SIGN OF THE DAY

ロックとインディが大敗を喫した2017年。
そうした現実に唯一向き合った日本の作家、
岡田拓郎が語る「2010年代のロック」前編
by SOICHIRO TANAKA December 28, 2017
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ロックとインディが大敗を喫した2017年。<br />
そうした現実に唯一向き合った日本の作家、<br />
岡田拓郎が語る「2010年代のロック」前編

言うまでもなく、この記事は『ノスタルジア』という作品を巡って、作家である岡田拓郎との対話を軸にしたものだ。だが、同時に、岡田拓郎と筆者の二人という異なるパースペクティヴから見た「2017年のポップ・ミュージック全般」についての対話でもある。あるいは、そうした中での、ゼロ年代に世界を席巻した「USインディの今」についての対話であるとも言えるだろう。

勿論、どちらの見立てに対しても反論は可。だが、日本も含めた「2010年代ポップ音楽の世界事情」に対するひとつの見取り地図として、きちんと機能していることと思う。是非、最後まで通読して欲しい。

Spotifyを筆頭にストリーミングス・サーヴィスが一般化したことで、英米のみならず、多くの国のポップ・ミュージックが「欧米中心のグローバル・ポップとローカル音楽の二階建て」ーーつまり、グローカルな様相を呈してきたのに対し、日本の多くのリスナーはそうした海外の状況に目を背け、耳を塞ぎ、ドメスティックな市場にだけ訴えかけるローカル音楽ばかり聴いている。作り手もしかり。メディアもしかり。

だが、この『ノスタルジア』という作品はきちんと世界に向けて発信されている。日本人作家であることの独自性と優位性を意識しながら。間違いなく世界基準の1枚だ。それについては、以下の対話に目を通してもらえれば、誰もが納得することだろう。この2017年に岡田拓郎の『ノスタルジア』という作品が世に出たことの重要さについては、もう四の五の言うのはやめておきたい。詳しくはすべて以下の対話に譲りたい。

ただ、2010年代にここ日本で発見されたすべての作家の中で、唯一無二のプロデューサーであり、優れたソングライターであり、向かうところ敵なしのギタリストである岡田拓郎のキャリアはここから再びランド・オフした。ようやく。お楽しみはこれからだ。




●今日はどこから話しましょうか?

「ノー・プランですか(笑)」

●見事にノー・プランなんですよ。なので、のんびり始めさせて下さい。

「はい」

●わざわざ岡田くんはそんなことを考えたりしないと思うけど、森は生きているが解散してから、ここ1~2年というのは、岡田くんが見ている世界と俺が見ている世界は違うんじゃないか?ーーそんなことを感じたことはありませんか?

「感じますね、だいぶ。タナソウさんは以前だったら書かないようなメインストリームの音楽にもコミットしていると感じますし、ライターの繋がりも変わってきていますよね。で、僕はあまり変わらずやっていたと思うんで。『どこに行くんだろうな?』とは思っていました」

●だから、今の俺というのは、岡田くんがレコードを作った時に「反応を気にしなくていい枠」に入っちゃったんじゃないかな、とも思ったりする部分もあって。

「いや、気になりましたよ。ただ、敢えて僕のことを書いたりはしないんだろうなと思ってましたね。今タナソウさんが世の中に言おうとしていることと僕の音楽はコミットするものではない――少なくとも表面的にはそう見えると思うから。だから、きっとCHAIのこととか書いてるんだろうなって(笑)」

●書いてないよ!(笑)。でも、CHAIとかも聴いたの?

「聴きました。バンドの見え方がすごく良く出来ている。自分たちの魅せ方がすごく上手いと思いました。音はエキセントリックでも、コンセプトにあるものをインタヴューとかで目にすれば嫌な感じがする人はいないだろうなと思います。大人が喜びそうな、若い人の音楽だなって感じがしますね」

●(笑)実際、あれはよく出来てると思った。ただ一点だけ、俺がCHAIの音楽に対して明確にネガティヴなポイントがあるとすれば、とにかくハイ・ハットの音がデカ過ぎるっていうこと。

「ああ、確かにそうですね」

●CHAIって曲調もバラバラだし、バラバラなスタイルをひとつにまとめたり、音楽的にギリギリのところで成り立っているから、そこにバンドとしての統一感を与えたり、一曲ごとの全体の構造を明確にするという意味からすれば、キッツい鳴りでハットがずっと大音量で入っていることが上手く機能しているのは理解出来るんだけど。

「今っぽい音楽になるかどうかは、ハットのサスティーンの長さってデカいじゃないですか」

●そう、まさにその通り。

「とにかく今はサスティーンが短い方がいい。TR-808みたいな感じで。海外のロック・バンドは、みんな意識しているところだと思うんですよ。でも、日本だと無頓着なバンドが多いですよね。ロック・バンドでも抜けばいいのに、って思うんですけど」

●サスティーンの短さもそうだし、「そもそもハットを使わなくていいんじゃないか?」って考え方もあるよね。

「そうなんですよね」

●わかった。じゃあ、そこから行きましょう!

