2018年は混沌とした、奇妙な一年だった。それはポップ音楽にパラダイム・シフトをもたらした一つの時代が終わり、また新たなフェーズへと向かおうとしている転換期だったからかもしれない。この混乱の向こう側に見えるものとは果たして何だろうか?
2018年とは、約10年の時をかけて築き上げられた何かが終わろうとしていると同時に、新しい時代の兆しがぼんやりと眼前に姿を見せ始めている――そんな一年ではなかっただろうか。
2010年代はポップ・ミュージックのルールが抜本的に更新された。その事実に異論を挟む者はいないだろう。始まりは、やはりフリー・ダウンロードのミックステープ・カルチャーの隆盛。それによって、ウィークエンドやフランク・オーシャンなど、新世代のスターが既存の音楽産業システムの外側から生まれることとなった。だが、2010年代半ばにはフリー・ダウンロードの無法地帯にサブスクリプション型のストリーミング・サービスが本格上陸し、良くも悪くも整備が進むことになる。いわゆる商業ミックステープが主流になり、産業の枠組みの中でゲームのルールは固まっていった。開拓時代は終わったのである。その上で、特にここ1、2年で強く求められるようになったのは、「出来上がったシステムの中で如何に上手く立ち振る舞うか?」ということだ。経済的なインパクトとしてはドレイクやポスト・マローン、シックスナインの年だった2018年とは、そうしたメカニズムが主導した年だと言える。
2010年代後半以降、世界が完全にSNS中心になったことも、ポップ・シーンのルールに少なからず影響を与えている。SNSを使った大衆による監視と炎上が日常となった今の時代。重要視されているのは、音楽と同等かそれ以上に、アーティスト自身の言動や立ち振る舞いだ。SNSで大事なのはとにかく「目立つこと」だが、目立ち方を間違えると一気にキャリアが潰れるのも事実。過去10年で最も偉大な功績を残してきたアーティストの一人と言っても過言ではないカニエ・ウェストが、今年2018年に目を見張るべきアルバムを5週連続でリリースするという離れ業を見せながらも、その失言で大きくプロップスを落としたのは象徴的だろう。
では、この時代の「勝者」は誰なのか。ドレイク? トラヴィス・スコット? ミーゴス? いや、マンブル・ラップに端を発し、エモ・ラップ、スクリーム・ラップと続いてきた新世代のsoundcloudラッパーたちだ――そんな見方もあるだろう。実際、2018年はカニエやビヨンセ&ジェイ・Zといったベテランのビッグ・スターやJ・コールのような偉大なラッパーよりも、エモ・ラップの代名詞であるポスト・マローンや故XXXテンタシオンがバカ売れし、スクリーム・ラップの筆頭=シックスナインやジュース・ワールドが騒がれた。彼ら新世代ラッパーたちはミックステープ・カルチャー以降の、2010年代的な勝利の方程式を知り尽くした上で、それを徹底的に実践する。その是非はここでは問わないが、間違いなく時代が一巡したのは確かだ。
こうした諸々の2018年的な状況を最も批評的に描写してみせたのが、チャイルディッシュ・ガンビーノ“フィールズ・ライク・サマー”のMVだった。このMVでガンビーノはカニエ・ウェスト、ビヨンセ、ドレイク、トラヴィス・スコット、そしてマンブル・ラップ以降の若手ラッパーたちが否応なしに巻き込まれた時代の喧騒を、少し離れた場所から、どこか途方に暮れた感じで眺めている。曲のリリックは地球温暖化をテーマにしたものだが、それはSNSのヴァイラル合戦と絶え間なき炎上で加熱し過ぎた現在のポップ・シーンにも重ね合わせられるだろう。「夏のように暑い」「親は子供たちにもっとスロウ・ダウンしろと伝えようとしている」「世界が変わることを願っているが、何も変わらないように思える」。2010年代初頭がポップ・ミュージック新時代の夜明けで、「25年ぶりのゴールデン・イヤー」と我々〈サイン・マガジン〉が位置づけた2016年がその最盛期だとしたら、2018年はこのMVの舞台のように夕暮れ時なのだろうか。
確かに今、一つの時代が終わろうとしている。だが一方で、2018年は新たな機運の萌芽も感じられる年でもあった。
言うまでもなく、2010年代は女性やLGBTQ、黒人の権利と尊厳が見直され始めた時代だ。一方、特に今年2018年のポップ音楽の世界では、これまで何十年もの間その利権を思うがままにしてきた「白人男性」たちはほぼ目立った成果を残していない。実際、我々が選出した2018年の年間ベスト・アルバムにおいても、白人男性アクトの作品は50枚中10枚にも満たなかった。ある種の「特権階級」による独占が崩れたという意味においては、時代は間違いなく前進したと言えるだろう。ここ10年で、その変化の土台は確固たるものとなった。
そして、2010年代を通じてずっと北米(と北欧)中心だったポップ勢力図にも、また大きな地殻変動が起き始めている。カーディ・Bやカミラ・カベロに代表されるラテン圏と北米のクロスオーヴァーが、昨年に引き続きメインストリームを席巻したのは言わずもがな。BTSの全米ブレイクや〈88ライジング〉の躍進、あるいは日系のミツキの活躍などによって、アジア圏のプレゼンスも世界的に大きく向上した。そして、フラメンコを現代的にアップデートしたスペインのロザリアがこれほど世界的な脚光を浴びるのも象徴的だ。新時代に向け、「脱・北米中心」の潮流は確実に広がっている。
「2018年最大のシンデレラ・ストーリー」と騒がれたエラ・メイのブレイクも忘れてはならない。見方によっては、彼女は何の変哲もないただの90年代R&B。だが、表層的な目まぐるしい流行を追うのではなく、「本物」に回帰する=オーセンティシティ再評価という姿勢は、すべてが凄まじい速度で消費され、忘れ去られていく時代だからこそ強い支持を獲得することになったのだろう。
固着化が進む2010年代の価値観にはとらわれず、歴史的にも地理的にもより大きな視点に立つことで、新しい時代の扉を開くためのヒントを探る――そういった態度は、この2018年にこそ必要なはずだ。2018年後半になって「ありがとう、でも私は次に行く」と、その混沌とした景色をたった一曲で劇的に変えてみせたのはアリアナ・グランデだが、彼女に限らず優れたアーティストたちは感謝と共に過去に別れを告げ、美しい未来の予感をつかみに行こうとしている。
そして、そうした時代の変節期だからこそ、我々〈サイン・マガジン〉は年間ベスト・アルバムの選出にあたって、自らの評価軸を明確に提示することに務めた。ともすれば簡単にポピュリズムに流されてしまう今の時代に、大衆性と作品性の均衡は如何に保たれているのか。瞬間的なバズやその興奮に目を眩まされず、未来を見通す意志に貫かれているのか。ここに選んだ50枚には時代の混沌とした空気と、我々からの新しい時代への期待と興奮が詰められている。
それでは発表しよう。これが〈サイン・マガジン〉が選んだ2018年を象徴する50枚だ。
2018年 年間ベスト・アルバム 41位~50位
2018年 年間ベスト・アルバム 31位~40位
2018年 年間ベスト・アルバム 21位~30位
2018年 年間ベスト・アルバム 11位~20位
2018年 年間ベスト・アルバム 6位~10位
2018年 年間ベスト・アルバム 1位~5位
collage graphics by DaisukeYoshinO)))