2010年代に入って、ロックは死滅寸前となった。少なくとも、ポップ音楽の表舞台からは本格的に姿を消そうとしているのではないか。スタジアム/アリーナ規模のポピュラリティを新たに獲得するバンドは、もう現れないのではないか。そんな風に感じている人がいても、決して不思議ではありません。
改めて考えてみて下さい。今の時代、スタジアム/アリーナ・クラスの会場を埋められるのは、テイラー・スウィフトやアリアナ・グランデ、ジャスティン・ビーバーのようなポップ・アクトか、ケンドリック・ラマーやカニエ・ウェストといったR&B/ヒップホップのアーティスト。もしくは、一時期ほどの勢いはありませんが、アヴィーチーやゼッドを始めとしたEDMプロデューサーたちでしょう。
かろうじて「スタジアム・ロック」と呼べるバンドには、コールドプレイやマムフォード&サンズがいるにはいます。が、前者の近作は最早、ロック・バンド的なダイナミズムを捨ててポップのプロダクションへと振り切っている。そして、後者の最新作『ワイルダー・マインド』は、トラッド・フォークという唯一の武器を放棄し、ひたすら無個性で大味なだけのロックになってしまった。バンドとしてのスケールが大きくなるにつれ、その音からはロック本来の魅力が失われていく――これでは80年代スタジアム・ロックの失敗を繰り返すだけです。
勿論、レッド・ホット・チリ・ペッパーズやフー・ファイターズのように、長年にわたって踏ん張り続けているベテランもいます。チリ・ペッパーズの新曲“ダーク・ネセシティーズ”は、決して度肝を抜かれるような目新しいアイデアが詰まっているわけではありませんが、十分に貫録を感じさせるもの。スタジアム・ロックの醍醐味を体感したければ、まず〈フジロック〉で彼らのステージを目撃すればいい。そう思わせるだけの説得力はありました。
しかし、我々はいつまでもキャリア20年以上の大ベテランに、大文字の「ロック」の可能性を見出し続けなければならないのでしょうか? 勿論そんなことはありません。確かに00年代半ばから始まったインディの全盛期はピークを過ぎ、なだらかな下降線を辿っている。しかし、それと入れ替わるかのように、ロックの新世紀が始まろうとしているのですから。本稿の趣旨は、そのようなパラダイム・シフトを象徴するバンドを一度まとめておこうということです。
1) テーム・インパラ
今や彼らは完全に、次世代のスタジアム/アリーナ・バンドの座を担う存在。と言われても、内省的でメロウなR&B路線を強く打ち出した最新作『カレント』を聴いただけでは、ピンとこない人もいるかもしれません。しかし、テーム・インパラの真価はライヴにこそあります。現在の彼らのライヴは、数年前とはまったく比べものにならないほどのスケール感。これは、2016年4月の来日公演を目撃した人なら、ほぼ全員がうなずくであろう事実。そのライヴの衝撃は、こちらの記事でも書きました。
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テーム・インパラが次々とビッグ・ステージをこなすようになったのは、2011年に送り出した2nd『ローナイズム』の成功がきっかけ。そして今の彼らは、その時から高まり続けている周囲の期待をしっかりと受け止め、スタジアム/アリーナ・バンドへの道を進むことに腹を括った。そんな風にも思えるのです。
2) バンド・オブ・ホーセズ
時代の後押しを受けることで、大文字のロック・バンドへと変貌を遂げるアーティストもいれば、昔からビッグなサウンドは一貫して変わらないものの、奇しくも時代のモードと波長が合ってしまったことで注目されるバンドもいます。このバンド・オブ・ホーセズは後者の代表例。2006年にアルバム・デビューを果たした彼らは、まさにインディの10年と共にキャリアを重ねてきたバンド。ニール・ヤングやザ・バンドを引合いに出されるアーシーな音楽性も、00年代以降のUSインディの王道のひとつと言っていい。
ただ先ほども書いたように、彼らは以前からインディと呼ぶのは不釣り合いなほどビッグなサウンドを鳴らすバンドでもありました。パール・ジャムやフー・ファイターズのオープニング・アクトに抜擢された経歴も、そういった資質と無関係ではないはず。世界的には2010年の3rd『インフィニット・アームス』でブレイクしている彼らですが、そのダイナミックなロック・サウンドは今こそ聴かれるべきであり、改めて評価されるべきでしょう。