「ハイ・ハットですか(笑)」

●うん。実際、『ノスタルジア』というアルバムにおけるハットの使い方はかなり意識的だと思うんですよ。ジャズ・ドラマーの石若(駿)くんが叩いている“ブレイド”だけは、曲全体のプロダクションの中でハットがすごく重要な形で機能してる唯一の曲だと思うんだけど、アルバムの他の曲はむしろハットを極力使ってないですよね。

「ほとんど抜いたりしましたね」

●じゃあ、まずはその意図について説明して下さい。

「今はロック・バンドとか、8ビートを起点にした音楽がどう考えてもキツい時代ですよね」

●その通り。

「2010年代のUKとUSのロックの違いは、実はハットだと思っていて。2010年代のUKの音楽はハットが起点になっていたり、ハットを刻んでいるものが多い。ガレージ・リヴァイヴァルからそのまま行って、そこにインディ・ダンスが入っている感じですね。でも、USではハット、ビートを分解した人が多いんですよ。そこが革新性という意味でUKが下火になった要因かなと。実際のセールスは知らないんですけど」

●単純な話、イギリスは本当につまらなくなったよね。

「そうですね。僕もそう感じて。だから、日本のロック・バンドもやったら面白いだろうなと思ったことのひとつが、ハットの抜き方だったんです。そこは意識的でしたね」

●じゃあ、リズム・パターンを軸に、『ノスタルジア』の収録曲10曲について順に訊かせて下さい。まず一曲目は“アルコポン”。

Okada Takuro / アルコポン


●この曲のリズムは(元・森は生きているのドラマー)増村(和彦)くんが言うところの、岡田くん特有のオーガニック変拍子ですよね。

「ああ、そうですね。オーガニック変拍子ですね」

●4、2、4、4と刻むという。で、紋切り型の感覚からすると、この曲の場合、一拍、二拍目にハットがあってもいいですよね? でもーー。

「全抜きですね(笑)。僕は純粋にハイ・ハットの音がそんなに好きじゃないっていうのもあるんですよ。これは全部ライドで打ってるんですけど、ライドも8じゃなくて4で打ってて。以前の〈サインマグ〉での森(は生きている)のインタヴューでも言ったことなんですけど、日本人のビートの取り方は刻むことが起点になり過ぎちゃってて、大きく捉えるっていう感覚がない」

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「ただ、お囃子とか、和太鼓とか聴くと如実ですが、民族的に大きな循環でリズムを捉えることが歴史的にない日本人が、とにかくミクロに刻んでいかなきゃビートを捉えられない、っていうのは日本人のやり方としては間違っていないと思うんです。でも、それゆえにビートが小さいというか」

●逆に、岡田くんが言うところの「ビートが大きい例」を具体的に挙げてもらうことは出来ますか?

「例えば、ザ・バンドのリヴォン・ヘルムのビートは、とても大きい循環で捉えているように思います。それは、リヴォン・ヘルムはドラム・パターンに特殊なのが多くて、ハットを抜いている瞬間はもちろん多いし、ミックス・レベルでハットの音が小さいからそう感じるところもあると思いますが、例えば、同じ8ビートを叩いても日本人なら8拍を1つのループで捉えているところを、16でも32でも、もっと大きいループで捉えているように感じます。循環の幅が長い分、日本人にありがちな切迫を感じさせないから、自然と遊びや間が生まれてビートが大きく聴こえるのだと思います」

The Band / Tears of Rage


「現代的にビートをグリッドさせる、しないにしても、まずこの歌うようなビート感がベーシックにあるというのは大事だと思います。リヴォンは今っぽさと対極にあるように感じられるかもしれないけど、大きなビートを取るっていう観点から見ると、現代的な感覚があるように僕は思っていて。レヴォンのビートは結構サンプリングもされていますし」

●そうだよね。

「やっぱり今回のアルバムで僕が一番やりたかったのはフォーク・ロックをアップデートさせることなんですけど、そこで考えたのが大きなビートを取るというアイデアだったから、レヴォンみたいなビート感がヒントになったんですね。よくあるような、ジャズ・ファンクのビートをサンプリングして持ってくるっていう発想にはならなかったんですよね」

●例えば、バーナード・パーディのドラム・ブレイクからブレイクビーツを作って、みたいな選択肢は一切なかった?

