SIGN OF THE DAY

ロック・バンドの時代は完全に終わった?
そんな時代に傑作『DANCE TO YOU』が
描き出したのは「崩壊」?その真意は?
by YUYA WATANABE May 02, 2017
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ロック・バンドの時代は完全に終わった?<br />
そんな時代に傑作『DANCE TO YOU』が<br />
描き出したのは「崩壊」?その真意は?

2010年代の重要作を肴に曽我部恵一との
対話から、サニーデイ・サービス謎の傑作
『DANCE TO YOU』の多面的魅力を紐解く


ここでも音楽のアクチュアリティを巡る曽我部恵一との対話をお届けしたい。前編ではブラック・ミュージックのシンガー/ラッパーを中心に取り上げながら、彼らがいま時代を席巻している理由とその社会性を探ってきた。そして、ここからの主なテーマは「バンド」。個人作家の活躍が目立つ一方、近年はバンド音楽が徐々に存在感を失いつつあるが、そもそもその要因とは何なのか。もちろん、これは曽我部がメンバー不在のなかでサニーデイ・サービスのアルバム『DANCE TO YOU』をつくったことの、ちょっとした回答にもなっていると思う。では、ひきつづきお楽しみください。(渡辺裕也)




●高等といえば、2000年代後半にブルックリン周辺のインディ・シーンが盛り上がったじゃないですか。その象徴的なバンドのひとつであるダーティ・プロジェクターズが、少し前に新作を出したんですけど。

「ああ、出たね! 聴いたよ。痛々しかった」

●(笑)。

「でも、アメリカの意識的な“バンド”がやるなら、あれしかやり方はないんだと思う。だから、なんか痛々しくもあるんだけど、よくわかるんだよね」

Dirty Projectors / Keep Your Name (from Dirty Projectors)


●その痛々しさって、何から来ているんですか。

「詰んだ感じ。バンドってものはもう詰んでるんだよっていう。その状況を見せてくれている感じがものすごくしたね。いいとか悪いとかじゃなく、みんなもそれを感じながら聴いてるんじゃないかな。バンドって、多分もうこれしかないんだよなって」

●曽我部さんは今、そのバンドを再開させているわけですよね。

「すごい、自分にブーメランが返ってきた(笑)。でも、確かにそうだね。ダーティ・プロジェクターズにはものすごくシンパシーがあるよ。この人たちっていま、メンバーが減ったの?」

●今はデイヴ・ロングストレス一人だけなんですよ。なおかつ、公私ともにデイヴのパートナーだったヴォーカルの女性とも別れちゃって、新作はその子への恨み節みたいな曲から始まるんです。で、それをダーティ・プロジェクターズとして出すっていう。

「なるほど」

●それって、曽我部さんがレコーディングに参加していないメンバーのことを感じながら“桜super love”を書いたのと、すこし似てるような気もしたんですが。どうですか。

Sunny Day Service / 桜 super love



「確かに似てますね。うん、本当に正直な音楽だと思う。前のアルバムみたいに溌剌とした感じではないんだけど、音はものすごくいいし」

◉プレス・リリースによると、リック・ルービンがデイヴ・ロングストレスにアドヴァイスしたみたいなんですよね。ソロ名義ではなく、ダーティ・プロジェクターズの名前を使って出せって。僕はリック・ルービン正しいなと思ったんですけど、その感覚って理解できますか?

「そうですね。リスナーからすれば、一人になろうが、メンバー総入れ替えだろうが、物語はずっとつながってるんだから、その冠はあったほうが面白いじゃないですか。だから、リック・ルービンみたいな人が外側からなにか意見するとしたら、それは正しいと思います。カニエの『イーザス』だって、リック・ルービンだもんね。でも、他にロック・バンドはいないの? 今のアメリカって」

●もちろんいます。ただ、それよりも気になるのが、いつの間にか自分が「バンド」という存在に、以前ほど盛り上がらなくなってきてるってことで……。

「そうなんだよね。いいバンドがいないとか、そういう問題じゃないと思う。たとえば、ストロークスみたいなものが出てきたとしても、僕らはいま、バンドという構造自体に何も感じてないんだろうね。少し前までは、デンマークとかのバンドにときめいたりしてたんだけど、今はそれがないもんね。これ、俺だけかな?」

●いや、わかります。

「ホイットニーとかもさ、盛り上がってる人たちはたくさんいるけど、それはそれで閉じた世界なのかなって。やっぱり『ブロンド』とか『ザ・ライフ・オブ・パブロ』みたいな作品を聴いてると、なんかバンドものは物足りなく感じちゃうんだよね」

●〈ピッチフォーク〉の年間ベスト・アルバムなんかも、昨年はバンドものでランクインしてるのは3つか4つくらいでしたね。しかも、そのうちのひとつはレディオヘッドなので。

「ああ、そうなんだ……」

●レディオヘッドの新作はどうでしたか?

