされています。テンポをぐっと落とし、ジョニー・グリーンウッドがアラビックな旋律で色を添えています。この欧州ツアーの際には、「今度こそはレコーディングする」と言ってたんですけどね。

『OKコンピューター』リリース後に、「何故、“リフト”はアルバムに入らなかったのか?」とトム・ヨークに尋ねたことがあります。それに対する彼の答えはこうでした。「あの曲は安心して満ち足りることについての曲だから、とても今の自分はそんな曲を形にする気分にはなれない」。こんな風に言われてしまうと、とてもじゃないけども、この2016年にこの曲を演奏して欲しいとは言えませんよね。

少なくとも、今の世界情勢を鑑みる限りにおいては、おそらく当分の間、この曲が日の目を見ることはなさそうです。当然、今回のツアーで披露されることもないでしょう。

でも、必ずや最高のショーになるはずです。是非とも2016年のレディオヘッドを堪能して下さい。そして、またこの“リフト”が演奏されるにふさわしいその日が来るまで、この2016年夏の感動を大切にして下さい。必ずそんな日が待っているはずです。




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