「ジャズ・ファンクはめっちゃ好きだけど、今やりたいものではなかったので。このアルバムに関しては、ブラックっぽさはほぼ抜きました。パーディのダ・チーチーチーですか?(笑)(*パーディ独特のフィルのこと)」

●やっぱり最高は最高でしょ?

「最高は最高ですけど、最低でもありますから(笑)」

●(笑)じゃあ、アルバム2曲目の“ナンバー”。この曲に関しては〈サインマグ〉のインタヴューでライターの八木くんと話してもらった時に、フィル・スペクターの名前が挙がっていて。

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●すごく乱暴に言うと、この曲のビートはロネッツの“ビー・マイ・ベイビー”ですよね。

「そうですね」

●と同時に、後半からフィルが入ってくるところは、無理やりビートルズ文脈に当てはめると“カム・トゥギャザー”とも言える。

「ああ、それは意識してなかったですね」

●いずれにせよ、この曲もハットを使っていなくて、いわゆる8ビートではない。

Okada Takuro / ナンバー


「まあ、フィル・スペクターのビートを生涯どこかで使ってみたいと考えて作った曲なんですけど。この曲に関しては意識してなかったですが、確かにハットはなかったですね」

●16を細かく刻んでいるパーカッションはスネアのリムですか?

「あれはフロア・タムを刻んでます。フィル・スペクターとアニマル・コレクティヴみたいなのをくっつけたい、っていうのがずっとあったんで。今って、アニコレの名前は一番誰も出さないじゃないですか」

●ですね。ただ、岡田くん的には、どうして今敢えてアニマル・コレクティヴだったんですか?

「アニコレが出てきた時に、日本でもレフトフィールドっぽい感覚で解釈した人はいたかもしれないですけど、歌モノのポップスとして解釈した人はあんまりいなかったと思うので。時代は動いてしまいましたけど、僕もそっちに行く前にやっておきたいアイデアのひとつだったんです。なので、これは詰め込みましたね」

●なるほど。じゃあ、次はロットバルトバロンの三船(雅也)くんをヴォーカルに迎えている“アモルフェ”。これはかなり展開が複雑な曲でもあって、パートが移行するに従って、リズム・パターンが次々と変化していく。最初からそういう構成にしようというアイデアだったんですか?

Okada Takuro / Amorphae feat. Mifune Masaya


「この曲では、ジョン・フェイヒーのアルペジオがコロコロ流れるような感覚をドラムでやってみたいと思ったんですよ」

●なるほどー。

「増村と一緒にジョン・フェイヒーの映画を観に行ったことがあって。増村はジョン・フェイヒーをそんなに知らなかったんですけど、その時にいたく感動したらしくて。『これもアフロみたいやな』って言いながら帰ってたんです。その映画は単館で一日だけの上映だったんですけど、増村の知り合いのアフロ・パーカッションの人たちも結構見に来ていたみたいで。その時に、『ああ、アフロ・ビートじゃないけど、パーカッシヴな感覚っていうのはフェイヒーの中にあるんだな』と思ったんですよね。それまではそんな風に全然考えてなかったんですけど」

ブラインド・ジョー・デスを探して -ジョン・フェイヒーの物語-


「で、その感覚をドラムに落とし込んでみるっていうアイデアが思いついたんです。だから、結構メロディックなビートになったと思いますね。サビのところはディス・ヒートのイメージだったんですけど」

●ホントに?!(笑)

「はい、ポストパンクとか(笑)」

●森は生きている時代と比べると、スネアが強調された曲が多いのは、そことも関係がある?

「ああー、それはディス・ヒートとジョイ・ディヴィジョンかな(笑)。森の後にニューウェイヴとポストパンクにハマったんですよね。スネアが打ってないと全部ナヨい音楽に聴こえた時期でもあって」

●当時はとにかくスネアの時代だから。あの時代、キックとか関係ないからね(笑)。

「スネアのチューニングが異様に低くて、ゲート・リヴァーブが掛かってるのはすごく好きです(笑)」

●(笑)じゃあ、リズムという観点から言うと、俺が一番わからなかったのは4曲目の“ノスタルジア”なんですよ。一体これは何をやろうとしたんですか?

Okada Takuro / ノスタルジア


「これは本当に、普通のハンマー・ビートなんですけど」

●ああ、そういうことか!

