SIGN OF THE DAY

<Ahhh Fresh!>第3回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明
by MASAAKI KOBAYASHI April 11, 2017
<Ahhh Fresh!>第3回<br />
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明

1)
「『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』(TPAB)は、問題に対処していた。もう今は、自分が問題に対処している時ではない……今のこの時代において、生活を構成するあらゆる要素のうち大きな部分を占めるのに、我々が取り上げていないものがある。神についてだ。それについては誰も言わない。政治や政府そして体制について語ろうとする時、そういう状態なのは、なにか矛盾しているのでは」。

ケンドリック・ラマーのこの言葉が、〈ニューヨーク・タイムス〉の〈T・マガジン〉で公表されたのは、3月1日のことだった。さらに、次のアルバムでその矛盾を取り上げるのか訊かれた彼は、「それは急を要することだ」と答え、新作の発表が間近であることを匂わせた。

ただ、現時点で、神あるいは宗教について云々と言われれば、多くの音楽リスナーが、既にチャンス・ザ・ラッパーが真摯に扱っているではないか、と答えるだろうし、例えば、ゴスペルを様々な形でラップ作品に活かそうとしている動きがあることは、前回のこの連載で触れた通りだ。


<Ahhh Fresh!>第2回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明




2)
そもそも明確な主義主張を打ち出すポリティカル・ラップ・アルバムを発表するようなアーティストなら、宗旨やそれに基づくしっかりとした思想を持っている。2月末に『ザ・ブルークラックスクラン ベイスト・オン・ア・トゥルー・ストーリー』という、表題と、KKKの頭巾を被って整列した警察官を収めたアートワークが、内容の饒舌さのダメ押しとなっているアルバムを発表したワイズ・インテリジェントは、プア・ライチャス・ティーチャーズの中心人物として80年代末から活動を続けていて、当時から(ネイション・オブ・イスラム分派の)ファイヴ・パーセンターだ。

Wise Intelligent / TheBlueKluxKlan




3)
一方、同時期に最新作『ジ・アイスバーグ』を発表した32歳のラッパー/プロデューサーのオディシーは、イスラム教徒として育ってきているから、トランプ大統領がイスラム圏七ヶ国入国禁止令を出された日には、その作品を「マイノリティとしての大義を守る責任がある」という考え方を打ち出した、前作とは丸っきり違うポリティカルな、ただし、自分の生活している目線のまま、そして音楽性に広がりのあるアルバムとしてまとめあげた。

Oddisee / The Iceberg



まさに、これは、ケンドリックが言う「急を要すること」だったのだ。

ところが、ケンドリックは、コンシャスな(社会的な意識の高い)ラッパーではあるけれど、ポリティカル・ラッパーであることを前面に押し出したことはない。そのリリックには解釈の幅を持たせているため、そこに(政治的な)社会活動をする人がメッセージを託しやすかった、ということはあっただろう。



4)
そんななか、冒頭に挙げたケンドリックのコメント発表から一週間も経たないうちに、ジョーイ・バッドアスが、今年1月初出の新曲“ランド・オブ・ザ・フリー”のミュージック・ヴィデオの発表と共に、『オール=アメリカン・バッダス』と名付けられたアルバムのリリースが4月7日であることを公表。

Joey Bada$$ / Land of the Free

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Joey Bada$$ / All-Amerikkkan Bada$$

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タイトル中の「オール=アメリカン」の綴りでは、KKKとKが三つ並んだものが含まれていることから、前述のワイズ・インテリジェントのアルバム・タイトル、さらに古いところでは、アイス・キューブによる90年のデビュー作のタイトル『アメリカズ・モスト・ウォンテッド』の「アメリカズ」にもKKKとが含まれていたことが思い出され、ジョーイの新作もまた、彼らと同じようなポリティカル・ラップ・アルバムである可能性は高い。