Radiohead / Daydreaming (from A Moon Shaped Pool)


「すごくいいアルバムだと思ったよ。でも、俺はやっぱり『キッドA』だからさ。さっきのダーティ・プロジェクターズじゃないけど、あのアルバムは本当に痛々しいというか、“出来なかった作品”って感じがするんですよ。中絶された子供みたいな輝きがあるんだよね。ものづくりの業だけが抜け殻のように残っているというか。そういう、ちょっと怖いものがある。でも、今のレディオヘッドはそうじゃないよね。U2みたいな、しっかりとした存在感のある、地に足のロック・バンドっていうイメージ」

●その『キッドA』をつくったバンドが、あそこで終わらなかったのも、僕はけっこうすごい話だと思うんですよ。

「ね。よくあの先に続いていったなと思う。新作も、すごく綺麗で重厚なアルバムだったよね。『ア・ムーン・シェイプト・プール』というタイトルもいい」

●そういえば、曽我部さんは昨年に『ペット・サウンズ』の再現ライヴを観て、すごく刺激を受けたと仰っていましたよね。『ペット・サウンズ』も、ブライアン・ウィルソンの作品主義的な部分がつよく表れたアルバムで。

The Beach Boys / God Only Knows (from Pet Sounds)


「うん。だから、そういうことなんだよね。あれもブライアン・ウィルソンが個人としてつくったものを、バンド名義で出しているだけだからさ。あの人のなかでも『バンドじゃもう無理だな』っていうのがあったんでしょうね、きっと。その切実さは、たしかに今の感じと近いのかもしれない」

●それは、曽我部さんがサニーデイでやろうとしていることにも近いってことですか。「サニーデイって今どうなってるの?」と思っている人もけっこういると思うんですが。

「それこそ今は『キッドA』みたいなところを目指したいですよね」

●業?

「業というか、崩壊」

●崩壊ですか(笑)。

「ていうか、もう崩壊しかかってますからね。ドラムいないし。とにかく、そこで何かを残したいんですよ。『ペット・サウンズ』じゃないけど」

●今の崩壊しかけた状況は、そういう作品を残せるチャンスでもあると。

「もちろん。今だからこそ作れるものを目指していますからね。必然的にこうなったっていうのもあるし、今後もきっとそうだろうなって」

●それはサニーデイじゃなければ作れないんでしょうか。曽我部恵一のソロとしてやるわけにはいかないんですか。

「それはまたちょっと違うんだよね。なにか抑圧がないとさ。ソロだと、のびのびやっちゃうから」

●曽我部さんに抑圧を与えるものが、サニーデイだってこと?

「そう。それが社会性なんだと思う。レッチリの新作にもその抑圧をすごく感じたし、チャンスにしろカニエにしろ、みんなそういうものがあるじゃん? 彼らはただ自由にこの世界で表現してるわけじゃないからね。勿論、それは今のアメリカの状況があるからなんだけど、やっぱりそういうものは響くんだよ」

●ええ。

「ポップ・グループの1stのライナーに『ポップ・グループはファンク・バンドなんだけど、踊れない』と書いてあってね。『その“踊れない”ってことがメッセージなんだ』と。『踊れないというのは社会的な危機であって、それこそがポップ・グループなんだ』と。『まさに!』と思ったね。僕はいま、そういうものを音楽に求めているんだと思う。ダーティ・プロジェクターズもそうなのかもしれないね。バンドが詰んじゃったなかで生まれるものというか」

●では、ここでロキシー・ミュージックの『ストランデッド』について訊かせてください。あの作品も、ブライアン・フェリー個人の作家性がつよく出ていると思うんですが。

Roxy Music / Street Life (from Stranded)