「キックを4小節の頭だけ打つパターンと、間の2小節だけ歯抜きにするっていうのをやって。流れたら誰も気づかないだろうなと思いつつ。これはハイ・ハットを普通に叩いているんですよ。ハットを抜いてもよかったんですけど、抜くとハンマー・ビートっぽい感じが出ないなと思って。じゃあ、どこに変化をつけようか? と考えた時に、間のキックを二小節抜いてしまうっていうアイデアがパッと浮かんで、このビートになりましたね」

●じゃあ、この曲の場合も、森の解散以降、岡田くんがニューウェイヴを聴いていたことの反映でもある?

「そうですね。まあ、クラウトロックは元から好きだったんですけど、もっと硬質なガチガチのバキバキみたいな感じと、大瀧詠一のトレンディドラマみたいな感じをくっつけたいと思って」

●トレンディドラマ?

「めっちゃトレンディドラマっぽいイメージだったんですけど(笑)」

●それは歌詞を含めた全体の世界が?

「そうですね。誰も気づかないんですけど(笑)」

●ごめんなさい、全然わかりませんでした(笑)。じゃあ、その次の2曲――“硝子瓶のアイロニー”と“イクタス”ですね。それぞれ3と8という違いはあるものの、この2曲は一拍目を強調したリズムという風にも聴こえるんですけど。そういうことではない?

「そういうことですね。“硝子瓶のアイロニー”のビートは、吉田ヨウヘイさんのドラム・パターン・リストの中から引っ張ってもらってきたやつなんです」

Okada Takuro / 硝子瓶のアイロニー


「吉田さんとは一緒に曲を書いていた時期があって。すぐ喧嘩してやめたんですけど(笑)。その時は、“硝子瓶のアイロニー”のドラム・パターンに違う曲がついていたんです。でも、そのままだと吉田ヨウヘイgroupになっちゃう感じだったので、『俺が書くわ』って。結局、そのまま喧嘩して聴かせる機会がなかったんで、そのまま自分の曲にしちゃったんですけど。もちろん最終的には、『これ使っていい?』って許可は取りましたけどね」

●この曲のリズムは6/8って解釈でいいの?

「6/8かな? 3/4じゃ小さくなるから、たぶん6/8ですね。これは、キックもスネアも全部、身体学の理にかなってない動きをするらしいんですよ。百戦錬磨の石若(駿)くんも『ちょっと練習させて』って言って、15分くらい練習タイムを取ったくらいで。吉田さんはAIだから(笑)、人間が叩きにくいところを気にしないでドラム・パターンを作るんですよね」

●(笑)。

「こういうのは自分では思いつかいないアイデアだったので、面白いものになりましたね」

●次の“イクタス”も一拍目が強調されたビートですよね?

Okada Takuro / イクタス


「そうですね。それが一番ニューウェイヴィーにしようとしながら上手く行かない中で、違う方向に行った感じでした。それこそ80’sっぽい、バンッ、パンッ、ドンッ、パアンッ、みたいな。そういうニュアンスで作ったから一拍目がデカいんですかね。まあ、一拍目にキックしか鳴っていないのが、そう聴こえる要因かもしれませんし。ベースも一拍目にブンッってアクセントが入るから」

●いずれにせよ、「今、普通の8をやるのはアウトだ」っていう感覚は、この曲でも共通している?

「そうですね。スネアの位置もちょっと食ったりしていますし、ハットはもちろん刻んでません」

●ただ、岡田くんと俺の会話の中では、さもごく当たり前のように共有されている「今、バンド音楽をやるのに普通の8をやるのはアウトだ」という価値観は、どの程度の範囲で共有されているものだと思いますか?

「うーん……日本だと、聴き手、演奏者、曲を作る人、みんな気にしてなさそうですよね」

●そうだね。

「普通の8をやっているのが唯一売れてる国っていう感じがしますけどね。日本だけはロック・バンドがまだそういうのをやってる」

●そう、本当にそれって世界中で日本だけだから。北米やスペイン語圏は勿論のこと、東アジアもそうじゃないし。

「ああ、そうなんですね。UKもほとんど聴かなくなっちゃったからわからないんですけど、UKはどうなんですか?」

●ここ5年でUKはもうロック自体が完全に一回死んで、今その反動としてロンドンを中心にいくつも新しいバンドが出てきてるんだけど、まだ全体に共通する言語というか、トレンドが生まれてないんですよ。バンドが50組いるとしたら、50組全部のアプローチがバラバラっていうか。