Ice Cube / AmeriKKKa's Most Wanted



ファイヴ・パーセンターの教義を意識しているジョーイはその先行カットで、「自分たちが変わらなければ世の中は変わらない……俺の手持ちの札はフルハウス、Kが三つ、Aが二つでできているのがアメリカだ」とストレートにラップしていて、これはメインストリームのアーティストとしては、珍しい動きだ。



5)
そういった流れとはまた別のところでは、セントルイス出身のスミノが『ブラックスワン』でアルバム・デビューを果たした。

Smino / blkswn

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昨年『バケット・リスト・プロジェクト』で注目されたサバは、本人曰く親の影響で自分が聴いてきたネオソウルをラップに持ち込んでみたら、という趣向で楽曲を作っていたわけだが、その彼と共演し、ノーネームからも推されていたスミノは、歌おうとした瞬間には、それこそ、ネオソウルのシンガーのごとく歌い込み、そのフロウを俊敏かつ的確にラップにも応用している。

そんな軽妙なラップのフロウの手数の多さ、それを効果的に聴かせる基本ミニマルな(モンティ・ブッカー)サウンド・プロダクション、さらに、最後の最後の曲で登場するノーネーム、あるいは、彼女の前座としてもステージに立ち、“ブロッサム・ディアリー”と名付けられた曲を歌っていても違和感や驕りを微塵も感じさせないレイヴン・レネイをはじめとするシンガーとの絡みでも聴かせる。



6)
また、このスミノはデビュー作発表直前に、(自作の数日後にリリースされた)ゴールドリンクの〈RCA〉からのデビュー・アルバム『アト・ホワット・コスト』からの第二弾先行カット“メディティション”のリリックが、『ブラックスワン』に入れ損ねた曲からのパクリだと指摘。実際に聴いてみると、この指摘を否定するのはなかなか難しそうだ。

Goldlink / Meditation ft. Jazmine Sullivan, KAYTRANADA

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ゴールドリンクは、2014年のミックステープ『ザ・ゴッド・コンプレックス』で一躍注目され、今振り返れば、リック・ルービンがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めた、その次のミックステープでは、スミノとモンティ・ブッカーの共作曲をサンプルしていたので、さらに分が悪い。

ケイトラナダ、マット・マーシャンズ、スティーヴ・レイシーなどをメインにした制作陣が提供する、ミニマルで、かつ音楽的な豊かさを湛えたビートは総じてドープなのだが、ゴールドリンクのフロウが、スミノのそれに比べると、やや予測しやすく聴こえてしまうのは、パクリ問題のせいなのだろうか。

Goldlink / At What Cost




7)
時系列的に言えば、この二人のデビュー・アルバムを聴き比べられるようになる前に、つまり、後者の出る前にリリースされたのが、ドレイクのアルバム『モア・ライフ』だった。

Drake / More Life

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これがいかなる作品であるかについては、非常に興味深いことに、これが新作であるにも関わらず、以前〈ザ・サイン・マガジン〉で筆者が書いた「前作」のレヴューでの「読み」が、基本的に当てはまってしまっている。


ドレイク『ヴューズ』合評

つまり、今回もまた、ストリーミング時代を十二分に意識した作品であり、「ア・プレイリスト・バイ・オクトーバー・ファーム」なる副題を付け、実際にドレイク自身が全く出てこない“スケプタ・インタールード”を収録してしまうほど律儀である。その結果、『モア・ライフ』は前作以上の勢いでストリーミングされ、それに伴い、当然のように、〈ビルボードHOT100〉に、アルバム収録全曲(22曲)がランクインを果たす。



8)
そんな「プレイリスト」に対する初期反応でもっとも興味深かったのが、2曲でフィーチャーされたUKグライムのギグスのラップを生まれて初めて聴いたドレイク・ファンたちの、「ギグスって、何あれ?」というものだった。

大好きなドレイクがフックアップしてきても、アメリカのリスナーにとって、グライムはどうにも受け入れがたいものであるようだ。22曲のうち、〈HOT100〉から最初に脱落した3曲の中に、やはりと言うべきか“スケプタ・インタールード”が含まれていた。