「あのアルバム、いいよね。1曲目が弾けたダンス・ミュージックで、破綻したところから始まって、2曲目で急にバラードにいくっていう。イーノが抜けた直後だからか、いちばん猥雑な感じがするんだよね。ロキシーは後期のダンス・ミュージック寄りなときも好きだし。ラストの『アヴァロン』はリアルタイムで聴いてるんですよ。中1のときにレコードを買ったんだけど、それがもう『大人だなぁ』って感じで」

●中1でロキシーは、けっこう背伸び感ありますね(笑)。

「めっちゃ背伸びしてるでしょ(笑)。それはなんでかっていうと、街のレコード屋さんの抽選会で、レコード券が当たってさ。それで、普段ならシンディ・ローパーとかを買うんだけど、せっかくだからちょっと背伸びしたものを買ってみようかなって。だから、いまだにアヴァロンは大好き。でも、『ストランデッド』みたいな猥雑さはないよね、ブライアン・フェリーの偽ダンディズムというか、ブランデー・グラス持ってる感じというか(笑)。

●確かにエセっぽいですよね(笑)。学生当時に背伸びして聴いた作品のなかで、いま思うと重要だったものって、他にもなにかありますか。

「そういうのはあんまり覚えてないけど、中高生のときはなんでも聴いてましたね。ヒップホップも、ハウスも、パンクも、みんな一緒に聴いてた。その後、パンクのひとはパンクス、ヒップホップのひとはBボーイみたいな感じでトライブが別れていくんですけど、当時はちょうどその黎明期というか、ぐちゃぐちゃな時期だったんですよね。パンクスはヒップホップに興味があったし、逆も然りみたいな感じで、カルチャーとしてもミックスしてて。あ、そういえばプリンスはその頃からずっと好きでしたね」

●プリンスは、晩年の作品もすごかったんですよね。

「そうですね。サングラスが三つ目になってるジャケットのやつ(『アート・オフィシャル・エイジ』)。ちょうどハワイにいたとき、バスの中であのアルバムがかかってたんだよね。それまではしばらくプリンスから離れてたんだけど、今またこんなにキュートな音楽やってるんだと思って、それで嬉しくなったのを覚えてます」

●あのアルバムって、1曲目が当時全盛のEDMに目配せしたようなファンクで。あの「また前線に戻ってきたぜ!」みたいにアピってる感じが、たしかにキュートなんですよね。この感じ、やっぱりプリンスだなっていう。

「そう、また何かが芽生えた感じがしたよね。すごくよかったな、あれは」

●では、そんなプリンスも絶賛していたキングについてもここで伺いたいのですが。

「キング、すっごくかわいいよね。いや、かわいいって、顔とかそういうことじゃないよ? 娘があれだったら最高だなっていう」

●親目線のかわいさですか(笑)。

「そうだね、たしかにキングは親目線かも(笑)。スタジオ・ライヴの映像があってさ。ひとりがピアノで、あと二人がマイクの前に立って、弾き語りで“スーパーナチュラル”とかをやるんだけど、それがすっごくいいのよ。アルバムに入ってるやつよりもこっちのほうがいいんじゃないかってくらい、すごくよくてさ」

King / Supernatural (Live on The Current)


「キング、日本にも来たでしょ? それで実際にライヴを観た友達が『ESGを思い出した』と言っててさ。だから、そういうかわいさだよね。ここまで話していたようなものとは真逆の、本当に溌剌としたかわいさ。子供がこんなふうに育ってくれたら最高だな、みたいな(笑)。これがフランク・オーシャンとかリル・ピープみたいな子だったら、いろいろと考えるだろうけど」

●(笑)。

「ひょっとしたら、キングのアルバムはちょっと作り込み過ぎたのかもしれないね。でも、あのアルバムはプロデューサーが作ったような感じではなくて、自分たちでミックス・エンジニアリングとかもやってるような、個人レヴェルの音楽なんですよね。だから、よくよく聴いてみると歌の処理とかもけっこう粗くてさ」

●そうですね。

「フランク・オーシャンもそうなんですよ。リップ・ノイズとか、椅子の軋みとか、そういうものを意図的に残してる。でも、キングはそのへんをわりと無頓着に、宅録の延長線上でああいうのをつくってるのがわかるんですよ。自分としては、そこがけっこう今のポイントで」

●宅録感?