「なるほど」

●2017年は英国のアンダーグラウンドでロック・バンドが格段に面白くなった年でもあるんだけど、明確なトレンドがひとつもない。裏を返せば、発展途上のシーンだってことだし、だからこそエキサイティングで、健康的なタイミングなんだとも言える。だから、普通に8を刻んでいるバンドもいれば、一切8を刻まないバンドもいる、っていう感じだと思う。

「そうなんですね。USはほぼ刻まないですもんね。フォーク・ロックの人たちもみんな、ビート・パターンを崩してる。ケヴィン・モービーもドラム・パターンを崩してるし、カート・ヴァイルの録音は、ベースのロブ・ラークソは昔マイス・パレードに参加していたし、ドラマーのカイル・スペンスはエンジニアだし、間違いなくそういう視点があると思います。逆に、USで普通のビートをやっているのはマック・デマルコだけじゃないですか? マック・デマルコは日本でもウケてますけど、たぶん日本人は刻んでるのが安心するんでしょうね」

●(笑)まあ、そもそもマック・デマルコはプロダクションの人じゃないし、彼の良さはむしろ別のところにあるからさ。

「そうですね(笑)」

●でも、ロック・バンドが8を刻むのはマズいっていうのは、いつ頃から始まった感覚だと思いますか?

「難しいけど……ダーティ・プロジェクターズの『ビッテ・オルカ』(2009年)も、パターンは変だけどハットは刻んでたりするんですよね」

●そうだね。

「感覚的には2014~2016年辺りですかね。でも、どうしてなんでしょうね?」

●昔話になっちゃうんだけど、レディオヘッドが『アムニージアック』を作った時ーー2001年の時点でトム・ヨークが「自分にとって理想的な世界があるとしたら、そこでは二拍目、四拍目には絶対にスネアが入らないんだ」って言ってたんですよ。そん時、納得しながらも大笑いしたんだけど(笑)。だから、ゼロ年代以降のUSインディ全般というのはそういった感性を共有してたようにも思います。

「ただ、レディオヘッドの『ア・ムーン・シェイプド・プール』は本当に感動したんですけど、僕がひとつ手を加えていいなら、ドラムを変えたいなと思ったんですよね。パターンも音色もよくないし。あそこにクラウトロック的な流れの8をそのままハメこんじゃうのは勿体ない。ドラムがなくてピアノだけの“デイドリーミング”みたいな曲は本当にすごかっただけに、ドラムが入るとガッカリしたんですよ」

●(笑)いやー、本人たちからしたら、そこは一番突かれたくないところだと思うな。

「ただ、ライヴだとドラマーが2人いて雰囲気が違うんですよね?」

●そう。彼らのここ2枚のアルバムというのは、ライヴでドラマー2人体制になることを前提とした曲もたくさん作ってるから。

「ああ、なるほど」

●でも、スタジオではフィル・セルウェイ1人だけでなんとか我慢するっていう(笑)。

「(笑)マジいい奴ですね、あのバンドの人たち」

●15年くらいずっと、フィル・セルウェイ問題でレコーディング中に解散しかけながらも、アルバムを作り続けてきたっていう。

「やっぱりそういう感じなんですね(笑)」

●その制約や軋轢をむしろ別のアイデアや力に転化することでずっとやってきたバンドだから。バンドの鑑ですよ(笑)。話を戻しましょう。ロック・バンドの大半が8を刻まなくなったのがいつ頃からか?

「振り返ると、世の中的にロック・バンドが黙り込んだのが2014、2015年ですよね。あの辺りで、『新しい方向が難しいから、じゃあ、好きなことをやればいいや』っていう動きも出てきたと思うんですよ。マック・デマルコとか、アリエル・ピンクの『ポム・ポム』もギリギリそういう方向で捉えられてもおかしくない。良くも悪くも開き直りみたいなロック・バンドが2014~2016年に出てきた。その決定打がホイットニーで、あれは普通に8ビートですから」

Whitney / No Woman


●去年のホイットニーのアルバムは悪い意味でも象徴的だよね。音楽的に進化することを諦めたからこそ人気が出たし、評価されたところがあるから。

「ロック・バンドの世界では、2014~2016年は『曲がめっちゃいいのがいいじゃん』っていう雰囲気が久々にあったと思うんですよ。逆にダーティ・プロジェクターズとか、グリズリー・ベアくらいまでやっちゃうと、野暮ったく思われる。そんな中で、ホイットニーみたいにライトなロック・バンドが流行るのはわかるな、と」