9)
一方、ギグス参加の二曲が脱落していないのは、「ギグスって、何あれ? 聴いてみよう」というのと、もう一曲は、この連載で前々回に触れたXXXテンタシオンの“ルック・アット・ミー”でのフロウをドレイクがパクったと噂された曲“KMT”で、どちらもリスナーの好奇心をそそる曲だからだろう。


<Ahhh Fresh!>第1回
ラップ/ヒップホップ定点観測 by 小林雅明


なお、エックスは、26日には出所。俺のフロウをパクっておきながら、俺のサポートにはまわってくれない腰抜けだとドレイクを非難している。



10)
このエックスは出所後すぐに〈アトランティック〉と契約したとの噂が流れたが、同レーベルは、彼と同じ19歳で、同じマイアミ出身のコダック・ブラックの一件で懲りたはずだろう。

実は彼の曲もドレイクのお気に入り、ということで注目され、〈アトランティック〉との契約をモノにするものの、その直後から、二度も強盗などで逮捕。レーベルの強力なサポートで、司法取引により、多くの条件付きで、実刑だけは回避できたのも束の間、マリファナ所持と強姦(ライヴ終了後に彼の宿泊先を訪れた女性)の二件での逮捕状が出ていたことが発覚。前者による服役を終え、後者については19万ドルで保釈されるものの、保護観察違反により、刑務所に戻ってからデビュー・アルバム『ペインティング・ピクチャーズ』がリリースされた。エックスも、妊娠中の元カノへの暴力行為で捕まっていたりしていて、「音楽的才能と人格は別」という議論の的にされることは避けられない。

Kodak Black / Painting Pictures



現在大ヒット中の『ペインティング・ピクチャーズ』収録曲のタイトルにある“トンネル・ヴィジョン”とは視野狭窄のことだが、それをコダック・ブラックは、わき目も振らずに一点に集中する生き方として提示している。

Kodak Black / Tunnel Vision

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アルバムも、ここ数年は、刑務所を出たり入ったりの繰り返しだった19歳の彼なりに考えている(迷いのある)生き方やそれがもたらす富とその自慢でできていて、サウンド的には、トラップが登場した2000年代初頭の頃の、サンプリング主体のギャンスタ・ラップのビートを、今の感覚だけで蘇らせたようにも聴こえる。



11)
今の感覚というのは、3月に入ってほどなくして、エミネムの〈シェイディ・レコード〉との契約締結を公表したウエストサイド・ガンとコンウェイの二人にも当てはまりそうだ。

既発曲に新曲を加えたガンのミックステープ『ヒトラー・オン・ステロイズ』を聴いていると、二人が演っているのは、トラップ全盛の時代を反映した遅いBPMに徹したブーンバップと言えないだろうか。



12)
2作目のアルバム『パックス』を出した、ウクライナ移民でブルックリン在住のユア・オールド・ドゥルーグについては、BPM遅めでかつサイケデリック・ロックに触発されたフシもあるブーンバップを、MFドゥーム的な機知に富んだライムをまじえて、ナズと聴き間違える時もありそうな声(とフロウ)で演っているとも形容できる。

Your Old Droog / Packs

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13)
と、様々なアルバムやミックステープが次々にリリースされてはいるものの、例えば『モア・ライフ』が出れば、前の月に、フューチャーがアルバムを二作出したことなどすっかり忘れてしまったかのように(実際には、表向きだけなのかもしれないが)、ラップ・リスナーが、ドレイク一色に染め抜かれてしまったかのような印象がもたらされる。そんな現象(パターン)が、ここ数年特に目立ち、それが常態化さえしている。

ケンドリックが、3月23日に、突如“ザ・ハート・パート・4”を出したのも、そういった状況を許すまじ、という思惑。そして、自分こそが、遥か先の未来でさえ、ヒップホップ・ライム・セイヴィアー(救世主)としての揺るぎない地位にあり続けるとし、頭を抱え、悩み、神経をすり減らしていた『TPAB』での痛々しい自分は一旦棚上げし(『TPAB』には“ザ・ハート”シリーズの楽曲は含まれていない)、“コントロール”に直結させた形で、しかも、あの曲よりも、さらに高い地位から、名指しではないものの複数のラッパーをディスり(ドレイクも含まれていると考えて聴くのが自然だろう)、その中に「ドナルド・トラップはバカだな」を含むポリティカルなパートを組み込んでいる。一曲内で数回ビートが変わるのは、具体的に複数の相手を想定して作られた曲だからなのかもしれない。