「うん。でも、それって昔の宅録とは違うんだよね。宅録っていうと、昔はMTRとかでセコセコつくるイメージだったけど、今の宅録はひとつのスタイルというか、大人や企業があまり関与してないレコーディングの仕方を指してると思うんです」

●音源の発信も、今はどんどん個人レヴェルで行われてますしね。

「そう、それも含めて個人レヴェルで音楽ができるかどうか。自分は今、それを求めているのかもしれない。でも、日本だとそのイメージはまだ湧かないな。だから、これはあくまでもアメリカの音楽に特化した話なのかもしれないですね。それに、あっちは分業制なんですよね?」

◉そうですね。特に今のブラック・ミュージックは、ひとりのシンガーに対してプロデューサーが何人も付くのが当たり前なので。そのやり方って、伝統的には〈モータウン〉の頃からあるんだけど、今はそれがさらに進化している。

「うん」

◉これが10数年前だと、たとえばティンバランドとか、ネプチューンズみたいな特定のプロデューサーが作っていることが多かったと思うんですけど、最近は1曲を何人もの有名なプロデューサーで共作するのが珍しくない。当然、そのなかで競争も生まれるから、曲はどんどん洗練されていくし、作り方も合理的で、効率的なんですよね。

「それこそハリウッド映画とかもそうですもんね、ひとつのシーンを撮るなかで『じゃあ、この人はここの担当で』みたいな。アメリカのものづくりはそうなんじゃないかな。アメリカって、ひとつの用途に対してひとつの道具があるけど、日本はいくつかの用途をひとつにミックスしたものを使うところがあるからね」

◉曽我部さん自身は、どういう音楽の作り方が理想的だと考えていますか。

「うーん。やっぱり僕は個人の音楽が聴きたいかな。結局はなにを歌うか、その歌をどう響かせるかっていうのが、僕はいちばん大事だと思うので。何人ものトラックメイカーと1曲を作るにしても、まずはそこを考えないと。そういう意味でいくと、フランク・オーシャンの音楽にはそれを感じたんですよね」

●なるほど。では、ラブリーサマーちゃんはどう捉えていますか。彼女はいわゆるトラックメイカーというより、ひとりでバンドを再現しているような感覚の作家だと思うんです。シングルに収録された“桜super love”のリミックス・ヴァージョンも、どちらかというとリアレンジに近いというか。

「そうだね。ひとりギター・ポップ。こういう人、じつはいそうでいなかったなって。もともと好きだったんですよ。ネット上にアップされてるものを聴いたら、それが宅録のエレポップ+アノラックみたいな感じで、これは好きだなと思って。声もいいよね、すごく自然体で。岡崎京子さんの漫画じゃないけど、あのあっけらかんとした女の子って感じが、すごくいいなと思う。これからいい歌をどんどん出していくんだろうね」

●彼女の他にも、日本の個人作家でいま気になってる人は誰かいますか。

「広島にCRZKNY(クレイジーケニー)さんっていうジューク/フットワークの人がいて、その人はおもしろいですね。新しいアルバムが3枚組なんですけど、その1枚目はパツッ、パツッみたいなクリック・ノイズがずっと入ってるんですよ。そのパツッが一応ビートになってて、それが10曲くらい続くなかで、別のレイヤーが増えたり減ったりしていくっていう。BPMもずっと同じだから、1トラックの作り変えというか、変奏なんだと思うんだけど、それがもう、壮絶なんですよ。僕らのリミックス・アルバムでも1曲やってもらったんですけど、それもすごかった」

●めちゃくちゃミニマルなんですね。

「でも、ミニマルなものって『これ以上ミニマルにしたら、もう音楽として成り立たないな』みたいなギリギリのラインがあるじゃん? それがあるところでミニマル化を止めていると思うんですけど、CRZKNYさんはその先を一人でやっちゃってるような感じがあるんですよ。それって、アレンジのことだけじゃなくて、思想なんかもそうだからさ」

●そのクリック・ノイズって、曽我部さんからすると踊れる感じなんですか。

「そこはまだわからないんだ。大きなスピーカーで聴いてないからね。でも、やっぱり低音の音楽だから、もしこのパツッがクラブとかでかかったら、踊れちゃうのかもしれないなって。『いや、これは踊れないでしょ』と思うんだけど、『でも、これがダンス・ミュージックなんだろうな』とも思っちゃうんだよね。そもそもこれ、現場のひとがつくってる音楽だからさ。踊れるからこそ、これをつくってるんだろうなって」

●曽我部さんが今回リストに選んできてくれたアルバムのなかだと、アース・ウィンド&ファイアの『アイ・アム』も、ひたすら身体性に訴えかけてくる作品だと思うのですが、こちらは?