●うん。

「一方で、メインストリームの音楽はとにかく音やリズムを抜きまくりのR&Bっぽい雰囲気になっていった。しかも、今までのサンプリングされたような音とは次元が違うくらい――」

●敢えてありきたりなプリセット音を使ったりね。

「そうですね。自分はメインストリームの音楽はあんまり聴いてるわけじゃないんですけど、ジェイムス・ブレイクを初めて聴いた時に『こんなのあるんだ?』って感じたような雰囲気が、2015年頃に普通のポップスとしていっぱい出てきた。やっぱりあの時にロック・バンドは『自分たちはどうしたらいいのか?』っていうことを考えちゃったから、みんな出さなくなったと思うし」

●その通りだと思います。

「音圧があるっていうだけでカタルシスがあるから、生楽器でやってた人たちは『どうしよう?』ってなる時期だったと思うんです。そういった経緯を踏まえて、去年、今年くらいからは、みんなそれぞれ違う方向だけど、ロック・バンドがビートを崩していくことに意識的になってきた気がしますね」

●岡田くんの言う通り、2014、2015年にトラップやR&Bがメインストリームのポップを更新した。それに対して、どうリアクションするべきか? という問題意識を海外のバンドはある程度共有していた。

「そうですよね」

●一方でホイットニーみたいに、「いや、そんなことには目をつむって、余計なことは考えずに、いい曲を書けばいいじゃないか」と割り切ったインディ・ロックも出てきた。で、ダーティ・プロジェクターズのデイヴ・ロングストレスはまさにそういう態度やそれを吉とするインディ・ファンを大批判したわけですよね。「そんなことでいいのか?」って。だから、デイヴの言い分はすごく筋が通っているんですよね。

「そうなんですよ」

●岡田くんは日本で活動しているから、もしかすると、デイヴ・ロングストレスが投げ掛けた問題意識を共有しなくてもいいのかもしれない。でも、実際のところは、100パーセント共有する形で作って、何かしらの回答を提示しようしたのが、この『ノスタルジア』っていうアルバムでもあるわけですよね?

「そうですね。そこはすごく意識したところです。ホイットニーは好きですけど、そういうのは日本にいっぱいいるな、と思ったんで。なんでみんなビートを動かさないんだろう? って感じてましたね。ロック・バンドのフォーマットでちょっと違うことをやるのなら、パターンを崩していかなくちゃいけない。そこはマストなポイントでしたね」

●今のホイットニーの文脈で言うと、今年のファーザー・ジョン・ミスティの『ピュア・コメディ』はどう聴きました?

Father John Misty / Pure Comedy


「めっちゃいいアルバムだと思いましたけど、新しいか新しくないかで言うと――」

●いや、なーんにも新しくないでしょ?(笑)。

「そうですね(笑)。ランディ・ニューマンですからね。ショービズの世界だと感じました。プラス、演じられる芸術家という側面もあって、そういうのは僕もすごく好きだから、見てて面白いですけど。ただ、ファーザー・ジョン・ミスティと較べると、フリート・フォクシーズの『クラック・アップ』の方が僕はグッと来たんですよ」

Fleet Foxes / Fool's Errand



「それは、あんまり器用じゃない人たちがやっている感じが出てるところで。あの音楽でわざわざサンプリングを使っていて、しかも誰も気づかないような使い方をしているんですよ。そういうことをやっているのに僕はいたく感動しましたし、そういう音楽が好きなので。そういう意味で、僕はフリート・フォクシーズのアルバムの方がよかったなと思いました」

●なるほど。納得です。

「もちろん、出来上がった音楽がいいか悪いかで本来は判断すべきなので、フリート・フォクシーズとファーザー・ジョン・ミスティのどちらがショービズだ、っていうことはまったく関係ないんですけど」

●多分、岡田くんの今の話は、冒頭に訊かせてもらった「俺が見てるところと岡田くんが見てるところが違うんじゃないか?」っていうポイントのひとつだとも思うんですね。俺が見ている景色から言うと、2017年にアメリカのインディ作家が作ったアルバムで一番良かったのがファーザー・ジョン・ミスティなんですよ。

「ああ、っぽそう(笑)。佐野元春とか好きですもんね」

●間違ってないだけにちょっとムカつくな(笑)。だから、初期ブルース・スプリングスティーンと全盛期のエルトン・ジョン、ランディ・ニューマンと初期デヴィッド・ボウイっていう文脈。