Kendrick Lamar / The Heart Part.4

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ただし、ここには「救世主」こそ登場するものの、神や宗教には触れていない。果たして、この曲以外のアルバム収録曲で、ケンドリックが語った通りのことが実現されているのだろうか。

おまけに、この曲は、4月7日に、何か大きな動きがあることを予告して終わっている。そう、この日は、ジョーイ・バッダスのアルバム発売日だ。ここから、ポリティカル・ラップを軸に、ケンドリックとジョーイのせめぎあいが始まるのではないかとの希望的観測も可能だろう。ケンドリックがこの日に新作を出さなかったとしても、ジョーイの新作がより注目されることにはなる。



14)
ドレイクの次には、ジョーイの新作にまつわる盛り上がりを打ち消すような作品をケンドリックは用意しているのだろうか。3月30日にも、さらに彼は“ハンブル”をミュージック・ヴィデオの形で発表する。

Kendrick Lamar / Humble

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冒頭に掲げた彼の言葉に沿って、この曲を解釈するなら、新約聖書中のヤコブの手紙の第四章に出てくる、「主のみまえにへりくだれ(ハンブル・ユアセルヴス! あるいはビー・ハンブル!)。そうすれば、主は、あなたがたを高くしてくださるであろう」という文句と、かつてアイス・キューブが気に入らない同業者をまとめてディスるために立ち上げたグループ、ウエストサイド・コネクションによる1996年のアルバム・タイトル曲で、低レベルなお前らは俺たちに向かってひれ伏せと命じる“バウ・ダウン”的な、自らを最上位にまつりあげたがるラッパーらしい表現との組合せなのではないだろうか。

Westside Connection / Bow Down

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そして、それを視覚的に訴えるべく、MVでは、宗教的なイメージを取り込んだに違いない。が、ここにはポリティカル・ラップの要素は皆無で、むしろ、80年代中期以降の伝統(芸)であるバトルMC的スタンスを示しているに過ぎない。



15)
ちなみに、この3月には、ケンドリック周辺(と言っていいのかわからないが)から、派手さこそないものの、一聴に値する作品が出ている。

彼が所属する〈TDE〉とは優に10年以上のつきあいがあり、“シング・アバウト・ミー、アイム・ダイイング・オブ・サースト”に参加していたイル・カミールがソロ・アルバム『エアルーム』を、また、その〈TDE〉のアイザイア・ラシャッドに近いラップ・スタイルで、アンダーソン・パック系の声でライムする、J.コールのレーベル〈ドリームヴィル〉所属のイースト・アトランタ出身のJ.I.Dがデビュー・アルバム『ザ・ネヴァー・ストーリー』を発表している。

Ill Camille / Heirloom



J.I.D. / The Never Story



特に後者は、J.コールにあるような辛気臭さがなく、場合によっては『4・ユア・アイズ・オンリー』よりもとっつきやすいリスナーが多いかもしれない。

J. Cole / 4 Your Eyez Only




16)
というわけで、ケンドリックの新たな所信表明で始まった2017年の3月だったが、月末の31日には、その発言内容をあらためて検討することを促すかのように、1992年の警察の腐敗を糾弾する“コップ・キラー”(警官殺し)で物議を醸した、アイス・T率いるボディカウントが『ブラッドラスト』をリリースした。今やすっかり有名なキャッチフレーズ「オール・ライヴス・マター」への反論となる“ノー・ライヴス・マター”を含むこれは、もうそれこそ徹頭徹尾ポリティカルな(ラップ・)アルバムなのだ。

Body Count / Bloodlust




<Ahhh Fresh!>第4回
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