Earth, Wind & Fire / Boogie Wonderland (from I Am)


「これはもう、思想も何もないなと思って。宇宙とか、レーザービームとか、そういうもので構成されてて、そこがいいなと(笑)。もちろん、そこには壮大なメッセージもあるんだろうけど、それもすごい空虚というか。今のフランク・オーシャンとかケンドリック・ラマーとは真逆の方向性かもしれないけど、これはこれでアリというか、イっちゃった音楽だと思うんだよね。ソウル・ミュージックの最北端。歌い方も、すごく淡白なんだよ。黒っぽさを抜いているというか、シックのバーナード・ エドワーズとはまったく違った洗練のさせ方だよね。いや、そもそもこれは洗練なのかな。隠蔽?」

●黒さの隠蔽(笑)

「『いやいや、黒くないよ』みたいな(笑)。シックは洗練だと思うんだけど、アースの場合はどっちかというと七色みたいな感じがあって、そこが怖いですね(笑)。で、やっぱりこういうの好きだなって。それを最近また再確認した感じですね」

●その「洗練」という言葉は、ボズ・スキャッグスにも当てはまりますか。『DANCE TO YOU』に収録されている“冒険”のスラップ・ベースは、おそらく“ロウ・ダウン”を意識したものですよね。

Boz Scaggs / Low Down


「うん。『DANCE TO YOU』には、テーマのひとつとして『ボズ・スキャッグスみたいなものを下敷きとしてJポップをやってみる』というテーマもあったんだよね。それで、もういちど聴き直したんだけど」

●その「ボズ・スキャッグスみたいなもの」というのは?

「ファンキーでなめらかなシティ・ポップ。(『シルク・ディグリーズ』は)その教科書みたいなアルバムだからさ。ボズ・スキャッグスは元々スティーヴ・ミラー・バンドとかにいた人で、西海岸のわりと渋いブルースなんかも根っこにあるんだけど、そのキャリアを辿っていくと、そういうルーツ感がどんどんなくなっていって、最後はこういうハスラーみたいな世界になっていくんだよね。そこがいいなと思って。あとはやっぱり“ロウ・ダウン”が好き。あれは構造としてもちょっと不思議な曲で、いわゆるポップスでいうところのサビがないんですよ。ディスコの影響をうけたシンガー・ソングライターって感じで、そこが面白いんですよね」

●その70年代のディスコ・サウンドを再評価させた作品として、ダフト・パンクの『ランダム・アクセス・メモリーズ』がありますよね。あの作品はどう捉えていますか。

Daft Punk / Get Lucky (from Random Access Memories)


「もちろん好きだよ。やっぱり編集能力が高いよね。今いちばんエッジーで訴求力の高いものを、うまく丁寧にまとめあげたアルバムって感じがする。『キッドA』とか『ブロンド』みたいな凄みは感じないんだけど、とにかくうまい。あと、“ワン・モア・タイム”がクラブで流れたときの感じって、やっぱりここにも残ってるよね。あのメッセージがずっと続いているんだと思う」

●サウンド的にもダフト・パンクらしい作品だし、とにかくよく出来ていると。

「うん、そういう感じ。だから、なんども繰り返して聴くかっていうと、そうじゃないんだけどね。でも、『ホームワーク』はいまだに聴くんだよ。僕はあのアルバムがいちばん好き。DJの名前をずっと言ってく曲とかさ、ホントいいなって思う(“ティーチャーズ”)。なんていうか、あれは初期衝動みたいなものに根付いていると思うんですよ。いま聴くと、そのよさがまたわかるっていうか、別のよさになってる気がする。意外と風化しないんだなって」

●たしかにダフト・パンクって、曲によってはいま聴き返すと古くなってるものも結構ありますよね。

「そうなんだよね。この前に“デジタル・ラヴ”がたまたま流れてたんだけど、あれはけっこう古いなって感じがしちゃった(笑)。でも、1stはそれがぜんぜんないんだよ。今年でたアルバムだって言われても、別に違和感がないというか。あれは不思議だよね」

◉ちょっと話が戻ってしまうんですけど、フランク・オーシャンの『ブロンド』とかレディオヘッドの『キッドA』みたいに業を感じさせる音楽に惹かれる一方で、山下達郎の『FOR YOU』のマシーナリーな感じ、あるいはアースの思想性の無さにも惹かれるというのが興味深いと感じました。そのあたりは、ご自身の中では相反するものに惹かれているという感じなのですか? それとも、両者は繋がっている?