「確かにデヴィッド・ボウイの初期感もありますね」

●偽悪的なキャラクターを演じているのもそうだし、リリックが重要で、とにかくアイロニーの塊。音楽的にもアルバム全体のプロダクション自体がまるで71~73年の感じなのも、ここ10年のUSインディの進歩主義に対するアイロニーでもあると思うし。

「もちろんそうでしょうね」

●ただ、彼はUSインディにも毒を吐くと同時に、リアーナにも毒を吐く、カニエ・ウェストにも毒を吐くーー要するに、全方位に毒を吐く人なので、まさに俺みたいな人間は大好きっていう(笑)。

「なるほど(笑)」

●また脱線しちゃった(笑)。じゃあ、次の曲は7曲目の“手のひらの景色”ですね。

Okada Takuro / 手のひらの景色



●これは森は生きている時代にもライヴでやっていた曲ですよね?

「ずっとやっていた曲ですね」

●特に4小節単位のイントロにすっごくフックがあったので、ライヴでも「あれ、新作リリースしたばかりなのに、また新曲やってる!」って思った記憶があります。この曲もイントロからすぐに4の倍数から3、また4の倍数にテンポ・チェンジする曲ですけど、当時もヴァースやコーラスは今と同じ和声や構成だったんですか?

「いや、違います。森でやっていた時から3パターンくらいあって、歌詞も3パターンくらいあった曲なんです。どれも気に入らなくて、結局、お陀仏にしたまま解散したんですけど。でも、悪くない曲だったから、『箸休めの曲になってもいいから、もう一回使おうかな』っていうところからいじり始めたんです」

●なるほど。

「ただ、この曲はイントロが強過ぎちゃって、Aメロ、Bメロって続けるのが非常に困難で。転調して3/4にするっていうアイデアは意図的には出てこないと思うから、たぶん酔っ払ってデモを作っている時にパッと出てきたものを記録してたんだと思います。後で聴いてみて、『こんなのやっていたんだ』っていう感じで貼り合わせて」

●なるほど。

「これもドラム・パターンは全部崩したかな。これは増村と谷口(雄)が演奏したんですけど、曲のヴァースの一番最後、イントロに戻る前の数小節だけは、『ザ・バンドの“ザ・ウェイト”みたいにやってくれ』っていう注文をしてたんですよ。だから、そこだけはすごく普通な感じで戻っていくんです」

The Band / The Weight (from Last Walts)



「ただ、それを全部でやっちゃうと一番危険な曲ではあったんで、他は全部崩しましたね」

●そもそも森のライヴでこの曲をやっていた時は、何をやろうというアイデアだったんですか?

「すごくダサい話なんですけど(笑)、僕らはあんまりライヴ受けがよくなかったから、イントロだけでバーンッと行く曲が出来ないかな? と思っていて。キラーなイントロを作りたいっていうのが、森で作った時の動機だったんですよね。ポール・マッカートニーが出てきたような感じというか」

●岡田くんはこういう風に言われるのは嫌だろうけど、当時ライヴで聴いていた頃から、「ビートルズ風の和声をやる時のレディオヘッドみたいだな」っていう印象がありました。

「いや、そういうの嫌いじゃないですよ(笑)。これ、実はボツ曲候補の一番上にあった曲だったんですよ。でも、いろんな人に聴かせたら、『メロディがいいから、この曲は入れた方がいいよ』って言われて。今日的じゃない要素を一番多く含んでいる曲だったから、僕はアルバムに入れたくなかったんですけど」

●さっきの文脈で言うと、この曲が一番、ダーティ・プロジェクターズやフリート・フォクシーズではなく、ファーザー・ジョン・ミスティ寄りの曲だということですよね?

「そうですね。だから入れたくなかったんですよね(笑)」

●でも、だからこそポップ・ポテンシャルがあるというか、「いい曲だね」って言ってくれる人が多い曲なんだと思います。俺もそこは同意見。

「そう、だから複雑なんですよ。僕はこういう曲を書くのは得意だけど、この時は本当に書きたくなかったので。モードとしては全部解体したいっていう感じだったから。だから、サビを普通のビートじゃないようにすることくらいでしか、このアルバムに馴染ませる方法がなかったんですよ。とても難しい曲でしたね。どうですか? この曲はアルバムにない方がよかったですかね?(笑)」

●いや、良かったと思います。アルバムにも馴染んでると思うし。特に俺の場合、今年はダーティ・プロジェクターズやフリート・フォクシーズのアルバムよりも、ファーザー・ジョン・ミスティのアルバムを繰り返し聴いた人なので。