どのアルバムから聴いたらいいか迷うなら、前作『ミラージュ・ロック』の荒々しさを受け継ぎつつ、彼らの真骨頂である美しいヴォーカル・ハーモニーや緻密な構成力が存分に発揮された新作『ホワイ・アー・ユー・オーケー?』をまずは手に取ることをお勧めします。
3) レディオヘッド
世代的にはチリ・ペッパーズやフー・ファイターズに近いレディオヘッドですが、新作『ア・ムーン・シェイプド・プール』の凄まじさに触れ、先日始まったワールド・ツアーの映像をオーディエンス・ショットで断片的に見るだけでも、彼らこそが現存最強のロック・バンドなのではないか。という考えも頭をよぎります。
チリ・ペッパーズやフー・ファイターズは、確かに健闘している。けれど、やはり昔からのファンの期待を裏切り続けるというよりは、期待に応え、その責任を全うする方向に向かっているのは否めません。しかし、レディオヘッドは違います。キャリアが20年を超えても尚、後続の新世代が思いもよらないような、突拍子もない角度から自らのサウンドを更新し続けている。これには改めて唸らずにはいられない。
勿論、彼らはレコーディング作品においてはロック・バンドというフォーミュラに捉われていません。が、ライヴ・パフォーマンスでは、ロック・バンドという編成を最大限に活かした形で予想をはるかに超えたサウンドを叩き出してきます。それを目の当たりにすれば、まだスタジアム・クラスのロック・バンドが進化し続ける余地は幾らでもある、と思い知らされるはず。
4) アークティック・モンキーズ
アークティック・モンキーズはいち早く脱インディを図り、大文字のロックへと転向したバンド。やはりアレックス・ターナーのヴィジョンは、凡百のバンドの何歩も先を行っているということでしょう。2013年にリリースした最高傑作『AM』は、ブラック・サバスとGファンクの結合でスタジアム・ロックを再定義しようとしたアルバム。
そして、彼らのライヴはそれに見合うだけのスケールと貫録を手中に収めていることは、以下の記事でも書いた通り。
今が最強!〈サマーソニック〉に備え、
アークティック・モンキーズ、無敵の
「2014年モード」を再検証。 Part 1
今や彼らは、EDMやヒップホップのビッグ・アクトたちに本気で喧嘩を売れるようなスケールのロック・バンドになった――というのは、誰もが認めるところ。
5) アラバマ・シェイクス
テーム・インパラと並び、大型フェスの次期ヘッドライナー候補と目されているアラバマ・シェイクスも、この括りで名前を出さないわけにはいきません。改めて言うまでもなく、彼らをグラミー四冠へと導いた『サウンド&カラー』は、リズム&ブルース、ソウル、ロックをモダンなプロダクションで2010年代的に生まれ変わらせた傑作。そのサウンドがインディという小さな枠組みに収まり切らない「新しいロック」であることは、既に多くの人が認識している通りです。
6) アーケイド・ファイア
ご存知のように、アーケイド・ファイアは、まさにインディの10年を代表するバンドの一組。ただ一方で、その音楽的な冒険心、社会的なアングル、アルバムのテーマやコンセプトの壮大さ、常に時代に向き合おうとする愚直さ――どれを取っても、彼らはU2の後継者と言うべき存在であり、勿論、破格のロック・バンドでもあります。
現在はニューオリンズでレコーディング中との噂もある彼ら。2016年5月25日にはルーヴル美術館のイヴェントに登場し、新曲と思しき未発表曲を演奏していたのも話題になったばかり。果たして次はどのような一手を打つのか。その答えを世界中のリスナーが待ち焦がれています。
最後に、もう一度強調しておきましょう。先の10年は、〈ピッチフォーク〉の隆盛とほぼ時を同じくして始まった、インディの10年でした。しかし、その磁場も確実に弱まりつつある。代わりに、ここからはロックの新時代が始まるかもしれない。スタジアム/アリーナ・ロックが再定義される時代が来るのかもしれない。本稿を読んだ人ならばわかるように、その予兆は既に音楽シーンから次々と生まれてきているのです。