「そこは難しいところですけど、自分のなかでは『キッドA』も『FOR YOU』も、そんなに変わらないんですよ。どちらも、自分のアイデンティティみたいなものから解き放たれた状態にまでいってる作品というか。ちょっと背筋が寒くなるような感覚の音楽っていう感じがしますね。だから、本当は自分もそういうところでやらなきゃいけないと思うんです。情緒や共感にもたれかからないものでありたいなって」

◉『DANCE TO YOU』の時点では、どこまでそれができたとご自身では思っていますか。

「うーん。そのときは一生懸命がんばって『ここだ!』と思っていたんですけど。いま振り返ると『歌がちょっと自分からは遠いな』っていう感じもしていて。そこは説明が難しいんですよ。わりと感動的な曲とかも、ぜんぶなくなっちゃったからね」

●『DANCE TO YOU』の制作では、完成までに捨てた曲がとにかくたくさんあったそうですね。

「そうなんです。それはもう、寂しいですよ。『これはいい曲ができたぞ!』と思うものが、ぜんぶなくなるわけだからね。ものすごく疲れる」

●それはなくさないといけないんですか。そんなにいい曲を誰にも聴かせずに終わらせてしまうのは、すごく残念な気もするんですが。

「なくさなきゃダメなんですよ。そうしないと、自分の思考とか趣味にもたれかかった弱い表現になっていきそうな気がする。たとえば、いくらオシャレしてたって、セックスをするときは服を脱がなきゃいけないわけじゃないですか」

●いい感じに思えるものも、実際は着飾っているに過ぎないんじゃないかと。

「そう。オシャレなジャケットとか、オシャレな曲とか、そういうものはぜんぶ捨てていかないと。だって、それは自分じゃないからね。『これが俺だ!』のこれって、実際は箇条書きにできるようなものではないし、きっとそこを探っていくなかで『キッドA』とか『FOR YOU』は出来たんだと思うんだよ。だから、それをやらないとしょうがないんですよね。難しいもんですよ、なかなか」

●では、デヴィッド・ボウイの『★』はどう聴かれましたか。彼もまた、自分のイメージから解き放たれて変化し続けていった人だと思うのですが。

「あれが遺作かどうかはいちど置いとくとして、やっぱりこういうのがアルバムを聴く醍醐味だなと思いましたね。今って、わりと曲数が多いじゃないですか。でも、あのアルバムは7曲40分とかでしょ? それがいいよね。しっかり聴ける」

●確かに。

「それにものすごく実験的な作品で、一回目に聴いた時はよくわからなくて。そのよくわからないことをやってるところが、またね。あのアルバムはデヴィッド・ボウイの歴史上でも、一番よくわからないような気がしたし、『『ロウ』とかをリアルタイムで聴いた人は、もしかするとこういう感覚だったのかな』って。今のジャズに接近したことをあらためて考えてみると、『ボウイってずっとジャズ・ミュージシャンみたいなもんだったな』とも思うし」

●ボウイの音楽にはいつから関心があったんですか。

「中1くらいからずっと聴いてるよ。まずは『ジギー・スターダスト』とか『スペース・オディディ』あたりから入ったんだけど、やっぱり『ロウ』とか『ステーション・トゥ・ステーション』とか、ああいうのが面白いですよね。あと、ボウイには『歌手っていうのは、こういうふうにやっていくもんなんだよ』みたいなところがあって。自分がそれまでやってきたことはぜんぶ捨てて、とにかく新たな挑戦を毎回やっていかないと意味はないんだって。僕はそういうメッセージをボウイから受け取ってますね。いつもなにかに興味をもって、新鮮な気持ちで物事にむかっていくという、その眼差し。そういうものをボウイに感じています」