「そのポイントは何だったんですか?」

●海外のポップ音楽を進化させて、駆動させてきた一番の原動力って、プロダクション至上主義じゃないですか。

「そうですね」

●そもそも20世紀の半ば以降にクラシックやジャズをロックが追い越した理由もそうだったし、特にここ10年のメインストリームは「ソングライティングよりも何よりもプロダクションだ」ってところで進化してきた。でも、ソングライティングってやっぱり最高なんですよ。

「最高ですね、わかります(笑)」

●ホイットニーくらいのレベルだと大したことはないんだけど、ファーザー・ジョン・ミスティの今作くらい、とことんソングライティングに特化したレコードを作られると、「これは脱帽するしかないな!」と思わされたのが俺から見た2017年の景色なんです。

「マジで普通の曲なのに、すごくいいですからね。全部ニルソンのいい曲みたいだな、って僕は思いました」

●そうそう。ニルソンがいろいろと試行錯誤して作ったものの一番いいところだけをきちんと整理して使った、っていう(笑)。

「ちゃんと過去から学んでいる。全部いい曲。ニルソンのアルバムみたいに、明らかに適当な3コード・ロックンロールみたいな曲が入っていない(笑)。そういう意味では、すごく今日的なアルバムかもしれない」

●プロダクション至上主義であるポップ・ミュージックの世界で、なおかつ、プロダクション至上主義である2017年に、敢えてそこに背を向けたというのは、ある意味では一角なのかなと思います。

「でも、あれはストリングスをニコ・ミューリーがやっていて、普通じゃないと言えば普通じゃないんですよね」

●そう。だから、太鼓とピアノとアコギのところはすごくオーセンティックな70年代風なんだけど、そこにニコ・ミューリーがエキセントリックなストリングスを乗せて、なおかつ現代的なポスト・プロダクションをきちんと施してる。

「そうなんですよ。だから、非常にズルいアルバムですよね。ポップスの完成形って、結局ああなるのかな、とは思うんですけど」

●うーん、なるほどなあ。

「ファーザー・ジョン・ミスティのあの感じと、ボン・イヴェールが正しい例かわからないですけど、最先端の音響技術を合わせたら最強なのかな、と思ったりもするんですよ。もうちょっと新しいファーザー・ジョン・ミスティも聴いてみたいと思うじゃないですか」

●いや、ただ、ファーザー・ジョン・ミスティのアルバムが何よりも素晴らしいと感じられたのは、このレコードが出たのが2017年だったから、っていう部分もあって。前作『アイ・ラヴ・ユー・ハニーベア』より今年の『ピュア・コメディ』の方が、プロダクションが格段にオーセンティックだったでしょ? もしこれが一昨年に出ていたら、「なんで今、こんなことやってんの?」っていうレコードだったと思うんですよ。

「確かに」

●つまり、この2017年だからこそ、相対的にファーザー・ジョン・ミスティのアルバムが光り輝いたっていうことなんだと思います。そういう意味からしても、彼は的確に時代を見据えていたと思う。

「ただ、リスナーってそこまで考えてるんですかね?」

●いや、俺だって考えてないよ。感覚的なものだから。だって、普段から「ドンッ、ツクツクツクッ、ドンッ!」っていうアトランタ産のトラップやR&Bばかり聴いている時にファーザー・ジョン・ミスティの曲が耳に入ってきたら、「これ、何?」って思っちゃうからさ。

「そうですね」

●でも、方や、ダーティ・プロジェクターズの新作は、俺とかが普段聴いてるメインストリームの音楽とも似通ってますよね。特にプロダクションという面からすると。でも、ファーザー・ジョン・ミスティの場合はもう完全に別世界でしょ?

「完全にそうでしたね(笑)」

●だから、特に深く考えなくても、感覚的にそう感じると思う。日本以外に暮らしてる人も同じように感じたと思うし。

「あれは日本でどれくらい売れたんですかね?」

●う~ん、日本はねぇ(苦笑)。日本のレーベルの問題もあるから。

「海外だとちゃんと売れたわけじゃないですか。でも、ああいうのを新鮮に聴く感じは自分の周りでもない感じがするんですよ。そこがなんとも難しいところだなと感じますね」

●難しいよね。英米のメディアからはすごく評価されたし、しっかりと売れたんだけど(全米最高10位、全英最高7位)……って、また脱線しちゃった。

「全部、ファーザー・ジョン・ミスティの話になっちゃう(笑)」

●好きすぎてごめんなさい(笑)。


ロックとインディが大敗を喫した2017年。
そうした現実に唯一向き合った日本の作家、
岡田拓郎が語る「2010年代のロック」後編





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