●先ほど「こういうのがアルバムを聴く醍醐味だ」とも仰っていましたが、やっぱりこれからも「アルバム」という単位は重要だと思いますか。

「ああ、逆にそれは訊きたいな。アルバム、どうやって聴いてる? 一般のリスナーが今どういうふうにアルバムを聴いているのか、ちょっと想像できないんですよ」

◉あくまでもこれは海外での感覚ですけど、やっぱり今は圧倒的にストリーミングなんじゃないでしょうか。しかも、今はアルバム単位ではなくて、プレイリスト単位になってきてる。日本はまた環境がぜんぜん違うので、まだまだアルバム単位のほうが強いと思うんですけど。

「プレイリストで流れてくるものを、そのまま聴いてるってこと?」

◉これはSpotifyの話ですけど、まずはプレイリストをフォローするんです。そうすると、そのプレイリストがどんどん更新されていくから、それをBGM的に流しっ放しにして聴いている人が多いみたいです。だからプロモーションも、今はそういうプレイリストに入ることのほうが、雑誌に載るよりも大事っていう世界になってるみたいですね。もちろん熱心なリスナーはいまだにヴァイナルを買ったりしていると思いますけど。

「なるほど……。CDって、買う?」

●正直、あんまり買わなくなりましたね。

「そうだよね(笑)。いや、結局それなんですよ。以前は尺とかもそうだけど、CDのジャケットから取り出して聴くってことを想定しながら作っていましたけど、今はそのフォーマットをあまり意識してないから」

●具体的には、いつまで意識されてましたか。

「わりと最近まで」

●『DANCE TO YOU』は?

「『DANCE TO YOU』は過渡期だね。そのときはまだストリーミングもやってなかったから、アナログで聴いてほしいというのもあるし。でも、今はそんな甘っちょろいことも言ってられないよね。さっきの話だってそうでしょ?『お前が大事に考えているアルバムなんて文化は、もうとっくにないんだよ』みたいなことになってきてる。そういうことをちゃんと肝に銘じて、モノを作らなきゃいけないと思うんだよね。というか、そもそもアルバムというものを聴きたいかどうかだよね。これからはそこを考えていかないと」

●そうですね。ちなみに、今の気分でボウイのアルバムから一枚だけ選ぶとしたら、何にしますか。

「今なら『レッツ・ダンス』。あれ、最高」

David Bowie / Let's Dance (from Let's Dance)


●それこそ『ロウ』とかが好きな人からすれば、『レッツ・ダンス』ってけっこうビミョーな位置づけの作品だと思うんですけど(笑)。

「でも、いちばん売れたからね。セルアウト感がハンパないっていう。でも、その責任の取り方というか、腹が括られてる感じはいいよね。あれもシック・サウンドだし」

●『レッツ・ダンス』は、ただセルアウトしたわけじゃないと。

「その次の作品は、ただセルアウトした感じなんだけどね(笑)。

◉現時点で、次はどういうものを作りたいと考えていますか。

「もっともっと売れるモノを作りたいです。そこは絶対に目指したいところですね。セルアウトですよ」

●(笑)。『レッツ・ダンス』的なセルアウト?

「そこはわからないけどね(笑)。もちろん、いつも売れたらいいなと思っているけど、とにかく『DANCE TO YOU』は必死で作ったところがあるからさ。それにしては評判もよかったし、CDが売れないと言われる状況のなかでは、セールスもすごくよかったんだけど。もっといきたいなっていうのは、正直ありますね」

●その「もっと売れたい」という気持ちと、今日なんども仰っている業みたいなところは、今後どう折り合いをつけていきますか。

「でも、『イーザス』は1位でしょ? だから、自分のなかでそこは乖離してないんですよ。そうなるべきだと思うし、それしかないと思うんですよね」

●じゃあ、次の制作も『DANCE TO YOU』の作り方と変わらない?

「そうですね。そこはもう一進一退というか、10曲つくったら1曲残ればいいなっていうところで、今もやってます」

●『DANCE TO YOU』は完成までに時間がかかったから、次はその揺り返しもあるのかなと思ってたんですけど、そうはならないんですね。

「自分もそれを期待してたんですよ。次はサクッとできちゃうんじゃないかって(笑)。でも、全然そうならなかった。だから、そうやって停滞しないように外部のディレクターとか、いろんな人のアイデアを入れたりもしてるんですけどね。それでも最終的に選ぶのは、やっぱり自分だから。甘くないよね、そこは。もう、なんでこんなふうになっちゃったのかな(笑)」


曽我部恵一が2010年代作品を大胆仕分け。
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